36話 『掃討』
サンカントは駆けていた。
地下通路は意外にも広く、そして深く長く曲がりくねり、灯りは無い。怪人の強化改造瞳でも少々視界がぼやけるほどだ。
人間自在発光体のリュミエラが居れば解決するのだが。
はるか後方から微かに罵声や剣戟が聞こえている。
ラマモンが戦っているのだ。もちろんリュミエラも。
……と、妙に軽い音が、三次元立体的に響いた。
「あれ」
サンカントは首をひねった。
彼は先代勇者の魂の欠片を、ベルトラン怪人の存在を感知できる。
だが、先ほど地下カジノバー“レファルド”で認識した時より、反応が弱くなっているのだ。
何かがおかしい。これほど微弱だったろうか?
困惑する間にも、“それ”は暗い通路を鞠のように跳ね回りながら接近してくる。
問題ない。怪人反応が弱かろうとも、ここまで近くなれば反響定位により位置を確定可能だ。
天井を蹴って斜めに飛び込んできた“それ”と、サンカントの視線がかちあった。
輝く金色の虹彩。
「SHI! SSYAAAAA!」
明らかに人型生物のものでない掠れたシャウトとともに、“それ”が腕を振り下ろす!
もちろん、サンカントも無抵抗ではない。
地面を踏みしめ、収束した饑の力、割れた鏡じみて煌めく魔力の拳で迎撃した。
CRASH! 破壊の力が正面衝突、奇怪な音が響く。
押し勝ったのはサンカントだ。
怪人少年の五フィート半しかない身体は、見た目より遥かに重く硬い上、仮想質量をある程度操作する力を持つ。純粋な押し合いで負けることはまずない!
加速攻撃を強引に弾き返された“それ”が、空中で器用に体勢を立て直して着地し、気の抜けるような声を発した。
「うゅ、硬イ、獲物」
サンカントが再び首をかしげる。
「ああ゛? なんだ、てめえ」
荒れたセミロングを撫でつけたように後ろへ流し、ベルトラン式のスーツ状軽鎧を着込んだその女怪人は、どうにも奇妙な姿だった。
六フィート強のやや大柄で引き締まった身体、鋭く尖った悪魔的な耳は明らかに長魂族の特徴だ。
しかし、サンカントのように特殊な肉体改造を受けているのか、あるいはまったく未知の種族なのかはともかく、その他のあらゆる点が異なっている。
靴を履いておらず、代わりに足から脛にかけてと掌、そして肘に髪と同様の体毛が獣じみて密生。
長魂族よりも竈の商人族に近い裂け気味の口から二本の牙が覗き、額からは六インチほどもある太い一本角。
両手両足の指には、リュミエラの左腕にあるものほど刃じみてはいないものの、肉食獣さながらの鉤爪が伸びていた。
「GRRRR」
直撃すれば大型魔物すらも無事では済まないサンカントの破壊の拳をカウンター気味に喰らったにも関わらず、怪人女に目立ったダメージはない。
ただ、シャキンシャキンと鉤爪を打ち鳴らし、攻撃的に唸りながら様子を窺っている。
先に動いたのはサンカントだ。
突き出した左掌に、先とは異なる黄白色の魔力塊が出現。敵を絡め取り、腐食吸収する細い小さな棒の力。
粘着質の毒糸が伸び広がる……しかし!
「え、う、わあ!?」
千ポンドもある高密度の身体が、つんのめる様に吹き飛んだ。
粘糸は魔力供給を断ち切られ消滅!
POPOPOPOP! 打撃からわずかに遅れて、空気が爆ぜる音が連続する。ソニックブーム。
サンカントは地面を殴り、跳ねるように起き上がり、振り向きながら息を吐いた。
全てが一瞬の出来事。
「MEEEEOW! 遅イ、カトルジエムの獲物ダな? ザイディナ様、何してル?」
前動作殆ど無しの超音速攻撃を成した攻撃者が、蹲踞じみた挑発的姿勢で自身の爪を舐めた後、起き上がるサンカントを睨め付けながら名乗る。
サンカントは困惑した。やはり怪人の、先代勇者の魂の反応が鈍い。
カトルジエムと名乗った目の前の長魂族もどきは間違いなく強敵であり、怪人だ……しかし何か妙だ。
爪の一撃を喰らった背中が痛み、少々出血している。予想より強敵。
サンカントの固有形質は燃費が良くないのだが、あまり出し惜しみしてもいられない。
と、再びカトルジエムが跳ね、かき消えた。足音が遅れて聞こえる。ドウ!
ほぼ同時、目を見開いたサンカントが叫ぶ!
「おオオオ!」
瞬時にサンカントの全身が鏡じみた防御膜で包まれる。
敵の加速は凄まじいが、全く反応できないというわけではない。
真横から襲ってきたカトルジエムの足の爪と防御膜が接触。CRASH! 弾いた!
初撃を防がれた怪人はなかば物理法則を無視して身体をひねり、横薙ぎの鉤爪チョップをサンカントの顔面に。
だが、まだだ。
「ギィィ……」
サンカントの肩を蹴って跳び、そのまま天井へと爪で逆さに張り付いたカトルジエムが獣の悲鳴を上げた。
左手の小指とその下の肉が抉れて体液が滴っている。
改造瞳の動体視力に助けられ、攻撃を待ち受けたサンカントが、鋭い牙の生えた大口で噛み付いたのだ!
彼は剛毛に覆われた敵の指の肉を鉤爪ごと噛み砕いた。
特徴的な青い人工体液の味が口腔内に広がる。嫌いではない。
勢いに乗ったサンカントはカトルジエムを追撃しようとして。
「SPIIIT!」
「あ、危」
ギリギリで拳を止め、飛び退いた。
直前まで立っていた地面が直径十フィート近くにわたって腐食し、煙を上げている。
謎の毒吐息を吐いたカトルジエムは、天井に張り付いたまま悔しそうに唸った。
彼女の指の出血はすでに止まっている。
サンカントが牙を剥き、天井を見上げた。
カトルジエムが牙を剥き、床を見下ろした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、“レファルド”店内では。
「NIIIア゛ア゛ア゛ア゛!」
巨大赤鹿“セブンペア”と化した悪魔ザイディナが吠え、熱と瓦礫を撒き散らす。
彼女と、悪魔ラマモンこと烏人間“モノポリー”、そしてリュミエラとサンカントが暴れ回ったせいで、ホール内は滅茶苦茶だ。
幸い客と治安維持員の退避は間に合い、外部の犠牲者は出ていない(店員に限ってはいくらかセブンペアの広範囲攻撃に巻き込まれている)が、再び営業するには大規模な改修が必要だろう。
なにしろ、壁はあちこち崩れ、天井も半分ほど落ちているのだ。
「どうすんのラマモンさん、一人でどうにかなるとか言ってなかったっけ」
「知らねェ、んな昔の事ァ忘れた、っうお!」
もはや完全に元のディーラー女の姿を留めていないセブンペアが突進してくる。
燃える体毛は弓、長角は槍、蹄は大鎚。
黒い翼をはためかせて宙に浮いたモノポリーが、冷たい鎖と氷柱のボルトを次々生成し迎撃、突進の勢いをそぐ。
リュミエラは熱と光に対する絶対的な耐性を活かし炎のボルトを身体で受けて掻き消しながら、すれ違いざまに斬り付けた。
急停止したセブンペアの反撃も見事なバックステップで寸前回避!
戦闘自体は有利に運んでいるが、いかんせん敵が丈夫すぎてなかなか終わらぬ。
傷だらけのセブンペアは魔法的に風元素を纏わせた巨大な前蹄を床に叩き付けた。BOOM!
衝撃波を伴って砕けた床が散弾となって周囲を襲う。
「コーココカー!」
強風に煽られ、モノポリーが壁に押し戻されるが、鋭い羽ばたきで方向転換し、ピッケルを振り抜く。
大鹿の頭頂部を狙ったそれは、しかし角に阻まれた。
ワンテンポ遅れて後ろからやってきたリュミエラが、真紅の鱗に包まれた異形の竜爪剣左腕と右手の山刀で燃える鬣をそれぞれ一撃。
傷口を開かせるも勢いよく振り向いた太い首に衝突し、呻きながら吹き飛んだ。
壁が迫る!
「げっは、よーやるわ……」
ギギギギ、リュミエラは天井に鉤爪を引っかけて斬り裂きながら体勢を立て直し、ぶら下がったまま白い腹を押さえて咳き込んだ。
山刀は複数回にわたる荒っぽい使い方で、遂に折れてしまった。
恐るべき膂力。
同様に跳ね飛ばされたモノポリーが猛禽じみた足の指で壁に立つ。
二人の視線の先ではセブンペアが身体の穴という穴から煙を噴き、四つの蹄で床を踏みならしている。
「埒があかねェ、奴の動きをどうにか止めらんねェか」
「止めるだけでどうにかなるの?」
「あァ」
「ならやる、あの再生速度ならしばらく固められるはず」
「……頼む」
「貸しで。それと、熱くなるから気をつけて」
言うが早いか、リュミエラは偽りの聖女を再発動した。
急激に体温が上昇し、陽炎が立ち昇る!
高エネルギーの流れを感知したセブンペアがリュミエラに警戒を向け、唸りを上げた。
リュミエラは真っ黒い虹彩で無感情に鹿を見下ろし、淡々とパワーを上げてゆく。
更に体温が上昇、鉤爪を引っ掛けていた天井が焦げ崩れた。
身体が落下をはじめ、ばさりと耐熱フードマントがはためく。
体感時間が引き伸ばされ、周囲の景色がスローモーに。
セブンペアの、大赤鹿悪魔の蹄が床を蹴った。
女の額から放たれた、不吉な薄緑のコヒーレント光が鹿の額に当たる。
自由落下中の女を刺し貫こうと、鹿が槍を振りかざす。
……だが、それは叶わない。
女は三日月形に唇を歪め、鹿を嘲笑った。
「カーッ!」
ZZZZAP!!
薄緑の光が一気に太くなり一瞬だけぶれた後、何千何万と融合、直進。
それはリュミエラの肩から上の形をしていた。
鹿の額に注がれた異常な熱量は分厚い肉と火元素による防御を貫通し、焼失させながら胴体にまで達し、更に石材の床を一部溶融させて鉱物蒸気を噴く。
鹿が崩れ落ちる。
直後、リュミエラの全身から激しい排熱が始まった。
一瞬で植木が枯れ落ち、椅子が、テーブルが燃え上がり、酒瓶が爆発し、焼けた空気がゆらめく。
だが、リュミエラが焼却したのはあくまで悪魔の物理肉体だ。
一時的に行動不能になるにすぎない。
鹿の、セブンペアの再生が始まっている。モノポリーはまだ動き始めていない。
着地したリュミエラはスパイクブーツで床を溶かしながら蹴り、鹿の前へと跳んだ。
真紅の左腕が伸び、薄紅色の凶悪な鉤爪が、再生が始まっている鹿の頭部の焦げ穴へと突き込まれる。
リュミエラは攻撃的オーラを放つ高熱爪で擬似脳髄を掻き回した。
再生を強制中断させられた鹿が焦げた喉から奇妙な悲鳴を上げる!
「――#*――***――!?」
「っしゃああああ!」
ゴリゴリ、ザクザク、グチャグチャ、ジュウジュウ。
竜爪剣同等の異形爪の引き起こす内部破壊が、セブンペアの再生速度を上回っている!
リュミエラは身悶える鹿の脚をスパイクブーツで蹴り回し、更に肉を砕く。
魂に魔力的ダメージを与えないことには、いや与えてもなかなか死なない悪魔だが、一定以上に損傷した肉体では当然動けない。
足止めは完全に成功だ。
「コカカカカ、シメールシメール」
そこに荒っぽい謝礼スラングを吐きながら突っ込んできたのは、無論モノポリー。
彼のピッケルは冷たく黒い呪いの魔力粒子で数倍に巨大化していた。
入れ替わるようにリュミエラが飛び下がる。本能が危険性を察知したのだ。
魂を砕き奪い取る呪いの武器が、鹿の胴体に勢いよく振り下ろされる。CRAAAAAAAAC!
頭部の無い巨大赤鹿が痙攣する。
ピッケルに魔力と魂魄が吸い上げられ、逆回しのように鹿の肉が縮んでゆく。
リュミエラは少し離れた床に座り込み、呼吸を整えながらそのおぞましい光景を興味深そうに観察した。
じきに全ての仮想肉体が焼失し、大き目のクリスタルがカランと落ちる。遺言は無い。
地下カジノバー経営者、女悪魔ザイディナは消滅した。
「ふう、疲れた」
「礼はこれでいいかねェ」
烏人モノポリーから、元の四角い中年男性に戻った悪魔ラマモンが、拾い上げたクリスタルをリュミエラに投げ渡す。
彼女はその報酬を受け取ると、腰の耐熱ポーチへと捻じ込んだ。
「まだ終わってない」
「そうだなァ」
ラマモンは心底億劫、といった様子で焼け焦げて翼穴のあいたトレンチコートを脱ぎ捨てた。
中に着込んでいたモーリス市特殊部隊の防護服もだいぶ劣化している。
気休め程度の休憩を終え、リュミエラは立ち上がった。
「はあー……さてと、サンカントを追いかけなきゃ。やっぱ、ちょっとは不安だし」
「俺も行かにゃ駄目か」
「多分」
中年と女が、地下へと潜ってゆく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ゛ー畜生!」
サンカントが空気を踏み、壁を蹴って方向転換する。
獣じみた長魂族怪人カトルジエムも同様に直角に跳ねた。
「MEEEEEEEO」
カトルジエムは決して圧倒的に強いというわけではない。
しかし、妙な鳴き声をあげつつ縦横無尽に跳ね回り、なかなか捉えることができぬ。
残存す腐食毒の吐息も厄介で、サンカントの鏡の防御膜と相性が悪かった。
この手の相手を最も得意とするリュミエラが居れば一瞬でカタがつくのだが、まだ来られないようだ。
長期戦になると燃費の良くないサンカントはどうしても不利になる。
どう追い込むべきか試行錯誤しながら傷ばかりが増えてゆく。
だが、運命は彼に微笑んだ。
「え?」
「MYO? ア、グ、誰がカトルジエムの敵イアァ!?」
通路の奥から尋常でない速度で伸びてきた光る触手がカトルジエムの身体に巻きついて動作を封じ、壁にぶち当てた。
少し遅れ、ふわふわ滑るように宙を移動する紺色フードローブの人影が姿を現す。ジョゼ。
あたりが柔らかな魔力光で照らし出された。
触手を力任せに引き裂き、自由を取り戻したカトルジエムの敵意がフードローブに向く。
BLAM! BLAM!
重い銃声。
「MEEEEE!」
カトルジエムが再び吹き飛ぶ。
怪人の頑強な肉体は銃弾程度では行動不能にならないが、そもそも予想外の敵なのだ。
追撃に対応すべく魔力を漲らせて天井に張り付いた彼女は、青い人工体液を漏らしながら歯を剥き出し唸り声を上げた。
軽い足音とともにやってきた狙撃者が、フードローブの隣に立つ。
「やはり戦闘中だったか、目に見える部分の掃除は終わったぞ」
「通常ソリオンが数匹警備してただけでしたけどもね、エリク」
「あ、隊長……え?」
更にその直後、エリクとジョゼがやってきた反対側から薄緑の閃光が迸った。ZAP!
銃弾で傷ついた側頭部をピンポイントに収束熱線で撃ち抜かれ、脳髄が沸騰したカトルジエムが仮死状態となって落下。
高熱物体が駆け寄ってくる。勿論、リュミエラだ。
ラマモンが後に続く。
「あんまり急いでくることもなかったか、疲れた、ジョゼさん悪いけど傷の治療を……」
「疲れてんのァ俺だぜ。おうおう、皆様揃い踏みで」
「ふむ、それの魂をサンカントが処理したら、情報交換だ」
念のため、といった感じでカトルジエムの首と腕を刎ね、不機嫌そうに顔をしかめたエリクが指揮官らしい言葉を発した。
どうやら、まだ終わってはいないようだ。
怪人図鑑そのじゅうさん
〔悪魔『ザイディナ』〕
魔王アンドレアスの部下である女性型悪魔。腕力に優れるが地位は高くない。
モーリス市で外貨を稼ぎ、また何らかの作戦の足がかりとすべくリーズナブルな地下カジノバーを運営するとともに、違法地下通路の作成や脱税行為などを行っていた。
火元素を蓄えた赤毛とアズライトの虹彩を持ち、巨大赤鹿セブンペアに変身するが、リュミエラと悪魔ラマモンにより処理された。
・おおきさ
5フィート7インチ、129ポンド。(仮想肉体)
体長10フィート、肩高7フィート、1500ポンド。(セブンペア)
・装備
ディーラー正装
コイン爆弾
ハンドアックス
・特殊魔法と能力
「地下強化」
「悪魔基本セット」
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