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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第五章 魂と肉
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39話 『襲撃者』

「……うげ、何これ」


「俺に聞かれても困るんだ」


 駅からの乗合車を降り、夕日を背に受けながら帰宅したリュミエラとサンカントが同時に眉根を寄せ、溜め息をつく。

舗装されていない道はでこぼこに抉れ、頑丈なつくりであることだけが取り柄だった貸家の壁にリュミエラが通れそうなほどの穴が開き、内部が見えている。

救いは室内の物までは破壊が及んでいなさそうであることと、辺りが水浸しになっておらず水道は無事と推測できることぐらいか。

道は放置するか諦めて適当に埋めるかするとして、壁の穴に関しては業者を呼べば修理に時間はかかるまい。

だが、増築改築をも禁じている貸主へどう言い訳したものだろう。

リュミエラは頭を抱えた。


「ねえサンカント、修理に聖堂騎士団の労災保険って使えると思う?

一応各種保障が受けられたはずなんだけど」


「どうかなー。つうかよ、金がどうのより、いや金は重要だけど犯人はどこのどいつ……う、うわ……ぁ」


 ぶつぶつ呟きながら裏手へと回ったサンカントが、もうすぐ食べ頃となる瑞々しい白い球体が多数植わっていたはずの小さな畑をじっと見た。全てダメになっている。

家庭菜園だけでなくその先も地面があちこち抉れ、緑が萎れ枯れ風化した酷い有様だ。

壁の穴を調べていたリュミエラも、サンカントの呻きじみた悪態を聞いて裏に回ってきた。

各種費用の支払いと、近い将来発生するであろう面倒ごとについての予測から落胆し、やる気なく荷物を引きずって。

だが、裏庭の様子を見た瞬間、表情が変わる。


「え、なんで」


「うん、地獄の吐息(ブレス)だよな、範囲がなんか狭いけど」


「クロマク、なんでこんなことしたんだろ」


 粉末じみた色褪せた砂は、巻き込んだ物質を萎れさせ砕く地獄の吐息(ブレス)による攻撃を受けた証だ。

そして、リュミエラの周囲でその技を使用する存在は、彼女の使い魔(ミニオン)である幽体(スペクトラル)ドレイクのクロマクしか存在しない。

偶然通りがかった野良ドラゴンや強力アンデッドが、通りすがりに家の裏をピンポイントに、しかも手加減して破壊していった……などというのはいくらなんでも荒唐無稽であろう。

砂はまだ新しく、おそらく昨日今日、遠くても三日は経過していないと思われた。

リュミエラは楽しみにしていた野菜の消滅に絶望するサンカントを押し退け、座り込んでコンセントレーションを始めた。

強力な戦闘者とは思えぬほど魔力の操作が苦手な彼女に、高度な魔法技術である念話による命令や視界の共有、従者召集(コールスレイブ)などは無理だ。

とはいえ、しもべとの魔力回路自体は細いながら成立しているため、落ち着いて集中すればよほど遠くない限り、存在する方角を含めたある程度の情報を読み取れる。

コンセントレーションはしばらく続いた。


「…………はあ゛!?」


「どったのリュミエラさん」


 集中を止めたリュミエラが荷物を投げ捨て、ゆらりと立ち上がる。

フードマントの下の白い肌が偽りの(False)聖女(Saint)で輝き、隙間から熱気と光が漏れた。

ある種の神々しい存在のようだが、単に機嫌が悪くなっただけだ。

しかも凄まじく。


「荒れてる」


「ふえ?」


「クロマク、ぴりぴりして飛んでる。たぶん誰か乗せて。

隊長はまだモーリスだし、マリエットさんかな? とにかく、なんか敵がいて、緊急事態で。

うぐぐ、くそ、あたしが何したってのよ、殺す殺す殺す殺すころ」


「ちょ、っちょっと、落ち着けって、使い魔(ミニオン)のフィードバック来てるぞ!」


「グ……うるさい、わかってる、だけど」


 回路から感情が逆流している。よくない兆候だ。

サンカントの声でどうにか我に返ったリュミエラが唸り、荒く息を吐いた。体温がだいぶ高い。

彼女は屋根に飛び乗って首都ルクス方面に探照灯じみた光を向けた。

ぱっと見、火の手などが上がっているようには見えないが、いかんせん二十マイル以上離れているため詳細まではわからぬ。

だが、何かが起こっているのは間違いない。連絡手段も今はない。


「だるいけどルクスまで走るわよ、サンカント。

通信機壊れたままだから行かないと連絡付かないし」


「待って、なんか食べさせてよ、力でない」


「あんたやっぱ調子悪いんじゃないの?

確かあたしの部屋に前貰った聖堂騎士団糧食(コンバットレーション)が積んであったはずだから、それで我慢しなさい」


「うーんー……」


 リュミエラは屋根から身を乗り出して通気口じみた小窓を引き開け、肉食獣さながらのしなやかさを発揮して二階の部屋に滑り込んだ。

ベッドの下から携帯食料の箱を引っ張り出し窓から投げ落とすと、封を破ったサンカントが中身を咀嚼する音が聞こえてきた。

見える範囲内では室内が荒らされたりはしていないようだ。

ならば壁の穴を含めた戦闘の跡らしき破壊の原因は何なのであろうか?

少しばかり冷静さを失っているリュミエラには推測できないし、沈思黙考する時間の余裕もなかった。

衣服としても防具としても重要な赤黒いフードマントは、モーリス地下の戦闘で半ば破損したままだ。

彼女は修復か買い替えが必要なそれを脱ぎ捨てると、金属製の小さなクローゼットを引き開け、予備を取り出した。

全体的な質は劣るが同じラヴァ・ワーム革製であり、着替えないよりはマシだ。

その他いくつかの小物を耐熱革袋に突っ込み、量産品の山刀二本と共にベルトで腰に留め、室内を再確認しつつ階段を下りた。

一階も壁の穴以外、特に異常は見られず、水道ポンプも機能している。

思い出したかのように手洗いと簡単な身繕いを済ませたリュミエラは、扉ではなく壁の穴から脱出した。

外では食事を終えたサンカントが荷物を漁っている。


「消化終わった?」


「終わった」


「じゃ、荷物をそこの穴から突っ込んだら行こうか」


「はーい」


 軽く準備運動をしたリュミエラとサンカントが、夕日の中ルクスへと駆け出す。

二人(数少ない彼女らと同格の戦士も含む)は、余計な荷物や極端な高低差さえなければ、数十マイル程度ならクリスタル燃料車と大差ない速度で移動できる。

疲労や消費カロリーはかなりのものだが、乗合車を待つ余裕もなければ車も持っていないのだから、他に選択肢はなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ルクスコリ共和国首都ルクス。

日が沈みつつある赤く薄暗い空で、回転翼タイプの小型飛行機械と、数種類の飛行型乗用魔物が舞って周囲を警戒している。

いずれも軍属、あるいは形式上軍属であり、普段から飛んでいるものではない。


「……こちら第四区画上空、はい、いいえ……はい、工作部隊長代理です。

隊長はモーリスで足止めを、そう、例の件で……いいえ、議会を通さないとどうしようも……はい。

はい団長、先ほどソリオン二体破壊、いいえ、メインターゲットは補足できておりません。何? いいえ、借り物でして。

軍のほうからはなんと…………ふむ、はい、いいえ、それは。

スリーマンセルは論外かと、班……いいえ、最低でも小隊規模での捜索を提言します。

個人的な? はい、団長と副団長以外は待機と検問のみの方が。うちは研究所と神殿の警備に集中させております。

…………ルクス市街地で魂爆など使えませんよ。はい、報道用にですか、独断ではどうにも。

そうなりますと、中央神殿といいますか、カルヴェ神官長の管轄になるのではありませんか?

はい、では、任務に戻ります」


 シャープな造形の兜と、専用にカスタマイズされた軍用サイバネティクス魔力ゴーグルを装備し、聖堂騎士団制服を着込んだ人物が通信を切った。

腰には制式装備よりも柄が長く火の操作に適した直刀を携え、背中には二本のロケットランチャーを負っている。

声色から女性であると推測できるその精鋭兵は、聖堂騎士団工作部副隊長兼隊長代理マリエットだ。

魔法の鎧の僧術で強化された制服の下で、彼女独自の炎元素による内向きの防御が波打つ。

彼女は苛立っていた。

いつものように居ない隊長エリクの事務を代行し、部下の訓練に顔を出し、平日唯一の楽しみであるティータイムを行おうとしたところで聖堂騎士団本部から呼び出しがあったのだ。

聖堂騎士団長シャイエとルクスコリ軍の使者からマリエットに告げられた内容は不明な飛行物体侵入感知の報とその調査補助であり、珍しいが時々はあることだ。

大抵は民間登録機のコースずれであり、事件性が高くとも野良の飛行型魔物の迷入程度である。

“魔国”シュバルド王国と敵対しているルクスコリ共和国だが、今のところ大規模な戦闘は止まっているし、首都ルクスにまで敵機あるいは敵魔物の侵入を許したこともここ十年はない。

……しかし、今回は違った。

データを見ながらミーティングをはじめてしばらく後に入ってきたニュースは、中央神殿付属研究所、つまり“勇者”製造と“聖女”固有形質を含むルクスコリ最先端の魂魄研究施設が襲撃を受けたというものだったからだ。

ルクス中央神殿と聖堂騎士団本部の間に存在する研究所は、破壊兵器や一騎当千の戦士の常駐こそないが、何重もの妨害術式と物理的と魔法的両面からなるレーダー装置で守られ、警備も厚い。

立法府である議事堂宮殿よりもずっと堅牢であり、侵入を受けた後の処理能力を除けば軍本部と大差ないほどだ。

団長シャイエにも、マリエットにも、もちろん軍の方からしても、飛行物体に輸送された強力な何者かが上空から襲撃をかけたとしか思えなかった。

ともかく、マリエット達を含めた精鋭が到着するまでのわずかの間に研究員と警備員の半数近くが惨殺され、いくらかの資料が奪われたのだ。

……そして現在、ルクスは厳戒態勢にあり、襲撃者の捜索が続けられている。

ルクス上空を旋回するマリエットの通信機が再び鳴りはじめた。


「はいこちら第七区画上空、工作部隊長だい……はい……はい、何故私にでありますか、カルヴェ殿。

…………いいえ、それは、団長が? いえ、それは団長か議会の方とですね。

む、団長、割り込んで何を……ふむ、転送陣の反応はまだ無いと。ありがとうございます、はい、何かあれば連絡いたします。

……ううむ、反応なしということはやはり近くに居るのか? おいクロマク、何かないか、さっきソリオンを見つけたみたいに」

 

 ルクスの公共建造物周辺は中央神殿を含め、建物自体を魔法陣のパーツに利用した強力な転移妨害結界が張られており、例外的に設置されているいくつかの固定転送門(ポータル)を使用せずに転移で出入りするのは、たとえ強大な超魂族(ハイ・エルフ)であっても難しい。

また、転移自体も大量のエネルギーの発生と消費を伴うため、長い前準備や隠蔽を経ない転移が起これば簡単に認識できる。

つまり、見失った危険な敵は、いまのところ高確率でルクス内に留まっているということだ。

渋い顔で機械をポケットに突っ込んだマリエットは、足元の乗騎を軽くはたいた。

ドラゴンのように見えなくもない黒い影に包まれた大型の質量物体が、シューシューと不満そうな細い声を発する。

最終処分場から発生する大量の瘴気を定期的に摂取して以前よりだいぶ成長してはいるが、幽体(スペクトラル)ドレイクのクロマクだ。

駐車料金を経費で落とす代償に工作部の備品代わりと化したそれは、リュミエラが指定した人物を魔力的に判別して命令を聞くことができる程度に高い知力も手伝って、いまや主であるリュミエラ本人よりもエリクやマリエットが使うことが多い。

特性上鞍こそつけられないものの、半物質半霊体の身体を活かして地中に隠れさせておくことができるため、工作部の仕事と相性が良いのだ。

何時の間にやらあたりは完全に暗くなり、空で巡回を続けているのはマリエットの他にもう一人だけとなっている。

別に敵の捜索を諦めたということではなく、建物密集地で飛行機械を夜飛ばすのは危険かつ住民からの評判も良くなく、飛行型乗用魔物に関しても闇の中飛べるものは数少ないからだ。

周囲認識に陽光を必要としない幽体(スペクトラル)ドレイクであるクロマクはまだ飛べるが、今のところ目立った成果が出ていないのも事実であり、マリエットは一旦合流すべくもう一人の方へと向かった。

通信で話せれば楽なのだが、本部と通信中であるのか繋がらない。

彼女は仕方なくある程度近寄った段階で飛行速度を落とし、指先から発生させた炎を信号めいてちらつかせた。

直後、同様の点滅信号が返ってくる。どうやら通じたようだ。

蝙蝠と鳥を足したような妙な翼を優雅にはためかせる二十五フィートほどの魔物に乗り、巨大なクロスボウを背負った大柄なルクスコリ兵はマリエットの駆るクロマクに横付けし、魔力を下に向けてホバリングを始めた。

と、暗視機能を調整しながら顔を向けようとしたマリエットの懐で通信機、しかも私用の方が鳴り響く。

あまりに急いでいたため持ったまま出撃してしまったのだ。

ゴーグルの下の顔をしかめた彼女は慌てて着信を拒否し、ぼやきながらスイッチを元から切った。


「メェールドォー……」


「おおい、つれねえな! 俺だ!」


 直後、横から聞き覚えのあるひょうきんな声が響いてくる。

声の主はもちろん隣の飛行者だ。

マリエットの機嫌は更に悪化した。


「ハア? う……む、なんだ、ラザルじゃないか、せめて仕事用の方にかけてこい、バカめ」


「あっちだと本部に聞かれちまうぜ、だいたい馬鹿とはなんだ、おい。これでも少将だぞ」


「それを言うなら階級符号は私の方が上だろうに……まあ今はどうでもいい。で何か収穫はあったか、ラザル少将?」


「いんや、研究所から逃げ出すソリオンを三匹処理したのと、後は……そうだ……部下がなんぼか消息を絶った」


 到底軍人とは思えぬ軽い調子で損害を報告するラザル。軍用ゴーグルで表情はわからない。

だが、マリエットにはラザルの声が夜風に当たっている以外の理由で微妙に震えているのが判る。

他に聞く者など居ないにもかかわらず動揺を隠そうとするのは、彼らしいといえばらしい……良くない傾向だ。

今はどうにもならないが、休みが合った時にでも気晴らしに連れて行ってやらねばなるまい。

マリエットはとりあえず聞き流し、話を続けた。


「かなわんな、でだ、地上は他の連中に任せるとしてどうするね、疲れているだろう」


「ああ……でもマリエット、転移の反応は無いしよ、まだしばらくは回ってみっかと……おい、何だありゃ」


 弾かれたように振り向いたラザル少将が、地上へ特殊クロスボウを向けた。

長魂族(エルフ)である彼は、投擲物に魔力を込めることで強力な破壊力を生み出す特殊魔法技術の使い手であり、彼のクロスボウ射撃は榴弾砲と大差ない威力を誇るのだ!

僅かに発光する袋状のものを背負った人影が屋根を蹴り、空気を踏んで空中にいる二人と二匹に接近しつつある。

ラザルがクロスボウのトリガーを引こうとしたその時。


「お、おい待てラザァ!」


「何」


「あれは私の、正確にはエリクの部下だ。

……全く連絡がつかんと思えば、一体全体何をしているんだあいつらは」


 本来の主の実体を見つけたクロマクが幾分嬉しそうな様子で低く鳴く。

空中歩行移動でマリエットとラザルの間を駆け抜けた人影は上で二つに分かれ、しもべの背へと羽根のように降り立った。

荒い息遣い。


「ふぇー、疲れた、何があったの、あったんですか、マリエットさん、いや副隊長」


「ハァ……そう、だぜ。急いで来たのに検問? で止められかけてさ、大変だった……あれ? どちら様?」


「なんだこりゃ、説明を要求すっぞマリエット」


「ちょ、ちょっと待ちなさい、話すと長い、ええ、ああ、時間が無駄だ、巡回しながら説明する、いいな?

いや、質問じゃない、決定だ、うああ面倒すぎる! ほらクロマク、動きなさい、動こう」


 どう贔屓目に見ても騎士団所属の将官とは思えないほど投げやりにわめいたマリエットが三人から目をそらし、足場のドラゴンもどきを撫でた。




転移は強力なもののコストが高く目立ち、妨害もされやすいです。

アンドレアスの使う特殊転移は妨害に強いですが、隠密性という点ではそれほど強くもない建物外部の観察者に使用がバレてましたね。

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