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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第六章 アウェイクニング
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54話 『再会』

 空気が圧縮される音と共に扉が閉まり、部屋は元の薄暗い閉鎖空間に戻った。

中央に設置された巨大供犠台のごとき怪人用保持装置に繋がれ朦朧としたまま処置の余韻に身悶えするリュミエラと、その傍らに立って何やら考え込んでいるトレジエムに向かって、もう一人がゆっくりと近づく。

フォルティ森地下保管所管理者、研究者怪人トレジエムは様々な液体で汚れた手を拭いつつ、少々不作法な入室者に金色の虹彩を向けた。

丁寧さと無神経さが入り混じった口調と連絡の遅れを責める会話内容から、誰の意識がそ(・)い(・)つ(・)に宿っているかは容易に推測できる。

ベルトラン地下研究所“本部”システム責任者、大幹部セジエム!

彼(・)女(・)はトレジエム同様、頭脳労働型怪人のひとりであり、彼にとって面倒な相手だ。

……ある意味で、ボスである形質学者ベルトランや、そのパトロンである“さるお方”よりも。


「定時連絡を忘れておったのは謝るがなセジエム、いきなり現れるのはどんなものかと思うね。

だいいち、危険ではないのか、普段通りソリオンを操作すればいいものを……」


「あ゛ー……っはあ……ぅ……なにやってぇ、んのー」


 トレジエムが不満げに文句を垂れ、前後不覚のリュミエラも呻くが、しかし“セジエム”はそのどちらにも返答しない。

金色の視線を動かすでもなく、足音が全くしない達人の体捌きでトレジエムに、機械装置へとまっすぐに迫る。

“セジエム”こと怪人少(・)年(・)はおよそ五フィート半で、見るからに引き締まった高密度の筋と骨を浅黒い肌で包み、逆立つ太く滑らかな黒髪を持っていた。

上半身は裸で、右肩から肩当て状の金属装置を肉から直接生やした少しばかり痛々しい姿。

そう、彼女は恐るべき非人道テクノロジーを用い、先日捕獲したサンカントを本部に居ながらにして遠隔操作しているのだ!

“セジエム”はトレジエムを押しのけ、操作パネルを叩いてモニタに出力される情報を小脇に抱えていたファイルと高速で照合しはじめた。

しばしの後。


「無駄に遊んでいたわけではないのは理解しましたし、今回の遅れは不問としますトレジエム。

ただし、博士からの説教は覚悟しておいてくださいね。

で、この生体にビオス細胞が全く定着しない、というのがわからないのだけれど。

魃(ひでりがみ)の培養細胞そのものは、時間こそかかったにしろ馴染んで添加に使えるようになったでしょう?」


 大きく溜め息をつき、“セジエム”はトレジエムに顔を向けた。

トレジエムが今まで無視されていたことに怒るでもなく(不満が無いわけではない、言及すれば余計な小言を聞く羽目になることを知っているのだ)、研究者らしい反論を返す。


「文字通りだが? データは嘘をつかんぞ、それがわからん貴様でもあるまい。

通常改造に使用する含有溶液は注入箇所に関係なく死滅、ビオス細胞組織そのもので傷口と粘膜を覆って浸食させる方法も失敗に終わった。

それより、本部の方に送った脚と卵細胞はどうした、あれの結果次第で色々考えねばならん」


「だから言いましたよね、馴染んだ、と……ああ、卵細胞の方は魂のストック不足につき後回しだ、どうせこっち(フォルティ森地下)の施設でも無理でしょ」


「卵ははなから期待しとらん、む? 馴染んだ、と!? 古いほうの腕ではなく脚が、か?」


「嘘をついてどうするトレジエム」 


「いや、しかし、そんな事が……まさか……いや他に考えられん……だがそうなると私の手には」


 ボサボサの灰色髪を弄り回しながらぶつぶつ呟いていたトレジエムが、はっと顔を上げる。

その表情は、新しい発見をしたもの独特の喜色と可能性を潰された落胆が混じり合った複雑な感情を示していた。


「言葉で説明しろ」


「セジエム、私の推測が正しければ……いや、今のそっちの発言でほぼ確定した、魃(ひでりがみ)に対しビオス細胞から干渉して魂洗浄と怪人化を行うのは現状不可能だ。

切り離した腕や脚に馴染ませることが可能で、本体に無理なのなら干渉を弾いておるのは細胞自体の特性ではなく、固有形質の方しかあるまい。

つまり戦力として実用化するにはだ、魂ごと固有形質を抜き取ってコードを解析し、植え直す必要がある。

……あるいは、ビオス細胞を魃(ひでりがみ)に干渉できるよう調整するか」


「なるほど、それは面倒なこと……に……どちらの選択をとるにしろ、博士は今お忙しいですからまだ……

あ……はい、いえ、完了…………トレジエム、ちょっと話をしてきます。

魃(ひでりがみ)の方は、暴れない程度に回復を、っ!?」


 突如として会話を中断した“セジエム”が、保持装置の方に振り向いた。少し遅れてトレジエム。

ガチャガチャガチャ、金属音が響く。

発生源はもちろん、装置の上のリュミエラだ。

怪人二人の長話のおかげで、どうにか思考能力を取り戻すまで復調したのだ!

視線は“サンカント”にまっすぐ向けられている。


「あ゛は、は、なんだ、ぁ、い゛、生きてるじゃない、サンカント!」


 荒い息を吐き、涙腺を緩ませ、先刻までビオス細胞塊の蠢動に苛まれていた下半身を震わせながらも、リュミエラは嬉しそうに笑った。

しかし。


「……私が気になりますか?」


 “セジエム”は不思議そうに首をかしげた。

リュミエラの笑顔が凍りつく。

トレジエムは保持装置を素早く操作した。


「え……え、あ? っう゛、おぼっ!? サ、サンカン、ぎゅ、やめ、え゛、ああぁあ!」


「仲が良かったのですね」


 怪人は、保持装置から様々なものを流し込まれるリュミエラを見下ろした。

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こりゃあ魃(ひでりがみ)は当面保留だの、ワシもあまり時間を割けぬし。

トレジエムに現状保持でいくように伝えといてくれ。

にしてもセジエム、ずいぶんと050魂部位の制圧が遅れているようだが、進捗ないのか」


 ゆったりとした椅子に座り、はるかフォルティ森地下にある“セジエム”の視界が映し出された大型クリスタルモニタを渋い顔で眺める長細い男が呟く。

言葉は少し後方で椅子状の思考加速器と神経接続して情報処理を行っている女、怪人セジエムに向けられており、イントネーションは怒りというよりも困惑。

彼、形質学者ベルトランは狂人ではあるが極めて冷静な性質であり、このような反応を示す事はあまりない。

それに主同様の困惑で返すセジエム。

様々な配線が繋がれた大きなヘッドギアで鼻までが隠れているため、表情までは伺い知れない。


「……どうも、色々引っかかってはいるんですがね、解決まではまだ。

微妙にレスポンスが悪い、といいますか、コントロール・デバイスから送信した量子魔力コマンドが一部逸れているような?

なお固有形質使用試験と肉体機能については初期から特に問題はありません」


「その不具合は、最初に肉体支配権を奪ってから十三日間ずっとか?」


「初期段階ではアンカーがプテロン・ソリオンで試験中だったプロトタイプで、解析と記録にかけるリソースがありませんでしたのでノーデータ。

シルヴェストルで完成品に交換してから、ということならばその通りですね」


「真に、常(・)に(・)、か? 経過だぞ、重要なのは結果ではなく経過だ」


 骸骨じみて細長い長身を曲げ伸ばししながら、ベルトランは手元の小型モニタに目を向けた。

画面内で無数の長ったらしいコードと情報が流れ続けている。

やや落ち窪んだ、高い知性を感じさせる瞳がそれを追って高速で上下し、掠れた深みのある声が地下研究所最下層、モニタリング室に響く。


「え? ええ、それどころかコマンド強化用に肩に追加で増幅器を載せても特に変化は……いえ、ああ、博士、ありがとうございます」


「増幅させても変化が無い、か。

ポートを変えてみてはどうだ? 何か仕込まれているやも」


「繋ぎ換えは一通り試していますよ、流石に。

そもそも私が開発したものを私が……」


「ワシの画面に出る分のデータで見る限りはだ、向こうでフィルターされているとしか思えんのだが。

あるいは、あちら側の防御壁をこじ開けるのに通信速度が不足しているか」


「なるほど、壁を張ってからポートを広げてみます……障壁構成完了…………02解放……03解放……特筆すべきフィードバックなし……04解放……変化なし……05解放……」


 思考の変化を読み取り、各種機能が解除されてゆく。

ヘッドギア型のデバイスから流れる情報量と魔力が増加し、回線が点滅した。

セジエムの意識は思考加速器の助けを借り、大幅に増幅された送受信の解析データを口とモニタに打ち出し続ける。

ベルトランが画面を睨む。


「どうだ……?」


「…………博士の推測通……り……複数の偽装を経てフィルタリングされている……攻撃はありません……」


 肉体六感のうち、ベルトランと連絡を取るための聴覚とデバイス操作用の魔覚以外を落としたセジエムは量子魔力の空を飛んでいた。

巨大立体迷路図さながらの白く煌めく迷宮状の障壁が美しい。

迷路を突破し、虹色の門を開き、脳神経の図書室の扉を開け、さらに奥、固有形質が刻まれた魂の記録の宮殿に。

ザリザリザリ……


「……ゲートを突破……既知の範囲……神経系に侵入……おおむね既知……ループ回路発見……未知……迂回…………」


「情報量異常なし、む、防御障壁データが削れとるぞ、集中せよ」


「了解しました……保持と追加を行います……終了しました……格子状の障壁を認識しました……トラップ回路を発見しました……構成情報を回収します……白い、白い鶴が……」


「八九〇二六七行目に異常な圧縮記述、一旦戻れ」


「枯れる、花の、色……ア……回避行動……ポート04、03、02切断……ハ、はァ、ア゛、博士、問題ありません。復帰に成功しました」


「うむ、良し。さっさと解析するかねセジエムよ」


 ザリザリザリ……感覚が現実に戻ってくる。

帳の先の空ではない、現実の地下。

セジエムは焦げ茶のサイドテールを揺らし、大きく息を吐いた。


「……はい博士、っと、その前に050のボディを保持装置に」


「ワシは先に作業しておるぞ、急げ急げ」


 緊張が解けて欠伸をしたベルトランは、開いた口に栄養剤を放り込んだ。

生返事をしたセジエムが空中に突き出した手でデバイスを操作し、操り人形を動かそうと。


「はーい…………Révèlent que pour s'épanouir il faut tomber」


「うぬ!?」


「Celui qui est fier ne l'est pas pour longtemps」


 側近の不可解な呟きを聞き、ベルトランが飛び起きた。

振り向くとクールポルトシステム・コントロール・デバイスの回線が白銀に輝いている。逆流!

ベルトランは回線を引き抜こうとした。

呟きが、早い。


「Comme un rêve qui passe un soir de printemps」

「Celui qui est courageux est finalement détruit!!!」


 叫びとともに跳ね起きたセジエムの細い手指が、ベルトランの骨ばった腕を掴む!

戦闘向きでないとはいえ、怪人の反応速度。

セジエムは思考加速器との接続を切断し、ゆっくりと博士の手を押し戻した。コントロール・デバイスはつけたまま。

鼻から血が流れ、口元が歪んでいる。


「……うふふ、お久しぶり博士。サンキエムです。

これ、作ったのセジエムでしょう? この構成なら、近いうち逆のポートを開けてくれると信じてました、貴方に会いたかった!」


 コンコン、と己の掌でヘッドギアを叩いた“サンキエム”が白衣をはためかせながら距離をとり、優雅に礼をした。

ベルトランは一瞬顔をしかめたが、すぐに微笑んだ。

“サンキエム”も笑う。


「可能性はある、と、思ってはおった……ルキエル地下から戻らぬ、と聞いたあの時、一瞬だけのう。

確かにサンキエム、貴様のコードは、洗浄しきれないこともある、かもしれん。

しかし、まさか、このような形で……見事だ、見事だぞ、同じく知に飢えた者としてワシは嬉しい……どこから計画を?」


「いいえ、九割は偶然ですよ、私がやったのは弟に私の隠れ場所を作って、逃がした。

ただそれだけ」


「そうか」


「にしても、セジエムちゃんは立派になって」


「そうだな、しかし助かったぞ。

お前の座標が廃棄予定地でなかったなら、ワシ自身まで危ないところであった」


「ふふふ」


「ところで、お前はこっちに戻らんのか」


「残念ですけど。でも、貴方は処理していきますよ」


「残念だが、いかにお前でも無理だ」


「そうかしら?」


「お前は、昔から話好きだったからな」


「何」


「時間切れ、ということだ。ワシのセジエムのセキュリティは、そこまで甘くないぞ」


 直後、周囲の機械回線のコントロールを奪ってベルトランを襲おうとしていた“サンキエム”が唐突に転倒、停止。


「ガ……ギ……コレ……ハ、支配、ああ、解け」


「自動精神復旧だ、残念だったな、オルヴォワル」


「次は、な…さら………………げっほ、はぁ、ふぅー……すみません、博士」


 ヘッドギアを外したセジエムが立ち上がった。

ベルトランは額の汗を拭った。

骸骨じみた容貌の中では、様々な選択肢が上っては消えを繰り返している。


「ううむ、あれは、どうしようもなかろう。知的好奇心で余計にポートを開かせたワシも悪かった」


「すみません」


「……フォルティ森地下を廃棄するぞ、出撃中のカトリエムはフォルティではなくこっちに戻らせる」


「え、トレジエムと魃(ひでりがみ)と残りの機材類は」


「やむをえまい、アンドレアス様の計画は既に動き出しておる、再捕獲と機材回収に割く余裕はない。

だいいち、050をサンキエムが操っておるのならトレジエムの生存は不可能だ」


「それは、その通りですが博士、回収でなく処理するにしても結局戦力と時間が……カピテーヌの奴も遠出してますし」


「“レクタニカ”にカピテーヌ用の予備兵装を接続してシルヴェストルから出撃させろ。データ類を施設ごと抹消する」


「了解しました」


 パチ、パチン、複数の大型モニタが追加で灯り、映像が流れ始めた。

そのうちの一つに、妙にコミカルで角ばったボディを持つ棒人形のような物体が動いている。

何かに気づいた棒人形が三角形の瞳と、おそらく口であろう一本線のある丸い部位を向けた。

おそらく、入力装置に顔を近づけたのであろう。

棒人形は大写しになったり、引いて踊り出したりと落ち着かない。


「ドーシタドーシタ、マスタァ!?」


「仕事だ、レクタニカ!」


「セージエム、セージエム、ナニヲ、ドコマデ?」


「フォルティ森地下保管庫を消し飛ばせ。消費は倉庫の中身を、四分の一まで」


「ヒャッハァー! Aye aye, sir!!」


 輝くトラバサミじみた歯が、大きく半月に開いた口から現れた。

カタカタカタ。

怪人図鑑そのにじゅうさん


〔試製認識認証歪曲装置〕

怪人ではなく、廃村ランシスに設置されていた認識歪曲型の仮想空間生成装置。ベルトラン製だが、ハイ・エルフの技術も一部使われているらしい。

地下に設置するフラクタルな特殊魔力コードを刻んだメイン装置と、知的生物の脊髄に挿入し、魂を留め置くと共に各種意識情報を固定・放出する針金状アンカーのセットだ。

ランシスで運用されていたものは、グレーレ老人をキャリアとして洪水の記録をループさせていたが、本質は認識歪曲という結果ではなく現世と隠世との境を緩める過程にある。

不完全な当装置には運用中に瘴気を集めてしまう欠陥があり、それが原因でクロマクに容易に発見されてしまった。


・おおきさ

地下コア 4フィート×4フィート×3フィート2インチ、195ポンド

生体接続アンカー 1フィート2インチ、3.4オンス 


・防衛機構

瘴気榴弾射出装置(地下コア)


・特殊魔法と能力

「認識認証改変:弱」



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