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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第三章 ドラゴン・スピリット
30/101

27話 『虚無感』

「よし、四匹目」


 粉砕された黒褐色飛行機械の破片が降り注ぐ。

サンカントは悠々と着地した。一応のノルマ達成だ。

素手破壊の必要経費として受けた傷を、ジョゼの操る聖光触手が修復してゆく。

二人はひとまず安堵した。

だが、聖堂騎士団工作部副隊長であるマリエットだけは厳しい顔で戦闘空域を眺めていた。

エリクの支援砲撃が止んでいる。弾切れにはまだ速いはずなのだ。

いや、それよりも。


「……まずい、持って行かれる」


「なんですって」


 マリエットの視線の先では、シャドウ・ドラゴンが妙な行動を取り始めている。

思えば、少し前から吐息(ブレス)も吐いていなかった。

よくよく見ると、戦闘飛行機械がキラキラとした薄い煙を吐いている。

催眠音波とクリスタル粉末による幻惑を組み合わせて魔物に暗示をかける技が、シュバルド王国の一部に伝わっているとは聞く。

聞くが、それが若いとはいえドラゴンにまで通じるとはマリエットやエリクといえども予想外で、すっぽりと抜け落ちていたのだ。

そもそもこの横槍自体が複数ルートでの情報確認をすり抜けた上の不意討ちのため、考慮云々は関係ないといえばないが。

なんにしろ、危機的状況であることに変わりはない。

エリクにもバスチアンにも通信は届かず、判断基準は己しか残されていない。彼らは無事か?

マリエットの思考が様々な未来予測をシミュレートし高速回転する。

しかし、結論は最適化されない。追撃すべきか否かすら。


「大丈夫だ」


 その時、サンカントが力強く発語した。

金色の禍々しい虹彩が絞られ、マリエットとは逆方向の空を遠見する。

到底、今の状況に似つかわしくない穏やかな表情だ。


「リュミエラさんが来てる。光ってる。だからドラゴンは心配ねえ」


「……そう」


「私達も近づいておきましょうか、巻き込まれない範囲で」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 トン、トトン、トン、トン、トトン、トン。

風元素が振動し、空気が爆ぜる小さな音が響く。

空中に留まったリュミエラは陽光を身体に受けつつ、じっと戦闘空域を窺っていた。

エリクとツチヤ、そしてバスチアン謹製の放物面反射器を使用してエネルギーを過充填したリュミエラは、文字通り光の化身だ。

しかし、その力は決して無限ではない。

今にも溢れ出さんとする力を注意深く制御し、解き放つべき瞬間を見定める必要がある。

それにしても、ずいぶんと面倒な事態になったようだ。

前方でシャドウ・ドラゴンと戦闘飛行機械隊がドッグファイトを繰り広げ、後では隊長こと“勇者”エリクと戦う不明な襲撃者。

と、飛行機械が一機離脱した。いや、離脱ではない。

よく見れば槍が刺さって煙を噴いており、機体から細い光の線が地上へと伸びている。

サンカント達が地上から飛行機械を襲い、引き摺り下ろしているのだ。

見事なものだ、リュミエラは心底そう思った。

あれほどに上手く投槍を操るのは、投擲が得意でない彼女には不可能だ。

どちらにせよ、地上の仲間達が飛行機械を倒してくれるならばだいぶ楽になる。

エリクの方に関しては、リュミエラにできることは無い。

ドラゴンのように相性が強く出る特殊な敵を相手どる場合を除けばエリクはリュミエラよりも強いし、今は時間もエネルギーも足りぬ。

彼女は再度戦闘空域に集中した。

まだだ、まだ早い。動く時は、確実に殺す時。

飛行機械が一匹ずつ落とされてゆく。

良い草の槍の伝説の如し。


「……あれ?」


 しばらく監視していたリュミエラが不思議そうに呟いた。

突然にドラゴンの動きが変わったのだ。

リュミエラは不快と引っかかり、そして奇妙な身の危険を感じた。

右腕で掴んでいる竜牙剣(ドラゴンキラー)、そして左腕の骨がアラートを発している。

若いドラゴンのか細い悲鳴。

何かがおかしい。

残り四機となっていた飛行機械隊が、今更逃げようとでもいうのか反転し、シャドウ・ドラゴンがそれに続いた。

追おうとしているのか? 違う。あれは間違いなく追従だ。

理屈はわからないが、飛行機械隊か、あるいは隠れている何者かがドラゴンの精神を押さえたのだろう。

リュミエラの精神にのみ響く、助けを請うかのような悲鳴が大きくなる。

発情した愛玩動物か、あるいは疳の虫じみたそれは極めて不愉快だ。


(今更、敵に救援要請とは身勝手な事)


 力の抑制を解いたリュミエラが、大気を力強く蹴った。

悲鳴の主を助ける? 馬鹿な、彼女は狩人だ。

では何を? もちろん、狩る。

所詮、背中を見せた獲物にすぎない。

サンカント達の攻撃が止んだのも、ドラゴンの挙動変化対策のせいであることはまず間違いなかろう。

……だが、リュミエラなら動ける。

全力を出すなら今。今が、その時だ。


「……殺す」


 落下の勢いをも乗せ、一直線に青白い鱗を目指し飛ぶ。

シャドウ・ドラゴン特有の面倒な影の防御膜は、今までの戦いでほぼ解除されている。

狩るだけならばその場、いや山の上から偽りの(False)聖女(Saint)で狙撃しても余裕で可能だろう。

しかし、今は事情が異なる。

リュミエラはちゃんと隊長エリクからの最終指令を覚えていた。


((焼き尽くしてでも、敵に素材を渡すな))


 更に加速。

白熱して輝くリュミエラの身体は、大気との摩擦で更に熱量が増加する。光が尾を引いている。

内と外からの膨大な熱を受け、煮えたマグマにも耐えるラヴァ・ワームの革服が劣化してゆく。

勿体無いが、そんな事を気にしてはいられない。

ドラゴンと戦闘飛行機械がようやく異常を察知した。

ドラゴンがその白い頭をリュミエラの方に向けるが、あまりにも遅い、遅すぎる。

若年じみたゆるいカーブの顎、細く長い牙、濁った赤い瞳。

なんと弱々しい表情なのだろうか?

古代レッド・ドラゴン“大牙”のオーラ紋が弱敵を伝えてくる。

“私”の足元にも及ばない、と。

シャドウ・ドラゴンは弱々しく吼えようとした。

遅い。


「GRR――AAUGHHH?!」


 SLASH!!

抜けるように青い空から降り注ぐ陽光の中、なお明るく見える一閃!

灼熱をオーバーチャージし、音を超えて振りぬかれた竜牙剣(ドラゴンキラー)が、シャドウ・ドラゴンの胸部、痛んだ青白い鱗を袈裟に切り裂いた。

長さ十数フィートにわたる熱く厚く深い、骨をも砕いた傷口から噴き出す黒煙と猛烈な臭気が辺りに立ち込める。

それはシャドウ・ドラゴン特有の煙の防御膜ではなく、燃え上がる血と肉によるものだ!

予想を遥かに上回る損傷にドラゴンがのたくる。警戒する飛行機械隊が距離を開けた。

リュミエラはそれらにかまわず、魔力毒滴る傷口に取り付いた。

巨大な光量が漏れ出す毒を焼失させ、ドラゴンの魂をも苛む。

精神の悲鳴が反響している。

まだだ、まだもう少し。

過熱により明るい紅色に輝く左腕が、焦げた肉に突き刺さる。

メリメリ、ザクザク。

傷口を押し開き、抉り、リュミエラは強引にドラゴンの体内に侵入した。

もう、吐息(ブレス)も防御膜も届かない。

ドラゴンの血肉が沸騰し、泡立っている。

リュミエラはなんともいえない浮揚感と、衝撃音を身体で感じた。

幼い精神の悲鳴も止んだ。

深い傷によりドラゴンの催眠暗示が解け、地に堕ちたのだ。

しかし、まだ殺したわけではない。動いて、生きている。

リュミエラは赤黒く脈動する生臭い世界を這うように掘り進む。

白熱した桃色の“爪”と“牙”で骨を割り、肉と脂と臓腑を焼き、裂き、耕す。

体内を荒らすことしばし、彼女はようやく目的のものを発見した。

焼け爛れてなお力強く鼓動を響かせるドラゴンの魔力心臓だ。

隣には青白く分厚いブレス袋。


「じゃ、解放してあげる」


 奇妙に優しく呟いたリュミエラは、ここに来るまで彼女自身が発してきた過剰な光熱と、浴びたドラゴンの毒によりボロボロになったフードマントを脱ぎ捨てた。

偽りの(False)聖女(Saint)、全力発動。

ZZZZZZZZZZZZAP!

明るい闇が広がる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「うおおああああああ! 目が! 目が見えねえ!」


「すぐ治癒しますから大人しくしておきなさい、サンカント」


「ぐぬぬ……」


 サンカントがバイザーを押さえて転げ回る。

色眼鏡を過信していた彼の自業自得だ。

なおマリエットは前兆を察して後を向いて臥せ、ジョゼは光を捻じ曲げる防御膜を展開して涼しい顔をしている。

陽光を限界まで溜め込んだリュミエラの解き放ったエネルギーは、シャドウ・ドラゴンを体内から焼却殺害。

溢れ出した光は逃走する四機の戦闘飛行機械のうち一機を墜落させ、周囲を燃やし、ついでにサンカントの色眼鏡バイザーを貫通して一時的に失明させた。


「これなら、もっと積極的に飛行機械を墜としにいっても良かったかもしれませんわね。

結果論ですけど……と、ほらサンカント、これで良いですか?」


「あ、見えるようになった……ありがと、ってうげえ……」


「うむ、結果的に解決したとはいえ、これは酷い。

あああ、私が報告書を書くのか」


 生き残った飛行機械は恐らく三機、全て飛び去っていってしまった。

鹵獲できるほど弱敵でなかったとはいえ、シャドウ・ドラゴンと天秤にかけたのは失策と言わざるをえまい。

通信機を起動したマリエットは、隊長であるエリクにまず繋ごうとしたが反応がなかったために、フォルティ砦の聖堂騎士団工作員に連絡を入れた。

研究対象となる予定である飛行機械の残骸回収を手配させるためだ。

首都ルクスから往復させるよりも安く上がる。

一通りの必要事項を伝え終えたマリエットは電源を切ると、サンカントとジョゼを追って本来の仕事、つまりシャドウ・ドラゴンの死体の処理へと向かった。

周囲は飛行機械隊との戦闘とドラゴンの地獄の吐息(ブレス)、そしてリュミエラのニュークリアじみた熱線により酷い有様だ。

……そして、焼け焦げた岩や鱗、炭と化したドラゴンの肉と骨の中心部には。


「熱っ! なんだこれ、ドラゴン殆ど燃え尽きてんじゃん、え、あ、あああリュミエラさん?!」


「落ち着きなさい、ちゃんと生きてますわ」


「あ、ならいいや、ちげえ、いやそうじゃねえって、その」


 禍々しい三角形の竜牙剣(ドラゴンキラー)を地面に突き刺し、寄りかかって休んでいたリュミエラがゆっくりと顔を上げる。

過剰な力の充填と開放でぐったりとしてはいるが、ドラゴンの毒でシルバーブロンドがいくらか劣化し千切れていたり、肌が多少擦れている以外に外傷はない。

リュミエラは大儀そうに喋り始めた。ほぼ全裸で。


「あ゛ー……本当、疲れた。任務完了。

でさ、隊長の方はどうなってんの、副隊長にジョゼさん。

それとサンカントは目を逸らす気使いする余裕があんなら、ジャケットと肩、貸しなさい」


「ご、ごめんよ、でも熱くて焦げ、あれ? 普通だ」


「パワー残り少ないからね、あんがと、へっへ、いい子。

……や、ダメだこれ、あんたのじゃ長さ足んない。

まあいいわ、山の方に着替えあるし」


「むー、これでも俺、ゴブリンとしては巨体なんだけどな?」


 そうこうしているうちに、ジョゼは光の粒子を操ってシャドウ・ドラゴンの残骸をかき集めていた。

砕けた鱗や炭化した肉と骨がオーラを失い、消失しつつある。

無事なのはいくらかの牙と爪、そして鱗、最後に装飾品などに良い指の骨。

一匹丸ごと仕留めたにしては悲しいほどに少ない。


「喉の大鱗も、ブレス袋も、心の臓の血も、頭蓋も、目玉も、クリスタルもないですわ。

革もほとんどダメ、予定の四分の一ほどしか」


「ぎりぎりで赤字は回避、といったところですかジョゼ様。

うむ、今年もうちの台所は厳しいままだな」


「はあ、まあ、でも完全に無駄足じゃなかったしさ。お金にならないのは辛いけど。

それと、ドラゴン君を焼き尽くしたのは隊長の命令だからこっちに振られても泣くわよ。

ところであたしが着られる一番安い服、ラヴァ・ワームの革なんだけど経費で落ちる?」


「なんかもう色々疲れたぜ、あとリュミエラさん髪触るのやめてよ、今は……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 山道用歩行機械(改造型)を操るバスチアンが到着した時、そこは惨憺たる有様であった。

砲台はそのほとんどが破壊され、地は盛り上がり焼け崩れている。

標高も少々縮んでしまったのではないだろうか?

砂塵の中、動くものはない。


火薬武器の出す馴染み深い臭いと、何らかの魔力物質の残滓による異臭が漂う。

彼は呆然として呟いた。


「最短で裏から登ってみりゃあ、なんつうこった」


 ……と、地面が僅かに揺れた。

バスチアンの鋭敏な髭が地元素の動きを感知する。

焦げた土がひび割れ、跳ね飛ばされ、薄汚れた人影が現れた。

土まみれ、焼け焦げだらけの半裸の男が咳き込む。

バスチアンは慎重に音、光、魔力による索敵を行った後、四角いシルエットの身体をゆらして駆け寄った。

歩行機械はいつでも動ける位置に待機させてある。

どうやら無事であるらしい男……聖堂騎士団工作部隊長“勇者”エリクが振り向く。


「む、バスチアンじゃないか。そっちのほうはもう良いのか?」


「ああ隊長、リュミエラ氏はドラゴンの方へ向かったが、どうやら成功したようだ。

飛行機械の姿も見えんし……それにしても“勇者”ってのはすげえな、その風体で普通に生きてやがるのかよ」


「取り逃げを阻止してドラゴンも殺したならまあ、最低限とはいえ作戦成功か。

……一応言っておくが無事ではないぞ、ふらふらだ、実際危なかった。

こいつが僕以外のところに行っていたら、死人が出ていたかもしれん」


 焦げと土を払い落とし、地元素を操作して局部を覆うことでどうやら見られる姿となったエリクが、足元の物体を掴み上げた。

半ば灰となった白いものは子供の髑髏、黒い骨のような金属質の何かは不気味なガントレットだ。

バスチアンが興味深そうにそれらを覗き込む。


「なんだそりゃ」


「敵の残骸さ、シュバルドの大悪魔(アーチデーモン)だ、恐ろしい奴だった。

軍人ではないと自称してはいたが、詳細は不明」


「悪魔(デーモン)だと? 俺はそう詳しくねえが、確か奴らの仮想肉体を殺したら核(コア)のクリスタルが残るだろう隊長。

逃げられたか、それとも焼けて割れたか? まあ、特に魔力も感じんが」


「……あれでまだ死んでないとは思いたくないが、どうだろうな。

どちらにせよ今は保留だ、合流と後始末をしなくては、ああしまった、通信機が壊されていたんだ。

はあ、砲台も殆ど生きてない、手間が省けたというべきかカネを削られたというべきか」


「金にならん戦いっつうのはよ、空しいもんだな“勇者”様」


「全面的に同意するね」


 肩を落とした二人の男が、どちらからともなく焼け焦げた地面に座り込み、空を見上げる。

ドラゴンが死に、とりあえずの敵も消えた平和な青い空間だ。

風の音だけがやけに大きく聞こえた。

怪人図鑑そのじゅういち


〔垂直離着陸式戦闘飛行機械“プテロン・ソリオン”〕

元はシュバルド王国の戦闘飛行機械技術者による新型の垂直離着陸可能な戦闘飛行機械で、黒褐色の流線型甲冑じみたボディを持つ。

本来、訓練を受けたパイロットが操作するものであったが、ベルトランの改造により四肢を取り外したソリオンによるより精密な制御を行っている。

改良型クリスタルジェットエンジンによる長い航続距離を持ち機動力にも長けるが、最高速度はやや難有り。


・おおきさ

全幅35フィート、全長30フィート、自重2t。


・装備

シュバルド式機銃*2

成型炸薬型魔力誘導ロケット弾

(魔力遠見阻害・ソナー音波吸収ステルスコート)

クリスタル撹乱催眠音波発生装置

(電磁イオン防御膜)

なお、()内はベルトランの手による後付けのもの


・特殊魔法と能力

「燃料飛行」

「ソリオン視界リンク」



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