55話 『悋気応変』
「ひゅ……う゛…………ぁ……」
意識が現実と幻夢の狭間を漂い、二つの世界が乗算でリュミエラを苛む。
それなりに強固であるはずの感覚器官は、数々の非人道的処置の影響により混乱の極致にあった。
固定された身体は現在進行形で冒涜的な何かを注がれ、弄り回され続けている。
恐ろしい、恐ろしい事が幾度も起こった気がするが、左脚を失って以降の事象に関しては現実なのか、煩悶する心と肉が生み出した妄想なのか判断できない。
怒りと諦めと苦痛と快楽が濃厚に混濁し、ネガティブな解放感が彼女を支配しつつある。
声を出しても意味を成さず、聞いても理解が進まない。
ただ、なにもかもが不思議な懐かしさだ。
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瞑想でもするかのように静かに佇んでいた少年が、ゆっくりと目を開く。
“彼女”の世界が、肉体のある座標へと戻ってきた。
大型怪人保持装置に雁字搦めにされて力なく喘ぐリュミエラと、不機嫌そうに装置を操作するトレジエムが視界の隅に入る。
しかし、“彼女”の金色の虹彩はそちらには動かず、虚空に向けられている……意識の一部は、いまだ精神世界にあるようだ。
“彼女”は瞳の焦点をどこにもあわせぬまま、少年の声で呟いた。
「チィ、少々見通しが甘かったですかね」
“サンカント”もとい、“セジエム”もとい、“サンキエム”のそれは、慎重に“サンカント”の身体と魂を調整し始めた。
それの欠片として寄生する身になった今でも、“サンカント”は大切な弟だ。
以前行った処理により“サンキエム”の居場所そのものは確保されているが、意識の表出と“セジエム”への逆襲を強引に同時進行したため、あちこちに綻びが見られる。
それらすべてを素早く補修して肉体支配権を再度確立させ、“サンカント”も安全に目覚めさせなくてはならない。
さらに、保持装置に接続されている弟の大切な人を解放し、取り逃した“セジエム”と偉大なるベルトラン博士の反攻に対する対策をとる必要もあった。
やるべきことは多いが、時間とパワーソースにあまり余裕はない。
“博士”はほぼ間違いなく、古い上に詳細が暴かれた拠点であるフォルティ森地下保管庫を強硬策でもって取り返しに来るであろう。
幸い、“サンカント”の右肩には、ベルトラン製品に接続可能な機械化部位が増設されている。
“サンキエム”の技能をもってすれば管理者を失ったフォルティ森地下を掌握する程度ならば十分可能。
いずれにせよ、まずは己からだ。
(魔力回路認識……魂魄認識……ビオス細胞制圧…………勇者コード統合……“サンカント”定着……“サンキエム”再登録……意識障壁修復……神経系認識……肉体認識………いずれも完了……バイタル情報オールグリーン)
しばらくの後、身体の微調整を終えた怪人少年の瞳に力が戻る。
“サンキエム”はおもむろに左手を伸ばし、おそらくトレジエムかセジエムによって接続されたのであろう右肩の不格好な機械(用済みだ)を掴んだ。
肉に留められていたものである以上、強靭な改造肉体といえども傷ついて痛みの信号が流れ込むが、気にしない。
後から回復すればよいし、この装置を外さないことには他のベルトラン製品との接続が不可能だからだ。
機械部位を除去し、露出した回線を引っ張るとカチリ、カチリと金属音が鳴り、鎖骨の横にあるプラグ部分が外れる。
直後、振り向いて“セジエム”の異常行動に気付いた白衣の怪人トレジエムが、懐から刃渡り一フィートはあろうかという奇怪な解剖用刃を抜きながら叫ぼうと。
「セジエム、貴様な、っぐ、げぼっ」
だが、言い終えることはできなかった。
SMAAAAAAAAASH!!!
質量が存在しないかのような異様な挙動で駆け抜けた少年の輝く拳が、トレジエムの胸部を貫通している。
身体の本来の持ち主であるサンカントの戦闘スタイルは本能半分経験半分の荒々しいものだが、“サンキエム”のそれは固有形質の運用も含めて機械じみた単純かつ精密な動作だ。
とっさの応用や継続的な戦闘では劣るが、予定していた行動をとる分には最速、最適。
怪人といえども非戦闘型では、まともな反応などできるわけがない!
トレジエムは青い人工体液を噴出する己の胴体と、砕け落ちた刃を不思議そうに見た。
喉と胸から小さく、しかし致死的な音がゴボゴボと鳴る。
強烈な打撃の勢いで舞い上がった白衣が引力に負けはじめている。
「貴方に恨みは、あ、随分とありますわね。どちらにせよトレジエム、貴方の勇者コード、肉、管理権は私に必要だったから、助からない」
「ゴボ、きさ、ま、ボゴ、な……」
「それじゃ早速、使わせていただきます、っぐ、う、がぁっ!!」
言うが早いか、“サンキエム”が身体に穴のあいたトレジエムを支えている反対側の手指を、自身の首筋に突き刺す。
自滅か? 違う。
顔をしかめながら指を動かし、出血を無視して何かを探り、引き抜いた。
血と肉に塗れた、二インチほどの細く棘だらけの奇妙なチップ。
怪人遠隔操作システムのアンカーだ!
「ギ……グァァ……はぁ……ぁ……まずは肉、肉で回復、を」
「ごぱッ、ひゅ」
外したチップを一瞥もせずにズボンのポケットに仕舞った“サンキエム”が、末期的な震えを示すトレジエムの灰色の髪を掴み、頭皮ごと剥がし取った。
毛と皮膚の下から薄い肉と強化骨が現れ、青い液体が更に流れ出す。
全身を改造されてなお竈の商人族らしい特徴を保つ裂け気味の口を大きく開いた“サンキエム”は、みずみずしい頭骨にギザギザの牙で齧りついた。
魔物の骨や鱗も容易く噛み砕く強力な改造顎がトレジエムを粉砕し、嚥下してゆく。
怪人の味蕾が、ビオス細胞を含む骨肉と粘液を美味と感じた。
バキバキメリメリムシャムシャ。
飲み込むごとに、肩と首の傷が逆回しに再生する。
もちろん、絶命したトレジエムの霧散する魂魄から、勇者コードの欠片を含む部位を取り込むことも忘れない。
各種試験中、維持する最低限の養分しか与えられていなかったサンカントの改造肉体が、猛烈な勢いでトレジエムの残骸を消化吸収し続ける……
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(今は黙って、“勇者”)
(Regagnez.)
(Rega…………)
そして、回復とコード統合作業を終えて裸の上半身を青く染めた“サンキエム”が立ち上がる。
怪人トレジエムは、服と糞を残して消滅した。
「えー、と、管理権の変更は確か」
椅子に掛かっていたトレジエムの上着で身体を拭いながら壁まで移動した“サンキエム”は、金属製のカバーを外し、埋め込まれた操作パネルとモニタをじっと見た。
元々ベルトラン基地を一つ任されており、フォルティ森地下にも入ったことがあるため、おおよその配置とシステムは解っているのだ。
パネルの下から生体接続用プラグを引っ張り出して右鎖骨脇の機械穴に挿入し、操作開始。
魂の記憶領域から引き出した情報が借り物のニューロンにより処理され、送り込まれて、無数の部屋と魔力情報回路を次々制圧する。
…………だが、直結による高速情報交換であっという間にフォルティ森地下の現在を立体画像として把握した“サンキエム”は、考え込んでしまった。
遠隔操作を受けた“サンカント”肉体が一定のルートを往復していた時には気がつかなかったが、あまりにも空き部屋の数が多過ぎる。
そして、管理と防衛に必要なはずのソリオンの配備数が十にも満たない。
サンキエムが知る地下保管庫は、もっと大がかりでセキュリティも強固かつ、様々な予備戦力が収容されていたはず。
計画では、配備ソリオンを己のコードを用いて支配下に置き、休眠保管中の怪人をも叩き起して精神破壊処理を行う予定だったのだ。
適当に暴れさせて損失を与え、データを回収して悠々と脱出する予定はどちらも頓挫したことになる。
そして、どうやらここは近いうちに廃棄予定らしい。
本来各種情報の破棄は管理者の義務であり、実際ルキエル地下を諦めるときはサンキエム自身が記録や機材の処理を行った。
しかしこちらは主がもう居ないため、高確率で破壊担当人員が来るであろう。
まあ、それはそれで良い。
死に物狂いで取り返しに来る相手よりは、単に壊しに来る相手のほうが、少なくとも“サンキエム”にとっては対処しやすいのだから。
それに、幸いにして“彼女”が求めていた物資はまだ残っていた。
これが存在するなら、逃げるための時間は確実に稼げるはずだ。
いや、もしかすると更に良いかもしれない。
「にしても、どうしましょ。あの子、こんなのが好きなのかしら」
管理システムとソリオン達を急いで掌握し、時間稼ぎ用の簡単な命令を下した“サンキエム”は肩の接続プラグを抜き取り、大型保持装置に取って返した。
椅子と寝台を合成したような台座の上に、意識混濁状態のリュミエラが仰向けで厳重に繋がれている。
目覚めさせ、素早く、また安全に解放しなければならない。
それは“サンキエム”にとって、トレジエムを殺して施設の管理権を奪い取るよりもはるかに面倒な作業だ。
現状のリュミエラは各種の特殊薬物と保持装置の出力する妨害パルスの影響で疲労困憊かつ恍惚状態にあり、武器どころか衣類も身につけておらず、脚も片方無い。
このまま単に開放しても“サンカント”の荷物になるだけであり、双方の生存率低下を意味する。
よって、弟にリュミエラの回収を任された“サンキエム”としては、解放前に説得と回復を行う必要があるのだが、色々な意味で問題が残っていた。
「ええ、と、妨害パルス出力に……補助と……排出と…………トレジエムの奴、相変わらずなっちゃない」
モニタに上がってくる情報を眺めながらパネルを操作する“サンキエム”が少年の顔を歪ませる。
彼女の記憶にあるトレジエムと同様、各種研究データはまともに整理されておらず極めてごちゃごちゃと判り難い。
生きていれば、これこそがセキュリティだ、などとくだらない言い訳でもするのだろう。
“サンキエム”はリュミエラを起こす準備に並行して、未整理情報と格闘し始めた。
そして。
「おはようございます、よく眠れましたか」
「う……んん?」
「この指は何本に見えますか」
「…………ごほん」
「はい、よろしい。これから貴方を完全覚醒させますが、暴れない事を約束してください」
「なーに、お゛っ、わっけわかんない……」
「お願いしますよ」
「まー、サンカントが言うなら、あ゛……あ、ふわふわー」
「大丈夫ですか」
「――――っ!? へ? どこ、あたし、あ、そうだ、あのクソ野郎は、え、サンカント!
やぁ、サンカ、う、う゛ぁ、あ、やめあァ、ね、うお゛ァっ 」
「落ち着いてください」
「う、グ、がああア……ァ……あ、あえ、てめ」
「話を聞け」
「あアアアァ! 返し、かえせ、こ……の、ゲ、アぁ!」
金属製の拘束具が、ガチャガチャ激しく音を立てる。
“サンキエム”とリュミエラは、各々異なるいくつかの理由で喚いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「落ち着いていただけたようで何より、ファルギ村のリュミエラさん」
「ああ、うん、サンキエム、さん、理解は、あ、まあ、した。
あたしを助けてくれて、サンカントも戻れるみたいで、あ、その、ありがとう、ございます。
でも、納得は、いや、えと、もちろん嫌なわけない、じゃなくて、あの、ですね、その姿でじっと、は、その」
「諦めてください、ふふふ、でも嬉しいわ、うちの子を大事にしてくれてるみたいで。
ま、私が表に出てるときは外の様子見えないから大丈夫よ、操られてる間に会ってればわかりませんけどね?
だいいち、視線だけでそんなんじゃ、これから困りますよ」
「う゛ー…………」
肩をすくめて低く笑った“サンキエム”に対し、リュミエラは唸って顔を僅かに背けた。
会話の流れが止まり、双方の聴覚に保持装置の発する僅かな機械振動音のみがジィジィと聞こえた。
直前まで混乱状態にあったリュミエラだが、“サンキエム”の辛抱強い説得により、怪人少年に寄生した人格がまさに“勇者”さながらに自律起動していること、自身がそれに救われたという状況をどうにか認識した。
“勇者”エリクの魂の同居人の挙動を知っていたため、その意味するところや身体と声が整合しない理由を、思考力が低下した状態でもどうにか理解できたというのも大きいだろう。
しかし、慣れないものは慣れない。
“サンキエム”の存在が云々ではなく、全裸で機械装置に繋がれ魂と肉体両面が消耗している無様な姿を、愛しい弟分の外見をした生き物に注視されるのが不満なのだ。
しかし、当の“サンキエム”にそういったことを推測する感性は無いらしい。
「さて、私はあくまでこの子の中に間借りしているだけなので、一度出る度に構造を微調整する必要があって頻繁には出てこられませんし、あまり長い事動かせません。
今からこの先の行動に必要な情報を説明しますから、よく覚えておいてください。時間に余裕もありませんし。
現在のフォルティ森地下保管庫は私“サンキエム”の支配下にあります。
しかし、博士をはじめとした敵性存在は本来の管理者が殺害された事を既に知っています。
彼らは既に当施設の破壊、あるいは奪還のため動きはじめているはずです。
このまま脱出しても良いですが、向こうも網を張っている可能性が高いためパワーソースが空の貴方では枷になりますし、といって放置していくのもうちの子の意志に反します」
「はあ」
「そこで、現在貴方を繋いでいる大型怪人保持装置の出番です。
無駄に大きいだけあって肉体浄化機能と特殊補給機能があります。
流石に脚は無理なので、戻ってからどうにかしてください……けれど、貴方の固有形質ならパワーソースさえ溜まっていれば迎撃と逃走ぐらいはどうにかなるでしょう。
ただ、今保持装置に溜まっている分だけでは、まともに体が動くようになる程度しかありません」
「はあ」
「また、この保持装置室は当施設最下層に位置しており、貴方に必要な陽光を得るには脱出する必要があり補給とかみ合いません。
そこで、当施設の危険物保管庫の一つに備蓄されているレンファニウム燃料を利用してください。
大地のレンファの名を関する高出力の特殊燃料ですが、その本質は陽光と同様です。
地図と燃焼方法を壁のモニタに出しておきますので道は問題ありません」
「本当に、大丈夫なの?」
「心配性ですね、貴方の培養細胞の餌として使われていると、トレジエムのデータにありましたのでまず問題ないでしょう。
通常の生物なら多量に浴びると肉体が崩壊しますので、うちの子から離れて使ってくださいね」
「他に手段は無い、ならまあ、いいけど。ってサンキエムさんはどうすんですか」
「稼働時間が残り少ないので脱出するころにはサンカントに戻ります。
といっても消えるわけではありませんし、お礼はまたの機会にお願いしますねっと」
「ええ、ありがとう……え? ちょっと、何」
カチャカチャと保持装置の操作パネルを叩きながら喋っていた“サンキエム”が、何かの瓶を持ち、手袋を嵌めておもむろに台座へとにじり寄ってくる。
困惑したリュミエラは、動かない身体を震わせた。
“サンキエム”は装置からいくつも不穏なものを引き出し、一つ一つ確認し始めた。
「さっき言いましたでしょう、装置の機能を利用して急いで浄化と補給を行います、と。
ちょーっときついかもしれない、ですけど」
よく知る顔が、全く知らない表情を浮かべている。
間違いなくサンカントでは有り得ない、と言い切れるその歪みを、リュミエラはどこかで何度か見た事があった。
足元から上がってきた嫌な予感が、腰から背筋を縮み上がらせて喉首へと抜けてゆく。
「あの、なんか、え」
「……あの子を、私の大切な弟を奪った女で、少しぐらい遊んでも、罰は当たりませんよね。
回復はきっちり行いますから、ご安心を。
私は弟だって完璧に改造したんですよ? 力加減で失敗なんて有り得ません」
実に愉快そうな“サンキエム”の声と、迫るサンカントの身体。
保持装置本体からはコロノスコープ状の管が何本も伸びてリュミエラの固定された台座の上まで到達し、這い回っている。
おそらく重要な機能があるのだろうが、先の会話のせいでリュミエラには拷問器具の類としか認識できない。
そのうちの一本が肌に触れた。
「ひゃ、あひゃ、くすぐった、じょ、冗談がお好き、なよう、で」
「どちらかと言えば、ジョークは嫌いな方ですね。
途中で装置を破壊されたら困りますし、妨害パルスの出力を上げます」
「し、嫉妬は見苦しい、うぎゅ、あ、てか、やめ、その身体で勝手にあたしに、いや、素の金属パイプみたいなあんたよりは嫌じゃない、けど、違う、サンカントは好きだし、じゃない、ああもう、ちょ、とめ、て、とめてくださあ、あぐ、う゛、ん、やだ、やめろ、ああ゛ああアあ!?」
地下深くで響く声は、他の誰にも届かない。
怪人図鑑そのにじゅうよん
〔勇者試験体十三番『トレジエム』〕
形質学者ベルトランの改造により新たな肉体と特殊な知識と記憶を得たヒト男。
フォルティ森地下保管庫の管理者代理だが、完全な研究狂で他の事は抜け落ちがちであり、深みのあるグレーの髪も全く手入れされていない。
事故により一度死に掛けて身体の大部分に再生措置を行っているため、非戦闘型怪人にしてはビオス細胞濃度と生命力が高い。
怪人サンキエムとは生前、仲が悪かったようだ。
・おおきさ
5フィート5インチ、138ポンド。
・装備
大型電磁スカルペル
ベルトラン式サイコ・ジェネレーター
対元素白衣
・特殊魔法と能力
「半球睡眠」
「ベルトラン怪人基本セット」
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