第一節:冒険者ミリア
空は気味の悪い黄金色に歪み、足元の大地は崩壊して漆黒に染まっていた。
あちこちに転がる見知らぬ惨状。
ミリアを含めて、そこには7人の冒険者たちがいた。
けれど、いくら目を凝らしても誰の顔もはっきりとは見えず、叫び声も水の中にいるように籠もって聞こえない。
ある者は崩れ落ちて二度と動かなくなり、
ある者は髪を振り乱して絶望に泣き叫び、
ある者は片腕を吹き飛ばされ、血の海の中で息を荒らげている。
息を吐くことすら憚られるような、酸鼻極めた地獄絵図。
そんな世界が壊れていく狂気の中で——たった一人だけ、鮮明に見える人物がいた。
漆黒の髪に、吸い込まれそうな深い赤い瞳をした青年。
彼だけはハッキリと視界に映り、その声だけが胸の奥深くに直接届いていた。
(……ボクは、なんて答えたんだっけ……?)
自分が彼に向かって口を動かしたことだけは覚えている。
何を言ったのかは思い出せない。けれど……それが、あの地獄の中で考えうる『最善』の選択だったことだけは、確信があった。
直後、視界のすべてが目も開けられないほどの純白の光に包まれ——
——ハッと、目を開けた。
「……ふぁぁ……んぐ」
そこは、いつもの心地よい風と木漏れ日がが差し込む、簡素な宿屋の小部屋だった。
天井の木目をぼんやりと見つめながら、ミリアは頭をかく。
「……なんだったんだろ、今の夢……」
夢の余韻は朝の光に溶けるように消え去り、思考はすぐにいつもの日常へと引き戻される。
ミリアは豪快に大きくあくびをしながら体を起こした。
肩から盛大にはだけたぶかぶかの寝間着は少女としての危機感ゼロだが、本人は全く気にする様子もない。
ベッドから飛び降りると、パジャマを脱ぎ捨てて手慣れた手つきで使い古した冒険者服へと着替えていく。
腰には革の鞘に収まった一本の長剣。
短い栗色の髪のサイドを少しすくい、お気に入りの赤いリボンで可愛らしく結ぶ。
最後に、壁に掛けられた小さな鏡を覗き込んだ。
鏡の中に映るのは、眠たげなエメラルドグリーンの綺麗な瞳と、幼さの残る整った童顔。そして——頭頂部からピコッと主張するように立ち上がる、主張の激しい一本のアホ毛。
「むむ……今日も元気に立ち上がってるなぁ」
ミリアは手のひらに少しだけ水をつけると、アホ毛を念入りにペタペタと押し潰した。何度も手ぐしで撫でつけ、毛流れを整える。
「よしっ! 完璧! 今日こそボクの勝ち!」
鏡の中の自分に向かって満足げにドヤ顔を決めると、パンと自分の両頬を叩いて気合を入れた。
名前はミリア、16歳。
特別な魔力もなければ、剣の使い方も身体の動かし方もまだまだ素人同然。
けれど、諦めることだけは絶対にしない——駆け出しの冒険者だ!
「よーし、今日も一日がんばるぞー!」
胸を張ってバッと部屋のドアを開け、廊下へ踏み出す。
その瞬間——
ポンッ。
あの格闘の時間は何だったのかと言わんばかりに、撫でつけたはずのアホ毛が元の綺麗な立ち姿へと勢いよく復活した。
本人はそれに全く気づかないまま、元気に階段を駆け下りていく。
宿を出て外へ飛ぶと、朝の眩しい太陽が目に飛び込んできた。
ミリアは眩しそうに目を細めながらも空を見上げる。その瞳が朝光を受けてキラキラと輝いた。
ここは、光王国の東に位置する街——ミストライン。
数々の冒険者たちが拠点とするこの街は、のんびりと回る大きな風車や見渡す限りの豊かな農地、そして趣のある石造りや木造のファンタジー感あふれる建物が整然と並ぶ、活気と温もりに満ちた場所だ。
大通りを歩き始めると、ミリアの忙しい朝が始まる。
「あっ! 待って待って、今助けるからね〜!」
通り沿いの大きな木の上で、降りられなくなって泣いていた小さな毛玉のような小動物を発見したミリアは、迷わず木に登り始めた。
途中で服の裾を枝に引っかけて「ふえぇ……」となりつつも、無事に小動物を抱きかかえて地面へ着地。元いた場所へそっと帰してあげる。
「おじいちゃん、その荷物ボクが持つよ!」
次は、背中を丸めて重そうな木箱を運んでいたお年寄りを見つけ、自ら買って出た。
身体強化のコツも知らないミリアは、「ぬぬぬ……重い……っ! ふえぇ、前が見えな——きゃっ!?」
角を曲がった瞬間、前方の視界を遮る木箱のせいで、通りがかった人物と軽く肩がぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさいっ! 荷物で前が見えてなくて……っ!」
慌てて謝りながら見上げると、そこにいたのは黒いフード付きのマントを深々とかぶった背の高い男性だった。
フードの影から覗いたのは、吸い込まれそうなほど静かで、どこか冷徹なまでに研ぎ澄まされた鋭い赤い瞳。
男はミリアの必死な顔と、膝をガクガクさせながら抱えている大きな木箱へ一瞬だけ視線を落とすと——
「……フッ」
深くかぶったフードの奥で、ほんのわずかに呆れたような、どこか懐かしむような笑いを漏らした。
そして言葉を交わすこともなく、そのまま無言でミリアの脇をすり抜けて去っていく。
(……変な人。っていうか……なんかすごく強そうな雰囲気だったな……?)
一瞬だけ、今朝見た夢の情景が脳裏をよぎりかけたものの、手元の木箱の重さに「うぐぐっ! 落ちちゃう落ちちゃう!」とすぐに意識を引き戻され、ミリアは再び膝をガクガクさせながら歩き出した。
無事に荷物を目的地まで運び終えると、今度はいつも通っている行きつけの定食屋の前へ。
「ミリアちゃん、おはよう! いつも元気だねぇ」
「えへへ、おばちゃんおはよ〜! 朝の準備忙しいでしょ、お皿洗い手伝うよ!」
仕込みに追われる店主のおばちゃんを見かねて厨房へ突撃し、バタバタとお手伝いをこなしてみせる。
「本当に良い子なんだから。ほら、焼き立てのパン持って行きな!」
「わぁぁ! ありがと〜おばちゃん! いただきまーす!」
出来立て熱々のパンを口にくわえながら、ミリアはようやく目的地の冒険者ギルドへとたどり着いた。
重厚な木製の扉を両手で押し開ける。
「おっはよ〜ございま〜す!」
威勢よく挨拶を投げかけると、ギルドの中にいた先輩冒険者たちが一斉に振り返った。
「おう、おはようミリアちゃん。相変わらず元気だな」
「お前、また腰が入ってない歩き方して……怪我すんなよー?」
「また朝から街の手伝いしてきたんだろ? ほんとお人好しだなぁ」
返ってくるのは、冷たさではなく呆れ笑いと、どこか親しみと心配の交じった視線だ。
不器用で戦いはまだまだ素人だが、街の誰からも愛されているお人好し——それがミリアの立ち位置だった。
「えへへ〜、大丈夫だよ! 今日の晩ごはん代のために頑張るんだから!」
ミリアはニカッと八重歯を見せて笑うと、依頼掲示板の前へと向かった。
じっと見つめて選んだのは、街の外に広がる森での「薬草採取依頼」。
「よしっ、気合入れて行ってきまーす!」
依頼書を大事に抱え、ミリアは風車の回るミストラインの街角を抜け、緑豊かな森へと向かって元気よく走り出したのだった。
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本作が「小説家になろう」への初投稿となります。
まずは自分が一番読みたいと思える「ちょっとクスッと笑えて、でもやる時はやる!」そんな王道ファンタジーの物語を形にしてみたくて執筆を始めました。
ミリアたちの冒険を、自分自身も楽しみながらコツコツ更新していこうと思っています!
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