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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第六章 アウェイクニング
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57話 『地の底から』

 フォルティ森地下保管庫補助管制室兼、大型生体保持装置運用室。

本来の主と正常な機能を失ったその広間には、薬と鉄と油、そして死と廃棄魔力の臭いが濃厚に立ち込めており、光源といえば壁のクリスタルモニタのみ。

だが、涙すら流し自由と再会を喜び合うリュミエラとサンカントにとって、生命に係わらない程度の悪環境など特に意味のあることではなかった。

状況さえ許せば、臭いなど気にせずこの場で休んでいたに違いない。

けれども、実際の現場は主こそ不在なれど敵地まっただ中であり、戦闘が迫っている可能性も濃厚だ。

早急に冷静さを取り戻し、次の一手を打つ必要がある。


「サンカント」


「うん」


「あたしもね、物凄く沢山ある、言いたいこともやりたいことも」


「俺だって、あの、そのさ」


「帰ったら、ゆっくり話そ。もうちょっとしたら準備して動かなきゃ」


「あ、うん、でもなリュミエラさん」


「……男の子なんだからハッキリ口に出せ。けど、これ以上謝るのはダメ。

あんたを拾ったのはあたしで、あたしを今さっき助けたのも実質あんた。

貸し借り無し、わかった?

それに、“サンキエム”の奴にも託されたしね、あんたのこと」


 何やら耐えているようなサンカントの肩にかくりと顎を載せたリュミエラは、囁くように忠告するとともに右手指で顔を拭ってやった。

この怪人少年はときおり極めて自虐的になることがあり、今もその傾向が出始めている。

杞憂であるかもしれないが、念のためだ。

彼の出自と現在進行中の事件を考えれば仕方がないとはいえ、少なくともリュミエラは望んでいないし、悩むにしても“サンキエム”に警告を受けている今は良くない。

不安は静め、安定させなければ。


「ああ、あの、あのな、違う、なくはねーけど、違うって、そのあの!」


「なーにさ」


「あの、あれ、あああああ! 本当に、まずい、あの、今は戦わなきゃダメなんだろ、準備してぶっ壊して撤退だろ! 帰ってからゆっくりだろ!」


 わめくサンカントは何故か逃れようとしたが、リュミエラは離さなかった。

全身が戦闘向けに改造されている怪人少年には及ばずとも、鍛え上げられた肉体の上に固有形質と竜爪剣(ドラゴンソード)の影響を受けているリュミエラも充分大力無双だ。

怪人の身体能力をもってしても傷つけず引き剥がすのは容易ではない。

相当の質量を持つ保持装置の台座が、ギシギシ揺れる。


「落ち着きなさいつってるでしょ、さ、ちゃんと言ってみなさい」


「さ、さっきからずっと俺の、俺に、息が、手が、熱い、脚、が、は、は裸で抱きつくんじゃねーよ! 落ち着けるわけねえ!」


「え? あ゛、ああ!? あ、とっとっと……」


「ふー、それで服かなん、うわ、リュミエラさんちょ、ちょっと危な」


 解放される直前の状況をすっかり忘れていたリュミエラは慌てて腕をほどいて立ち上がろうとしたが、筋力こそ落ちていないといえど片脚に即適応できるわけもない。

縋りつかれたサンカントは再び煩悶する羽目になった。


「ごめん、も少し待って」


「う、うん、そりゃ、嫌なわけねえけど、う゛ー」


 結局、リュミエラはもぎ取った保持装置のアームを偽りの(False)聖女(Saint)の発する光熱で成形して杖代わりとすることで移動能力を確保した。

ついで直近まで繋がれていた台座のシート表面を剥いて羽織り、着られそうなものを捜索に向かう。

幸い“サンキエム”の言った通り、壁面の棚に怪人トレジエムの使用する各種防護服がパッケージされていた。

耐熱性が多少はありそうな一枚を左腕の鉤爪で工作することしばし、袖無しで動き易い貫頭衣もどきが完成。

どうにか見られる姿となったリュミエラは、昂ぶり乱れた思考を戦いに向け落ち着かせようとしている怪人少年のもとに取って返した。

しばらく後。


「サンカント、この立体構造図わかる?」


「うーん、一応わかる。でも天井破りながら登る方が良さそうだぜ」


「あんたはそれでいいだろうけど、あたしはここ、この部屋に寄ってレンファニウム燃料を浴びなきゃいけないから、破るにしても大まかなルートを確認しといて」


「え、一緒に来ねえの」


「パワーソース補給しないと戦闘行動に支障があるし、このままじゃあんたよりだいぶ移動が遅い。

“サンキエム”曰く、あんたはレンファニウムに近づかない方がいいみたいだし。

ま、どっちみちルクスまで戻るのにクロマクの到着を待たなきゃだから、合流はできるはず」


「……はい。あのさ、絶対、あのな」


「縁起が悪い、そんなこと口に出すんじゃないわ」


「わかった。後で」


 扉を蹴破って、サンカントが駆け出す。

いくらか遅れて動き出したリュミエラはふと立ち止まり、振り返った。

死の雰囲気漂う暗い広間の中央には、怪人保持装置が鎮座している。

杖を支点にして軽やかに跳ねたリュミエラは、忌々しいそれに真紅の左腕を振り下ろした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 地響きじみた重い足音が鳴り、時折木が倒れ、魔物や獣が逃げ出す。

走っているのは大量の兵装を取り込み、本来の十倍以上のサイズに変化した機巧悪魔(サイバー・デーモン)レクタニカ。

足跡により並みの大型魔物と比較しても体格が良いことが推測できるが、全身から蒸気を噴いており輪郭が判然としない。

やや稚拙とはいえ、魔力を用いた遠見を妨害するには有用な隠蔽である。


「HA-HA-HA-♪ HAHA-HA-HA-♪」


「煩いぞレクタニカ、それにもう少し早く動けぬのか」


 野太い声でリズムを刻むレクタニカの横を飛ぶ怪人が、うんざりと吐き捨てた。

レクタニカが巨体すぎて分り辛いものの、こちらも重機さながらの四肢を持つかなりの大男。


「無茶言テンジャネエ過積載ダゼ、ソレニ加藤、アンタダケジェットパック使イヤガッテ、自力デ走レヤ」


「過積載を選んだのは貴様だろうが、だいたいだ、フォルティ森地下は上が狭くなっとるんだし数か所発破仕掛けて崩壊させりゃあ……」


「アアン? チゲエ、消シ炭ニスルンダ、比喩ジャネエ。

GBUブッ込ンデ、空イタ穴カラ全制圧ダ、余ッタラ砦街ノ地下ニモ仕掛ケテ帰ルゼ」


「待てポンコツ、下層まで爆破するのは拙かろ」


「ダカラヨ、チゲエッテ。レンファニウム庫モ全部ダ、全部破壊」


「…………博士は一体、何を警戒しておるのだ」


「俺タチノ知ッタコッチャネー、ット、見エテキタゼ、ヒィヤッハー!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 鏡のように輝くサンカントの拳が地下通路の天井を破り、岩盤に穴を穿つ。

更に細い小さな棒のコードで生成された粘着魔力糸が伸び広がって破壊跡に取り付き、地元素化してメリメリと押し広げた。

“サンキエム”により再調整された先代勇者コード統合回収システム、饑(ひだる)の力は絶好調だ。

相変わらず消費は大きいが、現在の彼は捕食した怪人の肉と栄養錠剤によりパワーソースにある程度余裕がある。

広がった穴の中を駆けあがる。次の地下通路に出る。

構造図が正しければ、地上まで後半分ほど。

再び壁を破る……だがその時、彼の超感覚が他の勇者コード、つまり怪人の接近反応を捕捉した。

直後。


「ふぅ、リュミエラさんどうしてっかな……ん、怪人? いや、お、ウオオオオオ!?」


 KABOOOM!!

耳がおかしくなりそうなほどの爆発音と共に飛んできた瓦礫が、サンカントを弾き飛ばした。

とっさに纏った鏡の防御膜で負傷は免れたが、危険な状況。

BOOM!

再び爆発。

サンカントは悪態をつきながら跳ね起きた。

風が炎と金属の臭いを運んでくる。壁のひび割れが薄紅い光を放っている。

いや、違う、吹き込んできたのは単なる爆風ではない、光も炎のみではない。

わずかながら、外気と陽光を感じる!


「う、なにが、な、外って、なんでだよ、まだずっと上だろ」


 サンカントは防御を固めつつ、壁を破壊して燃える瓦礫の中に出た。

強靭な怪人の肉体と鏡の防御膜が熱い毒煙に耐える。

後半分ほどで地上、という彼の予想通り、爆発であいた穴はゆうに深さ百フィートはあった。

煙の切れ目から夕暮れ時の赤い空と、何か動くものの影。

影は二つ、怪人反応は一つ。

大爆発を起こした兵器あるいは特殊魔法の正体は不明だが、少なくとも人数的には相手取れる範囲だ。

死ぬより酷い目に遭うこと確実な投降や、戦闘準備中のリュミエラを余計な危険に晒す地下へと引き返す選択がありえない以上、サンカントが現状取れるのはニ択。

すなわち、この場で迎撃するか、煙が漂っているうちに打って出るか。

無論、答えは決まっている!


「待つ暇はねえ」


 身体を軽くし、壁と空気を蹴って煙の中から飛び出したサンカントの金色の虹彩が、敵性存在を捉えた。

一方はジェットパックで浮遊し、胸部に“四”の意匠が刻印された既知の闇魂族(オーク)ベース怪人、カトリエム。

ルクス中央神殿付属研究所の襲撃事件で、上司でもある聖堂騎士団工作部副隊長マリエットと陸軍少将ラザルが撃退したはずだ。

そして、肉体と精神の一部を操作されている間に十フィートはある“修理後”の姿とも数度すれ違っている。

ルクスでは水元素を強力に操作し、成形元素弾や毒液を武器としていたと聞く。

いずれにせよ、高い対元素防御と仮想質量に干渉する勇者コードを持つサンカントにとって比較的相性が良い。

殺し切れるかはともかく、リュミエラが増援に来るのを待つ程度は余裕であろう。

問題は未知のもう一人、いや、一体……いや、一機?

サンカントは、少なくとも勇者コードを持つ怪人ではない、という程度しかそ(・)れ(・)を推測することができなかった。

まず外見からしてまともな存在とは思えない。

夕日を背にしたシルエットが視界に入った瞬間は、間違いなく六十フィート以上あった。

奇怪なことに、カトリエムに視線を向けた極小の間で、まるで空気が抜けたかのように半分のサイズに変化していたのだ!

それだけならまだしも、姿そのものすら理解に苦しむ。

全体的な印象は金属製の六面体を組み合わせて作ったコミカルな巨大棒人形といったところ。

身体の各所から蒸気を噴いており、身体同様に四角い印象の頭部には虹彩の無い三角形の瞳と、一本線にしか見えぬいい加減な口らしきラインが引かれている。鼻は無い。

…………喋った!


「カチカチカチ、ヤッパReleaseジャ死ンデネーゾ加藤」


「さっさと攻撃しろポンコツ」 


「俺ハ! レ! ク! タ! ニ! カァー!!」


 おそらく名が“レクタニカ”であり、声が耳に悪いということぐらいしかサンカントには理解できなかったが、少なくとも知性はあるらしい。

そして、奇怪な巨大棒人形が本性を現した。


「ファ、ファ、Fireeeeeeeee!」


 甲高い声、いや音と共に数百フィートも跳ね、サンカントの上を取ったレクタニカが一本線の口を開く。

輝く巨大なトラバサミ状の牙が露わになり、真っ暗な穴にしか見えない口腔内から舌の代わりに砲口が飛び出し、火を噴いた! BOOM!

目を見開き、慌てて空中で方向転換するサンカントのすぐ横に別の砲弾が迫り、炸裂。

怪人カトリエムの射出した成型水元素炸裂弾だ!

薄青い輝きと共に有毒化した魔力が広がる。

しかし、サンカントの鏡の防御膜は腐食性の飛沫を弾き返した。想定内である。

後方からゴボゴボと泡立つような呻き。カトリエムが悔しがっているのだ。

とはいえ安堵する暇はない。

非人間的な角度で振られたレクタニカの六面体の拳が蒸気を吐きながら迫る。速い。

SMAAAAAASH!!


「ヒャヒャヒャヒャッハアー!」


 サンカントを殴り飛ばしたレクタニカは無数の六面体に分裂しながらバラバラと落下し、喚き散らしながら元の棒人形ボディに戻ってゆく。

受け身を取りつつ地面でバウンドしたサンカントはその勢いで反撃を狙うが、六面体のいくつかがフレンチドアに開いて機関銃が出現した。

凄まじい勢いで実体弾が乱射され、近づけない!

馬鹿げた外見からは到底想定しえないほどの難敵。

怯むサンカントの背後に急接近してくるのはジェットパックの追加ブースターを発動させたカトリエムだ!

衝撃波と青い毒液を伴う危険なジェット体当たりをギリギリで逸らし、前もって足元から伸ばしていた粘着魔力糸を手繰りながら機銃掃射も回避。

だが敵の攻勢は止まらない。

半月に開口し、凶悪な面相になったレクタニカの頭部のみがすっ飛んでくる。巨大トラバサミ!


「うわああああどうにもなんねええ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 カツン、カツンと金属的な音が地下通路を反響する。

本来なら通路全体を照らしているはずのケミカルな白い照明は全て切られており真っ暗い。

操られたサンカントを開放し、フォルティ森地下保管庫の管理権を奪い取った“サンキエム”が、必要のない機能を停止させたのだ。

実際問題、本人が光源そのものであるリュミエラにとって陽光のパワーを持たない冷たい光は不要かつ無意味である。

彼女は怪人少年を先に行かせ、片足と金属杖でひょこひょこと器用に歩きながらレンファニウム燃料庫へと向かっていた。


「これか」


 異様に重く分厚い、粘るような材質の扉がリュミエラを遮った。

“サンキエム”に伝えられたとおりの構造だ。

ロックは開いているはずだが、殆ど壁といって差し支えない扉はリュミエラの力をもってして、鍵ごと押し開いている気分になるほどの手ごたえを感じる。

開けた先の部屋は狭くて空気が薄く、中央部にさらに縦穴が開いていた。


「……確かに、方法は別にしても補給してなきゃ無理だったわ」


 不活性化ガスが満たされた縦穴は全く呼吸不能だが、偽りの(False)聖女(Saint)に使用するパワーソースが多少なりとも溜まっている今のリュミエラなら問題はない。

呼吸の代わりに光熱の力で代謝の一部を行えば良いだけだ。

その有り様は魔力で動く悪魔(デーモン)や、食事を直接生命力に転換するドラゴンにも似ている。

着地したリュミエラは、それぞれ番号が刻まれた無数のメタリックな箱を観察した。

全て同じ形状で、竜爪剣(ドラゴンソード)の力を内包する左腕の鉤爪でも強い抵抗を感じるほどに厚く硬い。

“サンキエム”の弁が正しいならば、箱のひとつひとつに棒状に成型されたレンファニウム燃料が格納されているはずだ。

意を決したリュミエラが鍵ではなく螺子でされた封を引き千切り、こじ開けた瞬間、蓋の隙間からレンファニウム燃料の発する禍々しい力が漏れはじめた。

朝日を浴びるよりもはるかに強い、シャドウ・ドラゴン狩りで使用した放物面反射機によりかき集めた光に準ずるほどの偽りの(False)聖女(Saint)の活性化を感じる。

大地の神格の名を冠し、地下深くにありながら、それは間違いなく光神ソレイエルの瞳の力、染み渡る陽光の力を宿していた。

リュミエラは杖を床に置き、ついで折角作った即席の耐熱服も脱ぎ捨てた。

それらが無意味、というよりもレンファニウムのエネルギーに耐えられない事を確信したためである。

全身に力が漲る感覚を楽しみながら次々と箱を開封するうち、いつの間にやら地上方面からドウン、ドウンと幾度もの爆発と振動が伝わってきていた。

サンカントが穴を掘っているか、あるいは敵との戦闘が開始されたか。

いずれにせよ、上に関してはしばらく可愛い弟分に任せるしかない。


「もう少しだけ、待ってて」


 積み上げたレンファニウム燃料が臨界を超え、燃料庫の床が溶け崩れ始めた。

しかし、偽りの(False)聖女(Saint)の容量にはまだかなりの余裕がある。

レンファニウムが反応を進める速度より、リュミエラが陽光の力を吸い取る方が速い。

輝きと熱の発生源が、燃料棒から肉へと移動してゆく。






怪人図鑑そのにじゅうご


〔勇者試験体改四番『カトリエム・リコンストラクト』〕

形質学者ベルトランの強引な改造により新たな記憶と強靭な半機械肉体を得たオーク男。

大改装に伴い、質量とパワー、そして機動力が大幅に増加している。

しかし、勇者コードを活かせる生体部分が減少したことで水元素を操作する能力は落ちてしまった。


・おおきさ

10フィート3インチ、1725ポンド。


・装備

ベルトラン式特殊戦闘スーツ全身型Ⅱ式

トリプルメガランチャー(水元素圧縮型)

内臓型クリスタル燃料式ジェットパック*4基


・特殊魔法と能力

「超粘性強化細胞」

「水元素操作Ⅱ型-1」

「ベルトラン怪人基本セット」



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