09話 『真贋混濁』
機械式破城槌の激突にも迫ろうかという轟音を立て、分厚い壁がぶち破られた。
室内に瓦礫が跳ね散り、煙が上がる。
しかしそこは、そもそも壁が破壊される前から惨憺たる有様であったのだ。
少なく見積もっても一辺が百五十フィートはあろうかという巨大な部屋には、様々な奇怪設備が設置されていたようだ。
何やら人が入れそうな巨大な円筒形のもの、無数のスイッチがついた台形のもの、太いパイプに覆われた球形の物体、クリスタルエンジンらしきもの、原形を留めぬ何かの死体……等々。
だが、それらはほぼ全て物理損傷している。
さらに、様々な手段で倒されたと思しき十を超えるソリオンの死体が散乱し、争いの激しさを物語っていた。
とはいえ、何もかもが終わった後というわけではない。
一糸乱れぬ戦闘陣形を組んだ十一体のソリオン達が、同じく戦闘体勢の何者かと睨み合っている。
まず、紺色のフード付きローブを纏い、細長い白銀のフレイルを構えて僅かに浮遊する奇怪な人型。
シルバーブロンドの長い髪がフードからこぼれている様と身長五フィートほどの小柄な体型から、女性的な印象を感じる。
次に、材質不明なカーキ色の軽鎧に身を包み、片刃の直刀を上段に構えた金髪の青年。
精悍なその姿に力強い地元素のオーラを纏っており、いかにも強力そうだ。
最後に、どちらの味方なのか判然としない全身がスチールグレーの骸骨じみた細身ゴーレム。
高さ六フィートほどとゴーレムとしては小型だが、頭があるべき場所に何も無いため、腕と脚が妙に長く見える。
指は一本も無く、掌から直に太い棘状の刺突武器が生えていた。
ともかく、計十四体の戦闘者の注意が、一斉に破壊された壁へと向く。
金髪男が驚きの声を上げ、ソリオンが一斉に警告音を発した。
「「Beeeeeeeeeeep」」
「増援だと?!」
煙の中から、鏡のように煌く防御膜を纏った人型生物が飛び出す。
現れた上半身裸の少年は、整列しているソリオン達の真ん中に威勢のいいシャウトと共に突っ込んだ。
「っしゃー!」
足場代わりに踏みつけられたソリオンが首をもぎ取られ、薄青い飛沫を飛ばしながら転倒。
再度宙を舞った少年は隣の個体の胸部に、爪先を叩き込む。
胸部核を蹴り出された個体も無論、即死だ。
その反動で更に回転跳躍し、輝く小麦色の球体と化した少年に、ソリオン達の左腕に内蔵された合計九丁の燃料式魔法銃が連射される。
だが、鏡状の防御膜は全ての火弾を跳ね返した。
何という理不尽な反撃だろうか!
運悪く複数の跳弾を胸部に受けたソリオンが、断末魔じみた電子音と共に崩れ落ちる。
射撃の通じない輝く球体は放物線を描いて落下し、回避が間に合わなかった一体を粉砕しつつ、ようやく着地した。
一回の跳躍で四体、満塁本塁打にも匹敵する偉業!
少年はそのまま残りのソリオン達と格闘戦を始め、破壊し始めた。
その様子を少し離れて観察していた浮遊する紺色ローブが、不思議そうに呟く。
よく通る、鈴が鳴る様な声。
やはり、女性だ。
「エリク、どう思う?
敵では無い気も少しするのだけど」
「僕にもさっぱり……待て、もう一匹来る!
受け止めろハイス!」
煙が晴れた壁の穴から、新たに現れたのは赤黒いフードマントの人影だった。
やはり煌く鏡の防御膜を纏っているが、ソリオンを虐殺している少年のものと比較するとその輝きは不安定で、薄い。
フードの陰になった顔を、室内を見回すように左右に振ったそれの注意は、スチールグレーの細身ゴーレムに向けられた。
人影が戦闘準備だ、とでも言いたげに分厚いマントを身体の後へと流し開く。
輝くように白い、いや、実際に光を放つ肌を、フードマントと同材質の半袖、キュロット、ブーツが彩っている。
女性にしては背が高く、引き締まった身体と赤みがかった禍々しい光を放つ三角形の大型刃物が、彼女が近接戦闘者であることを如実に表していた。
警戒を強めたスチールグレーゴーレムが二本の刺突武器を構え、威圧する。
それを殺意と受け取ったらしい女性は腰を落とし、力強く床を踏み込んだ。
女性が踏みしめた床には、スパイクブーツの足型が残されている。
単純な力ではなく、高熱により僅かに溶融しているのだ。
吸うだけで火傷せんばかりの熱があたりに立ち込める。
何らかの魔力的視界で攻撃行動を認識したスチールグレーゴーレムは、その外見からはずいぶんと乖離した機敏な動作で身を翻し、防御体勢を取ろうとした。
だが、女性の動きはスチールグレーゴーレムの、いや、ゴーレムのマスターであるエリクと呼ばれた男の予測より遥かに速かった。
正確には、防御自体が無意味だったのだ。
電撃的速度で突っ込んできた女性が、薄赤い剣閃を残し振りぬいたクリーム色の刃は、スチールグレーゴーレムの正中線を過たず通過した。
通過したとしか言い様がない。
何の抵抗も無く両断されたスチールグレーゴーレムは左右別々に倒れ、魔力に還元されて砂のように崩れ去る。
後には素体である、二つに割れた小さな鉄人形が残された。
ゴーレムを葬り去った女性が、隙を消しつつ体勢を整えようと踊るようなステップを踏む。
その動作でフードが脱げ、シルバーブロンドのセミロングが流れるように広がった。
エリクの瞳が二重の驚愕に見開かれる。
「ハイスを切断だと、いや、え、ジョゼ?!」
「あああああ!」
浮遊していた紺色ローブの女性が叫び、強力な魔力が発散される。
フレイルから電撃状に成型された風元素が迸り、赤黒フードマントに向かってゆく。
電撃は鏡の防御膜に防がれたが、防御膜自体を砕くことには成功していた。
赤黒フードマントの女性が表情を崩し、慌てる。
「うわ、ちょっと待っ?!」
相棒の行動で我に返ったエリクは、聖堂騎士団仕込みの剣術で直刀を真一文字に振った。
先ほどゴーレムを一刀両断した三角形の刃と衝突するが、強力な“勇者”の力が通された直刀はその異常物質にきっちり耐え、赤黒フードマント女性の体勢を崩す。
そして聖堂騎士団式対人剣の真髄は連撃だ。
一度でも受けさせれば、敵を倒すまで止まらない。
実際、女性が体勢を立て直す前にエリクの攻撃準備は終わっていた。
しかし、エリクは動けない。
女性が彼の相棒、ジョゼに異様に似ていたせいもないとは言えないし、立て直しの動きが明らかに聖堂騎士団式だったということもある。
とはいえ、それらがもたらした隙はごく僅かにすぎない。
主原因は突如発生した凄まじい閃光に視界を潰されたためだ。
だが、光を発した側である赤黒フードマントの女性も動かぬ。
エリクの背後で聞きなれた安堵の溜め息が聞こえた。
一度焼かれたエリクの視界が、“勇者”ならではの超回復により戻りはじめる。
「ま、間に合っ、た…………」
一気に魔力を大量放出した紺色フードローブの女性ことジョゼが、ふらふらと着地した。
フードが外れ、透けるような白い肌と蒼い虹彩の瞳が露になる。
左手からは今なお光の粒子が流れ出していた。
そこから少し離れたソリオン虐殺現場では、質量ある謎の光沢粒子に束縛された少年が鏡のようなオーラを点滅させながら叫んでいる。
流線型のバイザーにより表情は定かでないが、少なくとも平和的なものではないだろう。
彼の身体で唯一自由な部位である首が動くたび黒い逆毛がわさわさ揺れ、ゴブリンか、あるいは爬虫人の特徴である鋭い牙が打ち鳴らされる。
エリクとジョゼは事情聴取すべく、少年の方へと向かった。
「あああ、俺は敵じゃねえって、離せ!
何でこれ砕けないんだよ、気持ち悪い、外しやがれちくしょー!
ソリオン倒してやったのにこの仕打ち!」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ、頼むよ……それで、君は何者なんだ」
「GRRRR! 俺はサンカント! じゃねえ、自分から名乗れクソ野郎!」
「挑発してどうするのよエリク。
私はルクスコリ聖堂騎士団特殊部隊員、ジョゼ・ブランシュですわ。
サンカントさん、先程の此方の攻撃は咄嗟の事で、色々と失礼いたしました。
暴れないと約束していただけるなら、その聖光束縛も外します。」
欺瞞めいてはいるが、今回に限っては本心からの言葉を紡いだジョゼが、滑らかなシルバーブロンドを揺らし優雅に礼をする。
基本的に戦いのみの人生を送ってきたエリクと違い、ソレイエル神官でもある彼女はこの手の対応には慣れっこなのだ。
彼女の目論見はどうやら成功し、サンカントは唸りながらもまともに返事を返した。
それを見たエリクは再び喋ろうとしたが、余計事態を混乱させる気がして思いとどまった。
実際、彼にしては英断と言えるだろう。
「GRR……俺は、ファルギ村下級水晶集めサンカントだ、じゃない、サンカントです。
ええと、ジョゼブラ? 違う、えと、リュミエラさんみたいな人……そうだ! リュミエラさんがヤバい!」
束縛されたままのサンカントが、首を大きくひねって白濁した魔力氷山を見た。
その中にはリュミエラが居る筈だ。
「私はジョゼですよ、と。
安心して下さいサンカントさん、リュミエラさんでしたっけ、確実に生きています。
氷棺の魔法は固形化した水元素で対象を束縛停止させるだけのものです。
本気で殺そうと魔力を注ぎ込むならともかく、通常は息もできますし、凍結死したりもしません。
……ちょっとぐらいは霜焼けになるかもしれませんが、それも私が治せますから」
「違う、そうじゃない!
おおい、リュミエラさん、俺は大丈夫だから、なあ!」
サンカントは必死に叫ぶ。
ジョゼとエリクが微かに顔を歪めた。
氷山が、眩い光を発して融け崩れる。
そして、全身から蒸気を噴きながら出現したリュミエラが、溜め息をついて座り込んだ。
ずぶ濡れの全身が逆回しじみた速度で乾燥してゆく。
「うっさいサンカント、あたしは冷静だし、この緊急時に暴れたりしない、わよ。
すいません聖堂騎士団の方、ゴーレム壊しちゃって……ソリオンだとばっかり、ああ寒かったあ」
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どうにか誤解を解くことに成功した二つのチームは、少しばかり引き返して情報交換を開始した。
敵地であるが、エリクによると一度制圧した場所には、理由不明ながらもしばらくの間ソリオンが現れることはないらしい。
床を破って強引に進んできたリュミエラとサンカントには全く知り得ない事である。
「…………というわけでして、聖堂騎士エリクさん、聖堂騎士ジョゼさん。
あたしはファルギ村からルキエル火山横不審建造物の破壊に来た、上級水晶集めです。
で、この子はまあ……仲間の下級水晶集め。
それにしても、既にルクスコリ聖堂騎士団メンバーが到着していたのは甚だ予想外でした。
我々が一昨日の朝にファルギを出発した段階では、実際の出撃連絡は届いておりませんでしたので」
リュミエラのやや刺々しい言い分に、エリクが難しい顔で返す。
「それは申し訳ない、ただ、ベルトラン案件は緊急性が高いため事後連絡となってしまうことも……」
「あ、エリク、それは」
と、直前まで静止していたジョゼが目を見開き、慌ててエリクの口を塞いだ。
リュミエラにそっくりなシルバーブロンドが揺れる。
エリクはそれに怒るでもなく沈黙した。
だが、ジョゼより先に反応したものがいる。
エリクとジョゼから身を隠すようにリュミエラの足元に座って、やや不機嫌そうにしていたサンカントだ。
跳ね起き、叫ぶ。
「待ってエリクさん、聞いたことがあるぞそれ! ベルトラン!
重要な響きなんだよ、あ、あの」
「うぐ、ひょへほっほ……ごほん、何だと?
ジョゼ、彼らに説明しても大丈夫だろうか」
「どうかしら、まあ証明タグも確認しましたし、ファルギ村所属の上位戦士なのは間違いないようですけど。
そこらへんはエリクの判断に任せますわ、私は人心ならともかく、その手にはやや疎いので」
しばらく唸っていたエリクだが、結局は“ベルトラン”について説明し始めた。
機密保持(といっても、作戦内だけのことであり国家機密というわけではないのだが)よりも情報収集を優先すべきと判断したのだ。
あるいは、ファルギ村などという僻地に住んでいるならば、何を言ってもそうそう外には漏れないだろうという打算も含まれていたかもしれない。
「なら、僕が話せる範囲で説明します水晶集めの方。
ベルトラン、“形質学者ベルトラン”は、元ルクスコリ人の研究者で、国賊です。
きわめて優秀でしたが様々な犯罪に手を染め、先代勇者の反乱と死亡にも深くかかわっていると言われています。
死亡したと思われていましたが、数年前に生存が確認されました。
潜伏していた彼は、どこからか、おそらく敵国シュバルドでしょうが、ともかく潤滑な資金源を得て、非人道実験と貴方がたが“ソリオン”と呼んでいるものをはじめとした改造戦士製造を今も繰り返しています。
ここも高い確率で実験基地のひとつでしょう。
我々ルクスコリ聖堂騎士団工作員、なかでも僕とジョゼは、ベルトランの秘密基地を破壊するのが第一の任務なのです。
……でだ、サンカント……変わった名前だな、うん、ベルトランの何を知る?
それと、可能なら上級ではなく下級にもかかわらずここまで来た理由も教えてくれると嬉しい」
「ごめんエリクさん、ベルトランってのは頭の中にあるだけで、何なのかは今までよくわからなかった。
話を聞く限り俺を改造した奴、博士のことなんだと思うけど。
……で、えっと、俺は勇者の力を取り戻しに来たんだ!」
「え?」
「あ、サンカント馬ッ鹿」
エリクとジョゼがぽかんと口を開けた。
それ以上の失言を止めるため、リュミエラがマントをはためかせてサンカントの頭を巻き込んだ。
再び走る緊張感。
エリクは再び剣を抜こうとしたが、ジョゼが白い光の粒子でそれを抑えた。
リュミエラがその様子を見て、まだ交渉の余地があると判断し口を開く。
「そこら辺はこれから説明しようとしていたところでして、申し訳ありません。
でですね……ロドリグとギヨームが……というわけです」
「なるほど、そういうことでしたら理解できます。
それよりリュミエラさん、あなたは先代聖堂騎士団長の娘さんでしたのね。
確か“偽りの聖女”でしたっけ。
こうして出会ってみると、本当に、顔まで私と似ていますわ」
「へ、は? 似ている、え?!」
「ああ、すみませんリュミエラさん、先ほどの自己紹介には不備がございました。
いえ、決して嘘をついていたわけではありません、私は確かに聖堂騎士団員です。
……正しくは、ルクスコリ聖堂騎士団、特別秘密工作員“光の聖女”ジョゼ・ブランシュ」
「な、なな……なんですって、こんな……」
戦闘で乱れていた青いローブを調えなおし、白く柔らかい光を発する魔力粒子……“聖光”を全身から発したジョゼが、堂々とした名乗りとともに優雅な礼をする。
ここ数年で最大の衝撃を受けたリュミエラは、その場に頽れた。
怪人図鑑そのよん
〔スチール・ゴーレム“ハイス”〕
勇者エリク操る首無しゴーレム型のミニオンだ。
彼を“勇者”たらしめている異世界の魂による知識を利用したカスタマイズがなされている。
同時に操作できるのは一体のみで、素体は小さな鉄製の人形。
リュミエラの“牙”により破損したが、ハイスの再召喚は素体がある限り何度でも可能であり、彼がしもべを失ったわけではない。
・おおきさ
6フィート1800ポンド
・装備
ハイスピードスチール装甲
両掌にハイスピードスチール・エペ
・特殊魔法と能力
「任意式マスター視界共有」
「芋掘り」
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