15話 『首都を歩く事』
「…………はい、はい、ではそれで、ええと、水晶集め上級以外の免許?
……危険区域立ち入り許可Ⅰ種、樹脂葉巻取り扱い、大型乗用魔物Ⅱ種、普通魔動車です」
「危険区域Ⅰ種は役立つな、うん……む? 隊長、何か重要な事を忘れているような気が」
「んん? 規約と賃金は既に伝えてあるし、認証はマリエットも納得していただろう」
あの大騒ぎの朝は、ジョゼが治癒の力を発揮したことで昼前にはそれ自体無かった事にされた。
醜態は隊員たちの心の中だけに残されている。
“光の聖女”の治癒能力は通常の魔法によるものよりずっと強力だ。
自分を回復するのは慣れれば簡単だが、体の構造や魔力の流れが異なる他人を回復するのは専門職でないと難しく、それも一人ずつ状態の検査から入る必要がある。
だがジョゼは苦もなく複数人をまとめて治癒してみせるのだ。
伝説の力恐るべしである。
そして現在、別の仕事を抱えたジョゼと別れたリュミエラ達は、各種認証処理と情報交換を行っている。
「いや隊長、リュミエラ氏の認証の件はもういい、私も悪かった。
……そりゃあ気になることはあるが、魂について聞くのは失礼だしな」
「マリエット副隊長、本人が居る前で言われても説得力が、その。
ええと、最後のあれは別に隠すようなことではないです、あたしは光や熱、それに火元素は全く効かないので。
焚き火の中でも眠れるから空気もいらないのかな?
だから、うん……」
何でもないことのように語られた恐るべき回答に、マリエットが顔をしかめた。
魂の固有形質は、ときに絶対的な相性差を生むという。
マリエットはリュミエラが敵でない事を喜ぶべきか、完膚なきまでに敗北した事実を悔しがるべきか迷った。
どちらにしろ、戦闘技術の優劣で負けたわけではないという事実は彼女を安堵させたのだが。
「うむむ……いや、そこはもう良いのだ、ええい畜生、何だこの、認証ではない何かが……ああ、そうだ! それだ!」
「どうしたマリエット」
「そう、そうなんですよ隊長! ってかリュミエラ氏でもいいんですけど!」
バシン! バシン!
マリエットが小会議室の机を勢いよく叩く。
怪力により、部屋全体が僅かに振動した。
もはや完全に軍規などは意識の外だ。
気が抜けている証拠だが、上司とはいえ親友であるエリクと、闘って打ち解けたリュミエラしか居ない場では、ある意味仕方がないとも言えた。
「もう一人の現地登用者、ええと、サンカントでしたっけ、彼も戦闘員なのでしょう!
そっちの情報を私は全く受け取ってないわ!」
「ん? ああ、はい。
あたしの友人の竈の商人族で下級水晶集め。
その他、竈式商用簿記を持っています。
キャリアが短いだけで能力的には上級あるはず、人格がやや幼いですが、コントロールできる範囲かと……」
言いつつ、リュミエラはエリクの方に視線をやった。
無論、どこまで話すべきかということだ。
エリクはわずかばかり逡巡した後、手を伸ばし話を中断させた。
怪訝な顔を浮かべるマリエットを一旦無視し、窓にカーテンを引いてから念のため室内に結界じみた二重の魔力膜を張る。
この膜は外部からの音と映像の取得を妨害する効果を持っており、エリク達のような職種にとっては重要な魔法技術だ。
当然にその意味を理解するマリエットが首をかしげた。
「そこから先は僕が話そう。
サンカントがファルギ村在住かつリュミエラさんの知人の水晶集めであること、そこまでは事実だし、問題無い。
戦闘能力と知能もクリアしているし、背信の可能性も極めて低いことがファルギでの調査により確認されている」
「ふむ、しかし隊長、ならば何故に二人ともつれてこなかったのです?
その方がむしろ楽だったのでは」
「一つはうちの連中に二回戦わせるのも酷ということ。
まあそれはどうでもいいか。
うむ、あー、そうだな、ええと、判っていると思うが他言無用だぞ。
…………彼は竈の商人族亜種ベースの、ベルトラン製勇者コード刻印型怪人だ」
「……は?」
渋い顔でエリクの弁解を聞こうとしていたマリエットの表情が凍りつく。
当然だ。
国賊ベルトランが繰り出す怪人は、聖堂騎士団工作部の宿敵といって過言でない。
その上、いかなる洗脳技術の恩寵か、とてつもない忠誠心を持ち懐柔は不可能。
見つけ次第何としてでも殺すしかない存在、それが工作部だけでなくルクスコリ政府全体としての認識である。
実際、怪人が出現し始めた二年ほど前は、エリクもマリエットもどうにか怪人から情報を得られないか苦心したものだが、全ては無駄であった。
捕獲や懐柔を狙う過程で犠牲者も出した。
そのエリクが、怪人を? 懐柔して雇う?
マリエットは良い返しが浮かばず、固まったままだ。
脳裏に初期の犠牲者の顔や、自爆され瀕死になったエリクの姿が浮かぶ。
エリク以上に容赦のない破壊工作員であるマリエットからしてもぞっとしない光景だ。
続く言葉をどうにか捻り出そうとしているエリクと硬直したマリエットを、リュミエラがかわるがわる見る。
「あー、えっとさ、そういうんじゃないから、サンカントは。
ファルギ高地で行き倒れてたのを見回り中のあたしが拾ったのよ。
改造中に逃げてきたんじゃないかしら、記憶が曖昧な代わりに後付けの記憶も持っていない。
マリエット副隊長はじいちゃん……ドワーフ研究者のギヨームって知ってる?
数十年前はルクスでバリバリだったらしいんだけど。
その人が精神関連も見てくれたからさ、確かなはず。
んでね、サンカントは記憶と復讐のためにベルトランと戦うことになった、そういうわけです。
んー……うん、いい子なの、本当に」
「……そう……そうか、そうだな、うむ……隊長が、エリクが本当に問題のある奴を庇うわけがない、うむ。
わかった、認証しておく……だが、余裕ができたら本官にも会わせてくれ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ルクスコリ共和国、首都ルクスは首都だけあり、人口密集地だ。
公式の発表では百二十万人が住むというが、実際には戸籍に載れない人々や出稼ぎで二百万はいるであろう。
ともかく、その人ごみの中を奇妙な二人組みが歩いていた。
頑丈そうな蜥蜴のジャケットを着込み、少しばかり時代遅れのサンバイザーを装着した小柄な男。
そして、赤黒い何かの革のフードマントを纏った性別不詳、中肉中背の何者か。
背中には同じく分厚い革に覆われた持ち手が二本ある武器らしきももの。
二人は、細かすぎて逆に判りづらい地図と格闘しながら、ある場所を目指していた。
「なあ、本当にこっちに進めば水晶集め協会の斡旋所あるんだろうな?!
明らかに道行く人少なくなってるよ……具体的にはちょっと前より四割減だ」
「いや、方角はあってるはずよサンカント。
いくらあたしが文字と計算が苦手っても、水晶集めなんだから地図ぐらい読めるからね?
……だいたい、あたしだってルクスに来た事なんて三回ぐらいしかないのよ。
でも大通りならわかる、たぶん。
少なくとも料亭で手洗い碗の水を飲もうとしたあんたよりは都会人のはずよ、副隊長笑ってたじゃない」
「昨日晩のあれは俺悪くねえし!
だいたい手を洗う水に果汁を絞るとか馬鹿か?! 馬鹿だろ! 喉かわくよ!」
「少しだけ甘くない果汁を入れると、臭いと脂が落ちやすくなるらしいわ」
「グググ……」
くだらない話をしながら歩く事しばし。
人通りは更に減り、もはやサンカントが数えるまでもない。
だが一般人が減った代わりに、ある種の連中とすれ違う事が増えていた。
彼らはいずれも、目立つ色のタグがついた怪しげな荷物を所持しており、危険な雰囲気を纏っている。
このタグはルクス内での武器所持認可証であり、当然リュミエラの背負っているブツにも括りつけてある。
さらに、リュミエラ同様にフードで顔を隠している、あるいは防具で保護しているものも多い。
二人にとっては実に馴染み深い空気だ。
騒がしすぎないという点でも、繁華街や住宅街よりずっと良い。
「ううん、目的地は近い……けど、ちょっとばかり刺々しいわねえ」
「まあ俺もリュミエラさんもこっちじゃ新顔だし、向こうから見たら敵みたいなもんだろ。
なんにしてもさ、道が正しかったみたいでよかった」
「んなことはあんたに言われなくても判ってるわ。
それでもね、ルクス庁舎のクリスタル管理部じゃなく、協会斡旋所の方で登録する必要があんの。
あっちじゃ仕事は回してくれないからね」
「……そうか、少しは仕事もしなきゃならないんだよな」
そう、リュミエラとサンカントは水晶集めとしての仕事を探しに来ているのだ。
現地人員勧誘法に基づいてエリクに雇われた二人だが、任務が発生しない限り本当に最低限の給料しか出ない。
住宅補助費が出る以外は、スラム街の日雇い労働者にも劣るだろう。
ただし、エリクとジョゼが邪悪な雇い主というわけではない。
単にリュミエラ側の都合で給料が安い方を選んだというだけである。
実際のところ、毎日聖堂騎士団に出勤し、エリクの部下を鍛えるならば高給が保証されていた。
しかしそれをするわけにはいかない。
リュミエラの目的はあくまで盗まれた竜爪剣と犯ソリオンの捜索、サンカントの目的は怪人の捕食だ。
定時勤務していては絶対に達成できない。
幸いにして、リュミエラには自由時間を確保しつつそれなりの収入を得ることができる資格と能力がある。
「ここね」
ブーツのスパイク底を展開し、目に留まった空き缶を踏み砕いたリュミエラが、“ルクスコリ王国水晶集め協会”と書かれた金属看板の下にある古めかしく重い扉を押し開けた。
古さを感じるのは扉だけではない。
壁などは一応塗りなおされているものの、二階建てで横に広い建物全体からかなりの歴史を感じる。
それも当然で、ここはルクスコリが共和国になる前、水晶集めが政府ではなくギルド管理であったころから存在するのだ。
リュミエラ自身がルクス旧斡旋所に来るのは初めてだが、特に問題はない。
旧斡旋所の現在の所長はファルギ出身であり、父ロドリグやギヨーム等と旧知なのだ。
念のため紹介状も用意してきたため、無理にねじ込む事もできる。
とはいえ、登録するのにそこまでは必要あるまい。
「リュミエラさん、なんか怖いよ、怒ってんの?」
「あたしはさ、雑魚にわざと絡まれる様な趣味はないから」
リュミエラはマントの下の鞄から二人分の登録書類を出すと、どすどす歩き受付窓口に向かった。
壁のない広い室内には数十人の水晶集めが居る。
だが誰一人として、よそ者であるはずのリュミエラとサンカントに敵意を向けたり、声をかけようとするものはいない。
原因は、リュミエラの発する危険なオーラだ。
背負っている“牙”こと竜牙剣に力を少し注いで周囲を威圧したのだ。
効果は覿面で、殆どの連中が目を逸らし、あるいは怯えて離れた。
水晶集めの世界で見知らぬ同業者に対し、下手に出て良い事は少ない。
十分な能力があるならば尚更だ。
実際、昼前などという半端な時間に斡旋所に待機しているような連中は、殆どが下級になりたての駆け出しで、仮にベテランであったとしても才能も人脈も無いのである。
少なくとも現在のリュミエラにとってはただの邪魔者でしかない。
受付の中年男性が、なんともいえない表情をしつつ差し出された書類を受け取った。
恐らくドワーフであろう、見事な黒ヒゲが揺れる。
胸の辺りにつけられたネームプレートには“バスチアン”とあった。
なかなか男らしい名前だが、覚える必要は無いだろう。
「最近ルクスに引っ越してきましたので、登録をお願いします。
上級、危険区域立ち入り許可Ⅰ種を所持。
それと上級権で下級の登録を一人」
「了解いたしました、書類チェックを行いますので少々お待ちください。
……ファルギ出身だと? あんた、何もんだ。
いや、どうこうしようってわけではないぞ、個人的な興味で」
「少しばかり込み入った事情があるの、今は余裕がないけれど、仕事で一緒になることがあったらその時にでも話しましょう。
あっと、それのチェックが終わったらでいいので、この封書をジャックミノー所長に渡していただけますか?
ええ、渡していただけるだけで十分です、貴方を信用していますから」
「む、うむ……」
愚鈍そうな外見に似合わず、バスチアンは素早く登録書類を確認して判を押すと、渡された封書を持ち二階へと登っていった。
立ち上がったバスチアンの身体はやや脂肪が目立つもののしっかりと筋肉がついており、流れる魔力からも高い錬度を感じさせる。
何故眠そうに窓口受付などをやっているのかわからないが、恐らく上級水晶集めだろう。
そして、この風体にもかかわらず対人業務をやれている以上、少なくとも狂人ではないと思われる。
リュミエラは慌ててバスチアンの評価を数段修正し、名前を記憶した。
後ではリュミエラの心の動きに気付いたサンカントが口を尖らせて不満を表しているが、興味が湧いたものは仕方がないのだ。
サンカントの機嫌を取ったり、窓口の傍に積んである様々な募集書類を読んだりして待つことしばし。
「登録自体は終了したぞ、リュミエラ殿。
仕事を回せるのは明後日以降だ。
それと、封書の方だが所長に渡すには渡したが、今からルクス庁舎に行かんとならんそうでな。
こちらの返事も明日以降だろう」
「ええ、ありがとうございますバスチアンさん。
封書に関しては急ぐものではありませんので問題ありません、配慮感謝いたします。
お礼代わりにまた今度食事でも」
「うむ、機会があれば。
……今後とも当協会をご贔屓に」
二人分の登録タグを受け取り、上機嫌になったリュミエラはフードを外して微笑んだ。
ついで名刺代わりに、エリクから借りた通信機の番号をメモした紙をバスチアンに渡しておく。
ある意味敵地で、真っ当そうな同業者を発見できたのは幸先が良い。
近づけば判るとはいえ、竜爪剣は所詮一振りの剣でしかなく、早期発見は厳しい。
それよりも犯人の方の情報を集め、後腐れなく処理するべきとリュミエラは考えている。
いずれにせよ聖堂騎士団にしても、水晶集め協会にしても、リュミエラが欲しい人脈はトップや末端ではない。
融通が利き、実務から得られる情報と上下から入る情報を両方持つ中堅だ。
具体的には工作部副隊長のマリエットであり、たった今口説こうとしたバスチアンである。
ともかく今日できることを一通り済ませたリュミエラは、正におのぼりさんといった様相のサンカントと共に気分転換の街歩きをはじめた。
都会は便利だが、やはり息が詰まる。
灰色の景色を叩き壊してしまいたいというかすかな欲望は、あの夜殺し損ねたソリオンの、恨みがましい別れの挨拶を思い出したからだけではないだろう。
ファルギ村と比べずいぶんと濁った青空には、光神ソレイエルの瞳たる聖なる邪悪な太陽が輝いている。
リュミエラは立ち止まり、やや哀しげに見える光の塊をじっと見た。
光熱に対する完全な免疫を持つ彼女が目を傷めることはない。
数十フィート先で、サンカントが叫んだ。
「何止まってんだよリュミエラさん! 飯屋探そうぜ!」
「……そうね」
奇妙な二人が、並んで雑踏の中へと消えていった。




