28話 『へんないきもの』
「あーもしもし、はいエリク隊長、うん、そう、これ新しい通信機。
ええ、加減すれば偽りの聖女使えるわ、前のと同じで。
ところで、あれちゃんと経費で落るんですよね」
「大丈夫だ、リュミエラさんの通信機は消耗品と同じ扱いに……んー、前言ってなかったっけかなあ。
あ、ジョゼちょっと後で、な」
「え、いや違う、そっちじゃない隊長!」
「何の話だ?」
「服ですよ服、ラヴァ・ワーム革の。シャドウ・ドラゴンの件でだめになった奴」
「やっ、め……ああ、ああ、あれはだな、その、経費では落ちない」
「うう」
「だが安心しろ、幸いにしてマントはジョゼが用立ててくれるそうだ。
あとはまあ、うん、給料からどうにかしてくれ、すまん。
こっちも本当に金が無い、予算は年一回しか組まれない、積み立てを崩している段階なんだ……そう、あとあれ、バスチアン氏にも謝っといてくれ。
僕からもまあ伝えてはあるんだが、その、あ、ジョゼだから今は、うおあ! っつ、ま、あ゛あ゛、ええいこの! そういうことで、ま、った」
「…………幸せそうな事で」
ツー、ツー、ツー。通話が切れる。
通信機を部屋の隅に投げ捨てたリュミエラは、ふてくされたように大の字で倒れこんだ。荒れ気味のシルバーブロンドが床に広がる。
いま彼女を癒してくれるのは、婀娜な鱗に覆われた力強い己の左腕、そして彼女同様に腑抜けている弟分しかいない。
低い平机を挟んで反対側に胡坐をかいている弟分ことサンカントが、深く深く溜め息をつく。
まったく、酷い目にあったものだ。
勿論、シャドウ・ドラゴン討伐の件である。
端的に言って赤字だ。それもかなりの。
聖堂騎士団工作部の予算に余裕などない、それは判っているし、リュミエラ達に備蓄がないわけでもない。むしろそれなりに余裕はある。
だからといって仕事でもないのに月単位の準備期間とハードな戦い、さらに後始末にもかなりの時間をかけてほぼ無収入、などというのは到底納得できるものではなかった。
水晶集めとは別に機械技師でもあるバスチアンなどは、様々なアイデアを得て満更でもなさそうであったが。
ともかくリュミエラとサンカントは不機嫌、というかしょげていた。
「んでリュミエラさん、どうなったのさ」
「どうもこうもないわ、あたしは服代で赤字よ。
そりゃまあ、隊長とジョゼさんはもっともっと赤字なんだろうけどさー」
「俺はそうでもないぞ、やっぱ給料折半しよか?」
「……当たり前よね、あんたお金使ってないもの。でも折半はやめて、余計惨めになる、っとな」
言いつつ、リュミエラが頭の横に転がっている缶に手を伸ばし、樹脂葉巻を二本取り出す。
二本まとめて端を噛み千切り、指先を加熱して着火。無駄に器用だ。
煙と共に退廃的な甘い香りの薬効成分が広がり、サンカントが顔をしかめるが、いつもと違ってリュミエラを部屋から叩き出したりはしなかった。
なんだかんだで凹んでいるリュミエラを気遣っているのだ。
……途中までは。
「あー、早くベルトランぶっ殺して、記憶戻して、静かに暮らしてえな」
「ああそうねそうね、ふぁあ……美味し……」
「話聞けよリュミエラさん、あと灰落とすな、ここで寝んな」
「頷いたっしょ、まあ後でね」
「だめだつってんだろ! それ吸ったら二階上がれよ!」
「ふええ……なんかね、上が寒いのよ、よくわかんないんだけどだからね。
あ、なくなる、もういっぽん」
「だから、うわあ机!」
結局、樹脂葉巻で酩酊状態になったリュミエラは、サンカントが触れられない体温(家具が焦げる)になる前に自室まで引き摺られていった。
なんだかんだで平和な休日である。
だが、異変は着実に忍び寄っていたのだ。
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「んん……はっ?! 何、なにこれ、寒っ! え、え?」
翌日、いつものように日の出と同時に目覚めたリュミエラを異常な寒気が襲った。
震えながら飛び起き、偽りの聖女で室温と体温をまともに戻した彼女を出迎えたのは、凍結した水タンクと明らかに氷点下の壁。
身体を拭くのも億劫になりつつ着替えて一階へと降りても、やはり寒い。
凍ったポンプを解凍して水を確保し歯を磨きようやく一息。
野菜を洗って(これも凍っていた)、ぶつくさ言いつつ鍋に注いだ水を熱湯にしてスープの素と乾麺と共にぶち込み、コンロに火を入れたところでようやくサンカントが起きてきた。
こちらも震えている……いや、震えているどころではない。
「おあおう、さむ……寒い……しば」
「サンカント、髪の毛に霜おりてる」
「あっだめて」
「はいはい」
薄赤い輝きが辺りに広がり、気温が春らしい通常のものに戻ってゆく。
そう、今は春の盛り、断じて真冬ではない。
というか仮にそうであったとしても、首都ルクスはここまで寒くならぬ。異常事態だ。
しかも、リュミエラの超感覚が“今日は晴れている”と認識しているにもかかわらず窓の外が薄暗い。
二人はインスタント作成した麺入り野菜スープを無言で啜った。
「……ねえ、気付いてる?」
「うん、変なのが上に」
「そいつが黒幕で間違いないでしょ、この寒さと暗さ」
「んでどうすんの、リュミエラさん」
「どうしよっか? あれよ、別にあたしたちを殺そうとかさ、そんなこともないのよね。
だってさ、今部屋あっためたけど別に何もしてこないもの。
じゃあ何で、って言われてもわかんないけど」
「少なくとも怪人じゃないぞ、でもこの感じ、覚えがあるようなないような」
「食べ終わったら出てみよっか」
「んー」
大儀そうなサンカントを引っぱりつつ、リュミエラは貸家から出た。
外も強烈に寒く、家の周りはヴェール状の魔力膜じみた何かで覆われ薄暗い。
リュミエラは決して良くはない己の住環境に感謝した。
いくら朝早いとはいえ、隣の家と距離が離れていなければ騒ぎになっていただろう。
かわりに都心部まで距離があり、聖堂騎士団工作部や水晶集め協会へ行くのに乗合車の利用が必須ではあるのだが。
……それはともかく、屋根の上に何かが居る。
何か、としか言いようがなかった。
小型のクリスタル燃料車ほどもある暗い塊は、外見上のボリュームから受ける印象と異なり、特に重量で屋根をへこませたりなどはしていない。
“ある”ではなく“居る”なのはそれが僅かに脈動しているからだ。
リュミエラは警戒しつつ、普段は絞っている可視光線の範囲を広げた。
固有形質によりほとんどの波長の光線を認識、照射できる彼女だが、いつも全開では認識できる色が他人と違いすぎて会話に不具合が発生するし、何より頭が疲れるのだ。
煌めく防御膜を纏ったサンカントが、あたりを警戒しながら心配そうに呟く。
「大丈夫か?」
暗い塊はどうやらいくらかの不可視光線を通すようで、リュミエラの瞳の奥に本来の姿がぼんやり浮かび上がってきた。
視線に気づいたのか、丸まっていた“そいつ”が首らしき部位をもたげる。
正体を見破ったリュミエラは怪訝な顔を浮かべた。
よくわからないサンカントはおとなしく待つ。
彼の改造された金色の虹彩は高性能だが、この手の光学的防御と魔力防御を併用する相手にはあまり向いていない。
「えーとねえ、薄い琥珀色でなんか透けてる、んん、半透明、そう半透明。
鱗の無いドラゴンというかでっかいサラマンダーというか、なんかそんな滑っとしたガラスみたいな生き物……生き物なのかしら」
「言われても全くわからねえ」
「あたしだってわかんないわよサンカント、こんな魔物も獣も植物も見たことないし、っつ?!」
何やら違和感を感じたリュミエラとサンカントが飛び退くと同時に、奇妙な生き物が音もなく飴細工のような翼を広げ、そして。
…………屋根からずり落ち、なんとも情けない声を上げた。
「ギュ、キュムー」
「な、何よ、何なのあんた、うわ寒っ、寒い寒い」
「敵じゃないのかな? けど何だこりゃ」
「シュー」
「あれ寒くなくなった、ってもしかして言葉わかる?」
「え」
“そいつ”はリュミエラの言葉が判っているのかいないのか、身を縮めるように震わせた。
家の周囲を覆っていた冷気と薄暗いヴェールが退いてゆく。
とはいえ、その半透明な全身を覆う暗い影はそのままで、サンカントには相変わらず理解できない。
“そいつ”が滑るようにリュミエラに接近してくる。リュミエラが竜牙剣を構え、体温を上昇させる。
サンカントは拳にパワーを集中した。
だが、張り詰めた空気はそこまでだったのだ。
「おお、よしよし……なあにこれ。ちょっと、舌、冷たいんだけど」
「PURRRR」
「さあ? 俺にわかるわけないだろ」
ドラゴンのように見えなくもないシルエットを持った半透明の暗い何かが、まるで小動物のように喉を鳴らす。
同時に、二フィートほどまで伸びた舌のような部位(その不確定な頭部は眼も鼻もない三角錐じみた形状であり、実際に舌であるかどうかはリュミエラにも判然としない)で、滑らかな深紅の鱗に覆われたリュミエラの左掌を舐めた。
漠然とした“そいつ”の思考が竜爪剣の骨格を通して、わずかずつ流れ込んでくる。
それは、リュミエラにとってあまりに予想外の情報であった。
「…………んー……ああ! そか、このオーラ紋!」
「どったの」
「えー……と、具体的な言葉になってるわけじゃないから、どう説明すればいいのやら。
そうね、“おねえちゃんありがとう”みたいな?
あれよ、どうもこないだのシャドウ・ドラゴンが再誕した子、っぽいんだけども、なんか特徴が幽霊とかに近い気が」
「は? でもあれってリュミエラさんが焼き殺したんだろ、なんで再誕、いや竜牙剣で斬ってたならありうるか。
……懐かれてるとか意味不明だ」
「心当たりはまあ、なくもない?」
「ふうん、それでどうすんの」
「ギュイー」
リュミエラは朝日と朝食により活性化しつつある頭をフル回転させた。
サンカントと“そいつ”が唸るリュミエラを心配そうに見ている。
しばらく後。
「うん、そうね、とりあえず敵対の意思はなさそうだし、どれぐらい強いかもわからないから殺すのは保留。
最終的な処遇についてはあたしじゃ判断できないから、エリク隊長に相談するしかないかな。
あ、水晶集め協会の魔物データベースと照合すればなんかわかるかも」
「めんどいなー」
「まあね」
あまり連絡を入れるに褒められた時間ではないことを認識してはいるものの、一刻も早く処理すべきと判断したリュミエラは、内心でエリクとジョゼに謝った後に通信機を操作した。
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…………紆余曲折あって数日後。
リュミエラはルクス運転免許センター乗用魔物本部にやってきていた。
件のドラゴンもどき(協会のデータベースには幽体ドレイクと記述されていた)の乗用魔物登録を行うためだ。
リュミエラは大型乗用魔物Ⅱ種資格により、未調教の魔物にナンバーを入れて仮登録しておくことが可能なのだ。
ルクス水晶集め協会所長ジャックミノーからの紹介もあって、手続きと認証はすぐに終了した。
これで住宅地や繁華街、一部の公共建造物周辺などを除いたルクスコリ共和国全域を連れ歩くことが可能になる。
なお、飼育することになったのはエリクやジョゼ、マリエットと相談した結果だ。
積極的に生き物を襲うタイプの魔物ではないことと、極めてよくリュミエラに懐いていることから使い魔として登録しておくことを勧められたのである。
先のシャドウ・ドラゴン討伐で運用した外部人員の中で、リュミエラのみ赤字になったことの埋め合わせのつもりか、各種登録にかかる費用を経費で落とすことが許可されたのも大きい。
やや扱いづらい乗り物兼補助戦力という扱いではあるが、実際問題として居ないよりは居たほうが良いためリュミエラもすぐに同意した。
何より幽体ドレイクは名前通り半幽体であり、レイス等のアンデッド怨霊同様、殺しても特に何か得られるわけではない。
働かせる事が最大限の有効活用法というわけだ。
「んぐ、それでリュミエラさん、結局なんて名前つけたのさ」
免許センターからの帰り道、缶入りの果実酒を啜るリュミエラの隣で首都ルクスのレストラシオン・ラピッド、つまり料理屋台の名物である巨大なハンバーガーじみた物体を齧っていたサンカントがふと思い出したように呟いた。
名前とはもちろん、幽体ドレイクの登録名のことだ。
乗用魔物の登録は、種族と自動で割り振られる番号以外に名前も必要となる。
単に大型長命の生き物であるという理由以上に盗難や暴走の際、名前があると対応が楽というのが大きい。
「クロマク」
「なんだよそれ」
「暗いヴェールに包まれて見えにくくて、こっそりあたし達の家を寒くしてた原因。だから黒幕」
「センスねえな、俺ならダークバトルフライング・ゴーストホッパーにしたのに」
「サンカントはこの先何があっても生き物に名前つけちゃだめよ、たとえあんた自身の子供でも」
「え……」
絶望的な表情を浮かべるサンカントを放置し、リュミエラは空になった缶を握り潰して道の反対側にあるゴミ箱に投げ込んだ。ナイスシュート。
時刻はまだ昼下がりだが、外でやる用事は一通り済んだ。
「まあ戻ろっか、色々やる事溜まってるし。あとクロマク! 先に帰ってて」
「溜まってるのは、リュミエラさんが水晶集め協会に送る報告書やファルギに送る手紙を後回し後回しにしてるからだろ?
なんにしろ買い物してからな、食材があんま残ってないぜ」
「クワー」
二人の上空、都会の濁った青空にふわふわ浮いていた幽体ドレイクのクロマクがリュミエラの命令に応えて加速上昇し、飛び去る。
漠然とした暗い覆いと透き通った半物質ボディの相乗効果により、高空を移動するそれは極めて視認がしづらく、よって周囲を騒がせることもない。
若干不安要素のある生き物が街中から消えた事を確認した二人は、財布の中身を確認しながら商店街へと向かう人々に混ざった。
怪人図鑑そのじゅうに
〔大悪魔『ガストルト』〕
魔王アンドレアスの側近の一人である男性型悪魔。
仕事であちこち飛び回ることが多いデグレニャと異なり常にアンドレアスの傍についているが、デグレニャと比較して特に上下関係や主に対する愛情の差などがあるわけではない。
タイガーアイのように不思議な光をはらむ瞳と丈夫な仮想肉体を持つ。
・おおきさ
6フィート、149ポンド。
・装備
シュバルド式ミリタリースーツ
マサカリ
・特殊魔法と能力
「呼吸操作」
「位置交換」
「大悪魔基本セット」
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