35話 『強襲、カジノバー!』
現モーリス市長ドミニク運営のカジノホテル“ウィンモーリス”最上級客室。
各々正体を隠したり武器を所持していたりと、本来なら最上級客室の存在する階層に立ち入れぬ姿の五人が、ソフトドリンクを片手に何やら話し込んでいる。
普通に利用するには金銭面を含めて様々な制約があるそこを、リュミエラ達は市長の腹心である中年悪魔ラマモンの手引きにより、会議室代わりとしたのだ。
実際、最上級客室は複数の魔法的かつ物理的な防御に守られているため、客室として最上である以上に、モーリスで最も密談に適した場所といって過言でない。
部屋の隅では、ラマモン同様に市長ドミニクの部下であるらしいスーツ姿の名も知らぬ女が五人の会話を記憶していた。
「………………ということになる」
「直に突入ですか隊長」
「そうだ、今回は珍しくさっくりと許可も下りていることだしな。地下通路を塞ぎながら掃討する。
仮にベルトラン案件でなかったとしても問題ない、少なくとも経理関連で問題があるのは裏が取れているわけで、処理担当がうちからモーリス側に移るのみだ。
にしても助かりますラマモン氏。こちらは門外漢なので地形の確認ができているのは大きい」
「脱税に関しては完璧というわけでもないですがね、“勇者”殿。
むしろメインは建築違反、この地下部分ですなァ」
ラマモンが図面じみた紙を広げた。
いくらか不明部もあるが、彼が現場でメモを取った“レファルド”を中心にモーリス繁華街地下を走る違法建築通路だ。
北の方へと抜ける太いものが一つ、それ以外にも数本の分岐がある。
やはり、通常の歓楽施設ではありえない。
「これは何かを繋いでいるのかしら?
確か“レファルド”には支店が一つ存在しますわよね」
紺色フードローブのやや小柄な人物が、白い指先から紐状の光る粒子を伸ばして図面をなぞる。
フードの下からはやや疑問を滲ませた、軽く柔らかい声。
「残念だが“聖女”殿、地下通路の目的に関しては不明だ。
俺が調べた限り、支店と本店の間に道はねェし戦闘能力が高そうな奴も確認できんかった、シロだ。高確率でただの営業店舗だな。
一応、支店側には夜更けあたりに夜警を回す」
「了解しましたわ」
「ふむ、こちらは本店集中でゆくとするか。
可能なら店舗側からラマモン氏が入って、我々が北の地下通路から詰めるようにしたい。
僕とジョゼが繁華街で暴れるのはまずいだろう、モーリス市としても」
「あ゛ー……市としてはよ、確かにその通りではある……あるが、俺のみで“レファルド”制圧は、かなり怪しい。
客と非戦闘員はヒラの治安維持員連中に任せるとしても、最低でも俺のお仲間が一体常駐してやがるし。
それに主、じゃねェドミニク曰く戦力不確定相手の掃討に私兵を回す余裕はねェ、無論モーリスの防衛戦力も」
「問題ない、リュミエラとサンカントをそっちに付ける。
連携に少々難ありかもしれんが、実力は十分だ」
「……まァ、それならば」
「作戦を詰めるぞ」
“レファルド”襲撃決行まで、あとわずか。
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カラフルな灯りがきらめき、誇大広告が踊り、陶酔した人々が行き交う深夜のモーリス繁華街三番は、休むということを知らない。
明日も、昨日も、その前後もそれは変わることがないであろう。
これから大型店舗が一つ潰れるとしてもだ。
「ねえラマモンさん、んな事が出来るなら、何であの時やってなかったの」
「そうだぜ」
赤黒フードマントの下に、首都ルクスから持ってきてもらった幾つかの道具を隠すリュミエラが呆れたようにラマモンを見る。
横を歩く竈の商人族怪人サンカントも同意を示した。
「こいつは、普段使いできねェんだ」
つまらなそうに返すラマモンの姿は誰がどう見ても痩せ細った人相の悪い若者であり、本来の仮想肉体である筋肉質の中年男性とは似ても似つかない。
当然リュミエラ達などに詳細を語りはしないが、ラマモンのそれは幻影による単純偽装とは異なる悪魔としての固有形質なのだ。
彼自身が過去に殺した相手の肉体情報を取り出して行うその変身精度は、極めて高度な特殊魔法である変化をも上回るが、二つの大きな欠点を持つ。
有効時間が短い上、ストックした魂を食い潰して行うため、一度変身した相手には二度と変身できない。
だが、今回のように一度潜入してしまえばばれても問題なく、重要度も高い案件には極めて有用だ。
「ふうん、面倒ね」
「ま、行こうぜ」
カツン、カツン、カツン。
三人が“レファルド”へと降りる道をゆっくり、堂々と歩む。
昨日と違って呼び込みは表に出ていなかった。
「いらっしゃいませ、三名様ですね。
……おや、昨日の。あの時はお騒がせしてしまい、大変失礼しました。
サービスいたしましょう」
「あ、それはどうも」
前回は店内にいた初老の店員が、入り口で出迎えた。
割引された入場料を支払いホール内へと進入すると、全く同じように繁盛している。
おそらく戦闘員ではないであろう真面目そうな店員達と無知なる客に、リュミエラはごくわずかの憐憫を覚えた。
軽食コーナーで休憩していると、彼女が左手に持っていた通信機が振動する。
向かいに座るラマモンがその小さな音を聞き、安堵の息をつく。
変身の時間リミットが近かったようだ。
(準備完了、開始せよ)
エリクの鋭い声。そして、ツー、ツー、ツー。
「はい」
通話はリュミエラが返事をする前に切れた。
直後、クラッカーを食んでいたサンカントが弾かれたように立ち上がる。
どうやら、真の意味で“当たり”だ。
彼の態度は、ベルトラン怪人が付近で活動を始めたことを意味する!
「反応だ」
「なら、始めるぜェ」
軽く伸びをしたラマモンが、茶髪の痩せ男から黒髪角刈りで四角いシルエットの逞しい中年に変化。
つば広帽子が床に落ちて黄水晶の瞳が露になり、太い首の筋肉が脈動する。
不審に顔を向けた店員や一部の客が、行動を起こす前。
CRUNCH!
軽快にジャンプしたラマモンとサンカントが、それぞれ周囲の衝立や鉢植えをパワフルに薙ぎ倒した。
騒然となるホール内。
わずかに遅れてリュミエラがブーツのスパイクを起こし、床を損傷させながらテーブルの上に立つ!
「ハアイ、注目!」
大声で叫びながらフードを外して“聖女”に似たシルバーブロンドをこぼし、同時にマントを開き背中へと流したリュミエラの身体が露になる。
赤黒いマントの下は一部を除き普段通りの姿だ……しかし、この場でそれを見慣れている人物は既に破壊を始めているサンカントのみだろう。
すなわち、年頃の女としてはずいぶんと鍛えられた肉体とやや平坦な胸部に、マントと同じ材質のキュロットにミニキャミ。
透けるように白い肌には、いくつかの古い傷跡が走っている。
竜爪剣を骨格とし、華麗な深紅の鱗に包まれて刃渡り三インチの鉤爪を備えた異形の左腕には鞘や覆いがかけられておらず、誰でも一目で危険と分かる攻撃性を見せつけていた。
ホール内の視線が集中する。
「おい、大丈夫なんだろうな、アレは?!」
「メ、メガネして伏せ、はや!」
「おオお!」
顔をしかめ吠えたラマモンが、それでも慌てて色付きのゴーグルをはめながら床に伏せる。
一瞬の後、偽りの聖女の、日照りの力を引き出したリュミエラの輪郭が光で歪み、ホール全体が色を失った。
音こそ無いが、通常のフラッシュバンを遥かに超える凄まじい閃光。
その場の殆どが一時的な失明と意識障害を起こし転げ回る!
死にさえしなければ後でジョゼが治癒できるが故の客を巻き込む荒技、阿鼻叫喚だ。
「カジノ、それは明るい闇があるところ、っとな。
ラマモンさん、外の連中に連絡お願い」
「おう」
通信機を操作し、手筈通り前もって待機させていた幾らかの治安維持員と救急員を呼ぶラマモンを尻目に、サンカントが駆け出す。
両の拳に鏡のような破壊の魔力を纏い、昨日のうちに当たりをつけていた先に部屋のある壁を次々と破壊!
CRASSH! 手洗い場!
CRASSH! ダンサー控え室!
CRASSH! 調理場!
CRASSH! 物置!
CRASSH! 仮眠室!
「ハッハー! 死にたくなきゃ、動くんじゃねええ!」
サンカントはさらに、外の地下通路とホール内を隔てる壁も幾つかの柱を残して叩き壊した。
入れ違いでラマモンの呼び出した治安維持員達が到着、片っ端から捕縛してゆく。案外手際が良い。
客は念のためジョゼの治癒を受けるとともに、モーリス市の条例によって決められている幾らかの金を握らされ、今晩中に解放される予定である。
この手の突入制圧は、(聖堂騎士団工作部が関わっていることを除けば)モーリス繁華街ではよくあることなのだ。
店側に一定以上、市のルールに違反している部分があるなら、複雑怪奇な“説得”システムにより各種の問題はもみ消され何も起こらない。
どちらにしろ、拘置所は忙しくなるだろう。
……もっとも、今回は店員と各種資料を抑えて店を潰すだけでは済まない。先がある。
と、破壊された壁の裏にあいた空間で小爆発。
煙の中から人影が、リュミエラ達三人の本来の目的のうちの片方が出現した。
カランカラン、コイン状の何かが近くにいたサンカントへと飛ぶ。BOOM!
爆風で吹き飛ばされるが、饑の防御膜によりほぼ無傷、宙返りして少し離れた場所に着地。
現れたのは、昨晩ラマモンと小競り合いをしていた赤毛の大柄スーツパンツ女、ザイディナ。
「てめえら、店をどうしやがった! ッツアア?!」
「仕事よ」
怒り狂うザイディナがハンドアクスを構え、空気が震えるほどの罵声を飛ばす。
だが問答無用、リュミエラが薄緑の収束熱光線を放った。ZAP!
振り向こうとするが、遥かに遅い。光、つまり光速の熱は見えるよりも早く命中する!
客や治安維持員を巻き込まぬよう出力こそ抑え目だが、それでも並みの属性元素操作魔法より危険な一撃がザイディナの胴を灼いた。
だが、いかんせん敵は悪魔であり、物理攻撃は致命傷にはならぬ。
ザイディナはたたらを踏みつつも、仮想肉体を修復してアズライトの虹彩で周囲を睨み回す。
排熱でリュミエラの身体から陽炎が立ち上り、机や椅子を焦がした。
少し遅れて気絶者を回収し終えた治安維持員達が、足早に入口へと引き上げてゆく。
後はラマモンとの打ち合わせ通り、出口を封鎖して逃げてくる連中を捕獲するのだ。
そして。
「先へ行けェー!」
大鳥が鳴くような叫びと共にラマモンが割り込んでくる。
軽快に跳び、ザイディナに向かってピッケルを振り下ろす四角いシルエットの中年男の姿が、早送りで変化してゆく。
黄水晶の虹彩が広がり白目が消滅、鼻と口は融合して嘴が伸び、古代医者の仮面よろしく奇怪な面相に。
耳が引っ込み、髪は黒灰色のべったりとした毛羽に変化。
トレンチコートの背中を突き破り烏と猛禽のあいのこのようなシャープな羽が広がる。
ピッケルを握る象牙色の手は灰色の鱗と短い鉤爪を得、靴を脱ぎ捨てた足は蹴爪つきの鳥の足に変化して靴下を引き裂いた!
それは悪魔の出身地での形に近い、本気で戦う時に見せる魂の姿と名前だ。
羽で辺りの障害物を薙ぎ払い、ラマモンが叫ぶ!
「コッカカカ、俺はモノポリー! 滅びよ、モーリス経理部に害をなすモノ!」
一方、強烈なピッケルの一撃をハンドアクスを横に寝かせて受け流したザイディナも変異していた。
スラックスがパンパンに盛り上がり、形容詞ではなく実際に大鹿の後ろ脚さながらの強靭な形に変化、皮膚全体から絡み合った針金状の赤毛が伸び、足は蹄に。
元々豊満だった胸は筋肉を伴って更に大きく、赤毛のショートヘアは燃えるような鬣へ。
耳が尖り、その脇からエルクさながらの凶悪な角が生えている。
角を除いても一回り以上大型化し、明らかにモノポリーよりも巨体だ。
そして、強烈な蹄蹴りでモノポリーを防御の上から弾き飛ばす!
「最悪だ、ワタシ、セブンペアが、どう申し開きを、ともかく、許さん。
キイアア、来い、急げ、カトルジエム! 皆殺しだ!」
燃える鬣を飛ばしながらハンドアックスを振り回し始めたザイディナに向かって、羽を使って空中で体勢を立て直し天井に踏みとどまったモノポリーが分銅鎖を射出!
そう、彼の得物であるピッケルは魔力で鎖を撃ち出す機能付きなのだ!
ザイディナは角で鎖を受け、逆にモノポリーを引き寄せて叩き付けんとする。天井から引き剥がされる烏悪魔。
膂力では明らかにザイディナが優っている。
「ガガ、コカー!」
引き寄せられながら呻くモノポリーが嘴仮面から氷柱のボルトを放って鬣を相殺!
しかしそこに迫るは、持ち主のパンプアップに合わせて大型化したハンドアックスだ。
不安定な体勢でピッケルを振るが、重い刃が。
「NIIIAAAAAA?!」
否、攻撃を受けての絶叫はモノポリーではない!
辺りの物を踏み砕きながら数十フィート転がって、よろめき起き上ったのはザイディナ。
その背中を覆う針金じみた赤毛は引き裂かれ、三本の深い傷が刻まれていた。
ザイディナが獣の声で呻く。肉体の修復が遅い。
ただの傷ではないのだ。
「無理は良くないと思わない、ラマモンさん?」
タァン、と軽快な音を立て、モノポリーの横にリュミエラが着地した。
ザイディナの毛を刈り、実体に損傷を与えたのは、強力なオーラ紋を帯びて薄い紅色に輝く鉤爪!
そう、怪人の迎撃と追い込みに適した力を持つサンカントを先に行かせたリュミエラは、女悪魔を先に処理すべく引き返していたのだ。
実際問題として北の地下通路をクリアリングしながら攻めのぼってきているエリクとジョゼは、極めて頼りになる。
わざわざ殿一人を残して急ぐ必要はないのだ。
ラマモンは理由は不明だが彼の宿敵らしい悪魔を自身、怪人その他の敵は工作部員と完全に担当を分けたかったようだが、リュミエラ達の知ったことではない。
「別によ、こいつ一匹ならどうにでもなったんだがァ」
「あたしはそもそも手が空いてるから」
「ケ」
「ニアアアア……てめえら、殺す殺して殺した殺そう殺せ!!!!」
ハンドアックスを投げ捨てて、掌も蹄と化した手負いのザイディナが呪詛じみた声をあげ、前傾姿勢で床を踏みならした。
烏悪魔モノポリーがその名通り、力を吸い取る呪いの粒子をピッケルに纏わせる。
リュミエラは腰に下げていた山刀を抜いて右手に持ち、竜爪剣の左腕とあわせた疑似二刀の構えで偶蹄じみた悪魔を威圧した。
障害はなるべく早く処理するに限る。
今更ですがモーリスは結構無茶な街です。




