40話 『合流』
奇怪な巨大蝙蝠鳥と、ゆらめく暗黒物資に包まれた不定形ドラゴンもどきがゆったりと滑るように飛ぶ。
地上は件の襲撃の影響による検問やら何やらでざわついているが、光神ソレイエルの眠る夜空は静かなものだ。
二匹うちドラゴンもどきの方の背に、四つの人影が取り付いている。
「ほう、あんたが前団長の……ほう……」
「はい、“その”ロドリグの娘、リュミエラ・ド・サン=ウラガンです。
けど、あた、私は基本的には現地人員勧誘に関する法律による“勇者”の臨時徴収下戦闘工作員でして、特に聖堂騎士団本部と関わっているわけではないのですけれどね。
あ、横のこいつは元私の部下で、同じく臨時徴収下のサンカント。
……それで副隊長、こちらはどなた?」
一通りの説明を終えたリュミエラが乗騎にして使い魔である、幽体ドレイクのクロマクから彼女本来の武器を受け取り、力を通す。
しもべに預けたまましばらく触れていなかった恐るべき三角形大型刃の持ち手は、まるで身体の一部のように右掌に収まった。
やはり、竜牙剣は良く馴染む。
チェック済みの得物を肩掛け鞄じみて提げたリュミエラは、マリエットの知人らしきルクスコリ軍人を、再度興味深そうに見た。
辺りは暗いが、リュミエラの固有形質を持ってすれば特に問題ない。
長魂族らしき大柄な男は、軍用ゴーグルで表情や顔の造作こそ不明ながら、その肉体に戦士らしい魔力と活力を纏っている。
各種装備品のデザイン差異と、飛行型魔物に単独で乗っていた所からして、少なくとも一兵卒ではなかろう。
不安定な足場の中、微妙な雰囲気で互いに観察し合うリュミエラとルクスコリ軍人。
予想通りの展開にため息をついたマリエットは、面倒そうに会話に割り込んだ。
「おい貴様ら、無駄に警戒するならせめて外に向けろ。
あとリュミエラ、これは私の知人の陸軍少将でラザル・シャルトルという。
怪しいが、別に怪しいものではないぞ、私が保証する」
「うぬ、だからマリエットは俺の威厳って物を少しは……」
「へ、少将!? ああ、ええと、その」
「ヤバいぜリュミエラさん」
空の上ということもあり崩していたサンカントとリュミエラが、慌てて直立敬礼する。予想以上に重鎮だ!
だが、マリエットは動揺する二人を軽くはたいた。
「突然何を言っているリュミエラ。
私とエリクの階級符号は七だぞ、まあラザル少将は陸軍直下がゆえ、私に無くてこいつに有る権限もその逆も色々だけれども。
いずれにしろ今はどうだっていい、検問を乗り越えてまでこっちに急行した理由があったんだろう、ちゃんと説明しろ。
それは恐らく、今我々が置かれている状況にも関係するはず。
何せ、駐車場を留守にしていたはずのクロマクが私のところに飛んできたのは研究所襲撃があってすぐのことなのだ。
主人のお前なら、借りているだけの私より情報を詳しく読み取れよう」
「え……あ、はい副隊長」
「いや、だからよマリエット、俺の」
「後でいくらでも聞いたげますから、今は」
「ぬう」
マリエットは装備類と、命綱代わりに腰に巻いている幽体ドレイクが展開する不定形じみた影状物質の再点検をしながら、心外だとでも言いたげにまくし立てた。
もっとも二人の感覚からすれば、階級がどうだろうと聖堂騎士団は近く、陸軍や神官は遠いことに変わりはないのだが。
ともかく、リュミエラは言われた通り情報を得るべく己のしもべとの接続を開いた。
大まかな方角と精神状態程度しかわからない遠距離でのリンクと異なり、すぐ横にいる今は片言会話に近い意思疎通が可能だ。
艶美な真紅の鱗に包まれた長い左腕が影状物質をすり抜け、飴細工じみたクロマクの実体に触れる。
リュミエラの瞳がぼうっと光りはじめた。
原因は、偽りの聖女ではない。
マインドリンクにより思考が魔力をかたちどり行き来しているのだ。
他三人は騎乗飛行がもたらす強い夜風に晒されながら、様子を見守った。
しばらく後。
「……クロマクの気が立ってた原因判明しました、副隊長の所に飛んでったのも同じく。
最終処分場で瘴気食った後、駐車場の方じゃなく、あ、ラザル少将、駐車場はこの子が普段寝てる聖堂騎士団の駐車場の隅っこということです。
そんで警備気分で私の家に寄って地中で仮眠していたら黒い奴が二匹、つまりソリオンがですね、家の壁を破壊して入ろうとしたから叩き出してぶっ殺して、ついでにご近所が騒ぎにならないようにブレスで処理。
あ、この子は普段はおとなしいですよ、ソリオンに恨みあるだけで……ともかく、謎の襲撃を知らせようと工作部に飛んでいったところで副隊長と鉢合わせたみたいです。
っと、落ち着きなさいクロマク、あんた怒りすぎてあたしまでイライラしちゃう」
「なるほど大体わかりま、いやリュミエラ、襲撃だと? 郊外のあの貸家?」
「そですよ、畑と壁が……でもソリオン二匹ってのが何故なんだか。
あんなとこに盗みに入るって理解しがたいし、逆にあたしだって判ってるなら少人数でくるわけが」
「だよなーリュミエラさん、わけわかんねえ。
ルクスにソリオンと怪人が来たこと自体は前もあったけどな、ほらお祭りの」
「ふむ……」
「待て、ちょっと待てマリエット、聞いてねえのか?」
静かに話を聞いていたラザルが突然口を開いた。
顔の半分はゴーグルに覆われているが、調子だけで明らかに困惑しているのが判る。
「何の話だ」
「あーあー、直近だし研究所の襲撃でごたごたしてっから。
本題だが、特徴的な賊が入ったという報告が複数上がっている。
勿論ルクス内で、本日昼過ぎから夕方にかけて。
目撃証言はいずれも鎧を着た兵士のような数人、ついでに公共建造物なんかは侵入されてない。どうだ?」
「初耳だわラザル少将、実にありがたい。
聖堂騎士団工作部はルクス内の事件についてはどうも疎いので……」
「うむ、まあ続きだ。
四件だったか五件だったか、ともかく通報があった中で実際に何か取られたのは一例だけなんだが、竜爪槍だ。
製造年度まではわからねえけども、確かブラック・ドラゴンのだったはず。
他の通報者も質はともかくドラゴン製品を所持しているらしい、本当かどうかはアレだがよ。
ソリオン使ってるなら陽動みてーなもんだろ、でもなあ」
話を聞いたマリエットとリュミエラは返答に迷い、考え込んでしまった。
ドラゴンはその強さと有用性以外にも特殊な魔物である。
死後、本来の魂の行方に関係なく肉体に生前の個性が残存するのだ。
通称オーラ紋と呼ばれるそれは、単純な力ではない。
ヒトで言うなら指紋、長魂族なら耳穴紋、竈の商人族ならば奥牙等と同様の個体識別目安とされる。
それも先に記したような物理的特長と異なり、オーラ紋は特別に押し込めて隠さない限り、近づくだけでドラゴンあるいはドラゴン製品であると認識できてしまう。
見るものが見ればもっと詳しい情報も取り出せよう。
ともかくオーラ紋は、所有の証明や盗品の追跡にこそ役立てど、所持者にとってある種呪いめいた代物で間違いない。
「市街地じゃドラゴンの加工品がある個人宅を適当に襲ってた、ってことになんのかな。
あれ? 竜牙剣おきっぱで家出ることなんてねえよなリュミエラさん、最低でもクロマクに預けてるっしょ」
「馬鹿、クロマクが持って寝てたんだから、“ある”じゃない。
どうせ大っぴらに研究所を荒らしちゃうわけだし、ついでに色々やってこうってことかしら。
でもおっかしいわね、研究所の分もあわせたら何十ものソリオン、どこから入ってきたのか。
首都内は転送できる場所限定されてるし、そもそもソリオンなんかに経費食いの転送は」
「落ち着け、リュミエラにサンカント。
まず研究所を襲った連中と泥棒は同じソリオンでも明らかに出所が違う。
先程説明したろう、研究所の方は高空から投下されたとほぼ確定している。
実際に確認したわけではなく、状況的に他の選択肢がないというだけだがな。
うむ、そうだ、雲間をはるかに越え、首都ルクスの飛行物感知結界が届かないほどの超高空を飛べそうな奴に心当たりはないか?
魔力捕捉不能性がどうのだとか、隠蔽の問題ではないぞ。
かの不明物体が感知された時には既にルクス上空だったのだ、つまり凄まじく上から急降下してきたということになる」
「陸軍として補足するならよ、飛行物体は垂直上昇する能力と遠見レンズに認識されづらい特性を併せ持っとる。
ああ、とは、クリスタル含めた魔力制御が落ちる高空でも活動できるとなるてーと、相当特殊な構造をしている可能性が高え。
んま、逃げられちまったもんにどうこう言ってもしゃーねえが」
地上から極端に離れると、力の外部放出はコントロールが難しく不安定となる。
それは宇宙を飛べる古代ドラゴンや伝説の星間船でも例外ではない。
古代文献にも弱体化と脆弱性の記述があるのだ。ドラゴンに関しては隕石じみて燃えながら落下した事例も知られている。
おそらく星のあり方か何か、空間と力に関連した法則が関係しているのであろうが、今のところ正確に解析されてはいなかった。
水晶集めとしての知識以外、色々と欠ける面のあるリュミエラとサンカントでもそれぐらいは知っており、振られたところで頷きしか返せない。
だが、何かが引っかかる。
どこかでマリエットやラザル少将が言うような何かを見た記憶があるような。
「…………ううん、あたしの頭じゃやっぱダメだわ。
しばらく巡回してみるしかない気がしますよ副隊長、少将。
クロマクはソリオンぶっ殺すとしか思ってないし、サンカントも特別な反応は見つけられてないようだし」
「仕方あるまい、敵さんがまだルクスだとしても流石に中心部にはもうおらんだろうし、範囲広げて夜半辺りまで頑張ってみるか」
「ったく、そうそううまくいかねえもんだ……アア、何だ!?」
突然、ラザルとサンカントが振り向いた。
少し遅れてリュミエラ、そしてマリエット。
さらに数秒後。
KABOOOM!
何か、遠くで大きなものが崩れた!
「な、何よ」
「俺は司令部に連絡するぞマリエット、応援は……まずいな、今から要請を回しても間に合わん。
市内じゃ大型兵器類を出すわけにもいかんか、陽動の可能性も」
「陽動じゃねえ、反応が二匹、いや三匹だ、急がなきゃ!!」
サンカントが叫ぶ!
彼の中の先代勇者の魂が餌を求め、貪欲な衝動を思考に注いだ。
ほぼ同時、リュミエラはクロマクに指令を下していた。
そしてマリエット。伊達に工作部副隊長、エリクつまり“勇者”代理ではない!
陸軍少将ラザルも十分有能で強力だが、この場面では破壊工作員の三人に分がある。
マリエットは素早く作戦を組み立てた。
隊長代理である彼女は当然、特殊部署である工作部の行動に対して全権を持つ。
聖堂騎士団への報告は後ですればよい。
「ラザル、音波飛翔獣の方に移って戦闘準備を頼む。
いや待て、私も乗せろ、幽体ドレイクはこいつらが操作する方が良い。
うむ、追尾してくれ、司令部に報告をしながらでかまわん、一刻を争う!」
「おい、俺は……」
「後だ、お前の武器なら使用許可を取る必要はあるまい!
あの方面はええと、十四区か?」
言うが早いか、命綱代用の影状物質を解いたマリエットがアクロバット移動で横を飛んでいる巨大蝙蝠鳥“音波飛翔獣”へと飛び乗った。
主以外の靴を背中に当てられた獣が身をよじるが、気にせず複数人乗りの座席じみた鞍の後ろ側に取り付いて身体を固定する。
ラザルも仕方なくそれに続き、愛騎を宥めた。
リュミエラは既にクロマクと半ば融合するように身体を固定した戦闘用飛行スタイルになり、速度を上げはじめている。
その背に摑まったサンカントは絶対に敵を見失わないよう集中を開始した。
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ルクス十四区、外周。
半壊したいくつかの古い建造物が煙を噴いている。
おそらく、この場で数回の爆発が起こったのであろう。
ラザルの呼んだ地上部隊はまだ到着していない。
「副隊長! あれって生存者居ると思う?」
リュミエラが声を張り上げた。
通信機無しで飛行中にうまく喋るのは難しいが、すぐ後ろに付けているマリエットには大方通じるだろう。
視線の先には煙を上げる古い建物。
マリエットの返答は早い。
「再開発中区画だ、誰も住んでおらん!」
「了解! クロマク、邪魔な瓦礫を消せ!」
GRORRRRR!
リュミエラの指示により、巨大な幽体ドレイクの恐怖感を煽る低い咆哮が闇を引き裂く。
夜間のその姿は、通常目に見えない。
やや不定形じみた全身が光を殆ど反射せぬ影状物質に覆われており、口らしき部位を開いたところで、すべてが闇色なのだ!
遅れて陰鬱な魔力が脈動し、咽喉から指向性を持った恐るべき煙が吐き出された。
巻き込んだ物質を萎れ、萎え、風化させる恐るべき地獄の吐息!
半マイルほど先まで放射状に減衰しながら広がった煙は、目標建物と周囲の瓦礫を見事に崩壊させた。
ほぼ廃墟なだけあって灯りなどは無いが、リュミエラの瞳は周囲の光などに影響されない。
彼女は偽りの聖女を用いて、マリエット(とラザル少将)のカスタム軍用ゴーグルやサンカントの改造瞳に対応した不可視光で周囲を照らしている。
おそらくターゲットである怪人の視力をも補助してしまうが、人数差とサンカントの存在により問題はないと判断した。
崩壊した建物のそばで何かが動いた。サンカントが呟く。
「っしゃ、投下してくれ」
投げ出されたサンカントが先手を打って飛び降りてゆく。
だが、四人と二匹は強力で特徴的な魔力の波動を感じた。
リュミエラの背後でマリエットとラザルが警告を叫ぶ。内容は明らか、聞くまでもない!
「まずいぞ!?」
「消費型転送陣だ!!」
「わかってるわよ!」
声とほぼ同時に、複数の高速飛翔体がリュミエラの横を掠めるように通過していった。
身体の固定を解除したリュミエラは竜牙剣の風元素増幅効果を活用し、空気を踏み込んで跳ぶ。
魔力波動の発生源辺りを狙い、薄緑のコヒーレント光を重ねあわせて熱線照射! ZZZAP!
さらに複数の爆発が起こる。
熟練の長魂族戦士であるラザルの特殊クロスボウが射った炸裂ボルトだ!
ワンテンポ遅れて炎の軌跡が弧を描く。
攻撃者はマリエット、武器はルクスコリ軍制式携帯型ロケットランチャー……の“勇者”エリクによるカスタマイズ品。燃える徹甲榴弾!
慌てて退避し、虚空を踏み込んで滞空しながら周囲を警戒するサンカント。
さらに炸裂ボルト、さらに収束熱線。
凄まじい爆音が響き続ける。
遠距離が得意な二人と異なり、連打不能なマリエットは二本目のランチャーを構え、待つ。
だが、運命とはどうやら意地が悪い。
マリエットが呻き、不機嫌そうに叫ぶ。
「メルド、一匹逃した! 残りは死んだか? いや、違う」
「死んでねえ副隊長! 来るぜ!」
「おおオ!?」
地響きと共に、瓦礫の山から間欠泉さながらの濁流が吹き上がった。
…………中に、濃厚な水元素に覆われた何かが居る!
“それ”がボルトや熱線を減衰させていたのだ!
もはや接近戦は避けられまい。四人と二匹は地上を見下ろした。




