43話 『水火風』
羽ばたかない奇妙な翼を広げて浮遊するクロマクの背で、サンカントがぐったり伸びている。
先の戦闘による傷の影響も無いとはいえないが、単純にエネルギーが残り少ない。
極めて燃費の悪い彼が全力で戦える時間は、戦闘に慣れ親しんだ今も短いままだ。
貪欲に力を求めるその魂はいつも飢えており、力を発揮すればしただけ消費エネルギーも増す。
「ちょっとサンカント大丈夫? えらい気分悪そうだけど、もしかして毒とか呪いとか」
「いや、栄養は足りないけど平気。ただちょっと、今回はディジエム……十番さんから拾えた情報が多すぎる。
頭ん中、整理するのに、時間、欲しい感じ」
「そっか、ならいいけど。
って、なにあれ!?」
「あ゛ー?」
二人と一匹が同じ方面を向き、同じように首をかしげる。
ルクス十四区上空に、赤と青が踊っていた。
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「そうだ撃て撃て! 絶対に近づくんじゃねえ、ぞ、おおおっと!?」
音波飛翔獣を駆り十四区の夜空を舞うラザル少将が、軍用兜から引き出された公用の通信機に向かって叫ぶ。
そのすぐ横を四番じみた水球怪人の射出する成形元素弾が通過した。
音波飛翔獣が加速した直後、背後で炸裂。SPLAT!
撒き散らされる濃縮元素は強力な侵食能力を持ち、触れるだけで危険!
ラザルはゴーグルの下の顔をしかめつつ、新たな元素弾を炸裂ボルトで迎撃するとともに足元のしもべに命令を送った。
地上では彼の連絡により司令部からやってきた准将率いる百人ほどの兵士が、AMRやボルト魔法で援護射撃を行っているがあまり効果は上がっていない。
大型兵器を活用できればまだ良いのだが、居住区でないとはいえ首都内で使用するには議会の許可か将官の首が必要だ。
実際、円滑に対象を処理するための増援としては戦力不足と言えよう。
しかし司令部は、将官以上の複数動員や上級水晶集めの駆り出しを行わないという判断を下した。
そして、上の判断に従うのが軍人であり、ラザルも例外ではない……ただし彼の場合、あくまで命令があった時に限る。
彼はマリエット達聖堂騎士団工作部の戦闘方針については、司令部に伝えていなかった。
伝えれば、ルクスコリ陸軍が聖堂騎士団の上位組織である以上、余計な口出しをされて殲滅が遅れることが明らかであるからだ。
ラザルにとって目の前の怪人は部下の仇であり、逃がす可能性はなるべく減らしたい。
「うぬ、まだかマリエット」
「…………Il n'y a aucune substance……Il n'y a aucun phénomène…………Il n'y a aucune forme…………」
必死で戦場をコントロールしつつ呻くように呟いたラザルが、マリエットの方に一瞬だけ顔を向けた。
不可解な精神統一文言を呟きつつ火元素を濃縮し続けるマリエットからの回答は、当然無い。
ラザルはそれに怒るでもなく、特殊クロスボウからボルトを放った。
聖堂騎士団工作部副隊長兼隊長代理マリエットの最も強力な攻撃手段である元素抽出は、近接戦闘や日常生活に組み込める通常の魔法技術やインスタントな携帯兵器類とは異なり、いくらかの準備時間と激しい消耗を伴う。
声をかけたのは単なる確認で、返答がある場合の方がむしろ危険なのだ。
ラザルは幼少期のマリエットが恐るべき憤怒の魔法を暴発させるのを何度も見ている。
練達の戦士となった今、そのようなことは起こりようもないが、彼の苦い記憶が消えるわけではない。
ともかく、もうしばらく耐えねばならぬ。
彼は敵の様子を観察しつつ立体移動と強力な射撃による牽制を繰り返す。
と、しばらくぶりに怪人が振動さながらの声を発した。
「アノーン……アノーン……」
濃密な水元素で形成された浮遊球の表面が激しく泡立つ。
今までの単発元素弾射出時には起こらなかった挙動。
怪人が、水越しでも明らかに判るほどのメタリックな青い輝きを発し始めた。
徒労じみた地上部隊からの援護射撃は続いている。
ラザルは敵の強力攻撃の予感に魂を研ぎ澄ませた。
そして、ついに、怪人から魔力の流れが発生する。
……ラザルの予想を全く外した方向に!
「……アノゥンダシオォォォン!!」
「うぬ!?」
SPLASSSH!
輝く水球怪人の下半分が、裂けた。
散弾さながらに降り注く水元素は、落下しながら攻撃的な変貌を遂げ、毒の流れと化してゆく!
「ウハ……ハハハ……ハ……」
怪人が吠え声じみて笑う。
距離があるため表情の認識こそできないが、その響きは明白に嘲りを含む。
ラザルは地上に向かって叫ぶように命令しながら、少しでも仮想物質を相殺すべく炸裂ボルトを連打した。
飛沫が音波飛翔獣やラザル、そしてマリエットにも降りかかり、一部が防御を貫通して肌を焼く。
だが軽傷に構っていられない。
「アアアア! 下がれクソ共ォォ!! 」
アラートは間に合わない。
怪人が放出した指向性を持つ溶解液は、地を舐め溶かしながら十数人を飲み込んだ!
BOOM! BOOM! BOOM! BOOM!
遅れて炸裂ボルトが連続着弾し、その魔力と爆風でもって流れを遮断する……しかし、犠牲は出た後だ。痛恨の判断ミス。
生き残った連中の一部は、物陰に隠れつつも反撃を試みている。
あくまでラザル達に及ばないだけで、彼らも十分以上に勇猛な精鋭兵なのだ。
悲嘆にくれる暇があるなら、攻撃する。
ラザルは顔の上半分がゴーグルと兜に隠されていることを感謝しつつ、再度特殊クロスボウを怪人へ。BOOM!
マリエットは動かず、呪いじみて集中を続けた。
「……Il n'y a aucune sensation…………Il n'y a aucune expression…………Ce n'est pas volitionnel……Ce n'est pas bien informé…………Il n'y a pas de yeux……Il n'y a aucune oreille……Il n'y a aucun nez…………Il n'y a aucune langue……Il n'y a aucun corps………………」
遠くで爆発音が聞こえ、時折奇妙な光が夜空へと抜けてゆく。KABOOM!
戦闘中なのはラザル達だけではない。
「ああ、クソ、俺が」
SPLAT! SPLAT! SPLAT!
地上の敵をあらかた追い払った怪人が成形元素弾を撃ちまくる!
音波飛翔獣の空中挙動を制圧するほどの弾速はないが、根本的に危険。
「Il n'y a aucun coeur…………Il n'y a aucun son……Il n'y a aucune odeur……Il n'y a aucun goût…………」
静かに歌うマリエットの精神統一文言が終わりに近付く。
両腕には、赤い粘液状の物質が分厚くへばり付き、脈打っていた。
あちらでは不可思議な魔力の波動。おそらく決着がついたのだろう。
そして。
「…………Une âme ne reste pas! さあラザー、高く飛べ!」
直前まで脱力していたマリエットが覚醒し、勢いよく立ち上がりながら威圧的に叫んだ。
音波飛翔獣に接続された騎乗戦闘用の鞍には軍用ブーツを固定するパーツが存在するが、それにしても恐るべき平衡感覚!
ラザルは笑った。
「ハッハ! 待ちかねたぜ!」
急加速。重力と風が二人と一匹にかかる。
異変を察知した水球怪人が予測進路先に射撃するが、ラザルの操る風に補助された音波飛翔獣の上昇速度はさらに早い!
虚空に飛び出し、怪人の上を取ったマリエットが溶岩さながらの腕で元素に輝く直刀を構え、破壊を叫ぶ!
「炎こそが真実にして全ての根源なり!!!」
兜、ゴーグル、ブーツ、そして聖堂騎士団制服の僅かな隙間。
腕だけでなく、マリエットの全身至る所から溶岩じみた粘着性の火元素が噴き出した。
とはいえ怪人も無抵抗ではない!
「ロ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
凄まじい咆哮と共に水元素球が爆縮じみて大柄な肉体に吸い込まれ、バックパックと砲も青く歪んで溶け消える。
四の意匠が刻まれた全身タイツ状戦闘服が粘りつくように脈動し、毒々しい瑠璃色のオーラを放つ! 力の強制抽出!
ある事情でここを離れられない彼に、逃走するという選択肢は存在しない。
残存パワーソースを総動員して耐え切る構え!
「ァアア!」
「オ゛オ゛オ゛!」
激情に包まれた赤い塊と青い塊が空中激突。CRAASSSH!
敵対する濃縮元素が荒れ狂う中では、精密操作など不可能だ。
二者がもみ合いながら堕ちてゆく!
もはや地上の一般兵どころか、ラザルにも手出しは躊躇われる。下手を打つとマリエットにダメージを与えてしまうからだ。
血肉の起源たる青い霧が立ち込め、地面や工事中建造物が超臨界じみた水元素により浸食されてゆく。
温度の起源たる赤い霧が立ち込め、地面や工事中建造物が融合じみた火元素により溶けて崩れてゆく。
だが、均衡は長く続かなかった。
前もって準備期間を取っていたマリエットの方が、当然にリソースが多い!
溶融した地面を巻き込んで重量を持った濃縮火元素は水元素を圧倒し、怪人の展開する青い霧を掻き消して巨大なドーム状に広がった。
どんよりと曇り星も見えぬ夜にも関わらず、周囲は明るい紅に彩られ悪夢のようだ。
一瞬の後、炎熱地獄から白っぽい火球が飛び出し、空中でヒト型に変化した。マリエット。
少し離れた空中で待機していたラザルがクロスボウからワイヤーを射出。
生き物のようにうねりながら飛んだそれは、マリエットの足腰に巻き付き、高速で縮んでゆく。
ラザルと、ワイヤーにより荷物輸送さながらに釣られたマリエット(音波飛翔獣はあまり熱に強くない)は、ようやく安堵の溜め息をついた。
彼らの視線の先では、発動者のコントロールを離れた燃えるドームがゆっくりと縮み始めている。
「うむ、私の回収ご苦労。どうに、か、片付いた……」
「面倒なことしやがって、濃縮元素を直接ぶつければ、んなボロボロにならずに済んだんじゃねえか?
とりあえず降りるぞ、ニックの飛行時間が限界だ」
「ああ。ん、ちょっと待て?」
「突然どうした、マリエット」
「いや、大したことではない。あれよ、貴様のしもべ、そんな名前だったかな? と」
「こないだ改名したぜ、うちの大将に縁起が悪ぃって散々言われてよお」
「は、クソジジイらしい話、だ、ぐああ! 貴様、功労者を優しく扱え!」
重い音と、驚き半分怒り半分の甲高い声。
ワイヤーに釣られたマリエットが半ば叩きつけられる形で地面に落ちたのだ。
原因は無論、ラザルが空中で音波飛翔獣から降りたためである。
「む? あああ、すまん」
「奢りは取り消しだ、ついでにさっさとワイヤーの魔力を解除しろ、私にそんな趣味は無いぞ」
「俺にはあ……いや、本当にすまん。冗談だ。
っと、敵さんの確認と、応援の連中に礼と弔いを」
自由の身になったマリエットは、元素抽出を使用した反動で多少ふらつきつつ立ち上がった。
危険な炎に包まれて戦っていた割に、装備類や衣服はさほど焦げていない。
魔力で変換生成した元素や仮想物質は、使用者のコントロール下にある限りある程度の安全性と指向性を持つ。
マリエットに限らず、熟練した魔法技術者なら当然に可能なことだ。
服だろうが床だろうが、自身の肉体以外の全てを容赦なく損傷させるリュミエラの排熱の方が特殊なケースといえよう。
ともかく、周囲の建物ごと怪人を飲み込んで広がっていた火元素のドームは、いまや車ほどのサイズまで減衰している。
マリエットはそれをじっと見た。
何か胸騒ぎがする。
背後ではラザルと、先ほど援護に現れた准将(ジローと名乗ったが、マリエットの記憶には無い。恐らく今期新たに将官となったのであろう)があれこれ話し合っている。
来なければ犠牲者など出なかっただろうに、これだから対怪人を判ってない連中は、等とマリエットは心の中で呟いた。
とはいえ曲がりなりにもそれなりの地位にある彼女は、連絡しないわけにいかないラザルの事情も、来ないわけにいかなかったジロー准将達の事情もよくわかる。
イリーガルな部署である工作部が何か口を出すわけにはいかない。
だが、考え事は中断された。
「ままならんもの…………ぬ、ラザル少将!」
「どうしたマリ……工作部の、うお! 下がれジロー、皆も下がれ! 急げ! 急げってンじゃねえかオラ!」
「ア、アアイサー! 退け退け!」
マリエットの警告を受けたラザルが、狂気すれすれの慌てぶりで怒鳴り声を上げる。
決して狂ったわけではないが、状況が状況だ。
それに、彼はこれ以上の犠牲を出したくなかった。
消失した火元素ドームのあった場所に、黒焦げの人型が転がっている。驚くべきことに、少し動いた!
まだ死んでいない!
しかし、マリエットとラザル、そして音波飛翔獣の注意は全く別のものに向いていた。
天から響く、何かが燃えるような、あるいは暴風めいた音。
そして、雲が裂けた。
ザリザリザリ…………




