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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第五章 魂と肉
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幕間04 『胎動』

 ザリザリザリ、薄暗いどこかに魔力の乱れと空間の歪みによる不快な雑音が走る。

遅れて、白、青、赤、緑の光の線が虚空に出現した。

線は毛糸の巻き取りさながらに空中に球を描きながら広がり、美しく点滅を繰り返す。

その明かりによりあたりの様子が明らかになった。大広間だ。

高い天井と壁は美しく塗られ、中央部に不可思議なメカニカル機構が鎮座している。

室内を照らした光はさらに強くなり、球の直径も数十フィートまで成長、表面に長く難解なプログラムじみた文字列が表面に発生。

脈動する積層立体魔法陣はさらに質感を増す。

と、その中心部に大中小三つの影が転送されてくる。

球体はしばらく明滅したのち、出現時と同様に光の糸に戻りながらほどけて消えた。


「やれやれ」


 音もなく着地した大きな影が低く呟き、指先からわずかに魔力を放出した。

部屋のセキュリティシステムが魔力と声、二種の紋で個人を識別し、備え付けられた各種機能が動き出す。

高級クリスタル動力の柔らかな光に照らされた大男の格好は、様々な護法印や紋章が刺繍された紺色の作務衣……しかし、あちこち焼け焦げ、大量の砂埃を被っている。

転移門(ポータル)不使用での超長距離転送などという高度で特殊な魔法技術を使える者にしては、随分と酷い格好だ。

とはいえ、その横に立つもう一人と一個、いや一匹ほどではないだろう。


「グゲ……ゲ、ゲホッ……アアア、ダミィットゴッダミィットファキィィット!」


 硬く掠れた声で悪態をついたのは、黒いバックパック型スーツケースから虫さながらの鋭い四本のメタリック脚を生やした奇妙な生き物。

背面にデフォルメ戯画じみた裂け口がついており、ギザギザの牙と大きな舌が覗いていた。

生き物の中からはバキバキ、ニチャニチャと肉や骨をこね回すような音が響く。

仮想肉体を再生成している。

待つことしばし、鞄の口がこれまた戯画的に開き、裸の少女が姿を現す。

四フィート少々しか身長がなく、ふわりとカールした短めのブロンドと濁ったエメラルドの虹彩を持ったその少女は、目にも留まらぬ速さで床に落ちている服(彼女達同様転送されてきたものだ)を拾い上げ身に着ける。

ほぼ同時、スーツケース状の怪物が薄べったくなり普通のバックパックとなって背負い直された。

そう、恐るべき魔王アンドレアスの忠実なしもべの一人である大悪魔(アーチデーモン)デグレニャだ!

横では、魔力汚染弾による不意討ちをはじめとした“勇者”エリクの攻撃を全て身体で止めた同じく大悪魔(アーチデーモン)の青年ガストルトが、相変わらず表情の見えない顔で仮想肉体を修理していた。

まるで酸化した金属のような灰色の肉に刺さった刃や銃弾を黙々と抜き取り、象牙色の肌を生成してゆく。

肉、肌、ブラウンの髪の再生成を終えた彼は、広間の隅にあるロッカーを開けて焦げ破れたシュバルド式のミリタリースーツを着替えた。

ついで横にある少しばかり大きなロッカーを開き、彼の主であるアンドレアスの着替えを取り出す。


「……うむ」


 全身の汚れを浄化し、黒髪の焦げた部分を仮想物質で埋めたアンドレアスは、もはや修復不能であろう服と受け取った新たな霊衣を交換した。

彼はシュバルドの首長、王であるが、公的な場に出るとき以外は他人に衣類やメイク、食事などを任せるようなことはない。

彼をはじめとした超魂族(ハイ・エルフ)は、他に流されることを好まない……正確には、好まなかった。

大柄な肉体と長い寿命を持つ強力な半霊体半生物種族である超魂族(ハイ・エルフ)は、かつて皆が支配者であった。

それぞれの縄張りを合わせれば世界の殆どを統べていたといってもよい。

だが長い時間の間に元々強くなかった繁殖能力を失って少しずつ数と勢力を減らし、今ではシュバルドをはじめとしたいくつかの国を寄り合い所帯じみて運営するに留まる。

偉大で尊大な、しかし退廃的な隠遁をしているというのが他種族からの評価だ。

そういった事情ゆえか、あるいは単に畏敬と差別が入り混じってかはともかく、超魂族(ハイ・エルフ)が運営する国の支配者は“魔”をつけて呼ばれるのが慣例となっている。

……そして、現シュバルド王国首長“大魔王”アンドレアス・エルネストはシュバルドの超魂族(ハイ・エルフ)の中でも最も古い一人であり、現状を嘆くものでもあった。

彼は彼同様に超魂族(ハイ・エルフ)の力と威厳を取り戻そうとし、志半ばで倒れた先代シュバルド王国首長を尊敬し、また軽蔑していた。

アンドレアスは四十年以上をかけて計画を練ってきた。強力にして非合法な同盟者もおり、先代のように失敗することはない。はずだ。

しかし、そんな彼をして先の遭遇は全く計算外、青天の霹靂というほかない。

どれほどカバーできるかはわからないが、兎にも角にも実行を前倒しする必要が産まれている。

彼は腹心である二人の悪魔に待機警戒を命じると、強固な暗号化が施され、連絡先も限定された特製の通信機を取り出した。

低い電子音が通信の成立を告げる。


「…………そうだ余だ、いや挨拶も研究の進捗も後で良い、そうだ。

うむ、転送陣でこちらから向かうので細かい事はその時、だがその前に……。

080、014、あとはこちらの…………何だと? それについては問題ない、設置と埋め直しも。

うむ……ああ、至急頼む、いや一人で良い。条件は…………」


 ツー、ツー、ツー。通信終了。

今すぐ可能な処理を一通り終えたアンドレアスは慌しく書類の束や各種魔法道具を取って鞄に詰め込み、上着とマントを纏った。

行き先が行き先であるため、変装の必要はない。

と、デグレニャと共にじっと佇んでいたガストルトがアンドレアスを呼び止めた。

この男が主に口を挟むことは珍しい。


「外に魔力反応。おそらくモーリスの件とは無関係」


「ふむ、議会連中の差し金であろう、毎度毎度処理しても処理してもしつこいこと。

カスパルかトービアスか、あるいはラウラか……どちらにせよ少々待て、お前は余と共に地下研究所だ」


「は。…………自分も転移を?」


「そうだ、お前は魔力紋と姿が割れておるからシュバルド内で暴れるわけにいかぬだろう。

例の件の前倒しだ、事故を装ってこちらの拠点と機材を処理回収する、ついでに探っておる連中の処理も。

ベルトランにも通達と戦力の追加を依頼済みだ。じきに転送されてこよう、全て問題は無い。

……デグレニャ、今から送られてくる特殊怪人と組んでコード十三の実行を開始しろ。

リミットは明日の晩まで、そうだ、余が次の会議に出るまでだ。

全て殺せ、魂の姿の一部使用と備蓄クリスタルの消費、武器庫との接続を許可する」


「はい主様」


 アンドレアスは早口でまくし立てながら考えを巡らせた。

問題なしとガストルトには言ったものの、不安要素は多い。

アンドレアスが転送準備を開始したその時、虚空に雑音が走った。速成転移陣!

それは一般的なものと比較して光のラインが太く、文字列がパターン化されて重厚な印象だ。

なお、ベルトラン地下研究所からシュバルド山中のアンドレアス第一基地は、暗号化と厳重な隠蔽処理を施された量子魔力ラインにより繋がっている。

これにより燃費こそ悪いながらも、双方向への転移門(ポータル)不使用転移やホットラインじみた高速通信が可能なのだ!

カシャン! カシャン!

明らかに真っ当な魔方陣の立てるものではない音を立てながら正八面体の発光物体が点滅し、パズルじみた文様が浮かぶ。

そして、しばらく輝いていた立体が消滅するとともに人影が音もなく降り立った。

中肉中背中性的な身体を、一般市民が着るものよりこころもち上質と見える地味なベージュのコートで包み、グレーのクラブ・バッグを抱えている。

焦げ茶のセミロングに赤みがかったブラウンの虹彩を持つ顔の造作から辛うじて女性と判別できるが、そちらにしても無個性無表情。

だが、アンドレアス達三人にとっては既知だ。

その女は歌うようなメカニカル音声で挨拶した。


「どうもお久しぶりですアンドレアス様、カピテーヌです。

ご注文いただきましたもの、到着いたしました」


 アンドレアスが不審げに眉根を寄せて呟く。


「……どこにもおらんようだが」


「条件はある程度の範囲攻撃と高速飛行が可能で、可能ならば魅了(チャーム)他精神干渉に対する耐性を持っていること。

使用期間は一日、場合によってはニ日……そう伺っていたはずでございます」


「うむ、間違いない」


「条件を満たせる個体は100、090、008、そして私です。

そのうち手すきが休眠保管中の100しか居なかったもので、私の端末が増援、となりますね。

なお本体ではなく人格基盤コピーとの遠距離リンクによる戦闘試験を兼ねておりますので、任務終了後、場合によって自爆処理を行いますのでご注意ください。

それによる経費等の請求は行いません」


「むむむ……」


「いかがなされました? 端末とはいえ全ての条件を確実に満たしているはずでございますが」


 仮面のような顔(実際、擬態なのだが)をわずかに動かして不思議そうな表情を作ったカピテーヌ端末が、組織のパトロンであるアンドレアスの妙な反応を地下研究所へと送る。

アンドレアスは己の少し後ろで、牙を覗かせてカピテーヌ端末を睨むデグレニャを見て溜め息をついた。

主こそ違えど忠実なしもべと忠実なしもべ、問題は起こらないはずだ。おそらく。


「やれるな?」


「……大丈夫です主様、なあ機械人形?」


「なるほど、懸念は理解しました。こちらからは何もございません、アンドレアス様。

ただし、交換の場合100の覚醒と調整には数日を要します」


「大丈夫だつってんだろ! 私は……」


「良し、カピテーヌはデグレニャの指揮下に入れ。

余とガストルトはこのまま地下研究所に転移する。

行くぞ、今すぐだ!」


 言うが早いか、アンドレアスは霊糸で編まれた魔法陣を床に叩き付けて発動させる。

彼はいつの間にか様々な荷物を背負っていたガストルトと共に糸に包まれ、その場から消えた。

金と魔力に糸目をつけぬ移動の連続は、ことの緊急性を如実に表す。

カピテーヌ端末とデグレニャも、多少険悪な雰囲気ながらに情報交換を急いだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 薄明の森の中、迷彩を纏った五人組が息を潜めている。

五人はいずれもやや長身で、光学迷彩機能付きのマントにより輪郭が判然としない。

典型的なシュバルド王国の長魂族(エルフ)の戦士が山林で行動するための姿である。

装備は暗視と魔力の流れの認識力を強化するゴーグルと、魔力強化の施されたショート・ボウ、そして爆弾を含むいくつかの暗器類。

視線の先にある優雅ながらに森に隠れてあまり目立たない建造物は、シュバルド王国首長アンドレアスの別荘であり、非合法な備蓄と研究資材が隠されているという噂だ。

だが、何も“魔王”に挨拶に来たわけではないし、五人が単なる物取りというわけでも勿論ない。

五人はとあるシュバルド議員の私兵諜報組織であり、政敵であるアンドレアスの秘密を狙っているのだ!

……強大な超魂族(ハイ・エルフ)であるアンドレアスを五人が物理的に撃破するのは、実際極めて厳しい。

だが、強化された魔力認識で“魔王”が発した強い魔力の流れを二回感知している。

間違いなく長距離転移であろう。

二度の転移にあまり時間を置いていないことと、しばらく見張っている間魔力の流れが無かった事から、何かの用事のために立ち寄りすぐに出て行ったことが推測される。

五人は二と三にわかれ、行動を開始しようとした。

その時!


「待てアイ、ヴァイ、何かいるぞ」


「……ライ、気のせいだろう」


「いや、私も赤い光が確かに見えた、一瞬だったが、見間違いなどでは」


「冗談だったらただじゃ済まんぞフィア、なあフュンもそう思うだろ。

お前の妹は冗談が過ぎるからな、フュン? ……フュン?」


 返事が無い。五人、いや四人は血の臭いを感じた。

遅れて、何かが倒れる音と、微かに違和感のある風の流れ。

三人が同時に振り返った。

再び何かが倒れた。


「ア……アア……」


「に、兄ちゃ」


 さらに倒れる。

一人が黒く塗られたダガーを抜き、構えて魔力を通そうとした。

だが、彼の努力は無駄だった。力が通らない。

いや、足も手も動かない。

ズルリ、ドサリ、ゴトリ。

断続的に何かが落ち、彼の首筋に何かが触れた。

肉と血と服が焦げる悪臭が最後に残された一人にして、最初にアラートを発した男、つまり諜報員ライの鼻を襲う。

四肢が動かない。いくつかの感覚も消失している。

彼は何か一つでも情報を得るべく、唯一動く首を振った。

何も無いように見える薄暗い空間に、ごくわずかな二つの赤い光が見えた。やはり、勘違いではない。

彼はついで空中にぶ(・)れ(・)を感じた。

ぶれは段々と広がり、人型の輪郭となってゆく。

赤い小さな光は、そいつの虹彩だった!

虚空から姿を現したのは、中肉中背中性的な身体で、大き目の鞄を左手に提げた女。

女、というのは顔立ちからだ。もしかしたら男かもしれない。

女の右掌から、特殊ゴーグルで強化されたライの視力でも注意しないと認識できないほどに薄い魔力に包まれた刃渡り一フィート半ほどの刃が生えている。

彼は確信した。この刃が四人をやったのだ。

あまりに見事すぎて死んだ仲間に対する悔恨の念や、女に対する憎悪すらも沸いてこない。

そもそも身体も魔力も動かず、最も簡単な魔法も使えなければ手榴弾のピンを抜くことすらもできない。

毒、あるいは呪いを盛られている。

女が奇妙な、歌うような機械のような声を発した。


「雇い主の名前と所在を教えていただけますか?

なお、申し訳ありませんが貴方の四肢を落とさせていただきました。

止血と痛覚遮断を行っておりますので生存に関してはご安心ください」


 ふざけるな、ライはそう思った。

諜報員としてのプライドがある。

彼は差し歯を砕き、中の毒を飲もうとした。


「が!? ボガガ、ゴガ、は、な、馬鹿……な」


「質問を繰り返させていただきます」


 自決は果たされない。

頬の筋肉の動きを感知した女が電撃的速度でライの口に手を突っ込み、一体いかなる超感覚を使用したのか、毒差し歯を引き抜いて投げ捨てたからだ。

痛みは無い。痛覚遮断とやらは本当らしい。

しかし彼は泣いていた。

別の女の声がする。幻かもしれない。


「機械人形、てめえが使いもんになることはわかった……けどさ、雑魚にこんなん回りくどいだろ」


「あらあら、楽しいインタビューの時間を飛ばすなんて風情のない大悪魔(アーチデーモン)」


「けっ、生きてもいねーくせに風情って」


 ライが人生最後に認識したのは、濁ったエメラルドの虹彩を持つ美しい幼女の掌から流し込まれる、強烈な魅了(チャーム)の魔力だった。

第五章開始。

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