第三節:赤と黒の閃光
悲鳴の聞こえた開けた場所へ躍り出ると、そこには倒木が散乱し、泥にまみれた惨状が広がっていた。
そこには、恐怖で腰を抜かした男女二人の冒険者がいた。怪我こそなさそうだが、ガタガタと全身を震わせ、死の恐怖に顔をひきつらせている。
手前に倒れているのは緑色の肌をした普通のオーク——そして、その二人を見下ろすように立ち塞がっていたのは、通常のオークを遥かに凌ぐ巨躯と、引き締まった筋肉、そして濃い緑色の皮膚を持つ上位種だった。
巨大な丸太のような棍棒が、逃げ場を失った二人に向けて振り下ろされようとしている。
(ハッ……ハイオーク!? な、なんでこんな森に……!?)
思いがけない上位種の存在に、ミリアは息を呑んだ。
ハイオークは討伐ランクで言えばCランク以上の強力な魔物だ。冒険者になったばかりで、一番下のFランクにすぎないミリアが一人で戦って勝てるような相手では到底ない。
恐怖で一瞬だけ全身の血が引くような感覚に襲われる。
けれど、背中に冷や汗を流しながらも、ミリアの脚は止まらなかった。
ミリアはハイオークと二人の間へ飛び込むと、身構えながら声を張り上げた。
「ぼ、ボクが相手になるよ……! だから……早く逃げてっ!」
少しだけ声が震えてしまうのを隠すように、背後の二人へ言葉を投げる。
「ひ、ひぃぃっ! す、すまんっ!」
「嫌ぁぁっ! 助けてぇぇっ!」
二人は恐怖のあまりなりふり構わず立ち上がると、感謝や心配の言葉を掛ける余裕すらなく、悲鳴を上げながら森の出口へ向かって命からがら逃げ出していった。
二人の遠ざかる足音を聞きながら、ミリアはぐっと息を呑む。
(よかった……! せめて、あの二人が逃げ切るまで……ボクが時間を稼ぐんだ……っ!)
腰の剣を引き抜き、両手で強く握りしめる。
ハイオークは鼻から荒い息を吹き出し、怒りに満ちた咆哮とともに、丸太のような棍棒を力任せに横薙ぎに振るってきた。
「くっ……!」
突風のような威圧感に気押されそうになりながらも、持ち前の素早さで必死に身を屈め、ギリギリで回避する。
すれ違いざま、相手の太ももに向けて渾身の力で剣を振り下ろした。
ザシュッ!
「グアッ!?」
刃が通り、ハイオークがわずかに体勢を崩す。
(やった……効いてる! これなら——)
だが、手応えを感じた次の瞬間、ミリアの視界を圧倒的な絶望が覆った。
痛みに狂ったハイオークが、足の手傷など意にも介さず、空いた巨大な左腕をそのまま振り抜いてきたのだ。
「え——」
回避も、ガードすらも間に合わない速度と質量。
丸太のような拳が、ミリアの脇腹を真横から直撃した。
ゴッ……!!
「あ……がっ……!?」
咄嗟に魔力を体に張り巡らせたがそれでも鈍い衝撃音とともに、肋骨が軋む嫌な感触が伝わる。
視界が強烈に回転し、軽々と宙を舞わされたミリアの身体は、数メートル先の巨木の幹へと背中から激しく叩きつけられた。
ドカァンッ!
「カハッ……!!」
激痛と衝撃で呼吸が止まり、手に握っていた剣が手元から滑り落ちて乾いた音を立てる。
全身を破壊されたかのような激痛に、視界が一瞬だけ真っ暗に塗りつぶされた。
「…………っ、……」
頭の中をキーンと甲高い耳鳴りが支配し、周りの音が遠のいていく。
数秒の間を置き、途切れ途切れの意識のなかで、ミリアは必死に……ほんの少しだけ顔を持ち上げた。
(あ……れ……? 動かない……や……)
指先一つ、脚の一本すらピクリとも反応しない。自分の身体ではないみたいだ。
ぼやぼやと霞む視界を必死に凝らしても、前方の光景が歪んで捉えきれない。
(動け……動け……っ! 動いてよ……ボクの身体……っ!!)
心の中でどれだけ叫んでも、冷たくなっていく手足は重く固まったままだ。
キーンという耳鳴りの隙間から、ドスン、ドスンという地響きのような重い足音だけが鼓膜を揺らす。
霞む視界の先で、ハイオークの巨大な影が、血に濡れた棍棒を悠々と持ち上げる姿が見えた。
(あぁ……ボク……ここで、終わっちゃうのかな……)
湧き上がる死の恐怖。けれどそれ以上に、自分の無力さに対する悔しさが胸を締めつける。
(もっと……ボクが……強かったら……っ……)
溢れる悔し涙とともに死の影が静かに覆いかぶさってくる。
ハイオークの太い腕が、ミリアの頭上へ容赦なく振り下ろされた——その瞬間。
パンッ……!!
衝撃音とともに、ハイオークの巨大な腕が弾け飛んだ。
「グァア゛ッ……!?」
何が起きたのか理解できず、自分の丸太のような腕を失ったハイオークが痛みにうめく。
視界すら追いつかない一瞬の出来事。気づけばミリアとハイオークの間に、一人の人物が静かに立っていた。
全身を深い黒のフード付きローブで包んだ、怪しい青年。
(だ……誰だろう……? よく、見えない……あぶ、ない…… 逃げ……)
混濁する頭で呆然と見上げるミリアへと、青年はゆっくりと振り向いた。
フードの陰から冷ややかな瞳で倒れ伏すミリアを見下ろすと、青年はフッ……と鼻で小さく笑う。
「相変わらずだな、勇……いや、ミリア」
「え……? いま……なんて……」
呆れたような、けれどどこか懐かしむような低い声。
ミリアが混乱する暇もなく、腕を吹き飛ばされて狂乱したハイオークが、残った右腕で棍棒を掲げ、青年へ向けて咆哮とともに振り下ろす。
「ウガアアアアアッ!!」
迫り来る死の暴風。しかし、青年は背後の気配すら一顧だにしない。
シュンッ……
赤い眼光と共に青年の腰元から引き抜かれた黒い刀身が、夜の暗闇よりも深い『黒い一閃』となって、迫る巨躯を切り裂いた。
「…………え?」
直後、カツンと鞘に刃が納まる小さな音が響く。
ドサッ……!!
ハイオークの巨体が、頭部を失った状態で沈黙し、地面を激しく揺らして崩れ落ちた。
丸太のような棍棒も、主を失って虚しく転がっていく。
腕を吹き飛ばした速度も、首を落とした一閃も——どちらもミリアの理解を遥かに超えた領域。
(赤い目……黒い……一閃……それに……いま、ボクのこと……)
圧倒的な強さと、意味深な言葉を残した青年の存在感に目を奪われながら、ミリアの意識はついにプツリと切れ、深い闇の中へと落ちていった
こんにちは!ガネットです。
第三節読んでいただきありがとうございます!
今回の話はどうだったでしょうか? 面白ければ次回の話も読んでくださいね!
まだまだ書き始めたばっかですので表現とか下手かもしれないですが、書くたびに上手くなって見せますので優しく見守っていただけると幸いです。
投稿頻度は週に1~2回はしたいと思ってます!




