47話 『歪んだ残滓』
「そうね、あたしゃグレーレだよ、ランシス村のグレーレだ。
いやね、別に代表ってことはないんだよね、ちっこいしよぼよぼだし竈の商人族だしね。
村長は死んじまったよ、ずっと前にさ。五年と百二十一日さね、でもまだ村の皆は生きてるかもね、救わなきゃいけないのさ、あたしゃ。
だからね、いわば緊急時なわけでね、お嬢ちゃん、サンカント少年、あんまり大したもてなしはできないよね、残念だけど。
さあ、水と肉だけはいいものがあるからね、昼食にしようかね、どうしたねパンタ、お前も食うんだよ、食わなきゃ助けられない。
ちとね、からしが不足しててね、今ひとつ気合が入らないね、でもね、十分美味しいからね、ほらね」
もはや何度目になるかわからない老人ならではの会話を繰り返した後、グレーレ老人は肉と岩塩の入った分厚い大鍋に水を注ぎ、魔力を元素変換して炭に着火した。
出力こそ低いが、年季を感じさせる見事な精密操作で太い炭が赤く染まり、パチパチとかすかな炎を発する。
スモーキーで暖かい。
リュミエラとサンカントはざらざらとした土の壁にもたれかかり、脱力した。
グレーレ老人の自宅は、彼女の相棒たる巨大ラパンタルが入れるよう入り口こそ数倍に広げてあるが、旧式のゴブリン建築そのものだ。
すなわち、天井が低く、部屋数が多く、空調が奇跡的なバランスで整えられており睡眠欲と脱力を誘発する。
それにしても、とリュミエラは思う。
グレーレ老人は明晰であり狂ってはいないが、どこかおかしい。
だが、どの部分が異常なのか、そもそも異常性が不幸なことであるか否か、リュミエラには判断できなかった。
おそらく、考えても無駄だろう……詳しく話を聞くまでは。
目の前の魔力囲炉裏で、沸き立つ塩味の肉鍋が凝固したタンパクとわずかに劣化した脂の香りを放つ。
一般的には好みの分かれるものだが、狩人であるリュミエラや、そもそも肉が主食のサンカントにとっては文句なしに食欲をそそる。
半物質半幽体の肉体を全力で活用し、壁をすり抜けて非生物的な頭部を突き出したクロマクが主の真似をして喉を鳴らした。
「こら、静かにしてなさい……ん、食べたい? 栄養にならないんじゃなかったっけ」
リュミエラは興味津々といった風できょろきょろとしている暗い三角形の頭を撫でた。
クロマクはどうにも性質が子供っぽく、主リュミエラの好むものには何でも興味を示す。
そして、彼女にとってはただの愛玩存在に過ぎないが、他人にとってそうではない。
なにしろ、素の大きさが乗合車ほどもある(不定な半幽体のためより大きく見えることも珍しくない)上、光を通しづらい影状の粘着防御膜に覆われている。
一挙手一投足が大抵の相手に恐怖と警戒を喚起してしまうのも無理からぬことであろう。
実際、先ほどもドラゴンのオーラ紋に精神的外傷を持つ巨大ラパンタルともめたのだ。
グレーレ老人がリュミエラの印象よりは冷静さを残していたこともあり誤解は解けたが、今なお暖かい食事を挟んで二匹の大型使い魔は睨み合っていた。
しかし、その主は互いにもはや気にしていない。
竈の商人族らしい金属の丼に、素朴な骨付き肉のスープがたっぷりとよそわれる。
おそらく、いや確実に、この孤独な老婆が他人をもてなすなど久しぶりのことであろう。
「さあ、食いな。パンタも待ってないでいいからね、わかってるね」
「ありがと、グレーレさん」
「ひゃっほう! 肉!」
しばらくの間、食事の音が響いた。
何事も腹が減っていては始まらない。
特に、飢えたるサンカントは無遠慮に四杯も食べた。
グレーレ老人は怒るでもなく、食べている間ひたすら話した。
会話に飢えている。
「うむ、うまそうに食べるね、いいことだね。
それでええと、ルクスから来たって? 調べに? 話を聞きに? 変わってるね、今更。
ああ、事件の日のことだっけね、あれは連日の洪水で畑と家が崩れてね、皆慌てていた。
パンタに乗って駆けつけたときにゃ、もう何人もやられててね、まあ、普通なら逃げるんだが、ドラゴンはそんなに大きくなかった。
長さはあってもね、頭はパンタぐらいしかなかったから、パンタは大きいからね、吼えてね、尻尾に噛み付いて、そうしたら逃げちまったよ。
でもね、あたしゃ腰が抜けててね、皆お礼を言ってくれたけども、恥ずかしくてパンタに咥えられて先に帰ったね。
あたしゃちっこいし腰も曲がってるからね。
数日後、フォルティ砦の方から何人か来て、チビドラゴンな、チビつっても三十フィートはあったと思うけどね、ドラゴンは倒された。
だけどもさ、もうランシス村はダメだったのさ。
数が二分の一、家が半分、畑がほとんどダメになっちゃあね、もう出て行ったほうが楽だよね。
補償金も下りたしね。あたしゃ残ったけどね。助けるためにね。
んでもね、いくつか不自然だったみたいで官憲も来たし、聖堂騎士団も来たし、怪しげな工作員も来た。
村の皆でいっぱい、いっぱい話したよ。
でも、結局うまくいかなかった。それにね、当時はね、何かね、出て行った方がいいんじゃないかってね、皆ね、いなくなっちまった。
あの夜、ドラゴンが村長を食べた夜にね、何があったのかね、皆見てるはずなんだけどね、五年と百二十一日前だよね。
うん、去年やっと思い出したよ、それでさ、助けなきゃあってね、皆ね、忙しかったんだよ。
呆けたようだったさね。なにせあまりにも忙しかったもんでね、それで、なんの話だったかね、ああ、食べ終わったかね、そうだね」
カチャリカチャリ、グレーレ老人は空になった鍋を片付けはじめた。
汲み置きの水か精製したものか、あるいは仮想物質かは判別しがたいが、ともかくたっぷりとある水が操作され、うねり、塩と油が流れ落ちる。
リュミエラは先ほど食べた肉の消化を加速させつつ、静かに様子を観察していた。
この老婆は極めて器用だ。洗練されている。
決して強い魔力や筋肉を感じるわけではないが、基礎的な部分の錬度がかなり高い。
完全な隠遁者とは思えぬのだ。言い換えれば、不安感。
もっとも、サンカントは全く気にしていないようだったが。
「グレーレ婆ちゃんごちそうさま。
えっとな、俺たち、いや俺、村を見て回りたいんだ、あ、お墓を先のがいいぜ」
「そうかいそうかい、少し休憩したら行こうかね、歓迎だよ。
皆歓迎してるさ、さあさあぁ……あふぇ……行くよ」
大欠伸をし、上着を羽織る老婆。
やはり、隙が無い。
もちろん、リュミエラにこの竈の商人族をどうこうしようという気は無いし、仮に戦えば確実に勝てるだろう。
しかし、そういう問題ではないのだ。
「ええ」
クロマクを足元に潜らせたリュミエラは、グレーレ老人、サンカント、巨大ラパンタルに続いて天井が低く口の広い家を出た。
扉の替わりに殺虫機能のある木の皮で出来た薄い簾が下ろされる。
ランシス村の家がいずれもそうなのか、他の住民が全ていなくなり戸締りの必要がなくなったためかはわからない。
リュミエラは故郷以外の伝統文化について無知であるからだ。
いずれにしろ彼女にできることは、笑顔を浮かべる孤独な老婆と、身寄りなき改造生物であるサンカントを見守るぐらいしかない。
よく晴れた空の下、リュミエラは二人と一匹の後をついていった。
田舎ならではの澄んだソレイエルの瞳から発される陽光が、草と土の匂いが極めて心地よい。
どうせ他に見ている者もいないのだからと、リュミエラはフードマントを開いて後ろになびかせ、腕の覆いも取り外して鞄に突っ込み、いくつか傷跡の走る白い肌と真紅の鱗の左腕を外気に晒した。
そうして、露出した四肢から光合成じみて偽りの聖女のパワーソースを貯めつつ周囲の景色を眺めていた彼女は、ふとあることに気がついた。
通るものが少なくなり荒れた道に、草が無数に生えているルートと、そうでない場所とがある。
グレーレ老人が手入れしているのだろうか?
が、疑問はすぐに解けた。
いつの間にやら一番先を進んでいた巨大ラパンタルが、足元にうっすらと火の元素を纏って道を踏みしめている。
そういえば、老婆と出会った元役場周辺も、半ば崩れて瓦礫こそ転がっているものの草木や動物の気配は無かった。
最低限の村としての形が維持されている……まるで今も住人が存在しているかのようだ。
何かが引っ掛かる。戻ってくる者のために? 馬鹿な。
「ね、ここがランシス村代々の墓地さ、いろいろ共同なところもあるからね、一度崩れたんだけどね、修理したのさ、何人かでね。
ええと、どいつだったか、アシルだったかデジレだったか、はたまたドゥースだったかね、とにかくね、うん、名前も刻みなおしたのさ。
あたしゃ二日に一ぺんは来るんだ、な、ああ、これがうちのさ、爺とね、ネジュとね、何だったか……」
「そっか、なあ、グレーレ婆ちゃん、おいのり、していいかな、神殿式しか知らねえけど」
「ああ、そうだね、そうしてくれるかね、それとだね、もう一つね…………」
考えに沈んでいるうちに、目的地に着いていたらしい。
グレーレ老人とサンカントが話しこみ、巨大ラパンタルはわかっているのかいないのか、高度調教魔物らしく静かに座している。
まったく、思考で周囲の確認が疎かになるなど己らしくない。
リュミエラはため息をつき、大して信じてもいない光神ソレイエルではなく、彼らの祖霊に軽く祈りを捧げた。どうにも調子が狂う。
いくらかの瓦礫と針葉の樹で囲まれた墓所区画は、予想よりも手入れが行き届いており、神殿式とは少しばかり異なる尖った碑に大陸語や旧大陸崩し字で様々な文章が刻まれていた。
だが彼女が気になったのは、様式でも、埋められている祖霊でも、弔いの文章そのものでもない。
「あの、グレーレさん」
「なんだい、ええと、お嬢ちゃん、不思議そうだね、どうしたのかね、なんでもいいよ」
疑問はこの老婆にとってあまり愉快な話ではないだろう。
リュミエラは少しばかり躊躇したが、しかし好奇心には勝てず、口を開いた。
「……あの事件があったにしても、新しい碑がですね、白字と字消しに比べて、青字と字無しが妙に多いな、と思いまして」
多い、というのはずいぶんと控えめな表現だろう。
リュミエラとサンカントは、ルクスで廃村ランシスについてある程度調べてきている。
確か当時の人口が二百二〇で死者と行方不明者の合計が百と五。
もっとも、ルクスコリ共和国の戸籍管理はこと古い村ともなるとかなり抜けがあり、本来の村民は死者生存者ともども、もう少しいたはずだ。
が、いくらなんでも青字と字無しの合計が百近いのはおかしい。
リュミエラはグレーレ老人に見えないよう掌に隠したメモを捲った。
資料では死亡が確認された名前が青字のままになっていたり、そもそも碑に刻まれていない名前が複数存在する。
そのうちいくつかは字無しとされたのだろうが。
「青字はね、まあちびドラゴンに食われたか、流された奴だよね、いっぱい村から出ていっちまったからね、私が刻んだのもあるしね、間違いもあるかもね。
あれ、ああ、もしかして知らないのかい、確実に死んでてもね、体か骨か耳が埋められなかったら青にするのよね、このへんは。
あとね、字無しの石、それは全然違うんだよね、うちは神殿式じゃないからね、字無しってのはムエンボトケと違ってね、生きてるんだよ、生きてるから石だけ置いてある」
「へ?」
「だから、生きてるんだ、名前とかね、忘れちまったけどね、生きてる分の石なのさ、最近思いだしたのさ。
五年と百二十一日前のさ、最初のドラゴンの夜だね、信じてないね? 夜になったらね、お嬢ちゃんにもね、わかる。
そうだね、どうせ夜も行かなきゃいけないからね、助けにね、ついてくるかい、それでね…………」
老婆は、目の前の碑を襤褸布で拭きながら喋り続ける。
内容は異常だが、リュミエラが観察する限りではその瞳に狂気も絶望もないし、足元のクロマクも今のところ変化を感じ取ってはいない。
何か、干渉があったか、それとも。
あまり良くはない頭で様々な可能性を推測しはじめた彼女にとって、草と土の匂いはもはや癒しにならなかった。
サンカントが不思議そうにリュミエラの腕を掴んだ。
弟分は、彼女ほどにはおかしいと思っていないらしい。
「リュミエラさん、なんか顔怖いぜ、どうしたの」
「いや、なんでも……それより、他の所。見て回るんじゃなかったの」
「おう!」
声を抑えてそう返すのが、思考が定まらないリュミエラには精いっぱいだった。
視線の先で、喋るのをようやく止めたグレーレ老人がにこにこしている。
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その夜遅く。
「さ、行くよ、助けにさ、時間がないからね、もう五年と百二十二日前になるしね、限界が近いさ。
あと何日猶予があるかね、わかんないよね、あんたたちが来てくれてね、助かったよ。
うん、行くって、待ちなよパンタ、客人がいるんだ、すぐに行くからね」
昼とさほど変わらない内容の鍋を片づけたグレーレ老人が大声を出した。
炭の火が消され、代わりに古びた携帯型のクリスタルランプが点灯する。
家の外では、巨大ラパンタルの急かす様な唸り声。
サンカントは目を開き、眠そうに立ち上がった。
前もって聖堂騎士団の飴を飲んでいたリュミエラ(物理干渉薬物の効果時間が短い彼女だが、飴は魔力成分を多く含むため比較的まともに作用する)は眠くない。
彼女は再び、怪人少年と竈の商人族老婆をまじまじと見た。
やはり、異常らしい異常は感じられない。
念のため出された夕食を摂らずにサンカントに押し付けたリュミエラだが、杞憂だったようだ。
とはいえ改造肉体を持つサンカントは異様に頑丈なため、仮に何か盛られていても気付かない可能性が高く、安全と断定はできない。
浮かんでは消える無駄な考えをわきにどけつつ、出発。
光源を星と暗いランプに依存する夜の闇にもかかわらず、グレーレ老人の歩みは昼より明らかに速い。
……その上、喋り続けている。
強力な暗視ができるのか、あるいはよほど通り慣れた道か。
リュミエラの印象では、後者の可能性の方が高そうだ。
巨大ラパンタルが音もなく老婆を追従する。
「もうすぐだね、ちょっとそこを下ったところがポイントなのさ、今度こそ助けなきゃあね、ねえパンタ、そう思うだろ」
「GRRRR」
「大変だなグレーレ婆ちゃん、でも今日は俺もいるし」
「そうだね、うん、きっといけるね。でも助けるのに増えてるんだよ、どうなのかね」
何か、何か原因があるはずなのだが、リュミエラにはわからない。
道の先から水音が聞こえてくる。
そういえば、川沿いの村で、過去には数度の洪水があったのだった。
と、激しい違和感が彼女を襲った。
本能的に瞳の感度を引き上げ、偽りの聖女で体温をいじって戦闘準備を整える。
しかし、注意深く感覚を広げても敵がいる、といった感じではない。
せいぜい小型の獣か魔物か、それも遠くに。
では、この違和感は何か、何かが。
「……水の温度がない」
リュミエラの呟きは、足元に潜むクロマク以外、誰も反応しなかった。警戒状態のラパンタルすらも。
グレーレ老人とサンカントは全く歩行速度を緩めず、道を下ってゆく。
道の脇はいつの間にか崩れた建物や荒れた畑ではなく、高い樹となっていた。
「もうすぐだ、すぐだよね、うん、あったんだけどね」
「おう!」
しばらくの後、唐突に樹が途切れた。
予想よりも広い荒れた岩場は、リュミエラの地形把握が弄り回されてなければ河原ではない。
水音はすれども乾いており、夜空に星。
彼女は足元を小突き、湧いてきた影状防御物質を引き延ばして纏った。
繊細な精神干渉の類ならば、この簡易的な結界もどきで途切れさせることが可能なはずだ。
「ふむ、引っ込めて」
水音は変わらず、景色も歪まず。何か特殊な隠蔽か幻覚か?
が、クロマクに影を返した瞬間、ほんの一瞬だけ周囲が暗転した。
リュミエラは顔をしかめた。
膝下を何かが流れている。
水……いや、やはり温度が無い。
リュミエラは慌てて跳んだ。
足元から出現したクロマクが、半物質半幽体の巨体が水の幻影を引き裂き追従する!
「サンカント!」
しもべと共に虚空に舞ったリュミエラが叫ぶが、サンカントは応えない。聴覚異常の可能性。
身を乗り出し、音でない合図として弱い熱線を照射する……やはり反応なし。
通常、サンカントがリュミエラを無視するなどありえない、絶対に!
巨大ラパンタルが幻の水を泳いでいる。
その背に跨ったグレーレ老人が、何やらロープのようなものを必死に引っ張っている。
サンカントが幻の水上を駆けている。
「何……どういうこと……カーッ!」
SMAAAAAAAAASH!!!
リュミエラは竜牙剣、“牙”を抜き、力を注いで遠当て気味に水流、正しくは岩の地面に叩きつけた。
ほぼ予想通り、温度の無い水が無いもののように地面が爆ぜ、砂利が跳ね跳ぶ。
しかし、その直後。
「やめろおお!」
「え、な、何!?」
銀の光が、慌てて身を翻したリュミエラの横をかすめる。
鏡状の攻性防御膜に包まれたサンカントだ!
困惑のリュミエラは抜けていったサンカントを警戒しつつクロマクを操り、さらに奇怪な地面を収束熱線で攻撃。ZAP!
コヒーレント光は水のような何かを貫通し、地面から煙が上がる。
空気を踏み込んだサンカントは、今度はリュミエラではなく、地面に。やはり妙な反応。
入れ替わりで巨大ラパンタルに乗ったグレーレ老人が跳ぶ!
掴んだ数十フィートほどのロープ状の魔力塊の先に、何やらノイズを発する不可思議な塊。
ロープが迫り来るが、遅い。
強力な戦闘者であるリュミエラと重さの力に縛られず宙を舞うクロマクには、いくら必死だろうと、隙の無い冷静な身のこなしだろうと、肉どころか魔力すら衰えた竈の商人族老人の攻撃など掠りもしない!
だがワンテンポ遅れ、回避した先を狙って巨大ラパンタルが牙を剥いた。
GRROARRRRRR!
魔力を濃厚に含んだ牙が槍じみて伸び、刃となる!
リュミエラはため息をつき、クロマクに命令を送った。どうにも、気が進まない。
原因はサンカントとグレーレ老人の瞳、そして不可思議な反応優先度にあった。
すなわち、根本的に狂っているわけではない……ただ、何か全く違うもの、リュミエラに感じ取りづらい何かを見ている。
「ちょっとごめんね」
命令を受けたクロマクは、不定形じみた下半身を魚の尾さながらに変形して獣を張り倒した。やはり地力が違う。
叩き落とされた獣は何とか空中で体勢を立て直し、グレーレ老人を拾って再び幻の水と格闘しはじめた。
サンカントも同様だ。
リュミエラは。
「……え!?」
今度は、視えた。視えてしまった。明るい。
これは、住民……恐らくランシスの……それもアンデッド等ではない、鮮明な。
皆、水に浸かっている。流されてはいない。
住民とは別に、サンカントが、グレーレ老人が、黒いメタリックな影が走っている。
だが、何かが、チューニングが完全でないのだろうか。
リュミエラには顔が見えなかった。
サンカントが一人抱え上げた。やはりノイズがかかっている。
メタリックな影が、サンカントから一人奪い返した。影にもノイズ。
異変が続く。
「なに、これ、この異常な瘴気、飛んで、上!」
「ギュオオオアアアアア!!」
「え、な、クロマっ、ととと」
命令するよりも先に、悪夢的な咆哮をあげながら上昇したクロマクが、いきなり長い首をひねって赤黒いフードマントを咥え、投げ捨てる。
放り上げられたリュミエラは慌てて竜牙剣を振り、風元素を固め空中に踏み止まった。
しかし、再度しもべに騎乗することはかなわない。
影に包まれた巨体が空中で反転し、かなりの速度で降下していったからだ。
ワンテンポ遅れ、使い魔としての魔力回路を通じてリュミエラに思考が流れはじめた。
「ふむ、なるほどね、任せた。にしても、う゛、おげぇ……この水音、共鳴、ぐ、ふぅ、大丈夫かしら、サンカント……」
リュミエラはエキゾチック物質存在であるクロマクが、様々な光や電波を感知可能な己以上に異なる世界を見ているということを今更思い出した。
そのうえ残存魔力や瘴気を主食としており、いうなればこの手の事象のプロだ。多少悔しいが任せておけば問題なかろう。
幻影の水流をすり抜け地下深くへと消えてゆくしもべの見送りを終え、ついで変な映像と瘴気が原因の不快感をどうにか振り払ったリュミエラは、下で右往左往するサンカントを拾い上げる方法を模索することにした。
怪人図鑑そのにじゅう
〔勇者試験体四番『カトリエム』〕
形質学者ベルトランの強引な改造により新たな記憶と強靭な肉体を得たオーク男。
ルクスコリ中央神殿付属研究所襲撃に参加した怪人の一人で、奇妙で強靭な防御特性を存分に発揮して襲撃班の殿を務めた。
一見怪人らしくない武人じみた性格だが、その本質は十分に危険だ。
・おおきさ
8フィート2インチ、575ポンド。
・装備
ベルトラン式特殊戦闘スーツ全身型
ダブルメガランチャー(水元素圧縮型)
携帯型生命魔力抽出ブースター
・特殊魔法と能力
「超粘性強化細胞」
「水元素操作Ⅱ型」
「ベルトラン怪人基本セット」
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