25話 『空飛ぶ悪魔』
“勇者”エリクの故郷でもあるフォルティはまさに城塞都市だ。
ルクスコリ共和国首都ルクスから見て南東にあり、魔国こと危険なシュバルド王国が近い。
といっても隣接ではなく、いくらかの山と広大な森林によって隔てられているために、他の国境都市ほどは緊迫していない。
人口はそれほどでもないが、魔法建材の恩恵による極めて分厚い壁で守られて魔物による危険も少なく、他の街との交易もそれなりに盛んだ。
ただし現在、街に活気は無い。
中型ドラゴン討伐開始の報告を受け、殆どの住民が自宅や避難指定場所に篭っているのだ。
もっとも、皆が室内というわけではなく、警戒なり野次馬なりの目的で壁の上やら監視塔から竜の戦いを眺めている者もいる。
街の上空に浮遊する“彼女”もその一人だ。
魔力の瞳を持つか、あるいは相応の達人が近づけばぎりぎり視認できる程度の揺らぎ。
強力な迷彩に包まれている。
視線の先では、煙の防御膜を纏った青白いドラゴンが砲撃を受けていた。
かなりの火力だが、仕留めきるまではいかないだろう。
……ただし、あくまでこのままならばという話である。
“奴ら”が確実に殺す算段無しにドラゴンに挑むわけがない。
事実、砲台の山の後からも別のパワーを感じる。
“彼女”は己の指揮下の部隊に対して指示を送った。
ドラゴンの死体は貴重な軍用素材であり、“勇者”一行などに奪われるわけにはいかないのだ。
“彼女”とその主の目的にとって資源は重要であり、協力者を働かせるにも必要だった。
奇跡的な偶然により、このフォルティには役者が揃っている。
すなわち、ドラゴンと勇者。
彼らが今まさに潰しあっている。
好機は逃さない。
“彼女”の周囲に積層魔法陣が発生した。
チームがやるべきことは幾つかあるが、大物狩りが趣味である“彼女”が狙うは無論、二重の魂を持つ超生物……つまり、勇者だ。
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「うおおおお! やれバスチアン、リュミエラに伝えろ! ドラゴンと、飛行機械と、全て落とせ!
状態は問わん、焼き尽くしても奪われるよりは良い! ああ畜生、何物かに嵌められた……こちらも戦闘に入る」
激昂し、通信機を掴んだエリクが叫ぶ。
彼の視線の先では、今も戦闘飛行部隊によりドラゴンが削られ続けていた。
魂の同居人ツチヤが操作する砲台は、ドラゴンの牽制に半分、飛行機械に半分割り振られている。
しかし、両方同時に相手するには火力密度が足りない。
そして、新たな気配。
いかに“勇者”のエリクといえども、数マイルも先にいる複数の飛行対象と目前の敵を同時に相手はできぬ。
エリクは砲台をツチヤのコントロール下からも外し、オート砲撃モードに変更した。
どうせ残弾もあまり多くないのだ。
ヘルメットを脱いで通信機を投げ捨て、カーキ色の丈夫そうなバックパックを背負ったエリクが、大地より吸収した魔力を全身に漲らせ立ち上がった。
碧い虹彩が虚空から漏れ出す魔力を睨む。
彼は独り毒を吐いた。
「畜生」
砲撃による重低音が響く中、エリクから見て一マイルほど上空、砲台群の真上に出現した光の線が毛糸を巻き取るように広がってゆく。
奇怪な色の点滅を起こしながら直径三十フィートほどの球体へと変化したそれは、明らかに立体型の転移魔法陣だ。
それにしても、制御の難しい非固定座標への転移で、ピンポイントに砲台の死角を狙ってくるというのは恐るべき技術と言わざるをえない。
出現予定位置から見て、敵はどうやら飛行能力を持つようだ。
濃厚な地の属性を持ち空中機動が苦手なエリクにとって厄介な相手である。
今回は機動戦闘用の魔力ジェットパックを持ってきているものの、面倒は避けられまい。
転移陣そのものを自在に解除できるジョゼも別行動中だ。
エリクは敵の出現に合わせて攻撃を撃ち込むべく、改良型スチール・ゴーレムに大型の迫撃砲を構えさせた。
視覚共有を行い、狙いも完璧。
転移陣の点滅が薄れ始める。発射。
火を噴いて高速で飛ぶ魔力反応榴弾は、狙い過たず陣から出現しつつある影に接触。KABOOM!
重金属の破片が撒き散らされ、橙色の閃光が迸った。
……だが、何かがおかしい。
爆発が、煙幕と見紛う勢いで煙を噴出している。
エリクの榴弾にそんな効果はない。
顔をしかめた彼の頬を、小型飛来物が掠めた。
わずかに肉が抉れるが、その程度は一瞬で回復する。
ついで、白い煙の中から矢のごとき影が。
エリクは本能的に飛び離れた。
ゴウ! 筋肉の動きにわずかに遅れ、ジェットパックが起動する。
当然、猛烈な負荷がかかるが彼の肉体ならば問題はない。
エリクは一気に半マイル近くの距離をとり、ふわりと着地した。
右手に握られた鋭い直刀が禍々しく輝き、左手にはカーキ色の軽鎧から抜き取られた十数枚の紙符が握られている。
大地を表すペンタクル文様が描かれた、強力な地魔法増幅器だ。
更に、バックパックから伸びた鋼の補助腕が大口径の拳銃を構え威嚇する。
ややアンバランスに見えるこのスタイルこそが、“大地の勇者”エリク本来の戦闘モードなのだ!
彼に一切の油断はない。
なにせ、向かってくるそれこそが、今回の件の首魁である確率は極めて高いのだ。
彼が構えを取ったのとほぼ同時に、さきほどまで彼が居た場所で爆発が起こった。
強力な火元素の炸裂、さらに煙。
当然、それだけでは終わらない。
影は直角に方向転換すると、背面から青い炎を噴きながら突撃してきた。
BUZZZZZZZ!
厚布を引き裂くかのような奇怪音と共に、分厚い弾幕が展開される。
しかし、エリクはその場から動かなかった。
代わりに数枚の紙符を撒いて地元素で弾丸を逸らし、漏らした分は“勇者”の体で受け止める。
普通の生物なら即死するだろうが、彼にとっては掠り傷だ。
無数の銃弾に遅れて、思春期前の少女じみた甲高い声の反響。
「マシーィネェンゲヴェーアァァー!」
BUZZZZZZZ!
更に連続射撃、恐るべき攻撃密度!
エリクはさらに紙符を追加し、淡々と攻撃を捌いた。
この程度で“勇者”は揺らがない。
一瞬で百以上にのぼる弾丸をばら撒いた襲撃者は、エリクに衝突する寸前で急停止し、ひらりと宙返りして空中に立った。
“そいつ”の汚れた氷じみたエメラルドの虹彩がエリクを見下ろしている。
やはり、機械や怪人ではない。
敵同士の二人は、同時に怪訝な顔を浮かべた。
「何だと、シュバルド軍服!? いや、子供?」
「……一人か? うぬ、砲台の数のわりには……マルチタスカーか、厄介な。
安心したまえ、自分は軍人でも子供でもない、仲間の為に働く善良な個人さ。
もっとも貴様らの敵ではある、なあルクスコリ“勇者”」
その少女じみた何かは、エリクから数十フィート離れた空中にふわふわと浮かびながら呟いた。
異様に落ち着いた、しかし歌うように柔らかく高い声が風に乗ってエリクの耳を擽る。
いや、少女などというのも生易しい程に幼い。
四フィート少々しかない身長と、ふわりとカールした優しげな印象の短いブロンド。
顔の造作は人形のようで、頬には染み一つ見られぬ。
竈の商人族や小人族などではなく、間違いなくヒトの子供だ……あくまで外見的特長は。
しかし、全身から発散される威圧的な魔力は到底、無力な子供のものではない。
彼女は特別に誂えられたものと見える黒褐色のシュバルド式ミリタリースーツを一部の隙もなく着込んでおり、頭にはこれまた特別製と思しきスーツと同色のヘルメット。
それだけでもあからさまに異常だが、最も特徴的なのは手だ。
手指が無いのか、あるいは素手では得物を扱うに大きさが足りないのか、黒塗りの義手じみた機械篭手を両腕にはめており、黒い骨のような五本の機械指が黒い骨のような機関銃に巻き付いていた。
彼女の身長ほどもある二挺の機関銃は軽く見積もってそれぞれ三十ポンド、弾薬もあわせれば倍はあろう。尋常な膂力ではない。
銃口が、真っ直ぐにエリクを見つめている。
銃身から伸びる長い給弾ベルトは、奇妙に薄いバックパックと繋がっていた。
エリクは戦闘体勢を微塵も崩すことなく、静かに口を開いた。
当然、敵も同様だ。
「名と所属を名乗れ、腐肉漁り娘」
「己から名乗るのが礼儀なのではないかね?
まあ良い、わざわざ教えられずとも貴様の事など嫌というほど知っている。
自分は大悪魔デグレニャ。所属は乙女の秘密だ。
では、貴様の魂を頂くとしよう」
デグレニャが濁ったエメラルドの瞳から不気味な威圧感を放ちつつ、優雅に自己紹介する。
とはいえ、和平など望むべくもない緊迫した空気だ。
言い終えた瞬間、当然のように機関銃が火を噴いた。
だが、エリクとて会話直後の攻撃は予測済みの事象に過ぎない。
ジェットパックで急加速した勇者の振るう剣が、弾丸を撥ね散らしながら悪魔の臓腑を狙う!
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一方、少々遅れて襲撃を知ったリュミエラとバスチアンも慌しくしていた。
情報は断片的であり、時間の猶予もあまりない。
「……バスチアンさん、隊長のとこで何があったの?」
「持ち逃げされるとかなんとか、詳細はわからん、通信はすぐに切れちまった。
だがリュミエラ氏、俺達のやることは決まってら」
「うん、水晶集めだしね。
遠見レンズをお願い」
「おう」
バスチアンが髭をねじりつつ魔力を操作すると、シュルシュルと微かな音を立て、直径八フィートほどの大気の歪みが生成された。
そこには空中で暴れるシャドウ・ドラゴンが映っており、ドワーフ魔法を応用した改良で距離や角度などの情報も読み取れる。
クリスタルモニターや“目”の画像と比べるとかなり荒いが、大量に光熱を溜め込んで岩が融けかかる体温と白く輝く肉を持つリュミエラの傍に機械類を置く事ができないため仕方がない。
追加指令は不明な敵の狙撃処理、ついでドラゴンの射殺、ただし初期作戦と異なり状態問わず。
実際のところ、やることはほぼ同じ……なのだが。
「あれ?」
「うぬ?」
二人は同時にモニターとレンズから目をはなし、裸眼を戦闘地点に向けた。
同時に首をひねり、また戻す。
やはり、飛行機械は映っていなかった。
恐るべき魔力捕捉不能性だ。
距離的には肉眼でもぎりぎり視認可能であるが、リュミエラは動体視力こそ凄まじいものの遠視はそこまででもないため、この距離から補助無しの狙撃は難しい。
「むむむ」
「ドラゴンだけ撃ち落すか?」
「ダメっしょ、それこそ取り逃げされるんじゃない」
「ならどうする、盲撃ちというわけにもいかんだろ」
「…………そうねえ、っとバスチアンさん、あれの性能を見て、それから考えるわ」
リュミエラが戦闘空域を指差した。
シャドウ・ドラゴンが煙を吐き、エリクの砲弾が飛び交う中を八、いや九台の黒褐色の飛行存在が舞っている。
錬度はかなり高いようで、回避の手際などは見事なものだ。
一方、ドラゴン用に物理武器を使用しているせいか、あるいは単に飛行制御にリソースを取られすぎているのか攻撃能力はさほどでもないと見えた。
ロケット砲らしきものがときおりドラゴンに着弾しているが、あまり動きが鈍る様子はない。
リュミエラとバスチアンが注視しているのは、編隊から離脱したとある一台だ。
「窓が無いように見えるが、どうやって制御しているのやら。
全て魔力視界で済ませているにしては挙動が生物的であるし」
「音よりは遅いかな」
迫りくる飛行機械のエンジン音が響く。
狩人たる二人は、挙動から敵の移動能力を大体割り出した。
余力はあるだろうが、リュミエラにとって必要な情報は安定航行の速度のみなので問題無い。
彼女の遠距離攻撃は照準さえ合わせることができればほぼ回避不能だからだ。
と、飛行機械の下部ハッチが開き、尾翼のついた流線型の物体が投下された!
リュミエラは全く動じることなく、火を噴いて飛ぶ大型弾をじっと見つめている。
偽りの聖女による進路予測も良し。
このような場合、深く考えない方が良い結果が出ることを彼女は本能的に知っているのだ。
そして、不吉な薄緑に輝く細い光が迸った。ZAP!
ピンポイント迎撃を受けたロケット砲弾は即座に爆発、消滅!
直後に照射されたもう一回り広い光線は、空気中の不純物を焼き消しながら文字通り光速で飛行機械に到達する。
ZZZZZZZZZZ!
飛行機械の纏う装甲と防御膜が超高エネルギー体に抵抗し、奇怪な音とスパークが発生するも無駄な抵抗だ。
光は機体を貫通し、クリスタルエンジンの片方と駆動中枢を機能停止させたのち宇宙へと消えてゆく。
機体の方も動脈血めいて煙を吐き、片輪ジェット噴射できりもみ回転しながら墜落してバラバラに砕け散った。
「うん、思ったほどではないわね」
軽口を叩くリュミエラだが、纏う雰囲気は決して軽くない。
敵が予想よりも頑丈であったのだ。
いつの間にかリュミエラの周囲は岩に覆われている。
彼女の発するバックファイアじみた反動排熱から周囲、特にエネルギー供給源となる放物面反射器を守るためバスチアンの展開した地元素壁だ。
壁はゆっくりと熱で崩れ、リュミエラの周り十数フィートを発生源とする有害な鉱物蒸気があたりに広がる。
一通りの排熱終了を確認したバスチアンは風を起こして熱と毒を吹き飛ばした。
「消費は今のでどの程度だ?」
「それなりかな、単独で連射するのは難しいけど反射器があればすぐチャージできる程度。
ただやっぱ過充填すると排熱に問題が……ってバスチアンさん、どこ見てるのよ。
あたしの裸やシャドウ・ドラゴンより気になるものがあるわけ」
「ああ、さっきあんたが墜とした奴を回収しねえとな、と。
どこの所属かわからんが興味深い。いや、すまん、今やるべきことじゃないわな。
んでどうすんだ、遠見が効かないのはきつすぎる」
「映像が取れない以上ここからできることってあんまり無いし、移動するしかないのは確かなんだけど。
よし、体温調整完了。反射器ずらしてもらえるかな、あと服とマントお願い」
ガコン、キリキリキリ。
二人の背後で駆動音がし、巨大な皿が太陽から顔を背けた。
エネルギー補充を中断したリュミエラが漏れる力を飲み込んで体温を落とす。
狂戦士と呼ばれがちなリュミエラとて知的生物であり、女性だ。
流石に全裸で動き回る気にはならない。
バスチアンに投げ渡された赤黒いフードマントを羽織り、いつも通りのシンプルな耐熱革服を着込んだリュミエラが攻撃的に笑う。
「楽しそうだな、あとそれ以上近寄るなよ、髭が焦げる。
俺はエリク氏の方に行くぜ、あっちも戦闘中らしい」
大型ドワーフ銃と無反動砲を背負い、色付きのゴーグルヘルムを被って山道用の歩行機械に跨るバスチアンが顔を顰めて手をひらひらと振った。
鍛冶蟲族の皮膚をもってしても気合を入れたリュミエラの体温は高すぎるのだ。
歩行機械が唸りをあげて駆動した。
「はいはい……気をつけてね、隊長はあれで“勇者”だからさ、それと戦う敵もすごく強いってこと」
「なあに、ドラゴンほどじゃあんめえ」
「そうかもね、また後で」
「ああ」
言うが早いか、リュミエラはスパイクブーツで力強く地を蹴り、跳んだ。
竜爪剣の左腕と竜牙剣を握る右腕が彼女の稚拙な外向き魔力回路を補助して風元素に変換し、制御する。
分厚いラヴァ・ワーム革のフードマントが大きくはためいて風を掴む。
PAW! PAW! PAW!
繰り返される軽い破裂音は、風元素の塊を踏み込んで加速しているためだ。
大型放物面反射器により全身に光熱を溜め込んだからこそのパワフルな挙動。空を翔る輝く風!
地上では、暴れ馬じみた改造歩行機械を駆るバスチアンが隣の山へと疾走していた。




