16話 『水晶集めの遠征』
「何よあれ、ファルギ高地ですら元素狼がこんな群れてるの見たことないんだけど。
しかも複属性じゃないかしら」
「ここの所な、ルクスから南で妙な集団発生が増えとるんだ。
俺の記憶では二年か、二年半か……しかも見ろよ、数に任せてあんなデカ物をやってやがる」
抜けるような青空の下、崖に立つ二人の戦士が望遠レンズ片手に渋い表情で会話している。
一方は少々腹が出ているものの、肩は力強く盛り上がり太い筋繊維に潤滑な魔力を漲らせた黒髭の男ドワーフ。
もう一方は気味が悪いほどに白い肌を赤黒い革のフードマントで包んだ、恐らく人族であるやや長身の女だ。
彼らの視線の先およそ一マイルには、まばらな森の中を駆け回る生物集団が映し出されていた。
集団のメインは斜めに傾いた狼、といった印象のカラフルな四足歩行獣だ。
元素狼と呼ばれるその魔物は、通常四から五匹の気の合う小集団で行動し、周囲の魔力をクリスタルではなく自身の特性に応じた元素に変換して備蓄する奇妙な力を持つ。
地方によっては精霊の亜種ともみなされ発生初期から調教すれば使役も可能だが、それなりに攻撃的な上備蓄した元素を吐息魔法に変換して攻撃を行う危険な存在である。
ともかく、その元素狼が三ダースほど集まって巨大な獲物を貪っていた。
すでに半分ほど骨になっていることもあり詳細は不明だが、生きていたころの体長は最低でも二十フィートはあろうか?
「ねえバスチアンさん、食われてる方は何だと思う?
首都に来て半年もたってないから当たり前だけど、南の危険区域はまだ詳しくないのよねあたし」
「ふむ、骨と、あれは鱗か? ランナー蜥蜴系の老獣だろうが、種別まではわからんな。
しっかし、ああまで損傷してちゃ元素狼を処理してもでかい方のクリスタルは望み薄だろうよ。
……んなことよりリュミエラ氏、いつも連れてる弟子はどうしたんだ?
奴がいりゃ囮にして一網打尽なんだが」
二人は強力な上級水晶集めであり、協会斡旋所からの依頼を受けルクスから南西にある山を越えた先の危険区域の再調査に来たのだ。
なお、ルクスコリ共和国では中密度以上の魔物棲息区域は“危険区域”と呼ばれる。
ただし、それは文字通りの意味ではない。
人や竈の商人族、長魂族などをはじめとした社会性知的生物の安全確保という目的も無論あるが、真に重要なのは資源の確保だ。
武器防具を含めた衣類や機械類の原料として有用な体組織を持ち、空気中に漂う魔力を万能魔法燃料であるクリスタルとして備蓄する魔物は、その危険性を考慮してなお大々的に維持管理する価値を持つ。
これだけ魔法科学や機巧技術が発達してもいまだに狩人や水晶集めが重要であり、魔物も一定の生息数を保っているのは理由があるというわけだ。
どちらにせよ今の二人にとってかような薀蓄に意味はない。
必要なのは森のバランスを乱す大型化した群れをうまいこと処理する……つまり、なるべく安全に懐を暖める方法である。
「ダメかあ、正確な種がわかれば犬の方の現在の特性も出せるのに。
あと、サンカントなら聖堂騎士団の方の仕事でちょっと離れてるわ、生きてれば十日もすれば戻ってくるはず。
ま、たまには別行動もありでしょ。
一人なら樹脂葉巻やビーフケーキも文句言われずに買えるしさ」
「ああ、例の勇者がどうのとかいう、面倒なこった……つうか、あんたも一応聖堂騎士団雇われの身だったんじゃねえのか?
にしたって羨ましいぜ、俺なんざカミさんのせいで自由になる金がメシ代しかねえ」
「今回は戦闘関連じゃなくあの子の能力が調査に必要なだけだから、あたしは留守番。
んでバスチアンさんってばさ、本部事務と上級任務だけじゃなくたまにはどっかで出稼ぎすれば?
へそくりぐらいやっても罰は当たんないと思うけどね」
「無理だ、奴はクリスタル管理課勤務だぜ。
水晶集めやってる以上、収入はワンコインたりともごまかせねえ。
それによ、カミさんが居なかったら俺はなんもできん男だしな」
「……そう、残念……いや、羨ましいわ。
あたしもそんぐらい愛されてみたいものね」
「おいおい、俺は髭のない女じゃ勃たねえぞ、っと」
「はあ……まあ、そうなんだけど。
さて、元素狼だけど、二十匹前後処理した後に追い立て二つの群れに分ける。
ここまでは確定、それで方法は…………」
メモ帳にワームがのたくったような走り書きをし、軽口を叩き合いながらも視線は敵の群れから外すことなく、リュミエラとバスチアンは計画を練る。
二人は真の意味でプロなのだ。
実際、リュミエラとサンカントにとってバスチアンとの出会いは僥倖だったと言えるだろう。
この実直かつお調子者な中年ドワーフは、協会斡旋所を溜まり場にしている半端連中とは一線を画する能力を持ち、顔も広い。
リュミエラとしても頑張って口説いた甲斐があったというものだ。
種族や趣味嗜好の差も仕事仲間という意味でプラスに働いている。
「思うに、夜を狙うより今やっちまった方がいいだろ。
確かに俺もリュミエラ氏も夜目は効くし夜襲のが確実かもしれんが、そうなると半日無駄になるしな。
俺にはこの群れのみが異常とは思えんのだよ」
「ううん、他も見ときたいのは山々だけど、サンカント無しにあの数と接近戦はぞっとしないわ。
けど射殺は素材がねー」
「まあなあ……仕方ねえし諦めて撃とうぜ、多少クリスタルが割れても数でカバーする」
溜め息を吐きつつ言うと、バスチアンは魔力を操作し始めた。
太い指が繊細に動き地魔法の岩石操作が発動して、彼の足元から岩の台座がせり上がってくる。
表面を撫でてある形の窪みを作り、土埃を吹き払うと完成だ。
ドスン、重々しい音を立てて背負っていた禍々しく黒光りする合金製のメカニカルな筒が台座にセットされた。
ドワーフの戦士といえばこれ、といって過言でない有名なライフリング式狙撃銃“ベルガーⅡ”……をベースにしたバスチアン独自の大型銃である。
威圧的な見た目通りに既製品より重く、その分火力と精度も高い。
カートリッジには物理火薬と粉末クリスタルを混ぜ合わせた特殊ガンパウダーを使用。
なお、パウダーの調合と弾の組成はカスタムを施していない既製品のベルガーⅡでも、ドワーフの各家庭ごとに異なる。
角度を調整し、持っていた黒い望遠レンズを取り付ける(そう、元々銃の狙撃用パーツだったのだ!)と、微調整を施した。
興味深い作業を横目で見ていたリュミエラも、銃座から少し離れ準備を開始する。
まず足場を平面に整え、耐熱望遠レンズを顔に固定し、最後に荷物のうち食品を含めた可燃性のもの、例えば体臭と魔力を押さえる水晶集め御用達の軟膏などをバスチアンの方に放り投げた。
彼女の射撃は自身の固有形質“偽りの聖女”を使った収束熱光線だ。
精度と威力は非常に高いが集中力とエネルギーを消費し、ついでに照射後周囲を高温にするという多少の欠陥を持つ。
「あい了解、準備完了……んじゃ十匹ずついきますか」
「うむ」
リュミエラとバスチアンにとっては単なる仕事、元素狼にとっては惨劇の幕開けである。
先に動いたのはリュミエラだ。
ZAP!
薄緑の不吉な光の筋が走り、旨い肉を貪っていた特に大きな一匹が煙を噴いて崩れ落ちた。
後頭部から額にかけて焦げた穴が空き、地面にも直径二インチ程の融解跡が残されている。
光の一撃は文字通りの速度でリーダー的存在を打ち倒した。
命は失われ、元素に満ちたカラフルな毛皮はもはや点滅しないのだ。
しかし元素狼達も馬鹿ではなく、リーダーの異変に気付いた数体が素早くバックステップし周囲を窺い始める。
もちろん、熟練の水晶集めにとってそれが問題になる事はない。
むしろ警戒してくれた方が狩り易い。
BLAM!
バスチアンの強力カスタム銃が確かな狙撃技術の助けを借りて、運悪く直線状に並んだ二匹の元素狼をまとめてぶち抜いた。
ドワーフ合金でできた高熱高速飛行物体に胴体を通り抜けられた二匹は、重要な臓器とパステルカラーの体液を撒き散らし同時に絶命!
哀れな断末魔は、一マイル先の襲撃者には当然聞こえない。
今度こそ群れ全体が危機に気付く。
だが。
ZAP! ZAP! BLAM!
怒り狂い、あるいは怯えてでたらめに各種元素吐息を放つ元素狼は一匹、また一匹と数を減らしてゆく。
身体能力は高いが大型個体でも体高四フィートほどである元素狼の吐息の有効射程は、四十から八十フィートの範囲に収まる。
つまり、どうしようもないのだ。
そして吐息で周囲を破壊し敵を見つけ出そうとする元素狼の本能的防御行動が、更なる被害の拡大を招く。
見通しが良くなったのである。
BLAM! BLAM! ZAP! BLAM! ZAP!
BLAM! ZAP! BLAM! ZAP! ZAP!
ZAP! BLAM! ZAP! ZAP! BLAM!
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「いち、にい、さん…………処理数二十三ね。
確か三十五匹の群れだったから残りは、えと……んと……」
「十二匹だろ」
「ああもう! 二桁ぐらいならわかるわよ!
…………えっと、何匹だっけバスチアンさん」
「十二匹だな」
「あ、はい、十二ね、十二体は三つのグループに分かれて逃げ去った。
元素狼の特性上、合流する可能性は極めて低いが引き続き経過観察の必要性を感じるものである……と、こんなもんかしら?」
予定された数を狩り終えた二人は崖から風元素の補助を受けて飛び降り、奇怪なパステルカラーの血痕に彩られた現場へ急行した。
現在は獲物を捌いたり、協会に提出するレポートのためのメモを書いたりと後処理に追われている。
「いいんじゃねえかな、つうか何があって魔物が活性化しとるんだろうなあ。
稼ぎが増えるのはいいことだが……と、こいつのクリスタルは無事か」
「バスタードベルガーとかいう名前だっけ? バスチアンさんのドワーフ銃。
いっつも思うけどさ、あれ中型魔物には明らかに過剰火力よね。
そりゃベルガーⅡじゃ上位危険区域は不安だろうけど」
メモ帳と筆記具を耐熱革袋に突っ込んだリュミエラは、バスチアンが内蔵とクリスタルを抜き終えた元素狼の皮を剥がし始めた。
強烈な熱線やら大口径の銃弾やらで死体の状態はあまり良くはないが、それでも各種元素の沈着した毛皮は到底放置していい金額ではない。
なお肉の味も悪くはないのだが、原色じみた鮮やかな色が都会人受けせず極めて安い。
いい部分を二ポンドずつほど抜いて土産にすれば十分だろう。
リュミエラは美しい空色で七色の煙を出すため今ひとつ人気がない故郷の味、スカイ・ワーム肉のことをふと思い出した。
「……あんな豆鉄砲じゃ威力以前に射程が足らんぜリュミエラ氏よ。
いやまあな、もっとバリエーションは増やすべきだとは思うんだがなかなか機会がねえのさ。
うっし、クリスタル抜き終了と。
キャリーを組み立てるからちと待っといてくれ」
バスチアンが三から五フィートほどの長さを持つ細い棒をバックパックから十数本取り出し、地面にばら撒く。
音を立て散らばったその針金めいた金属棒は、“キャリー”と呼ばれるドワーフ流の携帯用荷運び機だ。
魔力を流すか、クリスタルの粉末を撒く事でロックが外れ、本来の形と大きさを取り戻す。
分解には機体ごとに専用の波長を持った鍵を使用する。
バスチアンに魔力を与えられたキャリー棒は、すぐにギシギシ軋みながら蛇じみて絡み合い、大きくなってゆく。
しばらく後、そこに立っていたのはコンテナにローラー足が生えたコミカルな荷車だ。
このローラー足はかなりの機動力を持ち、不安定な斜面を進めるだけでなく、鍛えられた戦士の無茶な進軍速度にも多少は追従可能である。
バスチアンの趣味であろうか、コンテナの横面には顔のついた銃弾の絵が描かれていた。
彼は完成したキャリーに次々と荷物を積み込み始めた。
処理した数的にはもう撤収しても良いのだが、念のためあと数泊して可能な限り広範囲を己の目で確かめるべきだろう。
リュミエラもバスチアンも、どうにも不自然さを感じているのだ。
その間にもリュミエラは黙々と皮の処理と、死体の焼却を進めてゆく。
「ふう、こんなもんか。
とりあえず山の方に戻りましょバスチアンさん、こんな元素臭いところじゃ安心して休めないし。
あとこれ、なかなかいけるわ」
「うむ……しかしそれ、本当に食えるのか?」
リュミエラの手には赤と緑の煙を発している青黄色の塊が握られている。
元素狼の肝の塩焼きだ。
普通は解体したその場で魔物を食べたりはしないらしいのだが、ファルギ村ではそう珍しい事ではない。
ファルギ出身ではないバスチアンはやや顔をしかめてそれを受け取った。
「んむぐ、美味しいていってるじゃない、これだから都会人は」
「なんつうかメシの趣味だけはファルギ人と分かり合えねえな、そりゃ貰うがよ……む、目をつぶって食えばいける」
「ダメねえ」
「文化の差だ、旨い不味いじゃねえよ……おっとそろそろ動くべ」
「そうね」
二十匹以上もの魔物を解体した上、暢気に食事などしていれば当然とはいえ、いつの間にか日が傾きつつある。
一通りの作業を終えた二人は、パステルカラーの血やら何やらで汚れた身体を清めた。
浄化の僧術は使えないが、リュミエラは偽りの聖女の光熱で、バスチアンは地魔法“砂洗い”で似たような事はできるのだ。
仕事するたびに魔物やら何やらの体液で汚れる水晶集めには比較的優先度の高い技術である。
閑話休題。
「ところで、その珍獣はちゃんとあの狙撃に使った崖まで登れるの?」
「余裕だ、しかし崖を直接登るのは無理だから先に行って遠距離から見といてくれ。
あんたの収束光線なら何がきても当てられるからな」
「はいはい」
三つの影が夕日に照らされ、長く伸びる。
大きく欠伸をしたリュミエラは体温をいじって活性を上げると、軽快に駆けて一足先に崖を登っていった。




