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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第二章 上光と情報
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19話 『光の祭典にて』

 乾いた練武場に、訓練用剣が打ち合う鈍い音が連続で響く。

一流の戦士ならばまあ認識できる、といった次元の速度で行われる剣の型は両者共に聖堂騎士団式だ。

カーキ色の風と赤色の風は見事な体捌きで次々と体勢を入れ替え、それぞれに鋭い攻撃と防御を繰り返している。

ややカーキ色が優勢だがそれほど極端な差ではなく、勝負として成り立っている範疇といえよう。

しばらく後。


「う、おあ、げえ……ゴボ……ゴボボ……ぁ…………っはあー!!

やっぱ隊長強いわあ、剣じゃどうにも、あいたた……」


 左腕が妙な方向に曲がり、腹や脚に傷を作ったリュミエラがマグマじみた高熱の吐瀉物を吐いて大の字に倒れ伏す。

ぶすぶす煙を上げて地面を僅かばかり溶解させた血混じりの胃液は、すぐに蒸発し燃え尽きた。

少し遅れて痛々しい身体に柔らかな聖なる光の粒子が巻き付く様に流れ込み、時計の逆回しのようにダメージを回復させてゆく。

“聖女”が持つ固有形質の一つである強力な治癒効果である。

聖堂騎士団工作部は、この超常能力の恩恵で無茶なトレーニングを可能としているのだ!

リュミエラは損傷を受けた肉体が高速修復する痛みと快感に身を震わせつつ、骨の調子を確かめてゆっくりと起き上がった。

損傷を与えた側のエリクも(と言っても対戦(それ)を望むのは基本的にリュミエラの側だ)決して無傷ではなく、体の各所に受けた打撲跡に聖光を浴びながら身体を解している。

この程度のダメージならば“勇者”の生命力ですぐに再生するはずだが、実戦以外で自己再生能力を使用する気はないようだ。

二人の治癒を行う“聖女”ジョゼが呆れたように肩をすくめた。

普段通りの光景なのだが、だからといってそうそう慣れるものでもない。


「訓練はそりゃ歓迎されるべきですが、エリクもリュミエラも防具をちゃんとつけてつけてやってほしいですわ。

私の治癒だって完全にノーコストなわけではありませんよ」


「隊長とやる時ならヘルムだけはつけてるじゃない、あたしだって死ぬのは嫌だし。

それに温かみよ温かみ、鉄と肉の触れ合いが生命を感じられるの」


「仕方ないだろジョゼ、防具を買い換えると経費がかかるんだ」


「いつもながら話が噛み合いませんわね……」


「ジョゼさん無駄だぜ、リュミエラさんは俺がファルギで最初に会った時からずっとこうだもん」


 唯一の観客であるサンカントが諦めたように首を振った。

リュミエラは身体を動かす事、特に戦いが大好きだ。

別に破滅願望があるということはなく、水晶集め(クリスタルハンター)の仕事中などは普通より用心深いぐらいだが、模擬戦やトレーニングとなると話は別である。

血と疲れを愛していると言ってもいいだろう。

理由は猛将であったロドリグの影響かもしれないし、凶悪な固有形質の影響で他者との通常の触れ合いが難しいためかもしれない。

とにかく、戦闘者としては優秀でも知的生物としてみると厄介な嗜好であるのは間違いないところだ。

実際、現れるだけでトレーニング量が倍近くなるとあっては、本部待機の工作部隊員達にとって恐怖の象徴のひとつとなるのは避けられまい。

エリクに限っては、副隊長マリエットと違うタイプの訓練相手としてリュミエラとサンカントを歓迎しているようだったが。


「え、戦闘ではない仕事?」


 フラスコの水で口を漱ぎさっぱりとしたリュミエラが、きょとんとしてエリクに顔を向けた。

サンカントはエリクの正気を確かめるかのように、瞳を隠すためのゴーグルをつけた頭でエリクとリュミエラを交互に見る。

一見酷いように見えるが、このメンバーの反応としては正しいものだ。

リュミエラは水晶集め(クリスタルハンター)業務を除けば、戦うことしかできない。

それは彼女自身をも含めたリュミエラを知るものの共通認識である。


「待ってくれ、なにも事務だとかジョゼの影武者だとかをやってくれ等と言うような複雑な事じゃない。

ただその……工作部から出すべき人員が不足していてだ、ほら、うちは小さい部署だろう。

にもかかわらずベルトラン案件のおかげで多少なりとも腕の立つ連中が各地に散って……」


「ああ、祭りの」


 雇われものの二人は納得して頷いた。

ルクス中央神殿主催の冬祭り、“光の祭典”は国内で一番有名なイベントだ。

神殿を中心にルクスの四分の一ほどを使用し三日かけて行われる大掛かりな祭りは、ただでさえ首都機能が一時停止するほどのものである。

さらに、ジョゼが“聖女”に覚醒して以降遠方からの参加者も増えており、恐らく今年度も同様と思われた。

人はいくらいても足りない。痛いほどわかる。

もっとも、それを歓迎するかといえば別の話だ。

恐らく一般参加したかったのであろうサンカントなどは口をへの字に曲げている。


「うーんー」


「仕方ないですね、隊長」


 消極的に頷いたリュミエラとサンカントは、いつの間にやら事務所から戻ってきていた副隊長マリエットから必要書類を受け取った。

その様子を見て、ジョゼがいつもの“聖女”の笑みを浮かべる。

ただし、彼女の笑みは決して機嫌のよさを意味しない。


「頼りにしてますわよ。

だけれど、警備の仕事なんて羨ましいこと。

私なんか三日間ずっと神官長やら議員連中やらとパレードですわ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ルクスコリ共和国首都ルクス、第三大通り。

この道はルクスコリで一番広いというわけでも、一番平均交通量が多いというわけでもないが、一番有名だ。

なにせ、ルクスコリの守護者である光神ソレイエルを祀る、ルクス中央神殿に直接通じているのだ。

首都ルクスに住んでいて第三大通りを通った事の無い住民はほとんど居ないだろう。

そんな第三大通りが、見渡す限りの人でごった返していた。

原因は当然、“光の祭典”である。

名物であるクリスタル動力と電力を併用した無数のイルミネーションこそ昼の今は見られないものの、道沿いには今が稼ぎ時とばかりに無数の屋台が並び、陽気な人々が踊り狂い、中央部では騎士団、軍、はたまた芸人や山車じみたオブジェなどが練り歩いている。

ジョゼも街のどこかで見世物としての仕事をしているだろう。

だが、それは表の部分だ。

祭りの規模が大きければ大きくなるほど、守らなくてはならない人々は当然に増加する。

……そして、問題が発生する数も。


「はい十二番問題なし、では十三番に……ん、違う? あら、マリエット副隊長どうされました」


「二番通りに怪人(ホシ)出現、幸い被害が発生する前にサンカントの共鳴により発見、急行した隊長による終了を確認。弱敵。

なお特別警戒は続行……うぬ、何だと? 続報だ、もう一匹居るらしい、首都に二匹同時は初だ、第八区封鎖開始!

祭典? この程度で中止はせぬ、どうせ何もなくとも死者は出るのだ……我々は正義である。

特Ⅲに移行せよ、持ち場から移動しての処理を許可する」 


「了解、警戒レベル上昇、連絡網に流します。

……もしもしこちら十二番、はい、それでは……」


 リュミエラは歯を軋らせつつ、次の戦闘警備員に通信を流した。

“光の祭典”三日目を迎え、彼女のストレスは限界値に近づいている。

次々と現れる迷子に、軽犯罪に、強盗に……そして、朝から深夜まで働く自分たちに対し、一日中遊んでいる市民共!

理性ではわかっている。これは仕事だ、給料の出る仕事なのだ。

しかし、それと感情は別問題である。

警備のため普段のラヴァ・ワーム革製の軽装の上にルクスコリ兵制服を着込んだリュミエラは、それをうっかり燃やさないようにするだけで精一杯だった。

だが、運命は、いやリュミエラの感覚器官は彼女を休ませてはくれない。


「ふあぁ、全く、一瞬も休めやし……え?!」


 欠伸をしながら事務的にあたりを警戒していたリュミエラの瞳が見開かれた。

不吉を感じさせる真っ黒な虹彩がぎょろぎょろ動く。

彼女は懐かしい、実に懐かしい雰囲気を感じ取っていた。

よく知るオーラ紋だ、近くでロドリグの、サン=ウラガン家のものと同型の竜爪剣(ドラゴンソード)が振られている。

同型の……つまり、同じ“大牙”の爪を使用した竜爪剣(ドラゴンソード)は他にも存在するが、そもそもこんなところで剣を抜いている時点で処理対象だ。

オーラ紋に少し遅れて、血と糞の臭い。

近くで、何人か死んだ。

更に、二筋の細い閃光が迸る。

派手に飾り付けられたパレード車の上で数人倒れた。

車から煙が上がり、ざわめきが広がる。

あれはどこの派閥の政治屋だったか? リュミエラでは、名前まではわからない。

警戒を強めつつ閃光の発生源へと視線を向けたリュミエラに、燃えるような赤毛と、認可タグの付いた竜歯剣(ドラゴンダガー)が映った。

服装こそ地味なコートを着込んでいるが、間違いない。

謎の水晶集め(クリスタルハンター)エイティーヌだ。

だが、あの時、トラントシエムにロケットランチャーを撃ち込んだエイティーヌからは、竜爪剣(ドラゴンソード)のオーラは全く感じられなかった。

瞳も、確かに正常であったはず。

何かを見落としているのだろうか?

ともかく、動く前に状況を伝えて騒ぎを広げないようにしなくてはならない。

それが仕事だからである。

リュミエラは通信機を再び掴んだ。


「…………ダメね。

……あ、こちら十二番、六区周辺の通行規制求む、はい、いえ、それはそちらの権限で、はい」


 ツー、ツー、ツー。

短い通話が切れる。

通信先は“光の祭典”運営チーム警備部の聖堂騎士団係だ。

副隊長マリエットには繋がらない。戦闘中であろう。

リュミエラは、エリクによって彼女専用に耐熱処理が施された通信機を制服の下にねじ込んだ。

近くで騒ぎを聞きつけたか、リュミエラを通した連絡が通ったかしたルクスコリ兵が次々とやってきている。

市民や死体については、彼らに任せておけばいいだろう。

オーラ紋が遠ざかってゆく。

追って処理しなければならない。

“光の祭典”戦闘警備員としても、“ファルギ村のリュミエラ”としても。

……もちろん、“勇者”に雇われたものとしても。

リュミエラはブーツのスパイクを展開し、電撃的な速度で人気の少ない路地へと飛び込んだ。

その瞳が、肌が偽りの(False)聖女(Saint)の影響で輝きはじめた。

熱気が立ち込めてルクスコリ兵士兜が融け崩れ、制服、黒いマント、大きな鞄が燃え上がる!

近くを通っていた数人の不幸な酔っ払いが、恐るべき人間光源を見て絶叫しながら逃げ出した。

だが、リュミエラの知った事ではない。

激しい炎は移動するごとに少しずつ剥がれ、包装紙の開封じみて本来の姿が露となってゆく。

輝く白い肌と髪、赤黒いマントにブーツ。

右手には太い三角形の“牙”、竜牙剣(ドラゴンキラー)


「死ね」


 数個の屋根を飛び移り、リュミエラは不確定名エイティーヌの背後を捉えた。

遊んでいる余裕はない。

左掌にエネルギーが集中する。

照準が這い回り、エイティーヌの背後を。

BOOM!

ZAP!


「う?」


 爆発と照射は、ほぼ同時だった。

リュミエラはエネルギー節約のため照射を中断、排熱しながら爆発に“牙”を叩き付けた。

その爆発は明らかに火元素の操作によるものだったからだ。

リュミエラ本人と“牙”の持つ免疫により火元素は消滅し、土埃が吹き散らされる。

しかし、そこには何も居らず、エイティーヌの竜歯剣(ドラゴンダガー)だけが落ちていた。

リュミエラは歯噛みした。

二つのオーラ紋を同時に追ったせいで、尻尾切りに気付かなかったのだ。

一兎をも得ず。

だが、運命はリュミエラを見捨ててはいない。

いまだ竜爪剣(ドラゴンソード)のオーラは感じられる。

リュミエラは敵性存在の追跡開始をマリエットに伝えると(今度は繋がった。どうやら先の無視も戦闘中ではなかったようだ)、再び先を急いだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 首都ルクス第九地区、倉庫街。

昼過ぎだというのに人は僅かな民間警備兵を除いて全く居ない。

それも当然で、ここは“光の祭典”に使用しない区画なのだ。

整然と並んだうちの一つ、やや古びて見張りすら無い倉庫の屋根が、轟音とともに破られた。

勢いよく屋根の穴から飛び降りてきたそれが、悠然と辺りを見回す。


「空き倉庫、ありがちねえ? カーッ!」


 飛び込んできたのは、もちろん怒れるリュミエラだ!

白熱した身体から四方八方に収束光線が照射された。

ZZZZAAAP!

積んであったコンテナが次々と煙を噴く。

リュミエラは近くにあった一つを力を注いだ“牙”で横殴りに叩き壊した。

中身は、熱線で損壊した黒い甲冑だ。

一応、当たりである。

僅かに顔を緩ませたリュミエラはそのまま全てのコンテナを破壊し、休眠中のソリオン達を闇に葬った。

とはいえメインターゲットはソリオンなどではない。

リュミエラはじっと“そいつ”としか言い様がない、倉庫の隅に居る何かを見つめた。

“そいつ”は表情を変えず、小口径だったとはいえ表面が少し融けただけで熱光線に耐えた妙なコンテナの横からリュミエラを見つめ返した。


「返しなさいよ、竜爪剣(ドラゴンソード)


「あら、何の話でしょうか?

にしても、こんなところで会うなんて奇遇な。

一ヶ月ぶりぐらいですかね、上級水晶集め(クリスタルハンター)のリュミエラさん。

今日はあのドワーフさんと一緒ではないのですね。

私エイティーヌも“光の祭典”に遊びに来たのです。

最終日にあんな騒ぎになっちゃって、ショックですよね?

慌てて逃げてしまいました」


「あんたが本当はなんて名前なのか知らないけどさ、中身、見えてるわよ。

……でも不思議ね? 怪人ともソリオンとも何か違うような」


 そう、“エイティーヌ”なのは上半身だけであった。

コートとその下の軽鎧は胴体半ばで焼け千切れて皮も肉も剥がれている。

痛々しいというよりもゾンビか何かのような派手な傷口から覗くのは、鏡のように光を反射するワイヤーじみた強化魔法銀(ミスリル)と思しき骨と筋。

リュミエラはその素材を観察し、やや顔をしかめた。

見覚えのある輝きからして、収束光線の通りが悪い可能性が高い。


「当然です。私は、怪人ではありません。

さて、あまり無駄話をする時間はないですね?

後でちょっと暴れて良いと博士に言われていたのに、残念です。

ソリオン達が全部壊れてしまいました。

……あなたの竜牙剣(ドラゴンキラー)で損失補填することにしましょう」


 KABOOOOM!

“そいつ”の横のコンテナが突然爆ぜた。

熱い金属片や“そいつ”が被っていた肉や皮が飛んでくるが、リュミエラはいくつかの破片を叩き落すのみで動かない。

戦闘者の本能が無防備に突っ込むのは危険と告げていたからだ。

チリチリチリ、ガシャン、カシャン。

煙の中から電子音と金属音がし、煙がはれてゆく。

コンテナ内の外部パーツを装着し、体高七フィートほどに変化した“そいつ”は確かに怪人ではなかった。

いや、生物ですらない!

リュミエラの感覚では、“そいつ”に生身と思われる部分は一オンスたりともなさそうに感じられた。

黒甲冑ソリオン達はもちろん、触手機械怪人サンキエム所長ですらも一応、肉の部分を認識できたというのに。

無表情にもかかわらず、神々しささえ感じる奇妙に整った顔と、恐らく金属繊維であろう文字通り金色の髪。

いずれも人工物である。

瞳は金と黒などではなく、薄赤く神秘的に光るカメラアイだ。

強化魔法銀(ミスリル)の細いボディを覆うのは、鏡のように磨き上げられた合金製の外部アーマー!

背面は、見るからに複数の機構が詰まっていそうな銀白色のバックパック。

アーマーの両腕両足には、短い翼状突起の付いたブースターのようなものが接続されていた。

そして、最も注目すべきはその右腕。

手甲を貫通し鋭く伸びるのは、薄紅色に発光する幅広の刃!

露骨なオーラ紋を放っているのだ、見間違えるはずもない。

あれこそまさにリュミエラが捜し求めた竜爪剣(ドラゴンソード)ではないか!

“そいつ”は歌うようなメカニカル音声でリュミエラを挑発した。


「……ソリオンコマンド改め、ドラゴン・ソリオンのカピテーヌです。

あなたの竜牙剣(ドラゴンキラー)は博士の重点対象となっています。

直ちに生命活動を停止して私に譲渡してください。

なお投降と転向は認められています」


「言う事はそれだけかしら、ガラクタ?

……リュミエラ・ド・サン=ウラガンの名において、あんたを廃棄するわ」


 言うが早いか、リュミエラは先ほど拾った竜歯剣(ドラゴンダガー)を投げ付けた。

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