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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第二章 上光と情報
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幕間01 『忠実なるはぐれ者』

 睡眠は生物的欲求であり、脳の休息であり、魂へのアクセス手段である。

古来より世界の知的存在は未知なる世界を夢に求めた。

現代では夢とは世界ではなく、魂と脳それぞれの記憶が触れ合う事により発生する魔力の流れであることが実証されている。

よって、脳を放棄し魂のみで思考する魔道士やアンデッド、あるいは魂を持たず脳や無機物記憶媒体でのみ思考する魔法生物等は夢を見ることはない。

そのはずだ。

しかし彼女は夢を見ていた。

紅い、紅い夕日。

広がる何も無い平地は、全てを喰らう勇者が魔王と戦った結果生まれたもの。

彼女は置いていかれたのだ。

それは原風景であり、今ではもう存在しない魂に刻まれていたはずのもの。

伝説の魔物デンキヤギの悪戯か、あるいは特殊バックアップを持つ高性能記憶媒体が共鳴しているからかもしれない。


(******! ******!)


(持っていないんだって)


(忌まわしい******)


(普通は持って***るのでは?)


(そのはずだ)


(暮らしていけないの)


(売ろう)


(****殺すべきだ)


(無理よ******)


(待っていなさい)


(誰もが*******)


(****も居ない)


(面白い****だ)


 場面が切り替わる。

十フィートはある勇ましい魔王と、モザイクじみた虹色のオーラを纏う勇者が睨み合う。

これは絵本だ。

魔王は強く、勇者は何度も打ち倒される。

しかし、勇者は死なぬ。

倒れるたび新たな力を得、大地を喰らって立ち上がる。

勇者のパワーソースはこの世のあらゆるものだ。

長い、長い戦い。

勇者はついに魔王を打ち倒す。

しかし、勇者は?

勇者はどうなった?


(そうして、その国は平和になったんだってさ)


(魔の国は)


(魔の国も平和になったよ、新しい魔王様の力で)


(勇者はどこへ行った?)


(さてねえ)


 更にスイッチ、新しい光景が記憶媒体を流れる。


(****をA25に、***はC4に)


 彼女は書類の束を抱えていた。

人の姿はとても懐かしい。

地下に来てからの記録だ。

ゴウンゴウンゴウン、多種多様な機巧が起動している。

鎧が荷物を担ぎ、忙しそうに往復する。

巨大なモニターの前に立つのは、偉大なハカセ。

仕事中のハカセは、周りを見ていない。

助手も、悪魔も、わたしも。

新しい検体が運ばれてきた。

きっと、こいつも強くなるのだろう。

羨ましい事だ。

****を持たないわたしは、魂にコードを刻む事が出来ない。

ハカセが言うのだから、絶対だ。

それでは、****にしかなれない。

ハカセは悲しそうだった。

わたしは。


(****になれないなら、****でいい)


(しかしだ、君は貴重な****)


(記録を******すれば****は不要です、***も後付け可能です。いずれも実験結果が証明しています)


(確かに、そうだ。だが、何を求める……いや、何を捧げる)


(何もかも)


(****化は、今の学説では*****が止まるのと同義ぞ)


(いいえ、*****に****は必要ありません)


(君ならそう言うと思った)


(私が実証します)


 激しいビープ音と共に、扉が開いた。

重い足音。

彼女は全身に力が漲るのを感じる。

その正体は****。

彼女の今までの人生には、存在しなかったもの。

意識も問題ない。

やはり、****は不要なのだ。

ある種の美しさを持つ仮面じみた顔が喜びに歪む。


(素晴らしい! 素晴らしいぞ******君!)


(はい博士、実に良いです。記憶は連続しています……ですが、この姿は)


(君を格納するのにただの****では勿体無いであろう、ワシも全力を尽くした)


(どちらにせよ後付けで*****させる予定です)


(運用次第だ)


(さて博士、****とは、何なのですかね)


(優秀な記憶媒体だ)


(はい、わたしもそう思います。 いつか私は****を越えてみせます)


(同感だ******君)


(それでは、新しい名前をつけていただけますか)


(******ではいかんのか)


(ボディの名前は別に必要と考えています)


(よかろう)



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 激しいビープ音と共に、扉が開いた。

重い足音。

彼女は全身に力が漲るのを感じる。

改良修復が終了したのだ。

彼女は魔力保護粘液を振り払い、新しい体に人工神経を馴染ませた。

カチリ。

新たなる装備が共鳴し、データとなって記憶媒体に流れ込む。

神経パルス正常、不具合パーツ無し、オールグリーン。


「おはようございます、博士。

お手数かけました」


「ふむ、新しい身体はどうだね?」


 頭髪に偽装した滑らかな金属回線類を僅かに揺らし、特殊ソリオン・カピテーヌは各所の関節を静かに回して調子を整えつつ本来の主に一礼した。

主、ことこの施設の長である“博士”の白衣が調整室から流れる生温い風ではためく。

全面改修を受けたカピテーヌの姿は、以前と全く異なっていた。

量産ソリオンに近かった合金黒鎧は削除され、細身の軽合金製骨格とワイヤーじみた強健さの人工筋肉は、魔法鏡の術法が刻まれた強化魔法銀(ミスリル)で覆われている。

更に上に皮膚や装甲、追加装備を載せることを想定した造りだ。

カピテーヌは壁にかけられていた長い白衣をばさりと羽織い、美しいが禍々しいボディパーツを隠した。


「問題を感じません。全て良いです。

なお通信でも伝えました通り、任務遂行のため仮想マスター登録を行っていたオンジエムは死亡しました。

050回収は未達成となっております」


「あれは此方の落ち度だ、ルキエル基地とサンキエムも襲撃により失われた。

050は後回しにせざるを得ぬ……ところで、僅かばかり記憶の連続性が欠けておるな、真にオールグリーンか?」


「改修直前のデータが僅かに喪失しております。

しかし記憶媒体の不備ではありません。

私はシルヴェストルに帰還直後、クリスタル燃料切れによりスリープモードへ移行しました。

その際に短期記憶を整理した結果です」


「うむ、まあそうだろうと思っているが念のためだ。

ともかくそのボディをテストするぞ、回路はともかく一部未知の材質がどう出るかわからん」


 “博士”は長く白い地下通路を歩きはじめた。

不可思議なケミカル照明が、その通路にある種の美しさを与えている。

カピテーヌが周囲を警戒しながらそれに続く。

本部基地のある地下空間の所在を知るのは、身内以外ではパトロンとその側近のみだ。

身内にしても、完全な自由意志を持つものはほとんど居ない。

だが、それでもカピテーヌは妥協しない。

性分なのだ。

それに加え……。


「どうも、お久しぶりですベルトラン殿」


 いつのまにか、通路の真ん中に何者かが立っていた。

五フィートにも満たない小柄な姿と、ふわりとカールした優しげな印象の短いブロンドがその顔を人形のように見せている。

博士もカピテーヌもよく知る顔だ。

しかし、それは安全を意味しない。

見るがいい、不自然なまでにパリッとした誂えの攻撃的ミリタリースーツを。

見るがいい、深い知性を感じさせつつも狂気を孕むエメラルドの虹彩を。

それは真っ当な生物ではない。


「何かね、アンドレアス様が追加の融資でもしてくださったか?」


「予算編成に関して特に変化は無い、単に私の興味だ。

ルキエル基地が潰されたそうじゃないか、博士?

主は落胆しておられる」


 “博士”は僅かに目を細め、何かを言おうとした。

しかし、それは彼の護衛により遮られる。


「力及ばず申し訳ありません。

しかし大悪魔(アーチデーモン)、博士は忙しいのですよ。

今、貴方に付き合う時間も理由もありません」


「非常に、非常に残念だ。

まあ、そうまで言うならば今回は大人しく帰るとしよう。

なお私は大悪魔(アーチデーモン)だが大悪魔(アーチデーモン)ではない。

私にはデグレニャという偽名があるのだ。

ちゃんと呼びたまえ、機械人形」


「はい、デグレニャ様。

お帰りはあちらとなっております」


 悪魔は僅かに逡巡した後、低く笑って光の粒子へと還元された。

おそらく従者召集(コールスレイブ)により回収されたのであろう。

その転送が大悪魔(アーチデーモン)デグレニャとその主、どちらの意思であるのかは“博士”にもカピテーヌにもわからない。

なんにしろ、縁起の悪いことだ。

デグレニャの勤め先、そして“博士”のパトロンであるシュバルド王国は様々な古代の技法、たとえば悪魔を契約無しで実体化させる手段などを持っているという。

全容は“博士”ですらも暴ききれていない。

ハイ・エルフは秘密主義なのだ。

だからといって、彼らも博士の全てを知りはせぬ。

知らぬから“博士”を支援するのだ。


「再誕したばかりだというのに、機嫌が悪そうだなカピテーヌ君」


「いえ、決してそのようなことは」


「それなら良い……さて、耐用期限が過ぎたソリオンが確か十ほどあるはず。

適当に暴れて確認してくれ」


「はい、博士」


 エアロックと魔術ロックを両方使用した堅固な隔離通路を、カピテーヌは進む。

その心の内は、“博士”以外の何者もわからない。

魂を持たぬ彼女の思考を読むことはどんな魔法でもできないのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「よし、いいぞ! 次のソリオンを投入しろセジエム!」


 “博士”は巨大クリスタル液晶モニターの前で、嬉しそうに手を叩いた。

強化手術の影響で妙に長い体型もあり、その容貌は骸骨と見紛うばかりだが、煌く瞳には無邪気な喜びと恐るべき知性が同居している。

カピテーヌの新たなボディの戦闘テストは順調だ。

いや、予想をはるかに上回るといえるかもしれない。

竜の爪を用いて刻まれた魔法回路が発する元素変換出力も期待通りの数値だ。

モニターの表示がデータ画面から切り替わり、地下試験ホールに佇む身長五フィートの金属的に輝く細身人型を映し出す。

言うまでもなくカピテーヌであり、周囲には無惨に刻まれた旧型ソリオンが無数に転がっている。


「博士、廃棄ソリオンは先程のもので打ち止めですよ。

これ以上の投入は赤字を招きかねない」


 背を曲げ各種機材を操作していた白衣の女が、不機嫌そうに顔を上げた。

黒い白目と金色の虹彩を持つ怪人特有の瞳が“博士”の方を向く。

焦げ茶のサイドテールがばさりと揺れ、白衣の肩につもった埃を消極的にはらった。

彼女は怪人研究員セジエム。

“博士”の改造を受けた勇者試験体であり、本部施設のメンテナーでもある。 

象牙色の肌と、疲労でやや落ち窪んだ眼窩と隈が特徴的だ。

溜め息をついたセジエムはフルーティな香りのするスカイブルーの合成ドリンクを飲み干すと、“博士”に一枚の紙を投げてよこした。

さすが怪人の超常能力というべきか、ぺらぺらの紙は十数フィートの距離を真っ直ぐに飛び、博士の掌に収まる。


「ぐぬ、もう十一体消費したか。

まだまだ見てない機能があるというのに!」


「そうは言いましてもね、博士……」


 チリチリチリ、その時、モニタリング室の隅にある喇叭状の機械が電子音を発した。

それは地下研究所の各所と繋がる連絡装置である。

少し遅れてやや掠れたメカニカル音声が喇叭から流れ出す。


「十一体の処理を終えました。カピテーヌです。

ハカセ、各種基本動作と魔法回路に問題はありません。

素晴らしい成功体験をしました、身体も軽いです。

特に右腕ドラゴンクローは想定の三倍の切断能力を示しました。

しかし、ドラゴン武装はオーラ紋により大変目立ちますので、隠蔽加工が急務であります。

このままでは各種任務に支障をきたすことが想像に難くありません。

なお左腕骨内蔵小型マジカルキャノンにつきましては、廃棄ソリオン相手ではテスト不能と判断いたしました。

ただしパワーチャージと燃素再吸収は正しく機能しています。

それでは撤収を……」


「待てカピテーヌ君! もう一体投入する、しばらく待機せよ!」


「……? 了解しました、ハカセ」


 “博士”が机の上の赤いボタンを叩くと、通信は途絶えた。

興奮した“博士”がセジエムを押しのけて自らシステム管理マシンを操作し始める。

セジエムは舌を突き出し不平をしめした。

怪人が博士に危害を加えるレベルの反逆をする事は決してないが、意思を持たないわけではない。

研究員でもあるセジエムにとって経費の無駄遣いは由々しき問題なのだ。


「え、どうすんですか博士、無駄はダメですよ!」


「ワシとて無駄金なんぞ使わんわ!

あれよ、ほれ、不良品のコマンド機があったろう、奴を出せ!」


「あー……はい、了解」


 一方、地下試験ホールではカピテーヌが新魔法回路によりパワーアップした元素操作で出現させたアームを操作し、ソリオンの残骸を隅へと片付けていた。

金属部位は潰して再生プラントで分離作業を行えば再びソリオンの原料となる。

生体組織については廃棄するしかないが、原料となる知的生物は囚人がパトロンから送られてくるし、最悪適当な町から攫っても良い。

実に効率的なシステムだ。 

一通り掃除が終わりアームを消したころ、ビープ音と共に扉のロックが開いた。

二体のソリオンが一辺十二フィートほどのコンテナを押して現れ、ホールの中央にセットする。

プログラムされていた作業を終えたソリオンは駆け足で去っていった。

コンテナは奇怪な駆動音を発しており、なにやら不穏な雰囲気だ。

高性能センサーで情報を読み取ったカピテーヌの能面めいた顔が僅かに歪む。


「……壊して良いのですかね」


 誰へともなく呟いたカピテーヌが、圧縮空気を吐きながら展開されたコンテナの中身と向き合う。

十フィートの棘付き黒甲冑の各所からパイプを生やした四本腕のそれは禍々しいが、彼女にとって多少懐かしいものだ。

量産型戦闘員であるソリオンに指揮能力を付与するという目的でカスタムされた試作品“ソリオン・コマンド”……の自我崩壊失敗作である。

カピテーヌの記録では、それはデータとして残しておくということになっていたはずのだが。

とはいえ、“博士”とセジエムが使っていいという結論を出したならおそらく大丈夫なのだろう。

カピテーヌは魔法回路を起動し直した。

敵性物体を認識した理性なきコマンドが吼える。


「VRRRR! 破壊! ハカイ!!」


 ゴウ!

コマンドの太い足に接続されたブースターが火を噴いた。

旧型とはいえ、コマンド機のジェットブースターはかなりの出力であり、スクエアな造形の破壊者が弾丸のように飛んでカピテーヌに迫る。

高さはカピテーヌのおよそ倍、質量に至っては十倍や二十倍ではきくまい。

衝撃波を伴う猛烈な突進は、しかし空を切った。

敵の回避を指揮用の中性能センサーで認識したコマンドは逆噴射で急停止し、超硬合金でできた棘が無数に生えた四本腕を振り回す。

無論それだけで攻撃は終わらない。

ガコンガコン、肩部からせり上がってきたのは、四挺のリボルバー型魔法銃。

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!

猛烈な勢いであたりに火弾が撒き散らされ、超耐久力を誇る地下試験ホールの壁や床を傷つける。

盲撃ちだが、凄まじいリロード速度。

並みの戦闘者では近づく事も出来ずに挽き肉だろう!

カピテーヌはどうなったか?

彼女はもちろん、速さこそあれど不器用な暴走コマンドの攻撃など受けてはいない。


「処理を行います」


 ホールの天井に逆さまに張り付いたカピテーヌは、静かに暴走コマンドを見下ろした。

何たる無様な姿か。 

一歩間違えば過去の自分もこうなっていたかもしれない。

楽にしてやるべきだろう。

カピテーヌの左腕掌にスリットが開き、細い発射口が姿を現す。

ついでごく細い赤色光の照準が伸び、暴走コマンドの揺れ動く胸部を捉えた。

ZAP!

一筋の魔力線が伸びる。

カピテーヌは無感情に事実を呟いた。


「マジカルキャノン運用テスト成功。

なおソリオン・コマンドα型の動作完全停止に要した出力は三十パーセントです」


 一撃でコアと頭部センサーを撃ち抜かれた暴走コマンドは、糸が切れたように停止し倒れ伏す。

すぐ横に音もなく着地したカピテーヌは、コマンドの遺体を引き摺ってコンテナに格納しなおすと、自身の情報を再確認した。

キャノンの使用による各種不具合発生や魔力回路の偏りは認識できない。

彼女は能面のような顔に、意識して笑みを浮かべた。

“博士”が創り出す物は一部を除いていつも素晴らしい。

カピテーヌは下位機体支配機能を用いて外で待機するソリオンに後処理を命じた。

すぐにロック扉が開き、ガシャガシャと先ほどコンテナを運んできたソリオンがやってくる。

これで、地下試験ホールでやるべきことは全て終了だ。

カピテーヌは“博士”に依頼すべき追加の改造プランを構築しながら隔離通路へと消えていった。


怪人図鑑そのろく


〔大悪魔『デグレニャ』〕

魔王アンドレアスの側近の一人で、形質学者ベルトランのお目付け役でもある女性型悪魔。

外見は年齢一桁にしか見えないが、正しく年季を積んでおり能力は高い。

なお悪魔とは、特定の手順を踏む事で帳の先から呼び寄せる事が可能な好奇心の強い知的生物である。

悪と名がついてはいるものの特に善悪とは関係ない単なる通称であり、他の知的存在に対しても契約者の敵でない限り友好的な事が多い。


・おおきさ

4フィート5インチ、66ポンド


・装備

シュバルド式ミリタリースーツ

電動のこぎり


・特殊魔法と能力

「中距離テレポート」

「火薬操作」

「大悪魔基本セット」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――




ハカセと愉快な仲間達そのいち。

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