第二節:森の異変
街を抜けると、のどかな平原と真っ直ぐに伸びる街道が広がっていた。
カラカラと軽やかな音を立てて回る巨大な風車群を背に、ミリアは元気よく街道に歩を進める。
「ふふふ〜ん♪ 今日の夜ごはんは何にしようかなぁ〜。お肉かなぁ、それとも定食屋さんの特製スープかなぁ〜」
鼻歌を歌いながら進むことしばらく、目指す「深緑の森」の入口が見えてきた。
ミストラインの街の近くにあるこの森は、普段であれば比較的安全で、薬草採取や小型の魔獣退治など駆け出し冒険者たちの格好の訓練場となっている場所だ。
森の中に一歩踏み込むと、木々の隙間からやわらかな木漏れ日と涼しい風が差し込み、土と葉の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「よしっ、まずは依頼の『ミスト草』を探さなきゃ!」
ミリアは腰のポーチから依頼書を取り出し、描かれた薬草の絵柄と足元の草むらを交互に見比べる。
「えーっと……葉っぱの形がギザギザで、茎がちょっと赤くて……あ! これだ!」
勢いよくしゃがみ込み、見つけた草を勢いよく引っこ抜く。
「やったぁ! 幸先いいぞ〜! ……って、あれ? 茎が青い……ただの雑草だぁ……ふえぇ」
がっくりと肩を落としつつも、気を取り直して草むらをかき分ける。
大きな樹木の根元を覗き込みながら、ミリアはふと視線を躍らせた。
(うーん……こういう怪しい木の根元とかに、伝説の聖剣とか眠ってたりしないかなぁ……? 『見つけし者よ、汝に力を与えん!』みたいな感じでピカッと光ったりして……! で、ついでに財宝の入った宝箱とかも……!)
一瞬だけ脳内で大冒険者の自分を妄想して「ふふふ……」と怪しいニヤニヤ顔を浮かべるミリア。けれど、根元にあるのは湿った苔とただの石ころだけだ。
「……うん、あるわけないよね。地道に薬草探そう……」
自分で自分にツッコミを入れ、妄想を振り払って作業に戻る。
泥だらけになりながら根気強く探し続け、採取袋に少しずつ『ミスト草』が溜まり始めた、その時——
ガサガサッ!
「っ!?」
突然、近くの茂みが激しく揺れ、中から羽をバタつかせた生き物が飛び出してきた。
「ココココッ!? クックッー!!」
そこにいたのは、丸々と太った胴体に短い羽を持つ鳥型魔獣——『コッコ』だ。
この森に生息する最弱の魔物だが、せわしなく首を前に突き出しながら、威嚇するようにミリアへ向かって一直線に飛びかかってくる。
「くっ……出たな!」
ミリアは素早く腰の剣を引き抜いた。
まだ身のこなしには硬さが残り、体術も素人同然ではあるものの、相手の動きをじっと見極める。
目の前に迫るコッコの鋭いクチバシでの突きを、持ち前の素早さで横へステップして回避。すれ違いざまにぐっと踏み込み、剣を鋭く振り下ろした。
「たぁっ!」
ザシュッと心地よい手応えとともに、コッコを綺麗に倒してみせる。
「ふぅ……よしっ!」
剣に付いた汚れを払って鞘に納めると、ピクピクと動かなくなったコッコを見下ろし、ミリアの瞳がキラリと輝いた。
(これ……コッコのお肉じゃん! 解体して持っていけば、すごく美味しいお肉が食べられる……!)
「やったぁぁ! 今日の晩ごはん代、浮いちゃったぞ〜〜!!」
さっきまでの緊張感を一気に吹き飛ばし、両手を挙げて大喜びするミリア。
しかし——その歓喜の声をかき消すように。
——「ぎゃああああああっ!?」
森のさらに深い奥から、静寂を極限まで引き裂くような男の絶叫が響き渡った。
続いて、大樹がバキバキとなぎ倒される凄まじい破壊音と、地面を揺らす重苦しい咆哮。
「っ……!? な、なに今の音……!?」
ビクッと肩を跳ね上がらせ、ミリアの背中に冷たい汗が伝う。
腹の底まで揺らすような恐ろしい咆哮に、一瞬だけ恐怖で足がすくみそうになった。
けれど、次の瞬間——
(誰かが……襲われてる……っ!)
恐怖で震えそうになる足にぐっと力を込め、ミリアは腰の剣の柄を強く握りしめた。
「待ってて、今行くから……っ!」
ミリアはコッコのお肉も、採取したミスト草もそのままに、悲鳴と咆哮が響いた森の奥へ向かって躊躇なく駆け出した。




