44話 『にわかの厳戒』
ザリザリザリ……広範囲に不可解な燃焼じみた音が反響する。
マリエットとラザルは警戒体勢を維持したままジェットパックで滑るように後退し、雲が裂けつつある夜空を見上げた。
天から響く音。風が吹くようでありながら、全く人工的で、ありうべからざるもの。
ノイズは加速度的に激しくなり、いまや頭が割れそうなほどだ。
雲間から、少なく見積もって全長六、いや七百フィート近くある、大型の軍艦ほどの何かが降りてきている。
全体的なデザインは飛行物体として常識の範疇であり、太めの飛行機械といったところ。
周囲は相変わらず暗く、また物体の側にも何らかの認識阻害がかけられているようで、細かい色まではよくわからない。
なんにしろマリエットとラザルには、その正体……というよりも余罪が明らかだった。
神殿付属研究所襲撃の主犯でまず間違いない。
むしろ、主犯でなかったほうが問題であろう。このような巨大飛行機械が複数存在する事など考えたくもないからだ。
あっという間に地上付近まで降下してきた巨大飛行機械は、下部から太いワイヤー状の何かを展開し、マリエットが先ほど黒焦げにした怪人を回収してしまった。
身構えつつ映像記録を撮っているラザルとマリエットの背後からいくらかの兵士が射撃を行ったが、効いている様子はない。
口径が小さすぎる。
直後、特徴的な紫がかった暗い光が巨大飛行物体の下部から複数噴射された。
大量のクリスタル燃料を使用している証拠だ。
そして、BOOM!
首都方面から放たれた数発の対空砲撃のうち、一発が着弾!
だが敵は思ったよりも頑丈だ。どうやら装甲そのものは抜いたようで少々煙を噴いているが、そのまま凄まじい勢いで加速し、雲間を抜けて消えてゆく。
ルクスコリ兵達は、憎々しげにそれを見送った。
明日は長い一日になるだろう。
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翌日の夜、聖堂騎士団工作部会議室にて。
「……というわけでして………………ええ、はい、いいえ、で?
はい、ああはいはいはい、いや、もちろん認識しております、あ゛あ゛?
そういうわけでは、いいえ、別に怒ってなんかいませんよ、本当に。
はい、ではなるべく早い、はあ? 何ですって隊長? ちょっとエリクお!?…………だあっしゃああああああ!」
目の下に少しばかり青くまをつけたマリエットが通信機を握り締め、わめいた。
通信先は、今なおモーリス市で足止めを食っている工作部の隊長、“勇者”エリクである。
マリエットは昨晩の怪人追撃戦から一睡もしていない。
実際、この仕事をしていれば徹夜そのものはよくある。
しかし戦闘直後に事務仕事が発生し、更に重鎮との会議を挟んで更に事務……などということはそうそうない。
そのうえ非戦闘員の知人(つまり、襲撃された研究所の技術者達だ)に複数死者が出ているとくれば、疲労と精神負荷で苛立っているのも無理からぬことだ。
「ふ、副隊長落ち着いて! モーリスもほんと大変だったから、話すと長くなるけど、いやこっちのほうがもっと大変でも……」
「そうだぜ、うん、寝たほうがいいんじゃないかな」
「…………ああ」
通信機を握り潰してオブジェに変えかけていたマリエットを、リュミエラとサンカントはぎりぎりで止めた。
会議室には少し前までマリエットの部下である工作員のうち事務や補佐担当の数人と、聖堂騎士団本部所属の連絡員、そして陸軍司令部から気分転換だか仕事だかでやってきたラザル少将が居たが、一通り話はまとまり皆撤収済みだ。
残っているのはマリエット本人を含めて三人だけである。
……正確には、会議が終了して彼女が再び各種通信やら調べ物やらを開始したところに、一部損壊した自宅の処理や撃破した怪人データの提出等をようやく終えたリュミエラとサンカントが現れたのだが。
何にしろ、ろくでもない。
通信機を机の上に放り投げた(耐衝撃なので問題ない)マリエットは、缶から取り出した茶色の錠剤を二個まとめて噛み砕き、カフェイン飲料で流し込んだ。
薬効成分はすぐに吸収され、疲労でぼやけていた精神がクリアになる。
リュミエラはあきれた様に肩をすくめた。
「マリエットさん、飴はおやつじゃないですよ。身体に悪い」
「ハァ、樹脂葉巻中毒の貴様に、飴程度でどうこう言われたくないぞ。
ところでリュミエラにサンカント、話は何だ、用があって来たんだろう?
うちの連中を一気に送り出して人手が足りないし、あまり面倒はお断りですけどもね」
「そういや、あんま人居なかったなー」
今回の襲撃事件を受けて、陸軍と水晶集め協会は厳戒態勢に入った。
工作部もそれに追随しないわけにいかず、待機人員の大半を周辺都市やルクス中央に送ったため、建物も練武場も一日にして随分と閑散としている。
それらにより一般市民の生活が特に変わるわけではないが、マリエット達の仕事が当分の間増えることに違いはない。
「あ、いや特に何か頼みに来たとか仕事を手伝いに来たとかそういうわけでは。
それに、あたし上級水晶集めだから、警戒解けるまでそっちの方で定期的に警備業務あるし。
バスチアンさんに調べてもらったんだけど、少なくともあたしに関しては現地人員勧誘に関する法律の二種登用者としてより、協会の方が強制力高いみたいで。
まあ隊長とジョゼさんが直接言えば逆転するんだろうけど。後あたしは樹脂葉巻中毒じゃない」
「ふむ」
「おいリュミエラさん、仕事はともかく用事はあったろ!?」
だるそうに欠伸をしたリュミエラを見たサンカントが、慌てて割り込む。
二人はただマリエットを冷やかしに来たわけではない。
特にサンカントには、エリクあるいはジョゼ、さもなくばマリエットにしか伝えることができない話がある。
リュミエラは、そんなことは先刻承知だとでも言いたげにサンカントの肩を掴んだ。
彼には到底そうは見えなかったのだが。
「あー、こほん、副隊長、クロマクの補給済ませて駐車場に入れときました。
隊長と通信で相談したんですけど、警戒解けるまでは特に用が無い限り工作部運用の予定です。
早朝もしくは深夜に食事のため外出しますが、常駐させる必要がある場合、燃料化されてないクリスタルかクリスタル粉末を前日夜までに定量与えてください。
あとあれ、サンカント」
「うん、ランシスって町の場所、知ってる?
昼にちょっと役所で検索したんだけどよ、探し方が悪いのかみつかんなくって、時間も無かったし」
「……ランシスだと?」
マリエットは眉根を寄せた。
彼女はその極めて小さな町の名を知っている。
かのシャドウ・ドラゴンを狩りに行った砦の街フォルティから少し東に位置していた。はずだ。
しかし。
「え、俺なんか変なこと言ったかな、まあその町がさ、重要なんだよ」
「いや、無いぞ。重要などと言われてもランシスはもう無い。
五年ほど前に山崩れの被害と若いドラゴンの襲撃が重なって、百以上の行方不明者といくらかの死者を出してな。
いや今は全て死者扱いか、ともかく生き残った連中は補償金を貰ってフォルティの仮設住宅か、あるいは各地に移住した。
そんな表情をするな、悲劇ではあるけども、元々住人が二百少々の過疎の町で、水道も通ってなかったのだ。
ドラゴンも小さくて傷ついていて、簡単に仕留められ大した報道もされなかったから、田舎住まいなら知らずとも不思議はないと思う」
「あー、もしかしたらあたし、消えた街特集とかそんなので読んだことがある、かも」
「無い……今は……」
「どうしたサンカント」
「えっと、マリエ……副隊長、聞いて。
俺とリュミエラさんが倒したでっかい怪人の残骸は確認したよな?
あいつディジエムって言うんだけど結構重役、ってか怪人になる前からベルトランの部下だったみたいで、食った時怪人共通じゃない情報がいくつか拾えた。
ランシスの町の行方不明者のほとんどは、ドラゴンに食われたんでも、水に流されたんでもねえ。
計画的か混乱に乗じてかはわかんねえけど、攫われたんだ。
でな、たぶん、たぶんで、可能性の話で、もしかしたら俺の故郷かも。
んで、えと、隊長もまだ戻ってこねえし」
一気に言い終えたサンカントは、会議室の丈夫な椅子にもたれかかった。
今回の情報の扱い方がまだわからないのだ。
彼が怪人の捕食時に得られる記憶情報は基本的に正しいが、飛び飛びで連続性に欠ける。
彼は全ての魂をパワーソースに変換できた“先代勇者”そのものではなく、あくまで“先代勇者”の力の断片を回収する能力を持つに至った怪人に過ぎない。
その固有形質は彼自身にとってもブラックボックスだ。
だが、それでも。
「…………見に行かなきゃ、いけねえ。
危なくはないと思う、用心深いあの連中が攫ったその場に基地を建てる、なんてことは絶対に無い筈だ」
「私には判断できんし、ルクスがくだらん厳戒態勢に入った今、ランシスにうちから再検証用の人員を出す余裕は無い。
だが、五年前の地図ならばすぐに出せる。
工作部、だからな」
声が途切れる。
通信機を再び手に取ったマリエットはそれを起動し、二言三言呟いた。
もちろん、聖堂騎士団工作部事務室だ。
しばらくの後、見慣れた事務員の一人が現れ、厳しい顔のマリエットに恐る恐る一冊のファイルを渡し、慌てて出て行った。
マリエットがファイルをめくる小さな音だけが会議室に響く。
黒い虹彩と金色の虹彩がその動きを追った。
「あったぞ、うむ、フォルティから川沿いに十五マイルほど行くだけだ。
いつ行くのか知らんが、注意は怠るな」
「ううん、ルクスからフォルティは結構遠いのに直通列車が無いのよね、こないだ行った時は荷物がすごかったから別としても。
乗用ランナーか車を借りて行くとして、まる一日ランシスの調査に当てるなら四か、いや五日は見るべきか。
隊長はまだ戻らないし、サンカント一人で行かせる訳にもいかないし、明後日の警備が終わった後で……いや……」
「待てリュミエラ、クロマクを使えば行き一日帰り一日で足りよう。
瘴気でなくクリスタル食わせても車借りるのと大差ない経費なのでは」
「でもさ副隊長、隊長がクロマクは常駐させといた方がって」
「馬鹿言え、貴様らが五日居らんよりはクロマクと貴様らが三日居らんほうがマシだ。
こっちの空の足は本部の飛行機械を借りればどうにかなる。
だが通信機は使えるようにしておけよ」
大きく溜め息をついたマリエットが、ファイルから外した地図と、予備の通信機を二人に投げつける。
彼女は軽く手を振った後、机の上の書類の束を掴み、エリクの不在を恨みつつ隊長代理としての仕事を再開した。
「まあ、副隊長がそういうなら。
んじゃお忙しそうですし戻りますね、飴の食い過ぎに気をつけて」
「ありがと」
リュミエラとサンカントが退出してゆく。
あえて本人達に言いはしなかったが、マリエットは何も人情で便利な幽体ドレイクの使用を勧めたわけではなかった。
無論、親切心や、本来の所持者がリュミエラであるのだから使えば良い、等という事実もゼロではないが、聖堂騎士団工作部としての都合が大きい。
単純に、非常時に呼び出せて助かるのは乗り物であるクロマクよりも、弾や触媒を使用せずに高い戦闘能力を発揮するリュミエラ達なのだ。
ただでさえ予算は足りず、モーリスに釘付けされているエリクとジョゼがいつ戻れるか判らない上、部下達も各地を駆け回っている。
行動を制御する権限がマリエットにない以上(現地人員二種登用者に強制命令を下せるのは、聖堂騎士団工作部隊長ではなく、“勇者”だ)、リュミエラ達が遠出する期間は短い方がいい。
「さて、どうなることやら」
まだまだ事務仕事は残っている。
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「はあ、だる。こちら異常無し」
「当然だな、わざわざ危険なタイミングで来るわけねえだろうに。
そもそも奴らは、襲撃の目的は既に達成してんだろうが。まあ戻るかね」
「あたしも、っていうか隊長や副隊長もそう思ってるんだけどね、もっと上の連中からしたら体面的にも心情的にもそんなわけにいかないでしょ」
「まあなあ、つうかこんなん下級か日雇いにでもやらせりゃあいいのによ。
何でルクスに五百ほどしかおらん上級を交代制で束縛せにゃいかん」
「水晶集めの扱いが、今のになる前の古い法律だからかな?」
夕暮れのルクス市街を、二人の上級水晶集めが軽食を摂りつつ歩く。
上級は許可タグのついた私有の武器を持ち、個性的な装備類を所持しているので一目でわかる。
しかし、今日ばかりは協会と対策本部にそれぞれ直通の通信機を内蔵した太い腕輪と、目立つ制式帽を被っているために、出来損ないの兵士じみていた。
先日の襲撃事件を受けて、水晶集め達にまで警備任務が割り振られているのだ。
軍と違って罰則付き強制ではないし毎日でもないが、安い給金で時間をとられることに変わりはない。
テロリスト連中が襲撃にどれほどの経費をかけたのかは不明にしろ、それは実際の被害や本来の目的以上の効果を上げているといって間違いなかろう。
「アイ、お疲れ様です、確かに腕輪記録と制式帽受け取りました。
えー……と、次の担当ですが、リュミエラ様は七日後夜、バスチアン様は五日後昼となります」
「おう」
「お疲れ様」
警備用の道具をなかば投げ捨てるように担当者に渡し、欠伸を噛み殺したリュミエラは水晶集め協会を後にし、一緒に回っていたバスチアンとも別れ家路についた。
特別危機感に欠けるとまで言われる首都ルクス市民をして、神殿付属研究所半壊のニュースはかなりの衝撃だったようで、街は普段よりだいぶ活気に欠ける。
リュミエラに言わせれば、今更怯えても遅く、普段こそ警戒してしかるべきなのだが。
ともかく、さっさと準備をしてサンカントと共にランシスとやらに行かなければならない。
サンカントの故郷の可能性があるらしいそこに何が待つかは知らないが、十中八九ろくでもないことであろう。
それを別にしても、問題はあまりに多い。
リュミエラが殺すべき直接の敵、奇怪なるカピテーヌの行方はようとして知れず、サンカントにまつわる謎も増える一方。
フォルティで出会った大掛かりな敵対者。
モーリスの地下で出会った悪魔とシュバルドの魔王、あるいは魔王を騙る何者か。
そして、今回の襲撃と巨大飛行機械…………
いつの間にか目的地である町外れの停留所まできていたことに気づいたリュミエラは軽く伸びをし、何となく夜空を見上げた。
今の心情と異なり、よく晴れ、美しい星が煌いている。
あらゆる光の波長を捉えることのできる彼女にとって、雲のない夜空は極彩色。少しだけ気分が晴れた。
彼女は威圧的な竜牙剣をフードマントの下に隠すと、乗合車を待つ短い列に並んだ。
怪人図鑑そのじゅうなな
〔ミロワル・ソリオン〕
戦闘行動中にごく僅かに虹彩が光る以外、まったく平均的なヒト族女性の姿を持つその不可解な構築物は、ベルトランの忠実なるしもべに遠距離操作される暗殺者である。
印象に残り辛い姿も含めた極めて高い隠密能力を持ち、いくつかの特殊武器を内蔵しているが、純粋な戦闘能力そのものはそこまで高くない。
また、コアを撃ち抜けば完全停止する通常のソリオンと異なり、動力が切れても自壊が可能だ。
なおベルトラン製品には珍しく生体部品を全く使っておらず、魔力サイバネティクスのみで駆動する。
・おおきさ
5フィート5インチ、200ポンド。
・装備
ベルトラン式電磁ブレード
ベルトラン式重金属弾射出装置
人格基盤コピー済み統合魔力回路
超小型水元素圧縮弾*2
魔力隠蔽式光学迷彩展開パック*3
・特殊魔法と能力
「自壊」
「自己無意思」
「ベルトラン怪人基本セット」
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