04
前回あれほどまでにポンコツな姿を披露したデートだったが、レオ様は呆れることも見捨てることもなく、再びデートの機会を与えてくれた。
「……あれ?」
デートの最中、エスコートしてくれるレオ様の横顔をチラリと盗み見る。
人混みの中を歩くとき、彼は「あちらは人が多いですね。こちらへどうぞ。」と自然に私を車道側から庇い、段差があれば「足元、お気をつけください。」とすっと自然な動作で手を差し伸べてくれる。その立ち振る舞いには一切の無駄がなく、しかし、包み込むような圧倒的な安心感があった。
さらには、私が可愛らしい雑貨に気を取られてフラッと歩き出しそうになると、
「危ないですよ、セレスティア様。」
優しく腰に手を添えて自分の方へと引き寄せてくれたり、少し風が冷たくなってきた時には、
「冷えますから。風邪でも引かれたら大変です。」
と、自分の上着をサッと肩にかけてくれたりするのだ。
(おかしいな……めちゃくちゃスマートで格好よくない……? 包容力エグない……? 私、普通にキュンとしてへん……!?)
顔は大きめの眼鏡とボサボサの髪で隠れているけれど、彼が醸し出す雰囲気は完全に「包容力の化身」そのものだった。
落ち着いた心地よい低い声、触れられる手の温もり、私の数々のポンコツな言動を「ふふ、セレスティア様は本当にかわいらしいお方ですね。」とすべて笑顔で受け止めてくれる懐の深さ――その威力が凄まじすぎる。
(あかん、飲まれてしまう!でも私への好感度良い感じやない? これなら、権力の化身な王太子との不毛な婚約を回避して、彼と穏やかに子爵家で暮らせるかもしれん……!)
しかも地味男くんとなら、きっと毎日穏やかで、美味しいタルトでも食べながら平和に過ごせるはず。
「レオ様、私、今日のデートもすっごく楽しかったです!」
「僕もですよ、セレスティア様。またこうしてお出かけしましょうね。」
そう優しく微笑む彼に胸をときめかせ、大きな希望を抱いてその日のデートは終了した。
――しかし、別の日。 用事があって城の回廊を歩いていると、通りかかった侍女や騎士たちの噂話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、聞いた? 王太子レオナード殿下、また外交で完璧な成果をあげられたらしいわよ!」
「さすが殿下ね! 文武両道、完璧にして至高のお方……! まさに我が国の誇りだわ!」
「でも、殿下の妃になる方は本当に大変よね。王妃教育は地獄の厳しさだって噂だし、外国からの賓客の接待、政治の裏工作までこなさなきゃいけないんですもの……。」
「ええ……生半可な覚悟じゃ、一ヶ月もたたずに心が壊れちゃうという噂らしいわね。」
ヒソヒソと交わされる会話を聞き、私の顔からスーッと血の気が引いていく。
(ひえっ……っ!!)
王妃教育は地獄。 政治の裏工作。 心が壊れる。
(やっぱり王妃とか絶対に無理無理無理無理ーーーーーっ!! 前世の社畜時代より過酷やんけ!! プレッシャーで胃に穴あくどころか粉々に破裂するわ!!)
私は自分の胃のあたりをぎゅっと押さえ、ブルブルと小鹿のように震え上がった。
(恐ろしすぎる……王宮という名のブラック企業……! やっぱり、あの完璧超人王太子との婚約だけは死んでも回避しなければならない!!)
私の平和な人生と胃袋を守るため、私はあの優しくて包容力抜群の「地味男くん」に全てを賭けることを、改めて固く心に誓った。
(絶対に逃げ切ってみせる……!)
心の中でメラメラと情熱を燃やしながら、私は固く拳を握りしめた。
しかしそこへ、豪華絢爛なドレスを身に纏った令嬢が、不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。
「フフッ、何を呆けたお顔をなさっていらっしゃいますの、セレスティア様?」
高く甲高い声が、静かな回廊に響き渡った。
振り返ると、そこには豪奢なドレスを風になびかせた一人の令嬢が立っていた。
薔薇のような濃いピンク色の髪を扇情的に揺らし、扇子で口元を隠している。
「あら、ごきげんよう。エレノア公爵令嬢……」
そこに立ちはだかったのは、国内でも最高峰の権力を誇るエレノア公爵家の令嬢だった。 彼女はバサリと扇子を閉じると、私を蔑むような鋭い視線で睨みつけてくる。
「皆様の噂を聞いておりましたけれど……まさかそのような地味でみすぼらしい子爵令息にかまけて、王太子殿下とのご面談を突っぱねるなんて。本当に高飛車で嫌味なお方ですわね!」
「た、高飛車……?」
(いや待って、私高飛車なの!? ただプレッシャーに負けて逃げ回ってるだけのポンコツですけど!?)
思わず内心で激しいツッコミを炸裂させていると、エレノア様はフンと鼻を鳴らし、これよがしに胸を張った。
「だいたい、殿下の隣に立つ王妃として相応しいのは、このわたくしですわ! 学識も社交術も完璧。何より、我がエレノア公爵家は貴女のグリムヴァルド侯爵家よりも爵位が上ですのよ! このような性格の悪い嫌味の塊のような令嬢より、わたくしの方が何倍もふさわしいに決まっていますわ!」
「まあ……、エレノア様の素晴らしいご実績と高貴なお家柄はかねがね伺っております……。」
(……うーん。エレノア公爵令嬢。確かに家柄は申し分ないけれど、彼女が王妃だと公爵家の派閥が強大になりすぎて貴族派と王室派のバランスが崩れない? ……あ、でもそれを超えて真実の愛!? 2人がくっついてくれたら私への王妃打診も立ち消えて、安心安全なんやない!?)
ええ、まさに仰る通りですわ! エレノア様こそ王妃にピッタリですわ!と、心の中で大絶賛の拍手を送っていた、まさにその時だった。
「たいへんだーーーっ! だ、誰か、誰かおられぬかー!?」
回廊の奥から、青ざめた顔をした外務大臣の伯爵がドタバタと走ってきた。
「どうなさったのです、大臣? 回廊を走るなんて淑徳に欠けますわよ。」
エレノア様が眉をひそめて問うと、大臣はあわあわといった様子で叫んだ。
「た、たった今、隣国の帝国から急ぎの親書が届いたのだ! しかし、使者殿が持参された古代暗号文の解読書が雨で濡れて濡れ鼠! 解読の手順が分からず、さらに外交文書の文脈も特殊で、今日の夕刻までの返答が間に合わん! もし返答が遅れれば、我が国が帝国を軽視したとして開戦の口実にされかねんのだ……!」
外務大臣は丁寧に状況を説明してくれる。
「まあっ……!? か、開戦!?」
エレノア様は一瞬で顔を真っ青にし、引きつった笑みを浮かべながら後ずさった。
「そ、そんな国家の存亡に関わる重大事、わたくしの管轄外ですわ! おーほほほ。」
(えぇー! こーゆー時に戦争にしないように回避させるのが王妃の器でしょ!代わり代わり! )
現場に走る激震。大臣が頭を抱えて「もう終わりだ……」と崩れ落ちそうになった、その瞬間。
(いや待てよ。王妃回避の前に、まず国が平和じゃないと私ののんびり子爵家生活も立ち行かへんやん。戦争とかやってられんわぁ。……ん?)
「……え、ちょっと待って。」
私はすっと前に出ると、大臣の手から濡れた解読書と古代暗号文をひょいっと奪い取った。
「グ、グリムヴァルド侯爵令嬢!? これは気安く触れてよい文書では――。」
大臣の制止も耳に入らない。私は穴が開くほど文書を見つめた。
(……あ、これ。この前世の記憶を思い出してパニックになった後、脳死で図書室の『古代帝国語と暗号論解読』の専門書をパラパラめくってた時に載ってたやつやん! ドパガキ特有の無駄な浅く広い知識、ここで役に立つわぁ!!)
「これ、解読書のページが濡れてくっついてるだけね。あと文脈のこの言い回しは……えーっと。『戦争だ。』じゃなくて、単なる『帝国の特産ワインを買い付けたいから関税安くしてね。』っていう、いつものコピペ外交挨拶文じゃないかしら?」
「は、はいぃ!? コピペ……?? い、いやしかし、この古代文法の接続詞は威嚇の意では――。」
「違う違う!2行目のここ、主語が省略されてるから勘違いしやすいけど、帝国の宮廷式礼節では『親愛なる隣国への軽口』を意味する文脈なの! もう!ほら、ここに羽ペンと紙貸して!」
私はすらすらと羽ペンを走らせると、解読手順と正しい翻訳、そして完璧な外交プロトコルに則った返答の骨子を、数分で書き上げた。
前世の会社員時代、難解な仕様書と理不尽な上司の指示書を速読して秒でレスポンスを返していたノリと、元々のセレスティアが持っていた「文武両道トップクラス」のハイスペックな身体機能が、奇跡を起こしたのだった。
書き終えた紙を「はいこれ!」と渡された外務大臣は、眼球が飛び出さんばかりに目を見開いた。
「な……なんという速さと正確さ! 古代暗号を瞬時に解いて、帝国の意図まで見抜くだと……!? す、すばらしい! これぞ真の国母、王妃となるべきお方だーーーっ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
周囲にいた騎士や侍女たちから、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
「さすがセレスティア様だ!」 「エレノア公爵令嬢様とは格が違う!」 「まさに王妃として最もふさわしいお方だー!」
「え……あ……???」
一瞬で持ち上げられ、祭り上げられる私。
さっきまで威張り散らしていたエレノア様は「キーッ! 覚えておらっしゃい!」と顔を真っ赤にして地抱えをし、悔しそうに走り去っていってしまった。
(えっ!?待って待って!私の代わりがぁぁぁ!! エレノア様行かないでーーーっ!!)
心の叫びも虚しく、拍手はさらに大きくなる。
(嘘やろ? 私、王妃を回避するために頑張ってたのに……なんで逆に王妃への外堀埋まってってるん……!?)
「ち、違います!! 私、王妃とか全然全然! たまたま知ってただけで、普段はホンマポンコツなんですーーーっ!!」
必死で否定するものの、周囲は「まあ、なんて奥ゆかしいの!」「ご自身を誇らない姿勢も素敵!」「能ある鷹は爪を隠すのですわね!」と完全に好意的に解釈され、拍手と称賛の嵐は留まることを知らない。
絶望のあまり、私はその場にガックリと膝をついた。
「うぅ……終わった……。私の平穏な生活が……胃に穴があく……。」
泣きそうになりながら頭を抱えていると、ふわりと温かい影が私を包み込んだ。
「セレスティア様。」
トントン、と優しく頭を撫でられる感触。
見上げると、そこには眼鏡を少し直しながら、心の底から愛おしそうな笑顔を浮かべるレオ様がいた。
「よしよし。……凄かったですね。本当に見事な手際でした。」
「レオ様……。」
大きくて温かい手が、ポンポンと優しく頭を撫でてくれる。
彼から漂う心地よい香りと、包み込むような温もりに、私の波立った心がスーッと落ち着いていく。
「うぅ……レオ様……。私、王妃になんかなりたくないのに……。」
「ええ、分かっていますよ。僕の前では無理をしなくていいんです。……頑張りましたね。」
目尻を下げて「よしよし」と撫で続けてくれる彼に、私は思わずうっとりと顔を寄せてしまった。
(レオ様は分かってくれる……! あかん……めちゃくちゃ癒される! この地味男くん、やっぱり最高のヒーローやん!)
私はレオの胸元にすり寄って癒やしを補給していた。
……だが、私を抱きかかえるレオの頭上では、彼と側近の目線が静かに交わされていた。
(殿下……今の事件の解決で、ますます『セレスティア様を王妃に』という世論が固まりましたね。)
(……ふふ、最高の展開だね。これで彼女を正式な婚約者にする正当な理由が完璧に揃った。)
(うちの王太子は……。可哀想なセレスティア嬢……。)
側近が心の中で引きつった合掌を捧げていることなど露知らず。 私は「レオの撫で撫で」に完全に骨抜きにされながら、「とりあえずレオ様さえいれば生きていけるわ……。」と、勘違いの安心感に浸っていたのだった。




