42話 『ミロワル』
ザリザリザリ……
オゾン、イオン、オドンの風が荒れ狂い、物陰からソレイエルの瞳に睨まれている彼方の大気がぼんやりと輝く。
衛星が、恒星が、遠く地上が美しい。
当然というべきか、周囲には獣も魔物も見当たらないが、成層なりの世界の流れがあった。
ザリザリザリ……
微かにメカニカルな赤い虹彩の前を無数のデータが通過する。
高度良し、バランサー良し、ステルス良し、圧縮空気クリスタル燃焼炉良し、他良し、システムオールグリーン。
様々なコードやプラグにまみれた彼女がゆったりともたれかかっているのは、金属柱とパイプが這い回る暗く狭苦しい空間に設置された大型の椅子だ。
モニターは無い。
映像を含めた全ての情報は、デジタルなまま直接彼女内部へと伝えられるのだ。
無数の隔壁と装甲を隔てた外部の大気はきわめて薄く、しかし風は荒れ狂っている。
……と、視界左端が点滅した。アラート! 本部からの通信。
彼女は思考の速度で機材を操作し、回線を開いた。
特殊強化魔法銀のボディ表面を通して入力された暗号化済み通信情報が、自動的に解析されて思考媒体へと流れ込む。
それは馴染み深い上司からの挨拶として認識された。
「調子はどうかね」
「ハイ博士、全て良好です…………現……在……ルクス上空……オドン……レイヤー……に浮遊……待機中で……す。
燃費と居住性に……は改善の余地が……大いに……しかし……概ね高空適応型…………強襲装甲航空輸送艇としては成功……を収めました」
航空輸送艇……そう、空中である!
邪悪なる機械生命体カピテーヌは、現在彼女にしか操作できない大型飛行機械を操作しているのだ。
常人には耐えられない負荷、大気、魔力変圧……そして莫大なデータ処理量。
動いているが生命活動を行っていないアンデッド同様の特性に加え、外付けの高速演算システムと特殊な内燃機関を搭載している彼女なら、いずれも問題ない。
目下の問題は、操作者の替えが存在しないため、費用面を別にしても複数製造の意味がないところだろうか。
「ミッション成功、撤収中……仮想マスター登……録を行って……いる090転移成功……004……010…………妨害……を受けました、迎撃させま……す」
「うむ、資料の一次転送完了の報が090より届いておる、腕が鳴るな!
……? 通信反応がやや遅いようだが、不具合か」
「いえ……通信……速度に問題は、ありません。全……て正常。
現在……ミロワル操作中……につき此方の思考処理自体が遅……延。
010、004回……収のち帰還……予定です」
「場合によっては両方廃棄も考慮したまえ、二体分の固有形質は惜しいが、それ以上に今リベルテル号を失うわけにはいかん。
最低限の目的を達成済みであることであるし」
ザリザリザリ……
「ハイ今のと……ころ問題……を……いや……こ……」
「どうした」
「緊急事態発生、010廃棄確定、迎撃戦闘のちミロワル廃棄恐らく確定、一旦回線切断します」
「おいカ…………」
ザリザリザリ……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しもべに乗り込み闇を舞うリュミエラの眼下で、金属製樹木怪人ディジエムの巨体が崩壊してゆく。
荒野の空は雲に覆われており、光は遠くルクス中心部からくる灯りとリュミエラ自身が発するもののみ。
しかし、この場にいるものたちの強力な視覚と感覚をもってすればそれで十分だ。
敵性存在の撃破を確認したサンカントが、砂塵を含む風に煽られながらディジエムに歩み寄った。
記憶上書き前に脱出したイレギュラー怪人である彼は、他怪人の魂と肉を砕き割り、分断された記憶と先代勇者の力を己に集める。
その先は?
いつか彼本人の記憶が戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。
あるいは、“先代勇者”の。
そもそもサンカントに限らず、ベルトランの製造する怪人にはいまだ謎が多いのだ。
賊の処理を一通り終えた安心感も手伝って、リュミエラは考えに沈みつつあった。
「…………あれ?」
唐突に、不穏な違和感がリュミエラの背筋を駆け抜けた。
それは、上級水晶集めたる戦士の直感、彼女の固有形質がもたらす光と波長に対する極端な解析能力が合わさったものだ。
気のせいなどということはありえず、必ず何かが起こっている。
彼女は偽りの聖女で瞳を調整し、可視領域を大幅に引き上げた。
モノクロな世界が鮮明に歪み、極彩色が広がってゆく。
僅かの後、あらゆる光を吸い込むかのような漆黒の虹彩が地上を俯瞰した。
リュミエラは特別に遠見に優れるわけではないが、動きのある変化は決して見逃さない。
戦闘跡から半マイルほど街側のある一点が、歪な球形にひずみ、動いている。
実際に空間が捻じ曲がっているのか、単に周囲の力の流れを曲げて迷彩を施しているのかまでは不明だ。
彼女は目を細めてポイントを注視するとともに、様々な波長のごく弱い不可視光線を投げかけた。
いずれも歪み、何も無かったかのように通過してゆく。
明らかに能動的。よく潜んでいる。
強力迷彩物体は少しずつ速度を上げ、歪みが小さくなり、ついには透き通った二足歩行存在と化す。
危険な、強い攻撃的意思を感じる動き。
リュミエラは全身に光熱の力を漲らせ……チャージが間に合わぬ!
驚異的な加速で飛び込んできた迷彩物体の攻撃を受けたサンカントが後退り、身構える。
白熱するリュミエラが警告の叫びをあげながらしもべから飛び降り、サンカントを突き飛ばした。
「逃げてなさい!」
ザリザリザリ、奇妙でかすかなノイズと共に景色と融合していた輪郭が現れ、赤くか細い二つの光が虚空に灯る。
輪郭の腕部分が鋭角に動き、光の点が。
BLAM!
ほぼノーモーションの銃撃、しかしリュミエラの瞳は射出される弾丸をコマ送りじみて補足していた。
薄い紅色に輝く竜牙剣が凄まじい勢いで振り抜かれ、攻撃を跳ね飛ばす!
だが、リュミエラの想定より弾丸は重かった。
加熱状態の彼女を持ってしても、竜牙剣を掴む右腕が引っ張られ、よろめく。
ノイズ輪郭はそこにもう一発撃ち込もうとして、ギリギリで停止した。
もう一つの強力な武器を持つリュミエラにとって、その反応は面白くないが、実際、高い判断力だ。
彼女はレッド・ドラゴンのオーラ紋に包まれて盛り上がった真紅の左腕を、電撃的な速度でマントの下から突き出した。
恐ろしい鉤爪がノイズ輪郭を襲う!
しかし。
「---・ ・・- ・-・-- ・- ・-・・ ・・ ・- ・・-- --・-・ ・・ --・-・ -- ・・- ・-・-- ・・ ---・-!!」
輪郭は、致死的なドラゴンの鉤爪を異様に滑らかな挙動で受け流し、飛び下がりながら平坦な電子音を発した。
ノイズはさらに広がり、輪郭の姿が露になりつつある。
リュミエラが困惑と怒りで“聖女”に極めて似てはいるが細部の印象が異なる、鋭い美貌を歪めた。
睨み合う二人の背後で、リュミエラの忠実なしもべであるクロマクがサンカントを回収して名残惜しそうに飛び離れてゆく。
巨大怪人ディジエムを粉砕したサンカントはエネルギー切れ寸前であるし、クロマクも小さく素早い相手は苦手だ。
ディジエムの残滓を捕食する必要があるにせよ、今は離れておいたほうが良い。
そして、ノイズが晴れる。
「何してんの」
「---- -・ -・--- -・--・ ・- ・・-・- ・--- ・-・・ ・-・-・ --・-・ ・・ -・・- ・---・ ・-・-・」
明らかになったその姿は、全く予想外のものであった。
焦げ茶のセミロング、僅かに赤みがかったブラウンの虹彩、良いとも悪いとも言い辛く印象に残らない、ヒト族と思われる面相の女だ。
地味も地味な少し袖の長いハーフコートで身を包み、下半身は荒事に向いていそうな材質のブーツとズボン。
右袖から、サンカントへの攻撃やリュミエラの左腕鉤爪を受け流すのに使われたであろう、やや幅広の薄べったい刃が覗いている。
身長はリュミエラより少々低いが、先ほど砂を踏み込んだ音からしてウェイトは向こうに分がありそうだ。
それほど体格良くは見えないため、コートの下に重量武器を仕込んであるか、あるいは肉体そのものの密度が高いか。
「どこの言葉よ」
「・-・・・ ・--・ ・・-・・……失礼しました。敵を殺します」
「なんなんだ、かっ!」
女は、怒れるリュミエラに全く動じることなく、平坦すぎて逆に奇異な印象を受けるほどに落ち着いた声を発した。
いや、声というより音だ……前もって録音してあったかのような。
言い終わるや否や、女の輪郭がぶれ始める。
だがリュミエラの反応は更に早い。ZZZAP!
薄緑の細い収束熱線が最初に光が歪んだ地点、女の左肩を焼き焦がす。
「――**――***!!」
迷彩発動に失敗した女が、奇怪な音を発しながら滑る様に移動する。
コートの肩が焼け焦げて指が数本入りそうな穴が開いているにもかかわらず、動きからはさして損傷を受けているようには見えない。
焼け穴と破れ目から、金属質の何かが見える。何らかの特殊防具。
リュミエラは舌打ちし、鉤爪と竜牙剣を構え直した。
女の虹彩が赤く灯り、弱いコヒーレントな光を発する。魔術の照準だ!
通常の相手ならば不可視のロックオンなのだろうが、リュミエラには普通に視える。
BLAM! 女が左袖から何かを撃つ。
先の銃撃とは圧力と色味が違う。青く光る魔力弾丸!
だが狙われる場所は予め判明している。リュミエラの動体視力と反応速度ならば、回避に支障なし。
竜牙剣で増幅された風元素を踏み込んで低く斜めに跳ぶ。
はためくフードマントが後ろに流れ、光と熱が軌跡を残した。
魔力弾丸はリュミエラの後ろで水元素を撒き散らしながら爆ぜる。BOOM!
元素はただちに毒蒸気に変化し、地面と空気を腐食するがリュミエラは既にそこにない!
衝撃波を発しながらアクロバット移動したリュミエラの操る竜牙剣、歪んだ三角形の刃が死角からコート女を襲う。
敵のロックオンも外し、更に射撃直後の隙を狙った一撃。SLASSSH!!
「んな、あ!?」
とんでもない速度で振り向いた女が、右袖から伸びた輝く刃で破滅的な竜牙剣の横腹を打ち、逸らしながら飛び退く。
振り向いた、というのは正確な表現ではない。
驚異的な反応でリュミエラの攻撃に対応した女の腰は、百八十度以上回転していた。ヒトの身体にあらず!
とはいえ、高熱とドラゴンのオーラ紋がたっぷり込められた必殺の斬撃はその程度では止まらず、大地を数十フィート切り裂き、余波で女を弾き飛ばした。
上半身と下半身が逆を向いたまま、よろめきながら着地した女はギアが軋む様な音を立てて更に百八十度腰を回し、体勢を立て直した。
体の各所から煙を噴いているが、衣服に隠されているため損傷の具合が判別できぬ。
輝く刃を構えた女がぶつぶつ呟いている。
内容はリュミエラには理解できない。
「魃の戦闘情報ダウンロード完了。
……ミロワル・ボディの対応限界を520%オーバーしています。再利用部位の魔力還元開始」
ザリ、ザリ、ザリ。女が呟きながら歩いてくる。
まるで無防備。
「ああもう!」
リュミエラは竜牙剣に力を注ぎ直し、遠当てに斬りつけた。
薄紅色の軌跡が斜めに飛び、よろめく女に吸い込まれる。
分厚いハーフコートが焦げた肩から腰にかけて肉体ごと凹み、折れ曲がり、ガラン、ガシャン。
無機的な音を響かせて崩れ落ちるその身体からは、血も肉も一切見えない。
リュミエラは瞳の感度を上げたまま周囲を警戒した。
新手が現れる様子はないが、目の前に異常物体が一つ。
異常物体こと女の死体……いや、女のような形をしていた破損したモノが自壊し、何らかの情報を含有した魔力となって空へ昇ってゆく。
ジョゼやエリクならば解析、あるいは捕縛できるのかもしれないが、その手のことに疎いリュミエラにはどうしようもない。
上空から広域を監視していたクロマクが安全確認を終えて、リュミエラの元へ舞い降りた。
乗せていたサンカントは既におらず、崩壊したディジエムの所で力の吸収と記憶の整理を行っている。
謎の迷彩女との戦闘そのものは怪人ディジエムと比較しても拍子抜けなほどに素早く終わったが、リュミエラは不安感を拭えなかった。
彼女は気分を切り替えるべく大きく深呼吸を行い、視覚を通常の暗視状態へと戻した。
急速に夜らしいモノクロな世界が戻ってくる。
どうにも身体が重い。何しろ夕方からこっち、ほとんど休まず動き続けていたのだ。
曇っている上に夜中ときては、パワーソースの補充もできぬ。
リュミエラは欠伸をしながらしもべによじ登った。
少し離れたところでは、同じくやるべきことを終えて疲弊したサンカントが座り込んでいる。
目も鼻もない頭と長い首をくねらせ、再度周囲の安全を確認したクロマクは不定形じみた翼をゆっくりと広げた。
怪人図鑑そのじゅうろく
〔勇者試験体十番『ディジエム』〕
形質学者ベルトランの常軌を逸した改造により新たな記憶と擬似地元素化した流体金属を操る力を得たヒト女。
かのルクスコリ中央神殿付属研究所襲撃に参加した怪人の一人で、魔力を取り込み肉体を金属化することが可能な固有形質コードを持ち、格闘戦に強い。
彼女は初期のテストケース怪人であり、周囲の物質を取り込んで巨大な怪物に変化し戦闘能力を向上させる試作システムが内蔵されている。
なお変化が一方通行で元に戻れないことと、不利益な暴走を誘発する可能性から、同システムでの強化を行う怪人の追加生産は見送られた。
・おおきさ
5フィート5インチ、174ポンド~1トン(通常時)
60フィート、35トン(巨大金属樹木人間時)
・装備
ベルトラン式流体金属鎧
超硬合金6フィート棒
試製巨大化コントロールコア
・特殊魔法と能力
「メタルボディ」
「地元素操作」
「ベルトラン怪人基本セット」
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