46話 『廃村の守り手』
爽やかな陽光が降り注ぐ青空の下、陰鬱な影がゆったりと飛ぶ。
影、つまりクロマクに乗ったリュミエラとサンカントは各々注意深く索敵を行いつつ、廃村ランシス手前の河原に舞い降りた。
川は浅いが幅が広く岩だらけで、捻じ曲がった樹木がまばらに生えている。
大きめの樹に余計な荷物を引っ掛けたリュミエラは、己の足元にしもべを潜らせた。
直接区域内に降りなかったのは、二足歩行の影と不気味な声の噂をフォルティで聞いたためだ。
誰か住んでいるなら、可能な限り平和的に接触したい。
「さて……と」
「それにしても、家とかまだ残ってたんだなー」
「上から見た限りじゃ廃墟に見えたけどねえ、慎重に行こうか」
砂利を踏み、水と落ち葉の匂いを嗅ぎながら注意深く、しかし素早く進む。
流れの緩い川沿いだけあって不快な蟲が時おり飛来するが、光熱の力を内に秘め、不吉なドラゴンのオーラ紋を漂わせるリュミエラには近づいてこれないし、サンカントにはそもそも牙や針が刺さらない。
特に迷う要素もなく、さきほど上空から見た古い家や荒れた道はすぐに見つかった。
しかし、道なりに進むだけでも平穏に済まないようだ。
「なあ、リュミエラさん」
「確かに動くものは居たけど、二足歩行は間違い、と」
「逃げないし、襲ってもこないのはどうしてだろうな?」
顔を見合わせた二人の視線は、ほんのわずかに音のした物陰に向けられた。大型の獣……おそらく、通常の動物に近いタイプの魔物。
よく潜んでいるが、物理的魔力的に迷彩を張っているというほどではなく、技術の範囲内だろう。
すなわち、リュミエラやサンカントの目を欺くほどではない。
獣のほうでも侵入者の視線に気づいたのか、シャープなシルエットが隣の岩陰へと滑るように移動した。
ほんの一瞬だけ全身像が明らかになる。
数多くの黒斑がついた花葉色の体、食肉目らしきしなやかな胴と四本の足、何より特徴的な、長い耳と尻尾。
上級水晶集めであり、それなりに詳しいリュミエラには獣を同定できる。だいたいは。
「ラパンタル」
ラパンタルはルクスコリ共和国の南半分から絶望山脈を越え、魔国シュバルドまでと比較的広範囲に生息する魔物だ。
両性分散の単独生活者で、出し入れ自在の爪と、簡易な元素魔法を行使しある程度の論理的思考も行える知能を武器とする素早いハンターである。
臆病であり、また特殊な防御機構なども持っていないため、同等の戦闘能力を持つ魔物と比較して危険度や死体の有用性は低い。
しかし、仔から調教することでそれなりに強力でサイズ的にも扱いやすい使役獣となるために密猟の対象になりやすく、リュミエラも摘発したことがあった。
「なんかでっかくね? 本に大型の成体でも肩高三フィート頭胴長六フィート前後ってあったような。
実際、聖堂騎士団にいた奴はもっと小さかったしさ……アレ、少なく見積もって五割り増しはあるぞ」
「そんなこと言われてもねサンカント、あの耳は間違えようがないし。
んー、鞍ついてたから、主人が近くにいるのかな?」
「で、どうすりゃいいんだ。見張られたままとか嫌だぜ俺」
獣が消えた先に視線をやったサンカントが不平を呟く。
リュミエラとしてもどうにかしたいが、別に攻撃してくるわけでもない以上、巨大ラパンタルの排除はためらわれた。
「あたしだって嫌だけどさ、ねえ……」
理由は非常に単純である。
ちゃんと調教された乗用魔物は並みの車より、いや種類によってはルクス中心部で家が買えるほど高い。
リュミエラのしもべであるクロマクなどは、本人とその知人の言うことしか聞かないため売ることができず資金源にはならないが、一般的に乗用魔物は重要かつ換金可能な財産として扱われる。
……要するに、賠償金を要求されるのが怖いのだ。
ランシスの村が放棄されている以上、合法的に住所を持って居住している可能性はあまり高くないが私物は私物である。
だが、リュミエラとサンカントには向こうが立ち去る、あるいは攻撃してくるのを待っている時間はない。
足元で不快感を示すクロマクを宥めつつ、攻撃の意思を見せない程度に巨大ラパンタルを威嚇しつつ、木の枝が張り出した道を少しずつ進む。
一方の獣は獣で、存在に気づいていながら逃げも隠れも、攻撃を加えてもこない警戒対象に困惑しきりだ。
危険存在が領域に押し入ってくるようならば、穏便に追い返さなければならないというのに。
獣は唸り、道を塞ぐように姿を現した。
GRRRRR…………
「GRROARRR!」
サンカントが不機嫌そうに牙を剥き、吼え返す。
獣の低い吼え声に対し、怪人少年のそれは増幅された荒々しい響き。
獣が、美しいグリーンのタペタムが光る大きな目で二人の侵入者を睥睨した。
幸か不幸か、知性の輝きを宿している。
「ハァ、挑発を真に受けてんじゃないわよサンカント、静かにしなさい。
…………ふーむ?」
立ち塞がった獣は断続的に唸りこそすれ、動きはしない。
最初の印象よりも大きい、そうリュミエラは感じた。肩高五フィートはあろうか?
背にはやはり小さめの鞍が取り付けられ、脛と額に古びてはいるがよく手入れされた簡易防具。
ラパンタル最大の特徴である、一フィート以上もある剣のように尖った耳が角じみて直立しているのは威嚇のつもりか、感覚器官を強化するスタイルなのか、あるいはその両方か。
滑らかながら硬そうな斑模様の毛並みに属性分化前の元素がへばりつき、臨戦態勢だ。
同じく毛に覆われた足先からも普段はしまわれている鋭い爪が覗いている。
だが、サンカントを制止したリュミエラは無造作に歩いて間合いを詰めはじめた。
無防備ではないが攻撃する気もない。
「ラパンタル、言葉。大陸語。手……じゃない、足、足だ。
はい、ポイント。いいえ、待て。
再度、言葉。大陸語。回答、はい、地面、いいえ、待て」
リュミエラは偽りの聖女で弱い収束光を放ち、獣のすぐ横の地面を示した。
指差さなかったのは、フードマントの下に隠された第二の手段である竜牙剣“牙”と、恐るべき鉤爪を持つ真紅の左腕を見せないためだ。
唸るのを止めた獣は……地面を叩いた!
「おお、すげえ!」
「静かに」
「ごめん」
「……ラパンタル、主、生きる。回答、はい、地面、いいえ、待て。
よろしい。次、主、住みる。長い。回答、はい、地面、いいえ、待て。
よろしい。次、主、戦士。回答、はい、地面、いいえ、待て。
よろしい。次、我、進む。ここ、待つ。回答、はい、地面、いいえ、攻撃。
よろしい。次、我…………………………」
しばらく知性獣対話メソッドを用いた問答が続いた後、巨大ラパンタルは駆け去った。
獣を見送った後、フードマントの下の第二の手段を収めたリュミエラは、地中から顔を出したクロマクの冷たい首に寄りかかった。
サンカントは微妙な表情で唸っている。
大型乗用魔物Ⅱ種を持たない彼には、先のやり取りは別の大陸の言語に聞こえたことだろう。
「ううん、なんだこりゃ」
「ああそうか、サンカントはわかんないか。
えっとね、あいつには主人がいるって事。長いことランシスに住んでるか、あるいは元ランシスに居て、戻ってきたかで。
調教用言語なら意思疎通できそうだったからね」
「どうなんの?」
「待ってれば連れてくるって」
「そりゃよかった……あれ? フォルティじゃなんか変な話になってたような気がするぜ。
やばい奴なんじゃ」
「会ってみない事にはねー、っと、クロマクは潜っときなさい」
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待つことしばし、再び戻ってきた巨大ラパンタル(ラパンタルとしては巨大というだけで、クロマクの方が圧倒的に大柄ではあるのだが)の後をつけていった先は、半壊したランシス役場であった。
大洪水とドラゴンの襲撃により放棄されたというだけあって、あたりのあらゆるものが荒れ果てている。
元役場の影から、やや足元のおぼつかない三フィート半ほどの人物が姿を現した。
襤褸布のようなフードローブを纏っており、顔はよくわからぬ。
とはいえ、少し腰が曲がっており杖を持つ手にも皺がよっているため老いていることは確かだ。
体格的にみて竈の商人族であろうその老人は、奇妙な丁寧さでフードを外すと、リュミエラ達を見て笑った。
表情に怒りや諦め、不自然さはなく、世捨て人のイメージからはずいぶんとずれている。
「ほっほ、レイスか何かかと思ったかね? フォルティの噂を真に受けたかね?
あたしゃあちゃんと生きておるぞ、ほれ、温かろう。で、ランシス村に何か用かね。
畑は廃れ子供も消えたが、水は澄んでおるぞ。
おっと、それでだな…………」
とてとてと無防備に歩き、リュミエラとサンカントの手を握った老婆はグレーレと名乗った。
おそらく会話に飢えていたのだろう、きわめてどうでもいい話が長い……しかし孤独な老人にありがちな狂気は自己紹介と簡単な世間話を終えてもなお感じられぬ。
「ほう、調べたいことがあると、うぬ、墓参り? 若者にしては良い心がけをまあ。
案内してやろう、いや、少し休憩していくか、水と肉しかないがね」
「肉!」
「おう、肉よ肉。うちのパンタは狩りが上手でな、干すほどあるさね……んん?
少年、よく見りゃあ竈の商人族じゃないかね、ずいぶんでかいな。
どれだけ寝てどれだけ食えばそんなになるんだい? いや、良い事だね」
「少年じゃねえ、サンカントだぜグレーレさん!」
「ああごめんよサンカント、にしても変な名前だね、そいでそこの」
ふと立ち止まったグレーレが、ビシィ、と音でもしそうな勢いでリュミエラを指す。
案内するように先を行きながら、主人が歩くのに邪魔な瓦礫や小石を跳ね飛ばしていた巨大ラパンタル(パンタと言うらしい、安直な名前だ)も振り返り、真似するように太い足先を動かした。
それは妙にコミカルで様になっていたが、明らかな怯えを含んでいる。
「リュミエラですよ」
「そうそう、あー、うちはちょっと狭いからね、頭ぶつけるかもね。
ほら、あたしゃ老人で竈の商人族だから、ちっちゃいからね。困っちゃないけども。
あーと、その、リュミエラちゃん、なんか黒いのはなんだい、足元の。
パンタが怖れるなんてそうそうないよ、他のラパンタルに負けるのなんざね、見たことないし。
ワームだってブロントヒウスだって狩っちまう。
ドラゴンの尻尾を噛んで追い払ったこともあるんだ、もちろん子供のだけどね、それでも村の若い衆を喰ってた奴だよ。
それがあんた、何なんだろうね、なんてこったい」
「あ゛ー……そうか、だからさっき……ちょっと予想外だったわ、ええと、ですね……グレーレさん……まあいいか、出ておいで、なるべく、そう、平穏にさ、かっこいい感じで…………」
リュミエラは気の良い竈の商人族の老婆と相棒の獣をまじまじと眺め回し、顔をそらしてため息をついた。目が泳いでいる。
心当たり、などという曖昧なものではない。
これでなお気づかない奴がいたら、そいつはただの無能であろう。
同意するように、足元の地面が黒く泡立つ。
廃村ランシスに怪しげな何かが棲んでいる噂の正体は確かにグレーレであったが、その使いたるパンタがリュミエラとサンカントの前に立ち塞がった原因は明らかに別だ。
すなわち強力なドラゴン装備を体内と得物で二つ抱え込んでいるリュミエラと、もう一つ、いや一匹。
「うほっ!? っととと、と、こいつは、あんた何だね、どうしたってんだねパンタ!?」
「MEOROARRRR!?!?!?」
到底老婆とは思えない勢いで飛び退いたグレーレが、転倒しかけるぎりぎりでもっとも単純な風の元素魔法、つまりシンプルな風を起こしてどうにか体勢を立て直し、喚く。
ほぼ同時に、パンタは肩高五フィート頭胴長十フィートはある筋肉質の身体を、曲芸さながらに大きく跳ねさせた。
妙にヒトじみた情けない咆哮を響かせながらくるくると回転着地した獣は、小動物めいて怯えたように尻尾を倒し唸りだす。
恐慌状態と言ってよい。
サンカントが肩をすくめた。
「クワー!」
上空から、水晶集めの二人にとっては馴染み深い鳴き声が聞こえる。
声の主は当然、たった今リュミエラの足元から這い出た忠実なるしもべ、クロマクだ。
光を吸い込む影状の防御物質に覆われ、ドラゴンのようなシルエットを持つ半物質半幽体の不定形存在。
幽体ドレイクとして知られるその正体は、不完全な再誕を果たしたドラゴンの亡霊だ!
……それも、直近までフォルティのそばに巣食っていた個体の。
ランシスの村が滅んだ一因に、若いドラゴンの襲撃があったのではなかったか?
いや、それ以前に前世のクロマク、つまりシャドウ・ドラゴンにもこの老婆と獣は出会っているのでは?
少なくとも鋭敏な獣の方はオーラ紋ぐらい覚えていよう。
警戒どころか、パニックを起こして当然だ。
乗合車ほどもある暗い胴体を持つ飛行物体はふわりと着地し、獣のことなどもはや忘れた、とでも言いたげに喉を鳴らした。
リュミエラは頭を抱えた。
怪人図鑑そのじゅうきゅう
〔『輸送艇リベルテル』〕
ベルトランの魔力サイバネティクス技術と、アンドレアスの古代超魂族技術が合わさって生まれた成層圏を航行可能な飛行輸送船。
非常に巨大だが、様々な制約によりあちらこちらが格子じみた特殊スケルトン構造になっており、見た目ほどの積載能力や速度はない。
とはいえその存在はルクスコリ共和国にとって脅威以外の何者でもなかろう。
なお、製造費の八割をアンドレアスが出している。
・おおきさ
全幅410フィート、全長680フィート、空虚重量1089トン。
乗組員:特殊環境適応型ソリオン210機、もしくはカピテーヌ1機、もしくはブラックバッグ1匹と特殊環境適応型ソリオン28機。
最高速度:非公開
航続距離:非公開
最大離陸重量:非公開
・装備
クリスタル燃料圧縮エンジン*8基
成層圏巡航用オドンエンジン*4基
燃料式連装魔法機銃*44基88門
オドン振動式レーダー*4基
オドン振動式通信機
魔力遠見阻害・ソナー音波吸収ステルスコートⅢ
電磁イオン防御膜
空きスペースに輸送コンテナや各種爆弾・魂爆を積載可能(成層圏の環境に一定時間以上耐えられるものに限る)
・特殊魔法と能力
「低魔力低気圧域浮遊」
「垂直離着陸」
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