30話 『夜行列車』
「サンカント! 朝ごはん食べたら遠出の準備するわよ!」
「どこに、ってかなんで急にそんな」
「行くのはモーリス。あと急じゃない、溜まってる作業全部片付けたし、隊長と副隊長にも家空ける許可取ってるから」
「モーリスぅ? 俺まだちょっと首へんだし、仕事ないなら寝てたいんだけど」
共用している貸家の一階、サンカントの部屋に乗り込んできたリュミエラが威勢良く叫ぶ。
眠そうに起き上がり、太い黒髪をばさりと逆立たせたサンカントは牙を見せて不満を示した。
時刻は明け方であり、今日の朝食はリュミエラの当番なので本来ならもう少しゆっくり寝られたはずなのだ。
だが、脂を塗ったトースト数枚入った皿と、暖めたミルクが注がれたジョッキを机の上に置かれた事でとりあえずは機嫌を直し、布団を片付けてキッチンシンクへ向かった。
しばらく後。
「ふー、やっぱ朝は砂糖ミルクに限る、そう思わねえかリュミエラさん?」
「入れ過ぎでしょう」
「平気だぜ。で、モーリスって何さ」
「それはね、サンカント……」
リュミエラは一枚のパンフレットらしき紙を取り出し、机の上に叩きつけ、それとは別に前もって暗記していた台詞を喋り始めた。
内容は掻い摘んでいうと、以下のようなものだ。
モーリスは首都ルクスからだいぶ南、やや魔国シュバルド寄りにある海沿いの都市であり、ルクスコリ共和国で二番目に人口が多い。
物流の拠点となっており、別大陸からの定期的な船便に加え、最近は数こそ少ないものの飛行機械などまで発着するようになった混沌とした都市だ。
人の行き来は極めて活発であり、海外を含めた各地から来る商売人や観光客の他、シュバルド人すらもそれなりに訪れる。
移民する条件がルクスコリの他の土地と比較しても極めて厳しいモーリス市に彼らが定住する事はあまりないが、疎まれる事もない。
出稼ぎ自体はむしろ歓迎するのがモーリスという土地柄だ。
また、最大の特徴がある種の独立自治区さながらにルクスコリの法が一部適用されず、街の支配者が役人ではないという事である。
そして、交易と造船の次に来る産業が、各種の娯楽施設であることも観光地としては見逃せない点だろう。
眠らない街モーリス、金の街モーリス…………。
「……というわけ、わかった? まあ、あたしも実際に行った事はなくてバスチアンさんの受け売りなんだけど」
「どんな街か聞いたわけじゃねーよ! 何しに行くのか聞いたに決まってんだろ!」
「あ゛? うん、それはねえ、遊びに行く」
「おい?!」
「最後まで聞きなさい、前に聖堂騎士団工作部のシャドウ・ドラゴン狩りに行ったじゃない。
でさ、結果は散々って程じゃないけどああでしょう。
あたし達に関しては敵が敵だし“勇者”雇用の工作部現地戦闘員として仕方ないわけ。
んでもバスチアンさんは本来無関係だから巻き込まれた形になるのさ。
赤字になっちゃったからドラゴンの分配金は経費で落とせる分しか出なかった。
バスチアンさん自体はま、納得してくれてる。なんか武器の話でエリク隊長と意気投合してたし。
…………あのおっさんの奥方様、マドロスさんって言うんだけどサンカントは会った事あったっけ?
うん、クリスタル管理課のさ、そうそう眼鏡で赤いひげのおばさん。あの人が切れちゃって。
ぶっちゃけると隊長が全部悪いし雇われのあたしにどうこう処理する権利とかも無いで、謝るだけ謝ってほっとくしか。
ただね、バスチアンさん誘ったのはあたしだから、役所に行くたびなんか肩身狭くてさー」
「それは……仕方ねーな……って待ってよ、それでなんでモーリスに」
「だから最後まで聞けってば。んでまあなんだかんだで和解はできて、呑みいったのよ。
バスチアン夫婦とあたしと、あと協会の若い水晶集め連中で。
うんそう、あんたと隊長がクロマクとあと色々使って泊り込みの実験やってたときの。
あの後、休みあわせて一緒に遊びに行くことになっちゃって、断れないじゃない、こっちめっちゃ引け目あんのに。
サンカントもつれてくことになったんだけど、まーその、ほら、なかなかそれ言い出せなくって」
何とも世知辛い話を垂れ流したリュミエラが、説得するようにサンカントのよくしなる剛毛めいた逆毛を撫でる。
だが、彼は無駄に鋭い観察眼を発揮して、リュミエラを睨んだ。
「んん、仕事休みにしても困んねえなら行ってもいいけど、俺だって遊ぶのは好きだ。
けどリュミエラさん、なんか隠してるだろ!」
金色の虹彩で見つめられ、渋い顔をしたリュミエラがじりじりと下がる。
精神戦じみた視線の遣り取りはしばらく続いたが、最終的にはサンカントが勝利した。
リュミエラが気まずそうに目をそらし、呟く。
「ええと、旅行自体は楽しみで」
「…………」
「モーリスにはさ、あんの、そのさ、いっぱい……連れ出し可のナイトクラブ、が……ホストもホステス、も……時には男はべらせてあばんちゅーる……」
「…………」
「ご、合法だから! だって、だってさ、あたしってほら、焼き殺す事になるから普通の奴とできないじゃない。
いや、そんだけなら別にいい、昔からだから諦めてるし。
左腕が竜爪剣になってからこっち、呑み屋行っても工作部でトレーニングするんでも皆怖がるから、ほんとスキンシップ足りてない。
そうよ、溜まってんの! そりゃサンカントのことは好きさ、でも怪人なの差し引いても種族遠いから、そっちの需要はあんたじゃ無理なわけ。
隊長にはジョゼさんと副隊長が! バスチアンさんも嫁持ち! はぁ……」
「……わかった、わかったけど、程々に、こう」
「うん。じゃ、準備して。駅で合流したら今晩の列車で行くから」
「クロマクは?」
「工作部の駐車場でお留守番、流石に連れて行けないし。瘴気は昨日いっぱい食べさせたから当分平気。
ついでに竜牙剣守ってもらうつもり、あれも家に置いとくの不安だし旅先にはアレだから一石二鳥ってやつ」
結局、どうにかサンカントを説得する事に成功したリュミエラは旅の準備を整え、時間を合わせて駅へと向かった。
二人が各々の宿敵を追い、ついでに“勇者”エリクと“聖女”ジョゼに雇われて首都ルクスに出てきて一年が経過した今、二人にとって遠征それ自体はもう慣れたものである。
ただ、リュミエラに遊びの旅行などというものの経験はファルギ時代から数えても無く、サンカントも過去にはあったかもしれないが、結局現在の記憶には残っていないため所持品のバランスはどこかおかしかった。
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様々な職や年代、種族の客を乗せてモーリスへと向かう夜行列車が夜の荒野を進む。
サンカントの千ポンド以上もある金属じみた比重の肉体が寝台車を使えなかった(椅子は頑丈で、どうやら大丈夫であった)ので、二人はバスチアン夫妻と異なり普通車を使っていた。
現在のサンカントは自身の仮想質量を調整することで使用不能な家具はだいぶ減っているのだが、寝ていたり意識を失っていると操作が途切れるため、寝具だけはどうしても無理なのだ。
ともかく二人は今、頑丈なリクライニング座席にもたれ列車に揺られていた。
鋼の車輪が線路の継ぎ目を噛む、ゴトン、ゴトンという音と、案外眠っていない他の乗客の大声会話や飲食の音が聞こえる。
リュミエラは他人がいるから眠れないなどというタイプではないが、何となく目を閉じる気分にならず窓越しの星空を眺めた。
一方のサンカントは、遠くへ仕事ではなく遊びに行くという行為でよほど興奮しているらしく、マドロス婦人から受け取ったモーリスの観光案内冊子を、改造された金黒の瞳が持つ暗視の力まで使って読み耽っている。
ふと、思い出したかのようにリュミエラが口を開く。囁き声。
「……ねえ、サンカントって何歳だっけ」
「……ん、言わなかったけか? 少なくとも二十は行ってなさそうと研究所の人が。
骨格含めて身体まるごといじられてるから、確定不能だってよ」
「や、ごめん、そういうことじゃなく」
「ああ、俺が拾われてからなら二年ぐらいだぜ」
「そんなもんか、案外経ってない」
「忙しいもんな、敵もいるし」
「……あたしは、あのクソ機械女か、もしくはベルトランってやつを処理したらファルギに戻る。
聖堂騎士団の誘いもあるけど、柄じゃないし。
ま、それは置いといて、サンカントはさ、どうするのかなって。
記憶、だいぶ戻ってるみたいだけど、それサンカントのじゃないんだよね」
「うん、別の人の、混ざってると思う。でも全部じゃない。
少しだけは、ある。姉ちゃんがいたこととか。リュミエラさんじゃないぜ、ちゃんと竈の商人族の。
でも……ううん、たぶん生きてはないよなー」
(Regagnez.)
「そっか、あたしは、生きてる間はあんたの味方だかんね、飼い主だし」
「ひでー……けど、えと、うん」
冊子を膝に置いたサンカントが、リュミエラ同様に星空を見上げる。
いつの間にか、列車は山を抜け、海沿いに出ていた。




