89話 『激震』
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無数の魔法回路と、メカニカル集積回路構造が組み合わさった文様が一面に広がる正方形の空間に、美しい正八面体の発光物体が展開されてゆく。
学のあるものがよく目をこらせば、立体映像が緻密で異形の積層魔方陣であることが理解できるだろう。
だが、今はだれもいない。完全に無人だ。システムだけが強制的に動かされている。
ZAZZAZZZZAPZZAP
しばらくの後、激しいスパークとともに正八面体は砕け散った。
振動と紫電がおさまり、光源が魔法回路文様のみに戻る。
そこには今まで影も形もなかった二つの人型。
奇妙な空間は、珍しい構成の転移門部屋だ!
「ふー、成功してよかった」
「門に鍵がかかっていただけでルートは生きていますから、失敗する確率は低いと言ったでしょう」
現れた人型が声を発した。
微かな金属音を立てるフードマントを纏った女に、金色の虹彩と浅黒い肌が特徴的な女性じみた喋りの少年。
上級水晶集めリュミエラと、改造竈の商人族の怪人少年サンカント……に寄生した彼の姉怪人の残滓、“サンキエム”だ。
性格は決して良くないが、悪意はまあ、それほどはないし、繊細な技術と知識は非常に頼れる。
ともかく、彼女は怪人研究員としての記憶と力をフルに発揮し、廃棄されたシルヴェストル地下ベルトラン基地の転移補助装置を強引に再起動したのだ。
そして二人、つまりリュミエラとサンキエム、いやサンカントは、距離にして数十マイル先にある秘密の場所にワープしてきた。
「あのねえ“サンキエム”、普通のヒトは転移のシステム構成とか知らないの。
わからないものは怖い。本能よ本能、わかる?」
「はいはい、わかりますわか……おかしい」
「どうしたの」
「管理システムへの侵入を試みましたが、根本的に“生きて”いないようです。
どうやら転移ルームだけは系統が別のようですが。
うむ、やはり四式緊急転送装置関連は非常用という位置づけなのか、と、なると……」
怪人サンカントの備える先代勇者コードにより作成した、生体魔力ワイヤーを壁の文様に這わせ何らかの情報処理を行いはじめた“サンキエム”が首をかしげた。
計算高く狡猾な彼女にしては珍しく、動揺が表に出ている。
慌てて聞き返すリュミエラ。
「え、ここがベルトラン研究所の本部地下基地なんでしょ、システムが生きてないってやっぱ転移にミスが?」
「座標は割り出した本部基地内と同一している。
そもそも、私は内部構造をある程度知ってますから間違えるわけないです」
「じゃあどういう」
「おそらくはセジエムの奴が事実を言っていた、と。そういうことに、腹立ちますけどね」
「あー、“魔王”と仲違いしたから出撃するとかいうあれが、つまり、ええと、もぬけの殻ってことで、ああもう、メェルド!
だけど基地機能まで切れてるのはおかしくないかな、“サンキエム”」
「引き払うほどの何かが起こったか、秘密基地内に招待するほど大魔王アンドレアスとの関係が深く、契約を切るには全ての施設を引き払う必要があったか、あるいは」
呆れ返るほどに精緻な回路文様が刻まれた転移ルームの天井を見上げて情報処理を続けつつ、別のタスクに思いを巡らす“サンキエム”。
導き出された答えは、思考の順序こそ違えどリュミエラと同一した。
「両方?」
「そうなりますね、んん、先代勇者コードの反応が一つ、いや、移動して、いや、近づいている!?」
「確実に敵でしょ、こんなどん詰まりの、しかも怪しい部屋で迎撃するのはごめんこうむるわ」
「仕方ないですねえ、調べるのは後で」
「戦闘なのにサンカントに戻んないの、あんた」
「この場所なら、私の方が良い」
「いいけど、私はまだあんたと肩を並べるのはぞっとしない」
不平を呟きながらもきっちり戦闘準備に入ったリュミエラが、偽りの聖女で薄ぼんやりと発光をはじめた。
「……全く同意」
遅れて、“サンキエム”がワイヤーを伸ばして転移門部屋の隔壁扉を解放。
ベルトラン基地特有の白色ケミカル照明が消え、ぼんやりとした発光塗料のラインだけが見えている薄暗い地下通路へと二人は駆け出した。
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カッカッカッカッカッ、地下深くに響く金属的な足音は、上位の漆黒甲冑生物ソリオン・コマンド部隊のもの。
本来はノーマル型のソリオンを一ダースまで率いることが可能な機体だが、今はより上位の怪人に指揮されている。
“それら”は一応の思考能力を持つものの、正しい意味での意思はなく、主人に与えられた命令には絶対服従だ。
一つ目の命令を完遂した“それら”は、相互に通信を行いながら一か所へと向かっている。
「コマンド003、001、全通常ソリオン自壊処理完了」
カッカッカッカッカッカッ。
「コマンド002、奴隷研究員焼却処理完了」
「コマンド006、004、メイン管制システムシャットダウン準備完了」
「コマンド005、メイン管制システムシャットダウン開始」
カッカッカッカッカッ。
「うーし、よくやった野郎ども、転移門部屋を封鎖して撤収だァー」
いかにも野蛮な声とドカドカ荒々しい歩み。
身長八フィート近くもある髭面禿頭に加え、伝承にある戦闘昆虫を彷彿とさせる四本腕の姿は到底元がヒト族とは思えない。
ベルトランとセジエムの無茶な改造を受けた勇者試験体四十九番、怪人カラントヌヴィエム。ソリオン・コマンド達の指揮官だ。
外部直通ハッチから出撃する幹部メンバーの見送りを終え、施設の停止処理が最終段階に入った今、彼は上機嫌だった。
巨大地下施設の後始末役を割り振られた時はげんなりしたものだが、意外にも気楽な仕事だ。
何しろ恐ろしい主人であるベルトランや、もっと恐ろしいシュバルド“大魔王”にルクスコリ“勇者”と相対しなくて済むのだから。
彼は同じく役目を終えた六体のソリオン・コマンドを引き連れ、今は停止した各種の広間や実験室を抜けて目的地へと歩みを進めていた。
作業を終えれば脱出し、指定された合流ポイントで待つのみ。
その、はずだ。
「オオッ、なんだァ!?」
KABOOM!
突如、隔壁の一つが吹き飛び、カラントヌヴィエムは振り向いた。
ソリオン・コマンドが一斉に追従する。
彼の意識は、そこで白い闇に包まれた。
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「どんな奴かと思えば、歯応えのない」
赤黒いフードマントをはためかせるリュミエラが、竜牙剣を合成石材床に突き刺して肩をすくめた。
深紅の鱗と白い肌と白い超重元素に彩られたスレンダーな肉体は、星の子の力の残滓で微かに熱を発している。
「不意討てばこんなものでしょう、と、碌な記憶がないなこの怪人、けれど勇者コードはあの子向きですねえうんうん」
同じくがっかりしたような調子の声は、今まさに捕食された怪人の青い人工血液が滴る口元を拭った“サンキエム”。
足元には完全にスクラップとなったソリオン・コマンドの残骸と、元は四本の腕を持っていた怪人の、腕と頭を引き千切られた躯が転がっている。
正面から戦えば強かったのかもしれないが、リュミエラ達は怪人が態勢を整える前に終わらせた。
作戦としては非常に単純だ。
壁をぶち破って先手を取り、偽りの聖女の常套手段である強烈な閃光で視力を奪う。
次の瞬間には“サンキエム”が前もって生成しておいた大量の魔力ワイヤー触手が濁流のように溢れ出し、狭い地下通路を押し広げながら怪人と六体のソリオン・コマンドを吞み込んだ。
自慢の四本腕を活かした怪人のマーシャルアーツが披露されることはもうない。
「でもさ“サンキエム”、ソリオンさえ戦闘モードじゃなかったってことは、こいつらはあたしたちを迎撃に来たり警備したりとかじゃないのよね」
「単純に転移門部屋を停止するため向かってきたようですね」
「うー……ん……どうしよう、エリク隊長には調べるって伝えたけど、この調子じゃなんも残ってなさそうな」
「本部とはいえここまで完全に停止されようとしている施設に、あのハカセが研究資料を残しているのは考えづらい」
「そうよねえ、とりあえず脱出してから……えっ地震? や、違」
衝撃を感じて僅かによろめいたリュミエラが、天井から落ちてきた石片をはね飛ばす。
敵、ではない。あたりが揺れている!
“サンキエム”は急いで魔力ワイヤーを伸ばして地下通路を補強するとともに、地上へ続く穴をあけるべく地元素による地盤浸食を開始した。
「これは、この揺れは一体、頭が、ゆれて」
(姉ちゃん代われ、魂魄ストレージ経由じゃ出力が足らねえよ!)
焦る“サンキエム”の思考領域で、本来の肉体の持ち主であるサンカントが覚醒し、叫ぶ。
(了解、新しい勇者コードは整理済みです)
(ありがと姉ちゃん)
「って、やべえ崩れるって畜生ォ!」
意識が入れ替わり、怪人少年の持つ高密度の改造肉体がどくんと震えた。
精密さと引き換えに地盤を引き裂く力が上昇し、、頭上に穴が穿たれる速度が上がってゆく!
一方のリュミエラにできることはあまりない。
確かに、変身して偽りの聖女を全開にすれば、どれだけ深かろうとドラゴンが巣を掘るがごとく周囲を溶融させて脱出できる。
とはいえ、それではサンカントの命が危ないし、地上までの距離によってはその後の活動に支障が出る。
非常に不本意だが、今だけは守られる立場に甘んじざるをえなかった。
「お帰りサンカント、あと穴掘り任せた」
「おう! で、何がどうなってこれ、ぐううおおおおお、この、この!!!」
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
「あたしに聞くんじゃないわよ、あーあ」
「ちげえリュミエラさん、俺の、いやいい、脱出口作るから、待ってて」
「言われなくても、ん? どしたの?」
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
(Regagnez.)
「うるせ、なんでもねえ、つってるだろ、平気だ」
「まあ、なんでもないなら、いや、待ってなにこれ、力が溢れる!」
キィィィィン! 響くか細い大気の震え。
リュミエラは理解した。してしまった。
突然に満ち満ちた偽りの聖女のパワーソース、星の子の根源。
そして、おそらくは勇者コードに起因するサンカントの異変。
揺れているのは、ひび割れているのは地面ではない! 空間だ!
怪人図鑑そのよんじゅうに
〔勇者試験体四十九番『カラントヌヴィエム』〕
形質学者ベルトランの非人道的改造により勇壮な記憶と異形の力を得たヒト男。
外骨格を備えた四本の腕を持つ戦闘用の怪人で、非常に高い格闘能力を備えている。
とある事件により放棄することとなったベルトラン研究所本部の後処理を担当していたところ、通常ありえない手段で侵入してきたリュミエラとサンカントに遭遇。
実力を発揮できないまま地の底で散った。
・おおきさ
7フィート9インチ、350ポンド。
・装備
外骨格アーマー
ベルトラン式電磁ナックルダスター
・特殊魔法と能力
「過負荷出力維持」
「四腕流格闘術」
「ベルトラン怪人基本セット」
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