26話 『狩り合い』
時間はエリクやリュミエラが迎撃を開始する少し前に遡る。
暴れるシャドウ・ドラゴンと謎の戦闘飛行機械編隊から距離を取りエリクに連絡を入れたサンカント達三人は、今後の対応について協議していた。
戦闘空域ではドラゴンと飛行鉄塊が、次々飛んでくる迫撃砲をどうにかこうにか捌きつつドッグファイトを繰り広げている。
「さて、どうしましょ。遠見に反応しないっていうのでは、エリクとリュミエラに頼りきりというわけにも……」
腕を組み浮遊するジョゼが溜め息をつく。
ドラゴンが活動中である以上、大規模な魔法を使うのはリスクが高い。
単に戦闘飛行機械のみならばどうにでもなったであろう。
しかし……。
「そうねえ、投槍が残り七本、敵は八匹。一本で二匹落とせば、ともいくまいし。
ま、半分も消せばドラゴンを奪われる危険はほぼなくなるだろうが、うむむ」
同じく不機嫌そうなマリエットが槍を手遊びしながら呟いた。
長さ八フィートもある金属棒を、まるでペンを回すかのような気軽さで操るその姿はなんとも威圧的だ。
細身ながらに鍛えられ、高密度の筋肉とシンプルな魔力回路を持つマリエットの体は外部魔力耐性が低めな代わりに、いや低めだからこそ強化増幅と非常に相性が良い。
“魔法の鎧”と強化僧術の組み合わせにジョゼの聖光を上乗せした三重の肉体強化を受けている今、その膂力は怪人であるサンカントと比較してもそれほど劣らぬ。
そしてマリエットはジョゼやサンカントと比較して実戦経験も豊富だ。
しばらく後、といっても大した時間ではないが危険物を振り回していたマリエットは、なにやら思いついたのか遊びを中断してポンと手を打った。
空を警戒していたサンカントとジョゼが振り向く。
「……ああ、ああ、そうだ。
こちらから飛んでいくのが危険なのだから、釣れば良いではないか。
私が高熱剣の応用で投槍に燃えるかえしをつけて、あとはジョゼ様の聖光を紐代わりにだ。
あとはアレにぶっ刺して一匹ずつ始末してゆけば。
外れたら紐で回収すれば良いし、引き摺られる危険もサンカント、お前が投げれば向こうの重量と加速を減衰できるから問題無い、な?」
にやり、と笑ったマリエットがサンカントの逆立つ剛毛を撫でた。
彼が一応ゴブリンであることを示す良く撓るブラシじみた黒い頭髪は、“怪人”の強化改造によるものか、あるいは単に個人差か、通常のゴブリンより太く滑らかだ。
異常に手触りが良いため、よくリュミエラやマリエットの手指に狙われている。
閑話休題。
サンカントは口をへの字に曲げながらも満更でもなさそうに頷いた。
経歴からしてある種の孤独に苛まれていた彼は頼られる事に弱い。
「やるよ、俺。やっぱお金欲しいしな!」
「うむ、いい子だ。ジョゼ様も良いですかね?」
「はいはい、纏まったようですしささっと加工を。時は金なりですわ」
決まってしまえば行動は早い。
聖堂騎士団工作部のモットーは破壊、そして調査だ。(今回は大金がかかっているため、破壊が優先である)
マリエットが炎の元素を操り凶悪なかえしを投槍に付与する側で、ジョゼが“聖女”の力を慎重に放出して光の縄を練る。
特にやることの無いサンカントは準備運動をしながら調子を整えていた。
「いけるぜ。投槍器に乗せても違和感ねえし。やっぱ副隊長はすげーや」
「私の縄の方がメインなんですけどね、っと。マリエット」
「迎撃準備は終了済みだ」
「おう!!」
ただでさえ非常識な膂力に聖光の上乗せを受けたサンカントが、ゆっくりと投槍器を構える。
シャドウ・ドラゴンに投げた時は挑発がメインであったが、今回は威力と精度が必要だ。
金黒の改造瞳が飛行機械の一匹を捉え、音波振動で空気の流れと距離を計測する。
レイラインじみた仮想射線を確定、進路予測開始。
三、二、一、〇、シュート!
白銀に輝く炎の槍が光の尾を引き、一直線に飛んでゆく。
聖光の塊を操るジョゼの掌からは、光の粒子で編まれた縄が槍と同じ速度、つまり音を超えてうねり伸びる。
そして。
「あ、ずれた、ごめん」
「馬鹿いってんじゃないですわ!」
槍は僅かに狙いを外し、飛行機械ではなくドラゴンに。
……いや、まだだ。
ジョゼがテレミンを演奏するかのような繊細さで純白の指を躍らせた。
瞬間、光の縄が軌道を修正。
異常なカーブを描いた槍が見事に飛行機械の動力部を片方潰しながら突き刺さる。クリティカル!
命中にあわせてマリエットが指を鳴らすと、火元素で生成されたかえしが広がり、槍は碇となって金属構造物に喰い込んだ。
光の紐を巻きつけたサンカントが大地を踏み締め、武器質量無視の力を放出開始。
“先代勇者”の固有形質コードの一部を埋め込まれ、これまでに複数の怪人から追加のコードを奪ってきている彼は、本来の力とは別にいくつかの戦闘用固有形質を行使できるのだ!
この力は通常、敵からの質量干渉を弱めるものだが今回は距離が離れすぎているため、逆を行う。
魔力で構成された仮想質量が浅黒い全身に沈着してゆく。
千ポンド、千二百、千五百、千八百、一トン……まだだ、ニ、三、四……。
ミシリ、ミシリ、地面が歪む。
強靭な怪人の身体は固有形質のサポートを受けてなお非常識な負荷にも、十分に耐える。
そうして、遂に飛行機械とサンカント自身の仮想質量が釣り合った。
一旦同等になってしまえば、大地にアンカーじみて身体を固定したサンカントと支えるものの無い飛行機械、どちらが勝つかは自明。
片方のエンジンを損傷した飛行機械が猛烈な勢いで引き寄せられ、戦闘空域から脱落する!
錐揉み回転しながらでたらめに乱射される機銃は、炎の防御膜を纏ったマリエットが焼却し、弾き飛ばす。
焼却し損ねた金属片が身体各所を掠め、燃える装甲と肉が削れ、肌が焦げる。
呻き、燃える剣を取り落としつつもマリエットは防御膜を緩めない。背後に被害が出るからだ。
と、背後から伸びてきた数十本の光の触手が彼女を包み、炎をすり抜けて異常な精密さで傷口に滑り込む。
当然、“光の聖女”だ!
聖光粒子で構成された触手は器用に異物をほじり出し、快楽物質と共に染み込んで、みるみるうちに血肉を魂の記憶にある正常状態へと修復した。伝説の高速治癒。
マリエットは体勢を立て直した。
失った剣の代わりにガントレットに魔力盾が構成され、炎の防御膜がさらに広がる。
「グ、ア……ふぅ、感謝」
サンカントはその間も光の縄を引き続けた。
VRRRRR!
壊れかけた悲鳴エンジン音が近づく。
もはや空中復帰は不可能だ。
飛行機械は最後の抵抗のつもりか、下部ハッチを開いて、内蔵をぶちまけるかのごとく数本のロケット弾をばら撒いた。
しかし、燃料加速するには距離が近すぎる。
半ば自由落下する火薬の塊は、マリエットが放った火炎弾に迎撃され、誘爆、消滅!
飛行機械と三人の間が一マイルを切り、腐った金属の臭いの風が吹く。
このまま引き寄せ続ければ自爆だが、いかにサンカントといえどそのような無茶はしない。
対抗策は用意してあるのだ。
サンカントは空に吼え、仮想質量を増幅したまま地を蹴った。
高質量を叩き付けられた地面にひびが入り、わずかに揺れる。
槍に接続されていた聖光の縄がサンカントが手を離すと同時に解け、黒褐色の機体に巻き付いてゆく!
聖光の攻撃射程に入ったのだ。
もっとも、距離があることとドラゴンの注目を避けるため放出を細めている事もあり、一撃で金属塊を粉砕する能力は無い。
破壊はサンカントの仕事。
鞠のように跳ねた怪人の全身が饑の力に覆われ、鏡のように煌く。
強靭な攻撃性防御膜を纏った実重量千ポンド、仮想質量五トン超えの人型砲弾!
CRASSSSH!!
もとより崩壊しかけていた飛行機械が質量激突によりバラバラに吹き飛び、地面に降り注ぐ。
「うおっしゃー!」
三十フィート少々の敵を引き裂いたサンカントは、体勢を整えながら着地した。
彼も全く無傷ではない。
身体のあちらこちらに釘かあるいは針のごとき鋭い金属片が刺さり、いくらか流血している。
この手の飛行機械なら本来、パイロットが乗り込むべきところに爆発トラップが仕掛けられていたのだ。
至近距離で受けたため、いくらかの貫通を許してしまった。
サンカントは傷口をそれぞれ確認した。……被弾そのものに問題は無い。
実際、傷はジョゼにより速やかに治癒され、既に塞っている。
首にかすかに違和感が残っているが、誤差だ。
そのまま戦える。
「っし、次いこーぜ」
「待てサンカント、奴が何だったのか、確認してからだ。
貴様の防御膜を突破した爆発が気になる」
「確かに、その通りですわね。ただ私は縄を編まなければいけないので、二人に任せます」
言うが早いかジョゼは新しい投槍に聖光粒子を接続し、編み始めた。
この長大な光の縄を別の事、例えば怪我の治療に使ったならばおそらく数十人の致命傷を回復できるであろう。
ある意味、“光の聖女”の力の最も無駄な使い方の一つかもしれないが、他に良い方法がないのでは仕方がない。
ジョゼは少しばかり肩を落とした。
「うむ、流石に槍の再利用は不可能か……おや?」
辺りを調べ始めたマリエットが、折れ曲がり熱で一部溶解したドワーフ合金の棒、つまり使用済みの投槍を発見して僅かに落胆する。
最期の爆発の影響で、予測以上の広範囲にわたって飛行機械の残骸が散乱していた。
焼け焦げて腐食し、砕けた鉄と油と木々の臭い。濃厚な死の雰囲気だ。
ぴりぴりとした特徴的な魔力イオンの刺激は、火薬とクリスタル粉末が反応している証拠である。
マリエットはくんくんと鼻を鳴らし、不可解な表情を浮かべた。
焦げた肉の臭いや生物魔力の残滓をほとんど感じない。
これほど精密な戦闘飛行機械だというのに、乗り手はいなかったのだろうか?
少しはなれた木陰では、サンカントが大型の破片を転がし、同じく首をひねっていた。
一通りの確認と索敵を済ませたマリエットもそちらに向かう。
「おっかしいなー」
「おかしいのは先刻承知だが、どうした」
「首の調子がちょっと……じゃないや、ほら、見てよこれ、ソリオンの人工体液だぞ……でも、肉はどこだ?
怪人の反応がないのはいいとして、生き物ですらないよな。
だからって、遠隔操作でドラゴン相手にあんなアクロバットできるもんかなあ」
いまだ煙を噴いているその残骸を怪力で裏返したサンカントが、引きちぎれた細いパイプ状の配線を指差す。
青い粘液が、滴っていた。
「「…………」」
「サンカント」
「はい副隊長」
「保留だ、後三匹堕としてから考える」
「はい」
気分を切り替え、戦闘空域を見上げたサンカントが輝く拳を打ち合わせた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
サンカント達が順調に飛行機械を引き摺り落とし、三機目にかかろうとしていたその頃。
恐怖の大悪魔デグレニャと“大地の勇者”エリクは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「アッハハハ! 少し楽しいぞ“勇者”! さあ、早く魂魄!」
「ぬう、僕は、ちっとも楽しくない!」
BATATATATA!
アクロバット低空飛行でエリクの砲撃と攻撃を舞うようにかわすデグレニャが、黒い骨じみた機関銃から牽制弾をばら撒く。
舞い踊る紙符ペンタクルの補助を受けたエリクは、当然のように全てを弾き飛ばし回避する。
が、一瞬だけ視線が外れた。
悪魔にはその一瞬で十分だ。
デグレニャはすれ違いざまに二丁機関銃(非常識な使い方だ)を投げ捨て、バックパックから更なる大型銃を取り出した。
全長六フィート半、銃身四フィート。ボルトアクション。
その怪物的AMRを、少女軍服悪魔は義手ガントレットの補助を受け、軽々と担ぎ上げて構える。
投げ捨てられた四フィートの機関銃は小さな魔方陣に包まれ、給弾ベルトに引き寄せられてバックパックの中へ消える。
この間わずか瞬き一回分!
わずかに遅れ、悪態をつきながら集中を戻したエリクの瞳が見開かれた。
悪魔が嗤う。
「畜生、ちょこまか、っうおおおおお?!」
BLAM! BLAM! BLAM!
凄まじい発射音が三発響き、ついで排出音。ガシャコン。
通常の生物なら数十回は死んでいるだろう。
デグレニャは役目を終えたAMRを収納した。
しかし。
「……これでもダメとなると、肉を持ち帰るのは諦める必要があるな」
「僕は一人じゃあない、だが、おまえは一人だ」
「所詮、身体は一つだろう」
半壊した鈍色の障害物の横から低い声がし、五体満足のエリクが現れる。
会心の攻撃を防がれたデグレニャはぼやきつつ、ふわふわと距離を取った。
とはいえ実際、“エリク”は攻撃に反応しきれていない。
地元素を操作して簡易複合装甲を生成したのは、彼の体内に潜む同居人だ。
(エリク、今のは危ねえぞ、弾数に助けられた)
(畜生、このままでは赤字だツチヤ)
(そんなことを言っている場合じゃねえ、む?)
同居人と意思疎通しながら構えなおしたエリクが、妙にゆっくりと移動するデグレニャを睨む。
数十フィートしか離れてないにもかかわらず、悪魔の輪郭と表情が歪んでいる。
複雑な表情は泣いているようにも見えた。
しかし、それは蜃気楼ではないし、幻惑の魔法でもない。
さらさら、さらさら。
大悪魔デグレニャの濁ったエメラルドの虹彩を持つ瞳から、慎ましい鼻から、僅かに犬歯が除く口から、小さな耳から、何やら粉末が溢れ出している。
いや、顔だけではない。
ミリタリースーツの隙間やポケットから、ブーツの底から、黒い骨じみた義手ガントレット手指からも。
砂漠の砂よりもずっと滑らかで、少し軽い不思議な粉は、あっというまに煙幕じみてデグレニャを覆い、生き物のように渦巻いてエリクの周囲にも積もりはじめている。
さらさら、さらさら。
何かまずい。決着を急ぐ必要がある。
エリクは大地を踏みしめ、ジェット加速を。
「くりすたるむてんかへきさにとろへきさあざいそうるちたんあるふぁー」
「え」
KABOOOOOOOM!!!
大爆発が巻き起こる。
KABOOM! KABOOM! KABOOOOM!
爆発は地面からも発生し、自動モードでドラゴンと戦闘飛行機械を牽制していた迫撃砲をも半分ほど巻き込み広がってゆく。
一面の炎と砂塵。
エリクは、デグレニャはどうなった?
ゴウ! 爆発から間を空けず、砂塵の中からジェット噴射と共に飛び出したのは、全身がタイル状の金属結晶装甲で覆われたメタリック男!
周囲には新たに撒いた紙符ペンタクルが舞っている。
エリクは“勇者”の再生力と耐久力で強引に爆発を耐え切ったのだ。
無論、無消費というわけにはいかぬ。
火傷と傷はすぐにふさがるが、体力と魔力、そして消費した紙符は戻らない。
だが、一気に大量の上級火薬を吐き出したデグレニャの疲弊も相当なものだ。
人形のような顔を怒りで歪め、荒く叫ぶ!
「ハアアアア! まだ生きてやがんのかアァー?!」
BOOM!
デグレニャのバックパックが火を噴き、長細い弾を複数射出した。
防御システムとして半自律起動する紙符ペンタクルが防御壁を生成して迎え撃つ。
だが流線形のそれは小爆発と共に地元素合金障壁を液化させてぶち抜き、メタルジェットがエリクを襲う。
化学エネルギー弾だ!
エリクは慌ててジェットパックを切り替え、魔力を放出してバランスを取りつつ再噴射した。
ドウ!
大気の歪む鋭い音と共に、鋭角に方向転換したエリクは灼熱金属液を回避することに成功。
更に追加のジェット噴射で加速してデグレニャに隣接、幅広の直刀を振り下ろす!
一方のデグレニャも、新たな得物を取りだしていた。
悪魔が正眼に構えた近接武器は、禍々しい駆動ノコギリだ。
強化魔法銀と思われる白銀の刃付きチェインが唸りを上げる。ギュオウイイイイン!
超剛性の直刀と高速回転振動するチェインが激突し、火花を散らしながらガリガリ異音を発した。
二人は鍔迫り合いしながら高度を落とし、そのまま着地。
エリクが恐るべき直突きを繰り出せば、デグレニャが分厚いチェインソーを横向きにして逸らし、一瞬の隙に取り出した拳銃で装甲の隙間をダブルショット。
エリクは体力を削られ、仰け反るが、このまま押し返されるには早い。BLAM!
背中から伸びてきた鋼の細腕が大口径のマグナム弾をデグレニャに叩き込んだ。ツチヤの操作する隠し腕!
デグレニャの左腕が吹き飛ぶ。
だが、ミリタリーな大悪魔から撒き散らされるのは、血でもなければ、一般的な悪魔のような魔力物質でもない。
瘴気じみて流れ出す火薬から身を守るため、エリクは己のタイル装甲をクレイモアじみて指向性爆発させた。BOOM!
デグレニャが片腕でチェインソーを振り回し、金属片を跳ね飛ばす。
腕をもぎ取られた左肩からは、黒い鎖が飛び出した。
鎖は超自然の力で、いまだ空中にある肘から先と義手ガントレットに接続、引き寄せて接合する。
見る見るうちに二の腕が再生成されるが、ミリタリースーツは自前ではないようで白磁の肌が見えている。
その間にエリクもタイル装甲の修復を終えていた。
再び直刀とチェインソーの打ち合いがはじまり、そして射撃、爆発、また打ち合い。
互いに一歩も引かぬ、なかなか終わりの見えない戦い。
とはいえ、さすがに膂力と近接格闘術ではエリクが勝る。
じわじわと有効打が増え始めた。
「しぶとい、悪魔め」
「ッぐ、貴様が言うことか、あーあ」
エリクは装甲に覆われた金属棘だらけの文字通り鉄拳で、デグレニャのチェインソーを殴り壊した。
愛用の聖堂騎士団直刀は予備も含め、全てデグレニャに割られ、捻じ曲げられて使い物にならなくなっている。
紙符やジェットパック燃料も残り少なく、少し前までは全身を隙間なく覆っていたタイル装甲もまばらだ。
“勇者”の魂の同居人であるツチヤは既に力を使いきり、マルチタスク攻撃も難しい。
しかし、デグレニャよりはまだ多少の余力があるといえるだろう。
彼女が着込んでいたシュバルド式ミリタリースーツは幾度もの被弾と切断攻撃でボロボロであり、もはや素肌の面積の方が多い。
ヘルメットも破壊され、ふわりとカールしたブロンドは砂だらけで、自己再生が間に合わなかっかのかあちこち焦げている。
何らかの転送システムが組み込まれていると思しき薄型バックパックは割れて煙を吐いており、新武器は出てこない。
骨じみた黒い手指を持つ攻撃的義手ガントレットも右手のみで、左手は四フィート少々の体躯に相応しい細腕と掌だ。
だが、それでも、なかなか殺しきれぬ。
別にエリクが少女に甘い、などということはない。
シャドウ・ドラゴン退治のため物理武器ばかり大量に持ってきていたため、熱と衝撃に高い耐性を持つ大悪魔デグレニャの実体にダメージを与える方法が限定されているのだ。
「ぐぬ、これでもダメか!」
「あー面倒くせえ、クソ勇者アアア!」
振り下ろされたエリクの左鉄拳がデグレニャのテンプルを打つ。
デグレニャは顔面を再生させながら爆発で鉄拳を押し返し、右義手ガントレットでエリクの上腿を引き裂く。
エリクの回し蹴りがデグレニャの腋に叩き付けられる。
吹き飛ぶデグレニャが腰から抜いた拳銃でエリクを撃つ。
エリクはジェット加速で弾丸をかわしながらデグレニャを追撃し、足を掴む。
拳銃をホルスターに収納したデグレニャが全身でエリクの腕に巻きつき、肘を捻じ曲げる。
呻くエリクが残り少ない爆発装甲を起爆してデグレニャを引き剥がし、魔力を注いで関節を修復。
戦いは泥沼だ。
とはいえいつまでも続くわけはない。
「獲った! はあ、畜生、ふう」
「う、おアアア!」
突如地面から生え出た鋼の腕が、デグレニャの下半身を捕らえた。
設置型の魔力反応罠である。
互いにもっと余力があったころに設置していたそれが、今になって発動したのだ。
エリクは最後のジェットパック燃料を使いきり、脱出するため火薬を生成しようとしているデグレニャを勢いよく地面に押し倒した。
組み敷き、鉄拳を叩き付け、残された魔力を流し込む!
これこそが、エリクに残されていた唯一のまともな上級悪魔対策だ!
「お゛、お゛げぇ、ごぼぼ! あォあ゛、ゴボっ」
「何て丈夫さだ、くそ、がああ!」
「っげは、お゛お゛え゛ぁあ、げぼっ、おげぇぇぇ! ぐが、おのれ、お゛お゛お゛」
魔力の拳を腹に捻じ込まれたデグレニャがもがき、義手ガントレットをでたらめに振り回す。
だが、悪魔の実体をようやく捕らえたエリクはどれだけデグレニャが暴れ、義手ガントレットに肌と肉を裂かれても決して離さない。
油臭いゼリー状の吐瀉物をどこに入っていたのかというほど大量に吐き散らしながら悶絶するデグレニャ。
どくん、どくん、大地に接触している背面からも攻撃的魔力が沁み込んでゆく。
並みの悪魔ならとうにクリスタルと化して消滅しているだろう猛烈な魔力汚染打撃だが、なかなか抵抗が止まぬ。
凄まじい精神耐久力だ!
エリクは全身に吐瀉物を浴び、腹や脚から血を流しながらも淡々と魔力を注ぐ。
「これでもだめなのか! 早、く、観念しろ!」
「げぼアアア! おまえ゛の、ああ゛! 魂ん゛ぱアア! クケケハハハァー!!」
「ぬ?」
しばらくの間油粘液を吐きながら絶叫していたデグレニャが突然笑い出し、抵抗が止まった。
だが、悪魔は今にも息絶えそうながらも、確固とした実体を持ちそこにいる。
エリクは攻撃を続けながら眉をひそめた。おかしい。
と、小さな、実に小さな音が響いた。
エリクは視線を僅かにずらした。
デグレニャの左手、白魚のような細指に火が灯っている。
それは微かな、蝋燭ほどの赤い火だ。
エリクは首を捻り、デグレニャの顔を見た。
濁ったエメラルドの瞳は半ば白目を剥き、ブロンドの髪も白い肌も白濁した粘液油に塗れたひどい有様だ。
口からは今もごぼごぼと濃厚な粘液が漏れ出している。
しかし、その薄い唇は三日月形につり上がり、犬歯を覗かせて不敵に笑っていた。悪魔のように。
エリクの本能が危機を感じ、時間の流れる感覚が急速に鈍化する。
小さかった火が揺らめき、膨らみ、炎となって。
力尽きて眠っていたはずの魂の同居人が、アラートを発している。
(エリク! エリク! これ、は! ナ……熱い! )
半死半生といった風体のまま唇のみで笑うデグレニャが、痙攣しながら吐瀉物を撒き続ける。
いや、それはもはや吐瀉物ではない。粘着する炎の吐息だ。
エリクは音にならぬ声で叫んだ。
「――――――!?!!?」
鮮やかなオレンジの炎が辺りのあらゆるものを包み、広がった。




