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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第六章 アウェイクニング
58/101

52話 『トリップ・トラップ・アルタレーション』

今回少し過激になってしまったので苦手な方は途中で戻るボタンを。



























「ふにゃー……どったの、サンカントぉ?」


 存分に肉を食って僅かに形を崩した腹を撫で回し、鍛え上げられた己の筋と傷こそあれど滑らかな肌の手触りを堪能したリュミエラは、幸せそうに破顔して大きく息を吸い込んだ。

咥えていた燃える棒から、ほんのり甘く、とても刺激的で、暖かな煙がゆっくりと内臓粘膜に沁みこんでゆく。

魔力を含んだ薬効成分が魂と肉を通り抜けるごとにふにゃりふにゃりと世界が歪み、吐く息がふわふわ半透明に泡立つエキセントリックな模様を描いた。

舌と脳髄から侵入し、背骨から胸へと回って下腹部までを湿った柔らかな布で優しく拭うように包み込む軽いが抗いがたい悦楽、慣れ親しんだ樹脂葉巻(バター)の風味。

向精神性が高く、思考を乱して本能を強めるところは酒精に近いが、感覚が抑制されにくく、場合によってはむしろ鋭敏になるという特徴がある。

消化器官を使わず摂取できることもあって、リュミエラをはじめとした戦いを生業とする連中に愛用者が多い……無論、嫌う者も多いが。

いずれにせよ、彼女は愛しき昂揚状態にあった。

目の前で困り顔をしている可愛い弟分は、まだ殴りかかってこない。

彼に部屋から叩き出されるまで、もう一、二本は楽しめるだろう。

それにしても、眠い。樹脂葉巻(バター)に睡眠導入効果は無い筈。

リュミエラは普通なら消火して捨てるほどに短くなってしまったそ(・)れ(・)を、火のついたまま舐りながら首をかしげた。


「眠……む……」


 確かにここのところ己は忙しかったとはいえ、この程度の愉悦感で倒れそうになるほど疲弊していたか?

絶対に疲れていない、などという確信まではないものの、耐えられない程ではありえない。

そもそも、楽しみ足りてないというのに。

もう少し、もう少し。


(あ……たし……の)


 視界と世界が歪み、不安定に蠢いている。

樹脂葉巻(バター)のオーバードースで感じる白く熱い、魂の世界ではなく、もっと不可思議な極彩色の祭り(ガラ)の混沌を思わせる、不可思議な。

揺れる空間をぼんやりと眺めていると、壁が音もなく破れてショッキングな桃色の肌を持つ肥った獣が現れた。

肩高が明らかに部屋の天井を超えており、控えめに見て床を踏み破る体重を持つはずの巨獣は、しかし壁以外のなにも壊すことなく滑るように迫ってくる。大迫力。

ほどなくしてリュミエラの目の前まできたそれは、優しい瞳で彼女を見下ろした。

獣の巨大な耳が翼じみてパタパタと動く度、弾力のありそうな無毛の肌が微風の水面のようにさざめく。

さらに、鱗を剥がした大蛇さながらの長い鼻が伸びてリュミエラの腹に触れ、そのまま巻き付きはじめた。

不思議と、危機感は覚えない。

代わりに、凝り固まった筋が柔らかく解されるような安らぎのイメージが思考を支配する。

硝子のように透き通る空気がふくらみ、しぼみ、捏ね回されて。

温かく脈動する肉は持ち主の巨獣とは別の生き物のように伸び続け、いまやリュミエラの体を半分以上覆っていた。

何かを絞り出される感覚が心地良い。


「カひゅ、あ゛……ぐあ……もぉ……れ……」


 奇妙に掠れた声が聞こえる。

こんなに叫んで、迷惑だろうに。

よく知る声だが、朦朧としたリュミエラには内容までは聞き取れない。

腕が、脚が、動かない。身体が腰から浮いてゆく。

ぐにゃぐにゃ、ぐにゃぐにゃ、視界がピンクの獣で染まった。

ごぼごぼと吐くような男の呻き声。


「ゲホ、やめ、やめやが」


「ふにゃー……どったの、*****ぉ?」


 血の臭いがする。

座椅子にもたれかかったリュミエラの脳裏に、一つの心配が浮かんだ。どんな内容かはわからないし、眠い。

脳と肉は夢の世界にあるようだ。魂だけの思考は覚束ない。

咥えていた棒から、ほんのり甘く、とても滑らかで、暖かな味がするすると内臓粘膜に沁みこんでゆく。

魔力を含んだ薬効成分が魂と肉を通り抜けるごとにふにゃりふにゃりと世界が解け、ふわふわ虹色に泡立つエキセントリック模様が浮かんでは消える。

舌と脳髄から始まって背筋から腰にまとわりつき、全身を包み込む奇妙な味。

頭を上げていられない。


(だる……ぅ……)


 ずり落ち、床に倒れたリュミエラの乱れたシルバーブロンドからギラギラ輝く縄がうねり出た。

彼女は不可解に明滅する視界で、虚か実かもわからない己の一部を眺めている。

目の前で縄を構成する銀糸の一本一本がぬるりぬるりぬるりとほどけて滑り、膨張し、魂の形の蛇となって這い回る。

リュミエラは痙攣する白い腹や薄い胸の上ででたらめにのたくる蛇に擽られ、ひゅうひゅうと笑いながら左腕の覆いを引き剥がし、鉤爪にはまっている肌触りの良い黒い鞘も投げ捨てた。

露わになった輝く深紅の鱗と、三インチ以上もある鋭い爪には蛇が這っていない。

魂に根付いた確固たるドラゴンの心象風景が、景色の変化を妨害しているのだ。

粘液じみた緻密な鱗はどんな景色よりもうっとりするほどに美しい。夢よりも。


「あひゅ、あ、ひゃひゃひゃきゅひゃはははは! しぬね、ねう眠いね、しねしねょおあうあああ」


 凶悪な老ドラゴンのオーラ紋を放つ鉤爪が跳ね回る蛇を切り裂く。

ばらばらになった蛇から白と赤と緑の血飛沫が飛び、空中でつるつるするする新たな色の蛇になって零れ落ちる。

顔をしかめたリュミエラは偽りの(False)聖女(Saint)で焼き殺そうとした。

魂が光らない。寒い。くすぐったい。肌が溶ける。

ぬるぬるぐちゃぐちゃひらひらさらさらくるくるしゅるしゅるにちゃにちゃ。


「んにゅみゃあははああたしこわれたあたあたし」


 寝返りをうつとぶちぶち蛇が潰れ、つるつる新しい蛇が流れ落ちる。

舌から指から胎から産まれうねる蛇を鉤爪で引っ掛けるたび、ぱちんと弾けてあかあおきいろ。

粘々と絡みつくそれを透けるように白い右手指で掬い上げると色が固定されてくるくると掌でとぐろを巻いた。

よく見れば案外可愛いものだ、とリュミエラは思った。

床やら腹やら肩やらを這っているものよりだいぶマシではないか。

周囲ではありとあらゆる色の蛇が積み重なり、壁も机もすべてが鱗。

重みでぷちぷちと千切れるそばから新たな蛇が湧く。

赤い飛沫が白く変わり粘り付いて渦巻いてピンクの蛇が鎌首をもたげてはじけ飛んで青い蛇が中からこぼれて血を吐き茶色の蛇が生まれて骨になり白い蛇が口の中で粘膜をくすぐり噛み切ると溶けて喉をするすると通って臓腑が震えて苦しく心地よく沁みわたり身体が重い。

深く沈んだ身体が、今度は高く浮きあがる。ふわり、ふわり、薄い風を感じた。

紅色の蛇が飛んでいる……高く、もっと高くへ。

静かな男の声がした。


「データが不足」


「*****ぉ? だいじょー……」


 返答は、途中で止まった。

床も壁も見えず、様々なものが歪みうねり不安定。

抗い難い脱力感が全身を支配し、麻痺しているかのように動かない。

挿さっている棒から、ほんのり苦しく、とても滑らかで、冷たい薬液がゆっくりと内臓粘膜に沁みこんでゆく。

魔力を含んだ薬効成分が魂と肉を通り抜けるごとにぐにゃりぐにゃりと世界が歪み、ぼこぼこ半透明に泡立つエキセントリック模様が浮かびはじめた。

リュミエラが慣れ親しんだ樹脂葉巻(バター)の風味ではない。なんだ、これは。

どくり、どくり、異様な冷たさが腹から脊髄を通って四肢に広がり、指先で反響してまた戻る。

肌の上を冷たく湿った何かが動く不快とも快楽とも判断しがたい感覚。

彼女は苦労して力が抜けていた首の筋肉を起動させ、視線をずらした。

見える部分すべてに右手の小指にも似た無数の白魚じみた蟲が点滅しながら蠕動している。

世界に己と、蟲のみ。

朽ちた魔物の腸でもここまで蟲が詰まっていることは少なかろう。

あまりのおぞましさに、動かないはずの身体が反射的に震えた。

唐突な振動に怯えた生白い蟲が、紐状の体で一斉にぴちぴち跳ねる。

このようなものに実体などあるはずはない、夢、あるいは薬か何かの干渉による幻影だと思考では認識できているが、本能と肌神経がそれを確定させてくれない。

口腔内に侵入した一匹が敏感な硬口蓋の襞を擦りながら舌に巻き付く。

バッドトリップ感情が極まり、リュミエラ自身の意図と無関係に大きく開いた唇から叫び声と大量の唾液が迸る。

蟲がさらに激しく暴れだす。


「あ゛あ゛あ゛」


 ぐわんぐわんと視界が揺らいだ。

筋肉が無様に収縮と弛緩を繰り返すが、身体そのものは起こせず、離れることはできない。

そもそも、自由意思が通じていないのだ。

輝く白磁に走る数筋のひび割れじみて透けるように肌を汚すいくつかの古傷に、無数の紐蟲が寄生するかのように潜り込みはじめた。

振り払い、掻き毟りたいが腕も足も曲がらず、偽りの(False)聖女(Saint)も答えてはくれない。

吐き気を催す感情はいつしか異様な冷たさを伴う鋭い快感に変化し、魔力と体液の流れをかき回し、増幅されてゆく。

温い、冷たい、疼く、吐く、震える、痒い、痛い、痺れる、滑る、良い、悪い……


(やめろ! やめろ畜生! メルド! 這い回るな、うあ、あ゛、あたしから出ていけ!)


 皮膚がじくじくと疼き、心と胎が煮えては凍り、何かに辿り着けない。

いや、違う。微かに感じる、遠いが近づいている。

煌めく力のパルスはまだリュミエラを見捨てていない。

地の底じみた重苦しい虚空のどこかで何かが光った。

不快な幻影の愛撫に囚われて動かない身体の代わりに、魂を伸ばす。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ジィー、チキ、チキ、チキ、ジィー……。

機械振動音が小さく響いている。

時計の針に似てはいるが、もっとずっと不可解で規則性が低い。

その広い部屋に窓は無く、灯りといえば文机に置く小型クリスタルランプにも劣る豆粒のような光球のみ。

だが、地下牢獄めいた室内に何も無いというわけではない。

弱々しい魔法光が、天井まで届く禍々しい供犠台じみたシルエットの機械装置を照らしていた。

床には装置から伸びる無数の金属回線類が走っている。

さらにはランプの置いてある机と、巨大スキャニング診察台のごとき大仰な装置からそれぞれ僅かに聞こえる機械的でない音が生物の存在を示す。

……と、突然のフラッシュにより室内が明滅した。

光が何らかのトリガーであったのか、機械の駆動音が変化する。

電子音とわずかな水音の後、明滅は収まり、ぼうっとした灯りと化した。

よく見れば、灯りは炎でも機械でも魔法でもない。 

機械装置の中央にある椅子台座にもたれかかるような形で厳重に封じられているヒト型が、白く光っている。

全身各所が不可思議な素材で束縛され、特に肩から鎖骨にかけてと割り開かされた上腿の根元に至っては、何らかのパイプ器具が接続された上から鈍色の金属部品で押さえつけるようにがっちりと台座に留めてあり可動部が殆どない。

更に胸部、下腹部、上腿、二の腕などに貼られた複数の有線パッドが台座であるところの大型機械と繋がっていた。

魔物や凶悪犯罪者の輸送でもここまではしないであろう極端な厳戒態勢だ。

無論、予算や機材を無駄に使っているわけではない。

単に装置に固定されている深紅に輝く異形の左腕を持った生き物が、極めて危険な存在というだけだ。

完全に目覚めたそ(・)れ(・)は起き上がろうとしたが、強固な金属部品による束縛と大がかりな魔力装置による行動阻害に阻まれ、ガチャガチャ金属音を鳴らして身じろぎしたのち唸るように呟いた。


「あ、う゛……クソ、が、んあに、こ、え、う、冷たっ」


 ほぼ同時に、薄暗い中で机に座って書類と格闘していた白衣ローブ姿の男が慌てて立ち上がる。

光の点滅にしろ、声にしろ、彼にとっては予想外の出来事だった。

金色の虹彩が光を反射し、輝いた。

彼はこの施設の管理者を兼任するベルトランの部下研究者であり、同時にトレジエムという名の怪人だ。

管理と技術研究を兼任するため、殆ど眠る必要が無い特殊な改造を受けている。

彼は白衣をはためかせて保持装置の操作パネルへと駆け寄り、カチャカチャとキーを叩いた。


「……おや、隔離と起動阻害が剥がれたわけではないのか? ならば何故覚醒を」


 モニタに出力される情報を確認したトレジエムが首をひねった。

いくらなんでも早すぎる。

本来は調整中の怪人や、通常の拘束手段が有効でない特殊な仮想生物に対して、体機能の無力化や保持、改造等を行うための魔力サイバネティクス装置なのだ。

通常の生物に対する安全率は過剰なほどで、保持機能が働いている間に目覚める事などありえなかった。

しかし、今回の対象はどうもそうではないらしい。


「うう゛、何が、あ、気分、悪い、あんた誰よ」


「もう少し寝ていてもらえると非常にありがたいのだがね、うちの保持装置は優秀でな、筋力や魔力が衰えたりせんのだぞ……まあいい、私はトレジエム。

この施設と貴様の管理を担当している」


「説明になってねーわ、げほ、あ、この!」


 FLASSH!

機械装置に接続されたままのリュミエラが、眩い光を放った。

改造瞳に閃光が直撃したトレジエムが一時的に視力を奪われて蹲り、同時にリュミエラが呻く。


「うおあ、目、が、阻害はっ、が、どうしたというのだ!?」


「うう゛!? な、あ、んお゛っ……!! きもぢ、悪、いい゛……」


 トレジエムが目を押さえて苦しむが、リュミエラはそれどころではない。

喉が潰れたような声、いや音。

固有形質の発動による魂の活性化に反応した拘束保持装置から、肌のあちこちに貼られたパッドを通して奇妙な妨害パルスが送られたためだ。

神経と魂の接続が乱れ、全身が不調を訴える。

激しい違和感を逃すべく唯一動く首がでたらめに振られてシルバーブロンドがヘッドレストにばさりと広がり、各所の筋が震える。

不快な脈動で腹が絞られて白い喉が痙攣し、リュミエラは血を除くありとあらゆる体液を漏らしながら激しく嘔吐した。

だが、彼女を困惑させたのは苦痛でもなければ、恥辱でもなかった。


「っ!? あう、お゛、おお……お、う゛え゛え゛、ぉう゛ぐぇぇ、っは、何、なん、よ、げほ、あ゛!

んっ……げええぇぇ、う゛ヴお゛あ゛っあ゛っ……あ゛っ……おごげええぇぇえ!!

ぉお゛お゛ご……お……う゛ぶあっ……いぐ……が、ぼっあ゛ぁあぁぁ!!

…………っふ、ぐぅ……てめえ゛え、あだ、あたしに、うぎゅ、ア、ぁ……何してくれやが、ったあああ゛あ!!」


 ひとしきり胃袋の中身を吐き切ったリュミエラが、いまだに床でへたばっているトレジエムに向かって、涙目でえずきながらも怒り狂って叫ぶ。


「げぼ、あ、死ね! な、何を飲ませた、おごぉ、あ、この色、は、あ……うぇ」


 口から喉へと垂れ落ち、辺りに撒き散らされているのは、未消化物や胃液ではなく、青(・)色(・)の(・)粘(・)液(・)。

反吐で機能不全でも起こしてくれないものかと、なるだけ機械装置部分に当たるように吐いたが、特に意味はなかったようだ。

直前と変わらない小さな振動音を立てているどころか、小さなアームが伸びてきて汚れを優しく拭き取ってさえいる。実に腹立たしい。

クロマクとの魔力回路もまるで繋がらず、竜爪剣(ドラゴンソード)が混ざった左腕のオーラも感じ取れず。

吐き気を堪えつつ試行錯誤しているうちに、トレジエムが目を擦りながらよろよろ立ち上がった。


「全く、資料通りの狂犬だ。殺す気はないんだがな」


「ああ゛畜生、どういうこと……なんで熱が溜まらない……力もはいんないし」


「私こそ何故固有形質が封印しきれてないのか説明して欲しいんだがね、魃(ひでりがみ)。

その保持装置の稼動には随分とコストがかかるのだぞ?

そもそもあれだけ攪乱剤が入って何故たった十日で適応して目覚める、いやそれよりも何故ビオス細胞が定着せんのだ!

パワーソースは殆ど吸い出せた筈だ、それなのに貴様の代謝システムは一体どうなっている!

魂洗浄ができないではないか、ふざけるな!

……まあいい、暴れないと約束するなら話し相手ぐらいにはなってやろうじゃないか」


 荒い息を吐きながらトレジエムがわめく。

リュミエラには殆ど何を言っているのか理解できなかったが、どうやら偽りの(False)聖女(Saint)……目の前の奴に言わせれば魃(ひでりがみ)の特性に救われたようだ。

なるほど、脱力は機械装置よりもパワーソースが切れかけている事のウェイトが大きいらしい。

ここが首都ルクスからみてどのあたりかはともかく、ベルトランの基地ならば少なくとも地下だろう。

部屋も薄暗く、充填は望めない。

流石に頭痛や嘔吐に快楽を覚える性質などは持ち合わせていないリュミエラは、ひとまず抵抗を諦める事にした。


「ああもう! 死にたくも吐きたくもないし、改造でも何でも勝手にしなさいよ。

それで、どうにかして連れてきたあたしに何をした、いや何してほしいわけ、あとサンカントは何処よ」


「これだから馬鹿は困る」


「なによあんたらほんとに死、んぎにゃあああ!?」


 ZZZAZAZAAAP!

悪態に反応して有線パッドが起動した。

光熱をはじめとする通常のエネルギー攻撃と炎元素に完全な耐性を持つリュミエラの防御能力も、どうやらこの接触振動には効果が無い。


「暴れようとするなというに」 


「お゛……うぇ……やめてよ気持ち悪い、何もしないって……で、話し相手になってくれる話は」


「ああ、そうだったな。

ようやくうちの上司が逃げた050……面倒だ、サンカントでよい、意味するところは同じだ、奴をコントロールするシステムを開発したのでな、貴様はそのついでだ。

魃(ひでりがみ)細胞サンプルだけじゃ何が有効かわからんでな、麻痺蒸気(パララスチーム)から魔力麻酔薬までコスト度外視で適当に混ぜて撒いたらしいが、よく生きてたもんだ」


「え」


「それでだ、まあサンカントだが私の担当ではないから悪いが知らん。

まあ処理されてはないだろ、うちはエコロジーだから」


「……そう」


「貴様も眠っている間にビオス細胞を定着させ、怪人にして使う予定だったのだが」


「だった、って」


「私が知るか! 普通は一定量を胃か直腸に注入すればじきに定着して干渉できるようになるのだ!

貴様は胃も直腸も定着せず、子宮も膀胱も血管も腹腔内も何処に入れても全て死滅! 危険を承知で脊髄に注射してもダメ! ふざけるな!」


「え、ちょっと、どういう」


 危険だ、おかしい、正気でない。


「貴様がさきほど吐いたのもビオス細胞培養液だ、勿体無いではないか!」


「いや、そんなこと言われても、ってかよく知らないけどそんなに他人のモノ入れたら死ぬんじゃ」


「安心しろ、単に環境が違いすぎて死滅するだけで免疫応答による臓器障害は今のところ起こっておらんから死にはせん。

それにバイタルは見ている」


「安心できるわけないでしょ! 何が話、なんでもないわ……勝手にしてよ」


「うむ。それで私は新しい方法を思いついたのだがね、肉の一部を切除してビオス細胞を含む生体部品も換装すれば生体そのものにビオス細胞を定着させずとも干渉できると推測したのだ。

貴様は何処を切ってもすぐに出血が止まるようだからな、楽で良い」


「へ? ちょっと、え?」


 カツン、カツン、カツン。

怪人の理解不能な言動に混乱するリュミエラをよそに、トレジエムが部屋の隅へと歩いてゆき、クローゼットじみた金属の扉を開いた。

冷蔵システムらしく、冷たい風が部屋に流れる。

見たくないが、下手に首が動かせるせいで見てしまう。

様々な瓶と、奇怪な形状をした何本もの刃物、不気味な液体の入った袋、なにやら理解を拒む冒涜的な形状の器具。

トレジエムはそれらの中からいくつかを取り出し、カートに乗せた。

車輪がカラカラと鳴る。

リュミエラは暴れようとした。妨害パルスが走る。


「あ゛い゛い゛……ぐ……う、げえぇぇ!! おぼっ、ア゛、やめ゛げ……ほ」


 全身を痙攣させ咳き込む。吐き出すものがない。

苦痛だか快楽だか負荷だかわからない、おそらくそれらの混合物であるものが胎を揺らす。

ゴウゴウと背後の装置が唸り始める。

肩と股が痛む。

大量の何かが注入されている。 

ピンクの獣が空を舞い、虹の蛇がつるつると零れ落ち、蠢く紐蟲が肌から這い出す。

腰が溶けそうだ。

四肢の感覚が鈍りはじめている。


「片脚外せばちょうどよかろう」


「やめ、あ、ころ、こ……ろず……が……あ゛あ……」


 いつの間にかすぐ傍に立っていたトレジエムが左の上腿に冷たい薬液を垂らした。

消毒液か麻酔薬かわからないが、液体を通しそうにない手袋をつけている。

リュミエラは今度こそ意識と視覚が残っている事を後悔した。

呪詛を吐くが、舌がもつれてうまく言葉にならない。

様々な生物じみたバッドトリップ幻覚が不快感を発し、薬液が揉み込まれる上腿からは魂を直に扱かれているがごとき尋常でない感覚。

さくり。


「ふむ、骨はどうするかね、貴様が必要なら残しても良いが、まあ要らんよな」


 鋭いメスが滑らかな白い肌にすうっと沈み込み、薄い脂肪を割いて鍛え上げられた筋肉に到達し、僅かな抵抗を受けた。

トレジエムは刃を寝かせ、皮膚と脂肪を帯状に削ぎ取る。

固有形質の影響で僅かしか流れない血をそっと拭うと、桃色の肉が蠢動していた。

なんて美しい、蟲が這っておらず、また自分の肉でさえなければ食べてしまいたいぐらいだ。

リュミエラは再びえずいたが、やはり何も吐けなかった。

注入された複数の液体と塗られた薬剤の効果で、幸か不幸か痛みは感じられない。


「お゛えぇ……げほ、ごぉ……あ、たし……の…………あ゛え゛……い……あ……」


 慣れた手つきで肉と皮膚が剥がされてさくさくさく。

痛みの無い事を認識したリュミエラに、喪失の心地よさが襲ってきた。

この感覚は危険だ、目を閉じなければ、いや、閉じてはいけない、恨み、うらみはらさでおくべきか…………


「さて、さっさと処理を、ん、まだ意識があるのか?

血が抜けん影響かね、研究してみたいがあまり遊んでもいられんのでな、ええと、確か捕獲に使った混合魔力麻痺の」


 世界が、どろどろと蕩けて闇に沈んでゆく。 

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