幕間05 『積まれたタスク』
彼は長い長い地下通路を歩く。
しかし、それは彼の意思ではない。
彼はまるで体が自由にならないなか、ぼうっと世界を見ていた。
精神世界、そうだ、不安定存在なのだ。
彼の人格は本来の彼とそれほど乖離したものではない……だが、記憶は不完全だった。
実際、彼の魂は、“それ”は非人道な改造の影響で欠けており、そのうちかなりの部分が永久に戻らないだろう。
いずれにせよ今の彼が、己の意思で動く事は不可能だ。
精神が何か殻じみたものに覆われ、肉体から隔絶しているにもかかわらず、頭痛が止まらない。
ある種哲学的な痛みに悩まされながら通路の先を眺める。
不快なパルスが精神の周囲を流れ、命令を送っているが、今の彼にできることは何もなく。
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秘密要塞ベルトラン地下研究所最下層、モニタリング室。
未来を感じる装甲研究室が薄青い照明で照らされ、壁一面に貼り付けられた複数の大型クリスタル液晶モニタに無数の情報が踊る。
そのうちの二つを、骸骨のごとき面相を持つ長身白衣の男が交互に見ていた。
彼こそは形質学者ベルトラン、非道なる真実探求者である。
「フーム? 少なくとも視界は問題ないように見えるが……」
なんとも表現しがたい曖昧な表情を浮かべたベルトランが手元の有機クリスタルボードを操作し、喇叭状の施設内通信装置に向かって呟く。
ピーピーピー、すぐに反応が返ってきた。
ベルトランが注視するモニタの隣から、やや途切れ途切れに知性的な印象の女声が流れ出す。
「博……士、クールポルトのコマンド自体は多少の遅延はあれど常時効果が出ています、しかし050の……いえ、視界、筋肉、魔力回路への命令は問題ありません、業務可能です」
「ええい、忙しいのはわかっとるが、詳しく説明しろセジエム。
その機構はお前の発案製造ではないか、ワシの知識とて万能ではないぞ」
モニタに映っているのは、様々な回線が髪の毛さながらに延び広がり鼻までを隠す不気味なヘッドギアを装着し、ボードとモニタが一体化したリクライニング機械椅子に深く座った女だ。
面倒そうに映像送信機に顔を向けて焦げ茶のサイドテールを揺らし、カップに入った爽やかな青色のドリンクに時折口をつけつつ喋る彼女は、遠目ではただの若手研究者にしか見えぬ。
……もちろんただの若手研究者がこのような場所に居るわけがない!
彼女、セジエムのヘッドギアの下に隠された瞳は金色の虹彩を持っており、神経系と魂、肌にも強化改造と劣化防止措置がおこなわれている。
単にベルトランの側近というにとどまらず研究所のシステム管理者でもある怪人セジエムは、現在ある業務にかかりきりであった。
「本機は操作者の生体部位に接続する親機、コントロール・デバイスと対象者の頚椎付近に撃ち込む送受信アンカーの組み合わせであります。
デバイスを通して量子魔力コマンドを発しアンカーと共鳴させることで、対象者の肉体と魂を制圧下におき自在な遠隔操作と精神彫刻を可能にします。
基本原理は博士とソリオン・カピテーヌの開発による、ミロワル・ソリオンを子機として共鳴操作するものと同様でありますが、人格基盤が異なること、肉体のみならず魂に干渉する必要があることにより四割ほどレスポンスが劣ります。
さらに、感覚器官を通して得た情報をリアルタイムに出力する付属装置も同時に開発を行いました。
現在再々改善版を050を対象として試験運用中です。
目下の問題点はコマンドの複雑性から、操作者に魂魄思考領域増設と脳細胞化学反応加速処理を両方要求する事、アンカーから対象者の実体にコマンドを浸透させる媒体としてベルトラン式万能ビオス細胞が必要である事が挙げられます。
その次に……………………」
「いい加減にしろセージエム!! クールポルトシステムそのものの説明を要求しとるわけなかろうが!
んなもん一通り記憶しとるわい、完璧でない事が嫌なのはわかったからさっさと現在の状況を説明したまえ」
猛烈な勢いで既知の仕様書を読み上げるセジエムを通信装置越しに怒鳴りつけたベルトランは、溜め息をつきながらモニタに表示されている各種データを書き留め始めた。
セジエムは一瞬子供のように頬を膨らませたが、問題点そのものは把握しているようで言い返すことまではしない。
「はあ、了解、しました。
繰り返しになりますが、050の肉体そのものは完全な制御下に置かれており、私が操作する必要があることを除いて一般的な怪人同様に動かせます。
現在050は修復を終えたカトリエムと共に、フォルティ森地下保管所に滞在させています。
それで問題ですがね、現状不確定な事が多く推測が複数含まれてしまうのですが」
「かまわん、別にワシはお前の不手際を探しておるわけではない。
新作など失敗が当然のものであるし、開発前は無かったのだから廃案になってもコスト面以外の損失はなかろうよ」
「はいはい、感謝いたしますよっと。
でですね、現在050の人格基盤と固有形質の一部に対するアクセスが魂と脳両面で遮断されており、精神彫刻も不可能な状況にあります。
カトリエムに対して使用した際は一切の障害が発生しなかったため、何らかの干渉を受けていると推測されますが原因不明」
「何だそれは、致命的ではないか。
もっと早く、というか捕獲してすぐ言いたまえ……む、待て、確かあれに打ち込まれているアンカーは親機完成前のプロトタイプではなかったか?
カトリエムのアンカーは完成品であろ、その差では」
「いえ旧型を使用していたのは捕獲時のみで、シルヴェストルに輸送した際交換を行いました。
よってアンカー側に問題はないと推測されます。
悪さをしている可能性が高いのは、奴に刻まれた勇者コードである神聖武器か、あるいはサンキエムが研究していた回収機能ですがどうにも私には……」
「成る程な、だが可能性、可能性ばかりでものう。
いずれにせよあれだ、お前がかかりっきりだとワシの雑務が増えていかん。
……しかし、勇者コード回収機能がまともに動いているとは思わんかった、拾い物だな」
「やはりサンキエムは、ルキエル火山横所長は天才でしたね」
「うむ、奴はもっと近くに置いておくべきだった。今更遅いが。
ともかく問題は認識できたのでな、一旦切っていいぞ。050の件急いでくれセジエム。
完全支配下に置ければ、人格再形成と溜まっている勇者コードの切り出しができよう」
どうやら納得したベルトランが、白衣のポケットから握りこぶしほどの瓶を取り出してねじ蓋を開け、中に入っていた大型の錠剤を十個ほどまとめてバリボリ噛み砕く。
地下工場で兵器類のついでに生産されているその錠剤はソリオン用の特殊栄養剤と蜜を混ぜ固めたもので、面倒を嫌う彼とセジエムの主食だ。
任務中のその他怪人にも配布されているが、極めて評判は悪い。
「待ってください博士、どうせコードを切り出すなら普通に怪人を製造するようにビオス細胞経由の魂洗浄を行えば良いのでは」
「む? 何を言っておる、現時点の魂にコードが定着しているのだから不用意に洗浄すると拒否反応が出て崩壊するぞ。
そもそも直のマインドハックすら遮断されているというのに肉体を通す手段が有効とは到底思えん」
「ぐむむむ…………了解しました、なるべく急ぎます。
あ、機材持ってモニタリング室向かいますのでスペース空けといてください。
そこの思考加速器が使いたいんで」
「来るのはかまわんが、あの機材を全部モニタリング室に入れた上で加速器を占拠するのか。
空き時間に、もう一匹の解析をしようかと思っていたのだが」
「魃ですか? フォルティ森地下保管所の保持装置にかけてますし、当分後回しでいいのでは。
だいいち、ビオス細胞注入が終わらない事には解析処理にかけられないでしょう、あんな危ない物。
切断された腕から培養した組織ですらまだいくつも謎が残っているというのに、生体なんか不安の塊ですよ……保管所のトレジエムは博士同様色々乗り気みたいですけどねえ。
それに物凄く時間かかりそうですし」
「むろん監視は必要だが、地下から出さん限りまあ大丈夫なのではなかろうか。
保管所自体、殆どシルヴェストルとシュバルド国境基地への機能移動が終わっておるから隔離施設のようなもんだ。
と言う事でだな」
「……確かに。
でも博士、今は空き時間そのものが全然足りてませんよね、アンドレアス様とこの研究補助も最近カピテーヌに任せきりでつっつかれてるじゃないですか。
あいつ文句言ってましたよ、しかも大悪魔の奴と意気投合して。
では移動するので一旦通信切りますね」
バチリ、セジエムが喋り終えた直後、モニタと通信回線が同時にシャットダウンする。
大荷物の彼女がモニタリング室に到着し、作業を再開するまではしばらく時間がかかるだろう。
知に飢えたベルトランにとって、今回の獲物二匹は因縁の対象であるだけでなく非常に興味深い研究対象だ。
だが確かにセジエムの言は正しく、制圧とコード切り出しが終われば怪人を五人か六人は製造できる検体050はともかく、未知な点が多いうえ危険な固有形質の所持者であるコードネーム魃の解析や改造と比較した場合、優先すべきことはかなり多い。
狂ってはいるが損得計算はある程度理性的にできる男、ベルトランは仕方なく目先の仕事を片付け始めた。
怪人図鑑そのにじゅうに
〔“スレイブ・ソリオン”〕
漠然とした暗色人型でフルプレートに身を包んだゴーレム風量産型魔法生物ソリオンの亜種。
血の代わりに薄青い人工体液が流れていて、常人の四から五倍のパワーと統率された動きができ、対元素コートにより属性魔法に強いところは通常のものと同様。事務と軽作業のための調整がなされた非戦闘バージョンであり、少しスマートで武装も少ないぞ。
外部装甲である甲冑を脱ぐ事もできる。
・おおきさ
6フィート2インチ、280ポンド(鎧込み)
・装備
左腕内部に小型燃料式魔法銃。POM!
右腕内部に筆記用具と非魔力依存型情報記録装置。
頭部フルフェイスヘルムのバイザーの下には、増設メモリと生体カメラアイ。
・特殊魔法と能力
「受信」
「ベルトラン戦闘員基本セット」
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