33話 『奇妙な遭遇』
『十枚ポッキリ明朗会計』
『美味なるバズソーと最高の夜通しエール、闘技場中継見放題』
『逞しいピーヌ力強く打ち合う薔薇世界』
『脅威の九割返し! 人件費ギリギリの良心的達人ディーラーが織り成す至高の時間をあなたに』
モーリス繁華街三番は、その営業形態に関係なくあらゆる看板に様々な魅力的文言広告が踊っている。
うち何割が真っ当で、何割が誇大で、何割が法外かは知らないほうが幸せだろう。
だが、リュミエラとサンカントが求めているのはただの悪徳ではなく一見良心的で、その実深い闇のあるところだ。
……そして、怪人が、ベルトランが関わっていればなお良い。
実際サンカントがこの近くで怪人の魂の反応を確認している。
二人はさきほどまでそれを探して彷徨っていたのだが、遠くへ移動したか感知不能な場所に引っ込んだままのようで再発見はならなかった。
代わりにリュミエラが発見したのが、ずいぶんと大がかりな光学的監視体制に加えて何かを隠すような処理が行われた後のある建物。
店のタイプも幸いにしてカジュアル寄りで、体質上長時間の活動をしようとすると残念な服装になるリュミエラが入場拒否されることもあるまい。
「ええ、と。入ろっかサンカント……あれ? 何の店だこれ」
「俺に言われてもなー」
清潔感あるシャツにジャケットを羽織ったサンカントの肩にぐでりと身体を預けていたリュミエラから、泥酔しているかのように無責任な発言が飛ぶ。
それは蒙昧な観光客の演技も含まれてはいるが、率直な感想だ。
“レファルド”と大きく書かれた看板の下側には、食事メニューの他何やら様々なサービス名やゲーム名、イベントの時間等が記されていた。
と、地下への入り口前に立って難しい顔で文字を読む二人に柔らかな声が掛けられる。
「お客様、当店は初めてでございますか?」
「え? ええと、はい」
「どちらにお泊りで」
「……ウィンモーリス」
「それではこちらへ」
「へ、あ、その?」
「どうぞどうぞ」
「なあこれ」
「ささ」
「…………」
しばらく後。
ホテルマンじみたスーツを着込んだ熟練の呼び込みに有無を言わせぬといった感じで地下店舗へと連れていかれ、先渡しの入場料(軽食ビュッフェと各種ショーにサービス料を合わせたものらしい)を取られたリュミエラとサンカントは、何とも言えない表情で革張りの椅子に座っていた。
二人の前に限らず、周囲のテーブルには手でつまめる軽食と適温に冷やされた数種類のドリンクが置かれ、静かに歩きまわるウェイターが補充と交換を行う。
「……案外、美味い」
「うん」
“レファルド”はバーとカジノをメインに、いくつかのアミューズメントが融合した施設のようだ。
大盛況というほどではないものの十分な客入りで、立地が微妙な三番街の店としては人気店の部類で間違いないだろう。
部屋は大広間と形容できる程度の面積があり、照明と衝立、そして流れる音楽によりおよそ四つのエリアに分けられている。
二人が座っているのはカジノ部分の隅に設置された軽食コーナーだ。
椅子の向きが調整されており、やや遠いながら舞台のショーも見ることが可能となっていた。
本格的な食事と酒は舞台を挟んで反対側にあるバーカウンター周辺に行けば別料金で楽しめる。
リュミエラは扇情的で繊細なポールダンスが行われている舞台を眺めつつ、爽やかなフレーバー香る炭酸水を呷った。
横ではサンカントが香辛料の利いた肉と油気のある緑色の果実スライスが乗ったクラッカーを頬張っている。
背後のカジノコーナーから活発な音楽と、コインを積み上げた遊戯客の悲喜混ざり合った笑い声。
「ううん、なんだろ、なんというか、あれなんだけど。
いや、警戒を怠ってるとかそんなことは全然ない、こともない?
とりあえずダンスはもっと見たい。いやそうではなく、そう。
壁とかさ、実際あれだし下もあるっぽいし、感知広げてる奴いるし、うん、奥に何もないってことはないはずで」
「まあ、優良店だよなリュミエラさん。
それ以前に、ほんとに奴らだったとして、足がかりにするのに表を非合法営業する理由ないだろっつーか……ああ、でも入ってみなきゃわかんねえ」
「どうしよ、一応怪しいのがちょいちょい映ってはいるんだけども。
……ルクスならよかったのに」
「ルクスならな。ほら、やっぱ俺の言った通り飴いらなかったろ」
そう、結局のところ最大の障害はモーリス市内でルクスコリ中央部の持つ各種権限が制限されることにある。
聖堂騎士団工作部はかなり法的な無理が効く組織なので、余計影響が大きい。
仮に“レファルド”が首都ルクスの店ならば、リュミエラが勝手に奥に入って暴れたところでさしたる問題は発生しないだろう。
……しかし、ここでは話が異なる。
現行犯相手やスラム街ならばともかく、ちゃんとした場所に乗り込むのは市の承認を受けないと犯罪扱いになるし、下手をすると個人の責任では済まない。
「はぁ、なんか空回り。どうせ話するのに宿は出ないとだったから、全部無駄足なわけじゃないとはいえ。
もうちょっと休んだら帰って寝よ。
それとも別の店行ってみる?」
「ここの広さからしてさ、他の店の地下ってことはあんまねえと思うし、もういいよ。
あ、でももっと食ってからにしようぜ」
「駄目、あんたの燃費で食いまくったら出禁でしょ。たぶん明日も来るんだから」
「あ、うん……ちぇー」
妙に悲しそうなサンカントの肩を白い方の掌で軽く叩き、フードマントを羽織りなおしたリュミエラが立ち上がった。
フードに隠された唇から、香料交じりの溜め息が漏れる。
入場料自体は、柔らかい革張りの椅子に座って洒落た軽食を摂りながら、だらだらとショーを眺めた対価として悪いものではない。
むしろ、大抵の客が一晩中近くは居座るであろうことを考慮するならば極めて良心的な設定だ。
「おや、もうお帰りで」
「眠くてね、楽しい時間ありがと」
「それはそれは、今後とも当店をご贔屓に」
「ええ」
会計カウンターで領収書を切ってもらい、軽く伸びをしたリュミエラとサンカントが、どうにも不完全燃焼な気分で出口へと向かう。
地上で呼び込みの仕事をしていた店員とは別の、柔和な初老の男が深くお辞儀をしたのちにドアを開けた。
柔らかな地下照明と少し冷たい外気が二人を出迎える。
だが、その直後。
CRASH!
「うお?!」
「!!」
地下通路に重い衝突音が響き、何やらグレーの物体がリュミエラとサンカントの少し前を通過した。
続いて銃撃じみた小爆発の連続。BANG! BANG! BANG!
二人の後ろにいる初老の店員がドアの取っ手をつかんだまま固まって青ざめる。
それらとほぼ同時、危険を察知したリュミエラの体温が急激に上昇し、鞘と革の袖に覆われた真紅の左腕から特徴的なオーラ紋が立ち上った。
身構えたサンカントの全身も、鏡面めいた饑の防御膜で煌く。
ワンテンポ遅れて地下通路を駆けてきたスーツパンツ姿の赤毛女性が、グレーの物体に強烈な連打を叩き込んだ。
戦闘準備だけは整えたものの、聖堂騎士団工作員としての立場を考えどうしたものかと思考するリュミエラとサンカントをよそに、ドアマンが叫ぶ。
その内容は、偶然にしろ二人にとって極めて重要だったといえるだろう。
「ザイディナ様、何が?!」
リュミエラとサンカントはドアマンの台詞から一瞬で状況を判断し、通路に飛び出した。
何があったかはわからないが、グレーの奴は現行犯であり、奥で何かをやっていたのだ。合法的に情報を得られる。
甲高い女の罵声。
「ドア塞げアホ! お客様第一ィ!!」
「う、ハ、ハイ!」
リュミエラとサンカントが地下通路に出た直後ドアは閉まった。
グレーの物体とザイディナと呼ばれた女が、殺気を放ちながら転がるように階段を駆け上る。
続いてリュミエラが熱気を巻き起こして跳び、サンカントが後を追う。
謎の混乱の中、リュミエラは偽りの聖女の特性で増幅された光学的感覚による対象の解析を試みていた。
物体とザイディナは、どちらも隠し扉らしきものを経由した通路から出現している。体温が低い。
熱を遮断する系統の防御膜を纏っている……あるいは、温血にあらず。
なんにしても挙動の時点で双方真っ当な存在ではない。
確実なのはザイディナが“レファルド”の重役あるいは用心棒ということぐらいか。
この手の相手には本来サンカントの改造瞳の方が有効なはずだが、経験の差が出ているのか怪人少年の目は動きを追うにとどめている。
二人と二人が地上へと飛び出した。
危険な狂乱はモーリス夜更けの繁華街三番の喧騒を駆け抜け、泥酔者をぶっちぎって消えてゆく。
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「……この辺に入ったと思うんだけど」
「音が聞こえなくなったし、殺られたんじゃ? 相当押されてたぜ」
「いや、それはない、はず。サンカントは店の前のあれ、覚えてるかな。
グレーの奴は、銃弾みたいなの喰らっても動きが全く鈍ってないし、血も出てなかった。
だから、具体的に何かはわかんないけど高性能な防御手段があるわけ。
こんな短時間で処理されるはずは」
わずかに届く繁華街の灯りしか光源のないモーリス北区、その裏通り。
グレーの物体とそれを狙うザイディナを追いかけはじめて少ししたところで巡回中の治安維持員に呼び止められて(実際に暴れているほうは無視するあたりろくでもない)、袖の下を握らせる分の時間をロスしたリュミエラとサンカントが件の二匹を探し歩いていた。
音を敏感にキャッチするサンカントがおおよその位置を把握済みだが、ついさっき争う音が聞こえなくなったのだ。
例の高層スラムが近く障害物が多いため、それなりに強力な二人の各種感覚もどうにも精度が落ちる。
「うーん」
「運が良いと思ったんだけどね」
「あのヒゲお巡りのせいだ」
「ルクスなら殴る……あら?」
唐突に違和感を感じたリュミエラは立ち止まった。
彼女専用の照明として周囲に放っていた不可視光線を、反射しない壁がある。
「どしたの」
「変な隠蔽膜がある。割って」
「いいのかリュミエラさん」
「誰も見てない、つまりあたしたちは何もやってない」
「知らないぞ俺」
怪人少年の操る、“先代勇者”の残滓は霊的物質を容易に砕く。
薄いヴェール状の壁結界が煌く掌により破られ、吸い取られて消える。
障害が取り去られたその先は、建物ではなく細い袋小路であった。
リュミエラがフードマントの下で表情を歪め、溜め息をつく。
その心情はターゲット発見の喜びよりも、後悔の方がこころもち大きかったかもしれない。
面倒な相手だ。
「……サンカント」
「おう」
積まれた瓦礫の横の壁に、所々破れたトレンチコートを纏った“そいつ”がもたれかかっていた。
身長六フィート前後のがっちりした体格から男性、あるいは男性型の何かと推測できるが、つばの広い帽子を目深にかぶっているためリュミエラの特殊視力をもってしても顔は判然としない。
男のごつごつとした太い指が小刻みに動いている。
何やらメモを取っているようだ。
リュミエラとサンカントがそれを注視しようとした瞬間、男は電撃に打たれたように筆記を停止し、コートのポケットに手帳をねじ込むとともにゆっくりと振り向いた。
太く角ばった顎と首を充実した魔力が流れているが、そのわりには大した温度を感じない。
リュミエラは思い当たった。この特性は……。
「こんばんは。少しだけお話したいことがあるの、悪魔のおじ様」
「うん、探してたんだ」
「オイオイ、ハードだなァ。ようようババアを撒いたと思ったらこれだぜ。
まさか、ちんけな物取り相手に怪人のお出ましとは。
……ワタクシ、名乗るほどのもんじゃござんせんし、何も知りゃしねえ、なんてなァ。ケッ、ダメかね」
トレンチコート男は軽口を叩き、拳闘士じみた構えをとった。
実際にどの程度の強さかまでは判然としないが、リュミエラから見ても十分さまになっている。
少なくとも、殴られ、撃たれながら逃げ回っていた時の姿ではありえない。
シュッ、シュッと拳が前後する。
「ま、待って違う、あたし達は“レファルド”とは関係ない。
あれ、怪人、え、なんで?」
「あアん? なんのこっちゃ、店関係ねえって、ハッ?
てめえら怪人があの地下から俺を、うぬ? ねえちゃんの方はどこぞで見たような、いや気のせいか……待て、なんだこりゃ、ヒト……かァ?」
「いや、ほんと敵じゃなく、むしろ味方っつか、えと、リュミエラさん、どうしよ」
「知らないわよ! ああもう!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そうかそうかァ、そりゃ災難だったなァ。
だがよ、俺ァねえちゃんにも変な怪人のにいちゃんにも謝らねえぞ。
完全に撒いた後だから良かったようなもんの、ザイディナ避けの壁、破りやがって。
おっと、マスターもう一杯、あァダブルで、それと焼肉串だ」
「アイヨー」
「……あたしの知識にある悪魔は食事しないんだけど。
あ、ドゥンケルちょうだい」
「アイヨー」
「焼肉串六本」
「アイヨー」
どうにか衝突を回避したリュミエラ達とラランドと名乗ったトレンチコートの中年悪魔(確実に偽名の偽名であろう)は、老いた竈の商人族が切り盛りする、ずいぶんと寂れた怪しげなバーで飲んでいた。
もっとも、出会ったばかりで信頼などあるわけもないため、互いの席は二つほど離れている。
彼曰く安くて良いそうだが、壁にべたべた貼り付けてあるメニューの値段はともかくとして、少なくともリュミエラの感覚ではそれほど旨くない。
おそらく秘密を守れる店主という意味で良いのであろう。
「サンカント、食った分は自分で払いなさいよ。
そんでラランドさん、あの奥で一体なにがあったんです?」
「んなァ、男にゃ秘密がありいの、いや、別によ、俺の勝手で隠してるわけじゃねエ。
なんつうか契約と、仕事がなァ」
「ふむ、言われてみれば悪魔はそういうもんだったか。
仕事?」
「アァー……と、モーリスの混沌を守る正義の味方、つうのかねェ?
十分の一ぐれえな、んな目すんなや、本当だぜ」
「んむぐ、それ自分で言うのかよ、おっさん絶対酔ってるだろ」
あいまいな返答を繰り返す筋者じみた中年悪魔が、筋張った顎で硬い焼肉串をわしわしと咀嚼する。
帽子を脱いだその顔は黒髪の角刈りと太く筋肉質の首もあって、リュミエラとサンカントの脳裏に長方形の印象をよぎらせた。
肌は少しばかり日に焼け汚れた象牙色で、虹彩は強い金運を感じさせる黄水晶。
ルックスを他人に評価させたなら、十人中七、八人が“冴えない”残りは“強そう”とでも答えるだろうか。
食えない男だ。
「馬鹿言ってんじゃねェ、悪魔に酒が効くかよ、素面だ。
ま、どっちだってええ、あんたらの方こそ何やってたんでい。
予定の倍、敵が居たかって焦ってな、そっちに気を取られた瞬間見つかってよォ。ほんとたまんねえや」
「それ絶対あたし達関係なくばれてたわよ、光学的監視記録で。
にしてもあの感知の網、やっぱラランドさんか……あーあ。
質問の答えだけど、モーリスに来たのは普通に観光。嘘偽りなく。
“レファルド”は、ちょっと気になったからかな」
“客の話を聞かない”ことに力を注ぐ店主をよそに、時間ばかりが過ぎてゆく。
どちらも手の内を明かす気はない。
「そうけ……あァ……ぬう……どうすっか、まァ、そういうことにしといたらあ。
これで貸し借り無しだぜ。ん? やべェ、時間が、じゃ、じゃあな」
「アリアトヤンシター」
欠伸をして顔を上げた中年悪魔の視線がふと壁掛け時計に向けられる。
直後、慌てて蒸留酒を嚥下した男は、するりと立ち上がって帽子を被り直し……そのまま店から出て行った。
今までの動作からは想像もできないほど俊敏で、自然な動き。
声をかけるタイミングを色々と逃したリュミエラは、整った顔を醜く歪めて叫んだ。
「あ、あ、あああ!!」
「逃げられちゃったな、リュミエラさん」
「あんのクソ悪魔……金、払わずに行きやがった」
「あー…………」
そろそろ、夜が明ける。




