29話 『スペクトラル食事とスピリチュアル食事』
ルクスコリ水晶集め協会魔物データベース、ナンバー643〔幽体ドレイク〕
そのⅡ種指定魔物は暗黒に包まれた不可思議な半アンデッド半生物であり、真の姿は判然としない。
ただ、強力なオーラ紋と長蜥蜴に類似するシルエットからドラゴンの若齢個体のような印象を受ける。
半物質の霊的肉体を用いてすり抜けるように地中に潜り、遺骨や鉱石の残存魔力を摂食する。それは********、**********に****[1]。
積極的に生物を襲うことはないが、陰性ドラゴン種・上級アンデッド種同様に地獄の吐息を吐くため上級水晶集めおよび軍属戦闘員以外の接触は推奨されない。
1.証明の不確定性により削除。
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「ということらしいですよエリク隊長。はいこれ乗用魔物登録と図鑑の複写、んでこっちがこないだの報告書」
「確かに受け取った……ところでリュミエラさん、何故そいつ本体が居るんだ。
僕はともかくマリエットが怒り狂うぞ、あれだ、言ってなかったかもしれないが工作部は大型での通勤禁止でな」
「俺はクロマク連れてくるの、よした方がいいつったんだけど」
リュミエラとサンカントは聖堂騎士団工作部にやってきていた。
いくつかの手続きと仕事、そしてとある相談事のためだ。
目の前には珍しく騎士制服を着込んだ(そもそも彼が工作部建物に居るかどうかすら五分五分なのだが)“勇者”エリクこと工作部隊長が、渋い表情をしている。
彼の視線は、リュミエラの背後に蹲って静かにしている薄暗い塊に向けられていた。
晴れているにもかかわらず正体が判然としないそれは、シャドウ・ドラゴン狩りの副産物であり、彼女が先日登録した使い魔だ。
「いや、ええと隊長、別にクロマクに乗ってきたわけじゃなくてですね、ちょっとお願いが、というか許可が欲しくて」
「なんのこっちゃ」
「あーその、ほら、騎士団の大型用厩舎、空いてない、いや借りられないかなと。
あ、厩舎じゃなく駐車場でも屋根つきなら大丈夫かな、生物的な代謝はないみたいなんで汚したりもしないはず。
んでまあ、あたし達の借りてる家、規約で増築できなくてですね、近くに良さげな物件も……」
大人しく停止していたクロマクが、同意するように小さく鳴く。
リュミエラに飼育されるようになってしばらく経つが、いまだ彼(?)は屋根という文化を手に入れるに至っていない。
普段は屋根の上、雨の日は地中という野生並みの待遇に耐えているのだ。
エリクは困り顔のリュミエラと、首らしき部位をもたげてなんとなく悲しそうにしているクロマクを交互に見て、溜め息をついた。
「…………空いているか空いていないかなら、確実に空いている。
だが借りられるかどうかは聞いてみんとわからんな、厩舎だと隣との相性もあるし。
まあ、調整はしてみよう。とりあえず十日ほど待ってくれ」
「ありがとうございます、隊長。あ、あとですね、イジドールさんって出勤してる? そうあのサボり医者の。
ちょっとサンカントを診てもらいたいんだけど」
「奴なら僕が呼べば来るだろうけど、どうかしたのか」
「大したことじゃないとは思うんだけど、妙にだらけてたり、あと肩がこるとか言ったりね。
一応専門家にチェックしてもらおうかと」
「んむー」
通信機を操作するエリクを尻目に、リュミエラはぼーっと立っていたサンカントを引き寄せた。
この少年は前回の戦闘からこっち、なんとなく元気がないのだ。
最初は“怪人”であることから何か特殊なメンテナンスが必要な可能性を疑ったが、サンカント本人が他怪人から回収した記憶によるとそのような事はないらしい。
ともかく、せっかく腕のいい医者が近くにいるわけで、利用できるものは利用しておこうというわけだ。
「……連絡は入れたけども、夕方まで待ってほしいそうだ」
「ありがとうござ……あら、どうしようかな、あたしとクロマクは昼から用事があるんだけど」
「いやリュミエラさん、俺が一人で待っときゃ済む話じゃねえの?
夕方ぐらいなら乗合車に遅れることもないし」
「あ? ああそうね、そうだ。ならそれでいこっか。
隊長、忙しいとこほんとごめん、助かった」
「別に大したこと、いやまずい、まずいぞ、ま、また後日」
言うが早いか、エリクが土煙を上げるほどの速度で駆け出す。
どうやら、会議か何かのために騎士制服を着込んでいたようだ。
リュミエラは多少申し訳ない気分になりつつ、サンカントと別れ次の目的地へと出発した。
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「はっはー! さあ行け!」
丘の上に立ち、望遠レンズを覗いたリュミエラが二マイルほど先の殺風景な低地を指差す。
暗闇に包まれたクロマクが流体じみた奇妙な翼を広げる。
それはしばらくの間滑るように空を舞い、霊的肉体を活かして地面へとダイブした。
リュミエラはそのまま周囲を警戒している。
あたりには全く草木が無く、ゴウンゴウンという機械音と不快な臭気が風に乗ってリュミエラのいる丘まで届いていた。
時折、大型のクリスタル燃料車がやってきては積み荷をぶちまけ、またすぐに去ってゆく。
作業機械と車の他に動くものはほとんど見られない。地獄のような光景。
定期的にアンデッド魔物と浮浪者の掃討が行われる以外、特別な防衛体制などは行われていないこの地だが、ルクスコリ共和国にとって重要な場所だ。
首都ルクスとその周辺土地から毎日のように、大量の灰や廃液の他、瓦礫をはじめとした各種の再利用が難しい廃棄物が運ばれてくる。
有り体に言ってしまえば埋め立て地、最終処分場だ。
役に立つものが全く埋まってないわけではないが、少なくとも一般人が訪れる場所ではない。
では、リュミエラとそのしもべである幽体ドレイクのクロマクが何故このような場所を訪れたのか?
それは、食事だ。無論、リュミエラではなくクロマクのものである。
半アンデッド半生物である幽体ドレイクは、一般的な魔物や獣のように肉や飼料を食べられない。
いや、正確には食べて消化吸収することは可能だが、それを活力に変えることができないのだ。
かといって、悪魔や純粋なアンデッド魔物のように、契約主や他人の魂から魔力活力を直接吸収する能力も高くない。
では何が主食かというと、クリスタルや古い死体やダンジョン鉱物、魔法道具などに蓄積された持ち主の無い魔力だ。
これは幽体ドレイクに限らず、物質と非物質の境界に生きる連中のうち悪魔を除いた全てに当てはまる。
例えば精霊や、ある種の自律型ゴーレムである九十九神等がそうだ。
そしてクリスタルや魔法道具はコストが高く、ダンジョン鉱物は継続入手性に難がある。
あるが、通常使い魔にするような存在でコスト問題が発生することはない……はずであったのだ。
クロマクだけがそうなのか、幽体ドレイクは皆そうなのか、ともかく予想を遥かに上回る燃費の悪さはリュミエラを絶望させた。
餓死などはおそらくしないだろうが、少なくとも数日に一度それなりに食わせないと働かない。
クリスタルを聖堂騎士団の経費で落とそうとして失敗し、墓荒らしやダンジョン荒らしは流石のリュミエラも気が進まず(そもそも明白に非合法だ)、苦肉の策として考えついた手段がゴミの埋め立て地、最終処分場を利用することだった。
何せ、首都ルクスで発生する廃棄物の殆どが集まってくる。
特に重要なのは灰だ。焼却されたばかりの灰には様々な有機物、つまり生き物の残存魔力がわずかずつ含まれ、混ざり合っている。
処分場の地下にはその混沌が蓄積されているのだ。
一般的に瘴気と呼ばれ、弱い魔力生物では中毒死することもある廃棄魔力を幽体ドレイクが活用できるかはある種の賭けであったが、リュミエラはそれに勝った。
現在は処分場外周の地中でこっそりと摂食させているが、それでも十分満足できるようだ。
将来的にはルクス水晶集め協会を通し、瘴気除去実験とでも称して立ち入り許可を取るとともに堂々と餌を与えるつもりである。
しばらく後。
「よしよし、満足したかな」
リュミエラの足元の地面から、食事を終えたクロマクが魚のように飛び出してきた。
不定形半透明の不明な身体がだんだんとドラゴンじみた姿に変化し、暗闇で覆われて質量を取り戻してゆく。
少しばかり成長したようにも見えるが、気のせいかもしれない。
リュミエラは首のような部位を撫でてやるとともに高空飛行を命じ、廃棄物だらけの地中でついた毒の臭いを風と雲を使って掃い落とさせた。
待つことしばし、再び着地したクロマクが発する処分場の臭いはまあ耐えられる程度になっている。
リュミエラ自身は偽りの聖女を強く起動することで汚れや臭いを焼失させられるが、清掃や浄化系の魔法技術が使えるわけではないため他人をどうこうすることはできない。
サンカントもその手の器用なことは苦手であり、ずっと処分場の瘴気を与えることを考えると、何か画期的な対策が必要である。
「……まあ、今のとこは諦めるしかないか」
諦めじみた呟きとともに、リュミエラはいまひとつ爽やかでない臭いのするしもべに騎乗し、空へと舞い上がった。
今のところ大した戦力ではないが、それでも移動手段として乗合車と同程度の速度は出るし、この処分場が存在する限りは無料だ。
給餌前後の悪臭ぐらいは我慢すべきだろう。
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その夜。
帰宅したリュミエラは、いつものようにサンカントの部屋で夕食を摂っていた。
今日で三日目となる肉野菜煮込みは食事の度の煮直しにより具が溶けており、ほとんどディップソースか何かかという状態だが味に問題はない。
リュミエラはどろりとした熱い塊を、自らの固有形質でローストし半割した芋にたっぷりと乗せて頬張り、炭酸水で流し込んだ。
残りの半分を渡されたサンカントも、同様にして貪る。
リュミエラは次、というか最後の芋を焼きつつ、サンカントの金黒の瞳を心配そうに覗き込んで口を開く。
「げふ……それでサンカント、イジドールさんはなんて?」
「えっと、特に代謝や魔力回路、精神波に異常は見られず、腫瘍やら病気等ではないって。
可能性があるのはストレスあるいは憑依による魂への負荷だが確率は高くないだろう、と」
「ま、なんでもないならそれに越したことはないけど。
だいたいあの人や研究所の検査器で無理なら、もうあんたを改造したベルトランにしか判らないんじゃない、はいお芋」
「たべる。でさ、その話だけどなんか変な感じなのは確かなんだよなー。
こう、首のとことか……なんだろ、説明できねえ」
渋い顔でコキコキと首を鳴らし、伸びをするように寝転がるサンカント。
ついでリュミエラが宙へ放った二個目の芋を器用に口でキャッチし、丸呑みする。
「喉に詰まるわよ、っと、難しい話だこと。
あんま気にしても仕方ないと思うな、あたしは。
……ああそか、ちょっと待ってなさい」
何かを思いついたリュミエラはまだ少し中身が残っている鍋に蓋をし、立ち上がった。
今日の彼女は少しばかり食べ過ぎたようで、数本の古傷が走る白い腹のラインが僅かに崩れている。
もっとも、仕事をしている限りは半端でない運動量のため、痩せる事はあっても太る事はない。
欠伸などしながら部屋を出て、回収してきたのは掌に乗るほど(無論、鱗と鉤爪がある左ではなく右手である)の平たい箱。
シンプルな包装で、何らかの紋章と見られるマークが貼られていた。
上半身を起こしたサンカントが露骨に警戒心を滲ませた顔で、リュミエラの顔と、今まさに開封されつつある茶色の箱を交互に見る。
なにしろこういう時の彼女には前科が多い。
「リュミエラさん、一応聞くけどさ、何それ」
「お土産。あんた疲れてそうだからさ、気分転換いるよね」
机の上に置かれた箱の中には、リュミエラの白い指先に近い大きさで、妙な艶のある茶色いチップが規則正しく詰まっている。
彼女はそれを一枚だけ摘み出した。
サンカントが座ったままじりじりと後ずさってゆく。
「いや、だから何だよそれ」
「樹脂練切」
「名前だけ言われてもわかんねえよ!?」
「別に危険なものじゃないって、失礼な。見てなさい……ちゅ、ふへへ」
「怪しい」
ほんの僅かだけ偽りの聖女が発動し、掌に乗った茶色のチップが熱で融け歪む。
部屋にスパイシーで甘い、退廃的な香りが拡散する。
掌に顔を近づけ、胸いっぱいに芳香を吸い込んだリュミエラの唇から赤い舌が飛び出し、苦い粘液を舐め取った。
高純度の薬効成分を満喫したリュミエラはサンカントに視線を戻し、聖女さながらに微笑んだ。
「ほうら大丈夫? サンカントも、明日爽やかに起きられるからぁ。
樹脂葉巻よりちょーっと高いけどさ、効きも抜けも早いの、ね? ね? ねえ? おいしい樹脂練切食べよ?」
「やめろ、俺はいいって、おい! うえぇ、ちょ、甘い苦い臭い! …………ん……あーれ?」
「みなさい、よかったでしょー、くわずぎらいさんはおしおきで!」
「悪くはねえ、けど、あつくてさむくてふわ……ふい」
「ねー」
「………………」
昂揚したリュミエラのせいで机が焦げ、サンカントは翌日頭痛を訴えた。
第三章「ドラゴン・スピリット」終。




