10話 『所長、登場!』
「偶然ってのがかみ合いすぎてて嫌んなるわね、“勇者”エリクさん。
はあ、すっかり忘れてたわ、勇者と聖女はルクスコリ法だと聖堂騎士団員になるのよね……」
「いや実際、ファルギ村に寄って色々知らせる時間が取れなかったのは申し訳ないと思ってる。
確かに僕らはあんたらファルギ警備隊からしたら余所者だし。
前団長の、ロドリグ氏の所にも帰りに寄るから許してほしい。
それよりもだ、その子の、サンカントの言っている事は確かなのかい?」
「ええ、バイザーの下の瞳を見たでしょう?
今までもその、ベルトランの基地を潰してるならわかるわよね、サンカントが通常の生物じゃないってこと。
ギヨームの再調査によれば、あいつは“それ”の一部を手に入れている。
確かに少しだけ、ほんの少しだけ“勇者”を持っているのよ。
そしてサンカントは自身の記憶と力を探すために、同じ“それ”の一部を持っている相手を狙う。
つまり、“博士”の、ベルトランの造った奴を探しているの。
でもね、ルキエル火山横不審建造物に関しては、単にあたし達の縄張りだから潰すってだけよ」
「興味深い話だ、けどもなんにしろここを破壊して、ついでに残っていれば資料を漁ってからの話かな」
「エリク、世間話は脱出してからね……ところでリュミエラさん、サンカントさん、貴方がたはエリク同様近接戦闘員として戦力に数えてもよろしいのかしら?」
「それなりにはね」
「俺も問題ねえぜ、エリクさんには劣るだろうけど」
「なら、行きましょうか。
ふふふ、死にさえしなければ私が修復できますから、思い切りやってください」
「楽しそうだなジョゼ……」
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それは、あまりにも唐突だった。
リュミエラ達四人が先程の広間に戻り、奥へ進もうとしたその瞬間、中央の床が階段状にずれ落ちたのだ。
その先、最下層と予測される空間から、僅かな光が漏れ出ている。
何よりも四人を困惑させたのは、一瞬横切った小さな人影。
……子供!
そして、奥からメカニカルな、不吉な音が響き始めた。
ゴウンゴウンゴウン、何かがずれるような振動が延々と繰り返される。
四人は先を急いだ。
「ルキエル地下研究所にようこそ!」
不自然なほどに明るい少女の声が響く。
それは、異様な光景だった。
戦闘準備を済ませ、飛び降りるように階段を下った四人と一体(無論、エリク製のハイスピード・スチール・ゴーレムだ)が、呆然として周囲を見回す。
極端なまでの大広間である。
いや、もしかすると戦うために大広間へと改造されたのかもしれない。
異常の原因は中央やや奥、僅かに高くなった場所だ。
正確には、“在った”と言うべきだろうか。
巨大機械椅子、としか表現しようのないパイプまみれの魔道設備。
そのすぐ横に、同じく蠢く機械パイプが無数に接続された奇怪ローブを纏った四フィートにも満たない少女が立っていた。
同体格のヒトと比較して長い指と鋭い爪、浅黒い肌、太く真っ直ぐな髪の毛、尖った耳。
口からは牙が覗いているが、その凛とした表情はいかにも知性が高そうだ。
典型的な竈の商人族、ゴブリンの女性だ……そう、少女ではなく、女性。
成人なのである。
だが、当然ただのゴブリン族ではない。
不気味な黒い白目と、美しい金色の虹彩。
サンカントと違い身長などはそのままだが、まぎれもなくベルトラン製精鋭改造戦士だ!
小さな女性は、リュミエラ達の先制攻撃意欲を失わせるほどに柔らかな表情を浮かべ、優雅に自己紹介した。
まるで攻撃的でないその様子に、ついつい普通に話してしまう。
「“勇者”様、“聖女”様、可愛い050、そしてファルギ村の危険な方、遠路はるばるお疲れ様でした。
わたくしはベルトラン固有形質研究所所属、ルキエル火山横地下支部所長……そして、勇者部隊計画試験体成功品五号の“サンキエム”と申します。
……050、此方へ戻ってくる気はないのですね?」
「あるわけねえだろ! でも、お前がこっちに来るなら、それは」
「へへ、サンカント、あの子、美人さんだものね?」
「何言ってんだリュミエラさん、関係ないよ!
でも、俺、あいつちょっとだけ覚えがある……」
「ともかくだ、率直に聞こうサンキエム所長、投降する気はないんだな?」
到底破壊作戦最終段階にそぐわぬ、漫談じみた掛け合いに肩をすくめたエリクが会話に割り込む。
リュミエラとサンカントは鏡のごとき同時行動で肩をすくめて舌を出し、ばつが悪そうに口をつぐんだ。
「その選択肢は考慮されていません。
なお、当施設は全てのデータを回収、破棄済みであります。
こちらから渡すものはございません」
「……そうか、ならば“勇者”の名にかけてこの基地ごとお前を破壊する」
挑発じみたエリクの最後通告。
力強い魂と地元素のオーラがサンキエムを威嚇する。
だが、サンキエムは心底嬉しそうに微笑んだのだ。
「それは重畳、あなたがたの戦闘データを見た博士はお喜びになるでしょう。
可愛い050と仲間達、そして博士に看取られるわたくしは幸せだ。
さあ、形質科学の力を記憶に刻め!」
所長サンキエムは誇らしげにそう言うと、まるで幽霊のようにするりと移動した。
蠢くパイプがそれに追従し、魔力の煌きを発する。
サンキエムは巨大機械椅子に優美に座った。
身体をよく見れば、各所に接続端子じみた奇怪な穴が空いている。
各所が輝き、サンキエムと機械との接続は進行してゆく。
そして次の瞬間、大広間の壁が一変した。
大蛇の群れのごとき魔法回路パイプが壁と天井をぶち破って大量に出現。
サンキエムが吼える!
「我はサンキエム! 一つの心のサンキエム!」
直後、部屋のあちこち、十二ヵ所に短距離転移魔法回路が具現し、一ダースのソリオンが現れた。
当然画一的黒甲冑だが、通常のものとはやや材質が異なるようだ。
バイザー奥の視覚器官が魔力の輝きを放ち、十二個同時に点滅する。
そして、十三方向から同じタイミングで同じ叫びが上がった。
通常のソリオンでは有り得ない、人間味を感じる声だ。
「「我等はサンキエム!」」
叫びとほぼ同時に四人と一匹に対し、ソリオン軍団が戦闘行動を開始する。
ソリオンは異常なほど反応が良く、エリクやサンカントをもってしても今まで出てきた連中のようにはいかない。
サンキエム本人はどうなったか?
彼女は椅子に座った、いや椅子に接続されたままだ。
だが、その見た目はかなり変化している。
椅子を含めた全身が美しい銀色の膜に覆われ、サンキエムの肩と椅子脚部に何らかの発射口が出現。
頭部はこれまた銀色の禍々しいバイザーヘルムで隠されていた。
各所から太い金属線が伸びており、伝説のゴルゴンを想起させる。
さらには機械椅子が蒸気を吹き、四本の脚で立ち上がった!
そこに咆哮と共に飛び込んできたのはサンカントだ。GRRRR!
輝く拳がサンキエムを直接狙う。
しかしその時、奇怪な事が起こった。
目の前のソリオンをそれぞれ倒したエリクとジョゼが、あっけにとられて手を止める。
カシャンガシャン、異様に滑らかなステップを踏んで攻撃を回避した椅子が、戦闘馬じみた見事な二段蹴りを繰り出しサンカントを跳ね返す!
魔力の通った太い機械脚による打撃は、高密度の改造肉体と質量差を補正する固有形質をもってしても受け切れぬようで、彼は壁まで吹き飛んだ。
追撃としてか、はたまた驚いただけか、自在に動く硬い魔法回路パイプが殺到する!
サンカントは持ち前の怪力でそれらを引き千切るが、いかなる防衛システムかあるいはサンキエムの魔法なのか、パイプは後から後から生えてきてサンカントに自由を与えない。
「うげええ、離せちくしょう!」
暴れるサンカントを多少気にかけつつ、エリクとジョゼは見事なコンビネーションで一体ずつ強力ソリオンを破壊してゆく。
サンキエムが散発的に放つ火弾も、ハイスピード・スチール・ゴーレムが受け止める。
全く危なげのない地道かつ有効な作戦だ。
一方のリュミエラは両腕を斬りおとしたソリオンを盾に、隙を窺う。
そして。
「カーッ!!」
力を溜め込んだリュミエラが、気合と共に薄緑の収束光線を照射した。
直径にして一フィート以上もある高出力熱光線は当然のように対象であるサンキエムに光の速度で到達する。
今回は距離が近いのと余裕が無いのとで、照準も無しの速度最優先だ。
とはいえこの間合い、なおかつ相手は巨体となれば外す要素は存在せぬ。
光は必中。
そのはずだった。
リュミエラが眉を顰め、吐き捨てるように呟く。
エリクとジョゼも平静ではいられない。
「……何よこれ」
「う、ハイス?!」
リュミエラは今も危険な岩石蒸気を噴いている床の穴……反射された収束光線を浴びて消滅したゴーレムが立っていた場所に視線を向けた。
もう十五フィートもずれていれば、エリクとジョゼの命すらも危なかった。
当然、機械椅子共々サンキエムに致命的な傷は付いていない!
サンキエムが笑う。
「うふははははは! わたくしは曲面魔力鏡面仕上げで光を弾く!
対策済みですわあ!」
サンキエムはガシャンギシャンと機械音を立て、熱で溶解した脚部砲をパージした。
新しい発射口が伝説の偉大な白鮫の歯のごとくせり上がってくる。
リュミエラは悔し紛れに唇を強く噛んだ。
切れた唇から流れる血は、一瞬で煙と化すが傷はそのままだ。
実際、必殺の収束光線を止められたのは悔しい事この上ない。
あの襲撃の時に逃した妙なソリオン、確かカピテーヌと名乗っていた。
対策されていた原因はそれでまず間違いなかろう。
完全無敵というわけではないようだが、太い収束光線はリュミエラにとっても消費が激しく、連打が効かない。
リュミエラは一旦サンキエムを諦め、追撃の魔力弾を竜牙剣で弾きつつサンカントの回収に向かった。
しかしその瞬間、呪詛のようなサンキエムの声が響きだす。
声が終わらぬうちに部屋の各所に転移魔法回路が発生した。
「っぐ、液化クリスタル注入開始……緊急魔力チャージ完了……我は、一つの心の勇者、なり、強力召喚!」
「「我等はサンキエム!」」
そう、再召喚である!
虚空に出現した一ダースの追加戦力が四人の前に再び立ちはだかった。
軽快に跳ね回るサンキエム本体は、時にはソリオンを壁にしてジョゼの凶悪極まりない“聖光”をも器用に回避する。
逃げるのみではなく、散発的に魔力弾や機械触手パイプで支援攻撃を行うため非常に厄介だ。
壁のパイプを切り刻んでサンカントを救出したリュミエラは、気付けば複数の強力ソリオンに囲まれていた。
エリクとジョゼも同様だ。
華麗な聖堂騎士団式剣術で三体のソリオンを相手取るエリクが顔を歪めて叫ぶ。
「ジョゼ、部屋ごと破壊したほうがいいんじゃないか?」
「ダメよエリク、この建物は妙な妨害がかかっていて高出力の魔法が使いづらいの。
せめて強化増幅器が無いと戦闘中には無理ですわ」
話しかけられたジョゼは力なく返事を返す。
太い鞭状に伸ばした白い光の粒子で一体のソリオンを捻じ切りながらであり、傍目には到底苦戦しているように見えないが、そうでもないらしい。
エリクは小さく頷いた。
ジョゼが無理と自分で言う時は絶対に無理なのだ。
今回のエリク達の任務は複雑な意味を持つ。
そもそも最初の連絡からして不可解だった。
形質学者ベルトランは魔国シュバルドの政治屋であるハイ・エルフ達……恐らくは魔王本人から支援を受けており、その基地は基本的にルクスコリの南半分、シュバルド側に存在するのだ。
対してファルギ高地はルクスコリの北の端であり、火山地帯を超えるともう荒地と海しかない。
何故今、何故ここに、そして出合ったベルトランに因縁があると見える奇妙な戦士二人。
何かが起こっている……。
「そうかい、ならこっちが頑張らなきゃあな!」
エリクは自身のカーキ色鎧に手をかけ、不思議なタイル状装甲を掴んで一部を引き剥がした。
生木か、あるいは接着した紙が裂けるかのごとき妙な音と共に、圧縮されていた魔力が解き放たれる。
大地を表すペンタクル文様が描かれた数十枚の紙符があたりに舞い散った。
彼の鎧は厳密には鎧ではない。
地魔法の増幅器である符を無数に張り重ねて作られた消費型の仕込み武器なのだ!
渦巻く地元素の猛威に対し、三人組ソリオンが一斉に回避行動を取る。
しかし、遅い。
エリクは彼自身が紙符に込めていた破壊魔法の解放キーワードを叫ぶと共に、小気味よく指を鳴らした。
「バスター・マタアァァア!」
紙符から放出された濃密な地元素がエリクの周囲のソリオンに絡み付き、さらに伸びて視線の先の機械椅子サンキエムをも捉える。
発生した円筒形の大型力場は、敵の行動を一瞬遅らせた。
危険を感じたリュミエラとサンカントが息を合わせて一体のソリオンを蹴り飛ばし、転がるように脱出。
無論、相棒の得意技について熟知するジョゼは、とうの昔に回避済みだ。
ワンテンポ遅れて力場周辺に大量の元素瓦礫が発生し、内側に向かって殺到した。
異界の知識とエリクの強力な地魔法適性が合わさった質量破壊魔法は、ソリオンを青黒い挽き肉にしながら周囲の床と壁を破壊してゆく。
もうもうたる土煙の中では複数の爆音が繰り返される。
サンキエムの強靭な機械椅子と魔法瓦礫が干渉しあっているのだ。
エリクは次々に鎧をパージしては破壊を上乗せする。
何という用心深さか。
しばらく後。
「さて、どうにかミッション達成だな」
「相変わらずエリクはやりすぎですわね」
「さすが勇者は違うわ……」
破壊魔法バスター・マターにより天井が二枚崩れ、えらく開放的になった地下基地で四人は瓦礫の山を眺めていた。
ソリオンも全て破壊されている。
彼らは戦闘の過程で少なくない傷を受けていたが、いずれも重大ではない。
ジョゼが聖光の粒子を撒いてそれらを治癒してゆく。
凪めいた平和な瞬間だ。
だがその時、柔らかい光の愛撫を受けていたサンカントが不審そうに首をひねった。
「うーん?」
「どうしたのサンカント」
「えっとな、あいつが死ねば魂の欠片が来るはずなんだけど、宿舎の時みたいにさ」
「へえ、あんたのあれって直接食べる必要は無かったのね……でも、生きてそうな熱反応は……え?」
リュミエラは直感の導くままにサンカントを蹴り飛ばし、自身も跳んだ。
しかし、遅い。
凄まじい速度で床から生えてきた白銀の線が左肩を貫いた。
上級水晶集めたる戦闘者の本能が緊急事態を前にして神経系と魂をフル回転させ、痛覚を軽減すると共に体感時間を引き延ばす。
腕は動かせる。
思考も可能だ。
すなわち、致命傷ではない。
リュミエラは刺さったそれ、銀色に煌く魔法触手を熱劣化させむしり取った。
飛び散る鮮血は爆発的に上昇した体温により濁った煙となって沸き昇り、一瞬で瘡蓋と化す。
視線の先では、次々伸びてくるパイプ状の白銀触手をジョゼが聖光で焼却している。
そして、エリク。
「ぐ、が……これだけやってまだ生きているとは……」
パイプがエリクの胸部を貫通し、血が滴っている。
二つの魂と高い生命力を持つ“勇者”はこの程度では殺せず、弱らない。
だが最もサンキエムに近かった彼は、複数の貫通傷により物理的に足止めされていた。
瓦礫が内部からの力で爆裂し、次々と長虫が湧き出す。
中から現れたのは、おそらくサンキエム。
おそらく、というのは本当にそれがサンキエムなのか、この場の誰も確信をもてなかったからだ。
見よ! 冒涜的なその姿!
元の身体は上半身の一部しか残されておらず、銀青の特殊合成体液が滴っている。
肉は裂け、骨は砕けて代わりに白銀パイプが体内から伸び広がっていた。
しかし、無事な部位には強固な鏡状結界装甲が再展開されており、その瞳は意志を失ってはおらぬ。
「ゴホ、先程の機巧では力及ばず、失礼いたしました。
もう少しばかり情報収集にお付き合いくださいな……サンキエムです」
幼い美貌と悪夢が混ざり合った魔法機械生命体は、再び優雅に名乗りを上げると共に、機械触手の海の中へと沈んでいった。




