21話 『Convalescent』
「本っ当に、全く理解できませんわこの事象、どういうことなのかしら。
なんにしろリュミエラ、力及ばず申し訳ありませんね……なんで?
連日のパレードで確かに少し疲れてますが、その程度で私の力は衰えやしない。
今日失った腕の一本ぐらいは簡単に生やせるはずなのですが」
「いや十分よジョゼさん、糞忙しい中ありがと。
うーん、考えられる可能性はあのガラクタがあたしの腕を持って逃げたから?
それとも、竜爪剣が悪いの?
あるいは…………ダメね、やっぱ意味不明だわ」
珍しく困惑を隠そうともしないジョゼが自分の生成する光の粒子“聖光”と、白い壁にだらりともたれかかったリュミエラの身体を交互に見る。
横にベッドや椅子があるにもかかわらずリュミエラが床に座っていたのは、怪我と疲れにより体温調節がうまく効いていなかったからだ。
彼女が精神状態の安定していない時に布製品を使うのは危険なのである。
なお、エリクやサンカントをはじめとした部隊の他の面々はいまだ仕事中で、工作部の建物には戻っていない。
今頃は他の聖堂騎士団員や夜警と共に夜の街を駆け回り、祭りの終了で緩んだ人々を狙う連中の処理、あるいは車や乗用動物の違法運転に対する検問などを行っている事だろう。
ともかく、倉庫街での戦いにより重傷を負って聖堂騎士団工作部の休憩室に移送されたリュミエラは、魔力操作の基本である手当てで痛みを和らげたり、事務員に淹れてもらった温かいお茶を啜ったり、血混じりの体液を吐いたりしながら待機していた。
回復したのは、空き時間を利用して工作部に立ち寄ってくれたジョゼのおかげだ。
実際のところカピテーヌは強敵であり、リュミエラが今ここに居るのも持ち前の悪運と出血がすぐに止まる体質の影響が多分にある。
遠距離攻撃手段を一通り使い終え、近接戦闘に移行した一人と一体はほぼ互角であった。
リュミエラの竜牙剣とカピテーヌの右腕竜爪剣の比較だけならば、圧倒的に竜牙剣が有利だ。
ただしカピテーヌの方がかなり体重が重く、何より四元素による補助がある。
結果だけ言うなら、勝負は相討ちで幕を閉じた。
消耗戦の末カメラアイのロックを外した一瞬の隙に叩き込まれたリュミエラの竜牙剣は、外部ジェネレータと竜爪剣を内蔵した右腕、そして右脚をまとめて切断した。
通常なら決着だ。
だが、複合的な制御システムで損壊の影響を軽減する機巧の身体を持つカピテーヌは、勝ちを確信して残心を僅かに怠ったリュミエラに体勢を崩しつつも必殺の一撃を放つ。
最後の最後まで取っておいた奥の手、左腕内蔵マジカルキャノン!
純粋魔力の破壊光線はリュミエラの光熱免疫を突破して左腕を捥ぎ取り、余波はラヴァ・ワーム革製の強力なフードマントや白く滑らかな脇腹をも一部引き裂いた。
互いに重傷で後一発何か入れれば終わる、そんな状況。
仮にこのまま睨み合いが続いたならば両方死んでいたであろう。
しかし、運命は生存を選んだ。
エリクとサンカントの接近を機械的感知で認識したカピテーヌが、残るエネルギーを腰と左足のジェットパックに注ぎ込み全力で逃げたのだ。
完全な痛み分け、いや修復に必要な費用や竜爪剣を取り戻した分を考慮すれば若干リュミエラの勝ち。
……しかし、ここに来て関係者のいずれにとっても予想外の事象が発生していた。
「というか、ちゃんと機能するんですの? それ。
確かにそういった事例も悪魔契約者や魔法生物、生きている武器なんかでは、いくつか報告されてはいるんですが……」
これで何度目になるやら、繰り返し疑問を呟くジョゼの指がリュミエラの左肩から腕にかけてを撫で回した。
もっとも、それを“腕”と呼ぶべきものかどうかは大変デリケートな問題であろう。
骨はある。
筋もある。
関節もある。
指もあり、爪もある。
だが、それだけだ。
肩から二の腕、下膊にかけてのラインは太くこそなっていないものの、骨と筋が目立つ戦闘的フォルムであり肘などは触れただけで切れそうだ。
肌は滑らかな真紅の鱗に隙間なく覆われており、ある種の強烈な色気と禍々しさを併せ持つ。
手に至っては、猛禽類のように対向した四本の指全てから長さ三インチ近はあろう桜色の鉤爪が生えている。
とはいえ肉体改造を行ったわけではない。
治癒の“聖光”を浴びた際、リュミエラの左腕が足元にあった竜爪剣の刀身を引き寄せ、巻き込むように融合してしまったのだ。
無論ジョゼは慌てて腕への治癒を中断したのだが、変化はそのまま進んで今に至る。
「一応物も持てるし、元とそんなに変わらず動かせるわよ。
しっかし爪切りとかどうすればいいのかしら?
結構気を使ってる方なのよ、あたし」
シャキン! シャキン!
リュミエラが調子を確かめるように左手を握ったり開いたりするたび、まるで鋏のような音が休憩室に響く。
しばらく後、リュミエラは器用にコップをつまみあげて温くなってしまった茶を飲み干した。
ジョゼの手による肉体の修復は、本意でない変異を起こした左腕を除けば体内まで終わっており、一気に嚥下しても吐くことはない。
「ねえリュミエラ、アルマイトのコップに切れ込みが入ってますわ」
「…………ま、まあ、まだ生えたばっかりだし、やっぱ違和感と力加減が、さ。
だけど、こんぐらいは操作できるから」
言いつつ、リュミエラが鉤爪を煌かせる。
空の軽金属製コップは一瞬で輪切りになって宙を舞い、輪投げじみて鉤爪に引っかかった。
見るからに危険人物、といったアクションを見たジョゼがくすくす笑う。
「腕にも武器所持認可証タグが必要そうですわね、それと四本の鞘も」
「え……面倒……」
「冗談ですわ。
さて、着替えて会食に行かなきゃなりませんしまた明日……は無理ですね、多分十日後ぐらいに。
あっと、いくら私の治癒でも活力の備蓄量までは戻せませんから、報告書いたらちゃんと食事して寝なさいな」
「あいお疲れ様です、じゃないわね、はあ、あたしも報告書……報告……」
そうして、ジョゼは慌しく休憩室から出て行った。
部屋の隅ではリュミエラと別の現場で負傷して寝込み、ついでに治癒された別の隊員が既にいびきをかいている。
新しい腕の鉤爪に注意しながら床を軽く掃除し、コップの破片と汚れた金だらいを片付けて顔を洗ったリュミエラは、怪我とは全く関係ない厄介な仕事を片付けるため休憩室に一つだけ置いてある事務机に向かって唸りはじめた。
ジョゼの力で怪我が治ったところで、疲れて眠くて空腹であるのはどうしようもない。
しかし件の報告書を後回しにすることは不可能だ。
今食事を摂って寝たならば、リュミエラは書くべきことを何割か忘れてしまうだろう。
それは許されない。
なにしろ、事件発生から戦闘までの流れを細かく知っているのは彼女一人なのだ。
左手が事務作業に適さなくなってしまった事に難儀しつつもペンを握った彼女は、記憶を手繰りながら上質紙に蚯蚓を走らせ始めた。
なお、“光の祭典”はベルトラン一派の襲撃があったにもかかわらず死者百人ほどであり、例年と変わらなかった。
警備を増強した価値は大きかったということだろう。
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リュミエラは相当に長ったらしくなってしまった報告書を、夜明け前に戻ってきたサンカントの手を借りてどうにか仕上げた。
問題はその後だ。
怪人でない怪人、つまり生体パーツほぼゼロの知的存在であるカピテーヌの件で、リュミエラは神殿付属研究所にまるまる三日間缶詰にされるはめになったのである。
ただし、長くかかった原因は研究員たちの知的探究心ではなく、リュミエラがもたらした情報の影響が大きい。
研究員たちは最初、遠隔操作タイプの無人兵器なら既知であるし対応策も豊富だと言って取り合わなかった。
だが、リュミエラが反応速度について話し始めると対応は一変する。
遠隔操作兵器は通信環境による信頼性の変動に加えて、手動操作であるがゆえ挙動や判断にそれなりのタイムラグが存在するものだ。
カピテーヌにはそれが無い。
ルクスコリといえども珍しい、生身で音の速度を超えられるリュミエラだからこそ一発で判った事だ。
そんなこんなで、彼女は病み上がりのまま延々と頭を使い続け、体力はともかく精神が完全にダウンしてしまったのだった。
そして数日後、首都ルクス郊外にある安価な貸家にて。
「なあリュミエラさん」
「どしたのサンカント、あんたの部屋は一階でしょ?
それと、人のベッドによっかかんないで。
あんたの体重で枠が歪みそうじゃないの、っと」
「うう、でも俺はリュミエラさんみたいにペヨーテや樹脂葉巻食って床や壁を燃やしたりとかしないぜ」
「だーかーらー熱くなるのは体質で、あー……そうよね、その鉛みたいな重さも体質よね……」
「うん」
「ま、どっちでもいいけど、あたしはもう何日か寝たいの」
薄暗い個室に押し入ってきたサンカントに軽く一撃入れたリュミエラは、耐熱毛布のなかに潜り込んだ。
慣れない事務やらミーティングやらが連続して疲れていたことは事実。
理由不明のまま異形化した左腕に多少の不安を感じているのもまた事実だ。
だが、リュミエラがやる気なくだれている理由は上の二つではない。
彼女はあの事件からずっと“ガラクタ”つまりカピテーヌについて考えていた。
戦闘はとても楽しかった。
左腕を捥ぎ取られたことも、はっきり言って気にはしていない。
既に済んだ事であるし、ファルギではもっと酷い怪我をしたこともある。
竜爪剣を取り戻せたのも実に僥倖だ。
しかし、敵をまたもや破壊し損ねたことが、リュミエラの心に深く楔を打ち込んでいる。
彼女は基本、楽天的な気分屋ではあるものの戦いに関しては非常に執念深くプライドもそれなりに高い。
同じ相手を、しかも自分とさほど能力が変わらない相手を取り逃がすなど許容できる事ではなかった。
心中にはカピテーヌを追い詰めて破壊するための計画と、負の感情が渦巻いている。
「……リュミエラさん、やっぱ腕の」
「や、左手は割とどうでもいいわ、そりゃまったく疑問が無いかって言われたら嘘だけどさ。
前も言ったと思うけどね、これ普通に手として使えるもの。
あたしは元々普通の人を抱く事なんて出来ないから、貰い手がなくなるーとかも腕と関係ないし。
……じゃなくてあれよ、あいつ、あのガラクタが生きてんのが許せない。
いや、生き物ではないんだから生きてはないのかしら?
あー、難しいこと考えたらまた眠く」
「でも、ずっと寝てたら干からびちゃうよ」
「なによサンカント、あたしは」
「なー……」
「んー?」
何とも彼らしくない穏やかな表情を浮かべたサンカントがベッドにこてん、と頭を乗せる。
もっともこのゴブリン怪人は頭部重量ですら百ポンド近くあるため、その程度のアクションでも戦闘体勢でないかぎりスプリングが沈み込みギシギシ音がするのだが。
とはいえ、そこで弟分の頭をベッドから蹴り出すほど無粋ではない。
リュミエラはかなりの時間を一フィート先にある金と黒の瞳を眺めることに費やしたが、最後にはゆっくりと伸びをして起き上がった。
怪人図鑑そのきゅう
〔勇者試験体三十番『トランティエム』〕
形質学者ベルトランの非人道改造により新たな記憶と強靭な肉体を得たドワーフ。
茶色い縮れ髭の冴えない男で、容易に人ごみに溶け込める。
戦闘能力は高くないが、刻まれた勇者コードによりコウモリじみた音の視界を持っている裏方向きの怪人だ。
神殿付属研究所の極秘資料を狙い“光の祭典”開催中の首都ルクスへ相棒と共に潜入したが、エリクの運転する改造クリスタル燃料車に轢かれ行動不能となった。
・おおきさ
5フィート2インチ、165ポンド。
・装備
ドワーフ拳銃“ハンドベルガー”量産型*2
耐元素インナー
色付きゴーグル
・特殊魔法と能力
「反響定位」
「ベルトラン怪人基本セット」
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ジョゼは時々芸能人的な仕事が入るため、他の連中と労働時間が違います。




