37話 『秘密のその先』
骨と肉の砕ける音が地下通路に反響する。
サンカントはカトルジエムの胴体を踏み抜いた。
出現したそれ、つまり先代勇者の魂の欠片である薄赤い霊的物質がサンカントへと吸い込まれてゆく。
しかし。
(Erreur!)
「……アレ?」
(Erreur! C'est une âme injuste.)
(Regagnez plus.)
「ん、どしたのサンカント」
「何も無かった」
「何よそれ」
「違う、って弾かれた……。記憶も全く取れない」
言うと、サンカントは眉根を寄せて考えこんだ。
その横ではエリクがカトルジエムの焦げた頭部と獣じみた掌を保存シートでくるみ、軽金属製の箱に詰めようとしている。
鋼鉄ゴーレムに運ばせ、地上で他の工作員に受け渡したのちに首都ルクスへと空輸し、研究所で分析を行うのだ。
準備のいいエリクは怪人の肉を新鮮な状態で送るための根回しを既に済ませていた。
カトルジエムは生鮮食料品に混じりルクスへと移動することになる。
エリクは禍々しい作業を行いつつ、彼の魂の同居人とミーティングを行いぶつぶつ呟く。
「……ふむ、となると切り離した固有形質ではなく魂の基本形状を転写劣化のちベースにして擬似生命を……肉に万能性があるならば魂にも万能性が…………しかし現状の………………かといって……ツチヤ…………う!?」
「落ち着きなさい、エリク。要は、まだ終わってないって事ですわ」
「あ、ああ、すまん。分析は研究所の方でだな、うむ」
軽い打撃によりエリクを冷静にさせたジョゼが、フードローブの下から“聖女”ならではの光の粒子で出来た細い触手を展開した。
わずかに白く光る無数の糸は物理的障害を無視し、地中へ潜ってゆく。
補助的な目であり指であるそれは、精密性こそ低いながら、近場の異物発見に関しては強力な性能を発揮するのだ!
リュミエラ達は各々考え事をしながらジョゼの作業を見守った。
しばらく後。
「何かいます……が、困りました」
「どうした」
「十フィートほど下から広範囲にわたって強力な防御結界が仕掛けられています。解除には発生源の特定と私の物理的接近が必要」
「やはり無理にでもリュミエラさんの幽体ドレイクを連れて来るべきだったか。
何故か聖堂騎士団の車庫にも家の方にも居ないし、探すほど時間に余裕も無かったからな……」
「……クロマク留守だったの? ううん、十分食わせてから出たはずなんだけど、成長期かな。
んま、十中八九埋立地まで瘴気探しに行ってるだけだとは思う」
「ふうむ、まあ今使えない手段をどうこう言っても仕方ない。僕がどうにか補助しよう」
エリクは懐から紙符ペンタクルを取り出し、魔法建材打ちっぱなしの床に押し当てた。
紙符を通過し濃縮された地元素が大地に小さな虫食い穴を穿ち染み込んでゆく。
どくん、どくん、どくん。
精神集中したエリクの掌から魔力が流れ続ける。
彼はジョゼの聖光粒子による索敵を補助強化するためのラインを引いているのだ。
「到達、空間遮断を確認、迂回する」
ザリザリザリ、エリクの発する害虫の群れの咀嚼音じみた微かな不快音が響く。
サンカントは聞き耳を立てた。反響定位で何か拾えないかと思ったのだ。
……しかし、どうやら難しいらしい。
彼はしばらく周囲を警戒していたが、諦めて携帯食料を齧り始めた。
「やっぱ俺、こういう細かいのは苦手だな」
「そうね」
「ところで“勇者”殿、俺ァどうすりゃいい、正直こっから先はあんたらの領分だと思うんだがね。
モーリス市としちゃ、ベルトランが何かやっていた、で終わらせたいつうか、あまり大事にはしたくねェ、つうか」
ラマモンが渋い顔で溜め息をついた。
市長の部下であるこの悪魔は特性上、市長ドミニクと議会への完全報告義務を持つ。
モーリス市の在り方を揺らがすような情報はなるべく持ち帰りたくはないのだ。
たとえそれが、最終的に崩壊をもたらすものだとしても。
「すまんがそういうわけにはいかない、この作戦の許可条件に最終処理へのラマモン氏の同行が含まれる。
ドミニク老は知りたがりであらせられるようだ、と、掘り終わったぞジョゼ」
「あァ……」
「はいはいエリク。それでは再度いきますわ!」
落胆するラマモンを尻目にジョゼが起動し、紺色の神殿フードローブの下から、再び“聖女”の力が溢れ出した。
神聖エネルギーの奔流が虫食い穴に沿って潜ってゆく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ええ……」
「まさか、迂回する分岐通路から地下への階段を丸ごと仮想物質で埋めて迷彩してあったとは」
しばらく後、五人は斜めに分かれた地下通路から下へ続く階段の前に立っていた。
秘密の道へと至る障害を除去したのは、もちろんジョゼの特殊技術だ。
道中に灯りなどは一切無いため、人間発光体であるリュミエラがごく弱い物理光源となっている。
燃素やジョゼの聖光で灯りを取らないのは、魔力感知を警戒してのことだ。
「一体全体、先に何があるんでしょうなァ。
モーリス市で怪人が出た、なんつう話はあんまり聞かないんですがね」
「外側から丁寧に剥がして、薄皮一枚残しましたから、中の連中には気付かれてないはずですわ……思ったより部屋は広いようです」
「感じる、感じるぜ、さっきみたいなのじゃない。ちゃんとした怪人の、先代勇者の魂を」
「…………ほら」
エリクはさらさらと作戦をメモし、回し読みさせた。
敵の構成に最低でも怪人一人を含むため、戦闘が発生するのは避けられない。
急襲は前提として、どれだけ資料を残せるかが勝負である。
「俺も闘るんですかい」
「場合によっては。だがジョゼと共に見張りとサポートを優先してもらいたい。
突入は僕と部下二人がやろう」
「あいあい」
「さて、何が出るかしら」
隠蔽扉の前に立った五人は、戦闘準備を済ませて周囲を再度警戒した。
地上の喧騒も遠く、部屋の中からも音は漏れていない。
辺りはどこまでも静かだ。
不意を打つために敵の結界をわずかに残しているため、こちらからも向こうの様子は窺えぬ。
だが、サンカントの特殊能力により怪人が複数いないことは確定している。
問題は何も無い。
「行くぞ」
言うが早いか、エリクは薄い結界ごと扉のふちを切り裂き、蹴破った。CRASH!!
一辺が彼の身長の倍以上もある二枚の大扉が、肉体強化を受けた“勇者”の怪力により嫌な音を立ててねじ曲がり、内向きに倒れる。
大音量によりその場の全員が、一瞬固まった。
部屋はかなり広く、作業用の調整を施されていると思しき細身のソリオンが数体動き回っている。
奥の事務机に座って何やら書き物をしているのは、ヒト男ベースと推測されるフォーマルスーツ姿の怪人だ。
中央部には製造中か調整中らしい妙な機構が設置され、それを三人の謎の人物が弄り回していた。
最も目立つのは、紺色のラフな衣類の上から特注と思しき白衣を羽織った身長十フィートはあろうかという巨漢だ。
正体を隠すためか、あるいは単に機械製造作業中のためか溶接仮面じみたフルフェイスを被っている。
その隣に、黒褐色のミリタリースーツを着込んだ、ブラウンヘアの若い男。
エリクとだいたい同等の体格と身長、つまり六フィート少々で、よく鍛えられていると見えた。
……問題は最後の一人だ。
一瞬で魂の同居人ツチヤと相談を行ったエリクは、怪人に撃ち込む予定だった改造マグナム銃をホルスターに納め、バックパックから対霊的生物用の魔力汚染弾が込められたライフルを引っ張り出した。
尋常でないエリクの様子を見たリュミエラとサンカントが、突撃を中断し身構える。
そして。
「うお、あ、大悪魔だと!? 聞いてねェ! 何でこんなとこ、ところに、こ、コカカーッ!!」
目を見開き狼狽するラマモンの背中から黒いシャープな羽が伸び、顔に巨大な嘴が生成され、飛び下がりながらモノポリーに変身する!
エリクはすべてを無視し、三人目であるブロンドのショートヘアに濁ったエメラルドの虹彩を持った、四フィートほどしかない少女へとライフルを撃ち込んだ。
BANG! BANG!
魔力鎖を破壊する呪いの文様が刻まれた重金属弾が、バックパックから何やら武器を取り出そうとしていた少女に吸い込まれてゆく。
エリクはこの相手の厄介さを知っている。先手必勝!
ついで怪人にもライフルを向けようと。
「待て、二人だぞ!」
「隊長!!」
リュミエラとモノポリーが同時に叫んだ。
エリクは視線を少女……否、シュバルドの大悪魔デグレニャに戻した。
…………違う!
一体どのタイミングで入れ替わっていたのか、たった今までデグレニャが居た場所に、謎機構を挟んで反対側に存在していたはずのブラウンヘアの男が門番石像じみて力強く立っている。
男は無表情のまま、奇妙に輝くタイガーアイの虹彩でエリクを見つめた。
ミリタリースーツの胸には二つの弾痕が空いているが、それだけだ。
魔力汚染弾の呪いは傷の周囲をわずかに侵食するのみにとどまり、弾自体も砕け落ちていた。なんたる抵抗力!
男がまるで合成音声のように平坦な声で呟く。
「ルクスコリ工作員だと」
エリクは答えるかわりに、破壊魔法の補助媒体とすべく紙符ペンタクルを撒いた。
しかし、いつの間にか巨漢のすぐ横に立っていたデグレニャの機関銃が狙い済ましたかのように火を噴く!
BUZZZZZZZ!
紙符は魔力が通りきる前に粉砕、そのまま消滅。
ドウ! 鏡状の防御膜を纏って飛び込んできたサンカントがエリクとリュミエラを狙う弾幕を受け止め、弾いた。
跳弾が周囲をランダム破壊するが、仕方がない。
リュミエラは何が起こっているかまだ把握できていない怪人研究員に飛びかかり、真紅の鱗に包まれた凶悪な左腕で殴り飛ばした。
怪人が吐瀉物を撒きながら吹き飛び、壁に叩きつけられる。
デグレニャが歌うような、しかし憎悪の籠った声で叫ぶ。
「主様、撤収しましょう、ガトは無茶すんじゃねえ!」
「逃がしません」
シュルシュル、パキパキ。
機関銃少女悪魔と、謎の巨漢に白く光る魔力粒子が巻き付き、増殖し始めている。ジョゼだ!
紺色フードローブの袖から眩いばかりのエネルギーが迸り、脈動している。
「アア畜生!」
直後、溶接仮面の奥からくぐもった声。
「聖光か? ふん、ぬ!」
巨漢の掌が暗いオーラを放つ。
彼は聖光の粒子をおもむろに掴んだ。
直後、青い閃光が点滅し、爆発するように消滅。
巨漢はさらにうねり伸びてくる光の触手も粉砕した。
いつの間にやら掌のオーラは全身に広がり、帳で遮られたかのようにぼんやりとしている。
強力な反魔法結界の使い手だ!
聖光による絞め殺しを諦めたジョゼが美しい顔を歪め、イオンの風で敵に負荷を与えつつ後退する。
「ちょっと、これ、エリク、まずいですわ」
「んなこた判って、ここで何があったというんだ!」
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
エリクは並列処理能力で戦況を分析しつつ、男悪魔の両手両足にマグナムを叩き込んだ。
しかし彼に余裕は無い。
「……シュー」
「おおオオ!」
刹那、刃渡り三フィート近くもある槍斧じみた巨大マサカリがエリクの眼前を通過する。
強烈な重量衝撃を受けた床が小爆発。BOOM!
エリクは直刀を振り回し、散弾さながらの勢いで飛んできた床の破片を受け流す。
さらに反撃として魂の同居人が操る補助金属腕がバックパックから伸び、ハンドガンで男悪魔の頭部を射撃!
帽子は撃たれて消滅。
だが悪魔の頭骨それ自体は、重い音と共に銃弾を跳ね返した。全く効いていない。
いや、先の重金属マグナム弾ですらミリタリースーツと皮膚を少々剥がしただけだ。
弾丸は天然の重装甲とでもいうべき灰色の肉で止まっている。
ガコン、地面にめり込んだマサカリの刃が真横を向き、事務机を粉砕しながら振り抜かれた。
当たれば両断間違いなしの豪打!
とはいえ、最初に男悪魔が見せた謎の瞬間移動を除けば、スピードはエリクに分がある。
ひらりと身をかわし、刃を踏み台に強烈な直突きを繰り出した。
火薬より鋭い一撃が、敵性存在の胴体を貫く!
「……転移はまだか」
「23ゼグンデ!」
「了解」
何たることか、男は胴に祝福された刃が刺さったまま平坦に喋った。
流石に狼狽するエリクだが、攻撃の手は緩めない。
KABOOM!
カーキ色軽鎧の表面が瞬時に隆起し、指向性爆発。人間クレイモア!
更に魔力汚染弾を詰め直したライフルを抜き、銃口を。
その時。
「は? う、おおお!」
土煙の中から伸びた手が、エリクの二の腕をおもむろに掴み、凄まじい怪力で振り回し叩き付けた。
CRASSSH! BOOM! BOOM!
エリクはアーマーを連続起爆し、いくらかの肉と紙符ペンタクルを犠牲に脱出。
爆発の勢いで天井に張り付いた彼は戦況を見渡した。
リュミエラは怪人を相手しつつ、収束熱線でソリオンを処理中だ。
サンカントとラマモンは猛烈な勢いで二丁の機関銃を連射するデグレニャからジョゼと持ち帰るべき資料を守っている。
ジョゼはパワフルな魔力を持つ溶接仮面の巨漢(おそらく超魂族であろう)を牽制しながらサンカントとラマモンを支援中だ。
そして、眼下の土煙が晴れる。
「……」
タイガーアイの虹彩が、さきほどの攻防前と何も変わることなくエリクを睨む。
上半身の服と皮膚は焼け焦げ、胴にはエリクの折れた直刀が刺さったまま、魔力汚染弾によって空いた小穴もそのままだが、男悪魔にとっては何でもないらしい。
エリクは自身の鎧をむしり、大量の紙符を展開した。
資料の回収を諦めたのだ。
しかし、エリクの破壊魔法発動より先に、それは起こった。
「カワレ!」
機械的で奇怪な声が響く。
ほぼ同時、怪人の四肢を引き千切り無力化を終えたリュミエラの収束熱線が溶接仮面の巨漢に放たれる。
反魔法結界をすり抜けた物理光は、しかし出力不足で巨漢に損傷を与えるまではいかない。
だが仮面は焼き割れ、淑女じみた艶やかな濡羽色の髪と、きめ細かな象牙色の肌が晒される。
エリクは呆然として男を眺め、呟いた。
「ば、馬鹿な……」
……露わになったのが、大陸で一番有名な顔だったからだ。
すなわち、シュバルド王国現首長、“大魔王”アンドレアス・エルネスト!
しかし事態はそこで止まらない。
アンドレアスは纏っていた反魔法結界を服を脱ぐかのように剥がし、危険な聖光の粒子を撒きながら浮遊するジョゼに投げつけた。
強烈な魔力相殺が起こり、ジョゼが墜落。
同時にアンドレアスの白衣に紋章が浮かび上がり、積層立体魔方陣が展開される。
さらに少し離れた場所では、直前までエリクと戦っていた男悪魔の輪郭が霞み、消え、同じ座標に何も持っていないデグレニャの肉体のみが出現。
アンドレアスが展開した積層立体魔方陣に男悪魔、牙の生えた黒い鞄、機関銃が吸い込まれてゆく。
顔を起こしたジョゼが転送陣を解除すべく聖光粒子を伸ばし、残り少ないパワーソースを絞り出したリュミエラも収束熱光線を放ったが、遅い。
役目を終えた魔方陣は砕け、魔王と悪魔と鞄は虚空に消えた。
困り果てた五人をよそに、機械にぐったりともたれかかったデグレニャの仮想肉体が不機嫌そうにギザギザの牙を剥く。
魂の実体が転移したために燃料供給が途絶えているのだ。
「クケケ……ケ、畜生、もう駄目だ。処分する。
10数えるまで待ってやる、私は優しいからな?」
「いかん!」
唯一何が起こるか知っているエリクは、展開していた攻撃的紙符を慌てて防壁に転用しようとするが、少し遅い。
「10だあアハハッハァァァ!」
笑いながら謎の黒い塊へと変質したデグレニャが、爆発した。
〔勇者試験体十四番『カトルジエム』〕
形質学者ベルトランの非人道的改造により新たな記憶と奇妙な獣の肉体を得たエルフ女。
過去の任務で損傷した際に接続した固有形質コードを失ったため廃棄される予定であったが、方針変更により劣化した魂を無理やり補強固着させる再生処理が行われた。
戦闘能力はかなりあるが知性が低いため、悪魔ザイディナの運営する地下カジノバーで番犬代わりに飼育されている。
違法地下通路に侵入したサンカントを敏捷な動きで苦しめた。
・おおきさ
6フィート3インチ、155ポンド。
・装備
ベルトラン式軽鎧
元素狼の爪
・特殊魔法と能力
「アシッドブレス」
「ベルトラン怪人基本セット」
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ついに遭遇してしまいました。割と繊細な問題です。
(政治屋ではないリュミエラとサンカントにはそこまで関係ありませんが)




