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婚約破棄は自由の合図!〜追放令嬢は皇帝陛下の腕の中で愛を叫ぶ  作者: 蒼良美月


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5.華麗なる大円舞曲(1)

 エレノアの実家であるヴァレンタイン侯爵家から不穏な手紙が届いて数日後。今度は彼女の元婚約者であるルミナス王国のジュリアン王子から、公式な国際親善の書状が届いた。


『アルカディア帝国との親善のため、我が国にて大夜会を催す。ついては、セドリック殿下の出席を乞う。また、我が国から逃亡した大罪人エレノア・ヴァレンタインを引き渡す外交交渉も同時に行いたい』


「……あの羽虫どもが。腐ってもエレノアの祖国だと思い、今まで踏み潰すのを待ってやっていただというのに。どこまで舐めた真似をしてくれる」


 書状を読み終えた瞬間、セドリックの周囲の空気が、一瞬にして絶対零度まで凍りついた。


 ──ガタガタガタッ!


 執務室に控えていたハリスをはじめとする禁軍の精鋭たちが、そのあまりの恐怖──命を刈り取る覇王の威圧に膝を震わせ、その場に平伏する。


 大陸を震撼させる『冷血無慈悲の死神』が、真の姿を現した瞬間だった。


「俺の大切な……いや、俺の『未来の伴侶』を罪人呼ばわりとはな。面白い。その夜会、我が帝国の圧倒的な軍事・経済・政治的プレッシャーをもって、骨の髄まで圧殺してやろう」


 セドリックの氷のように冷たくも美しすぎる微笑みに、側近たちは背中に絶え間なく冷や汗を滑らせていた。



 ◇




 ──書類を届けに行っていたエレノアが、何も知らず執務室に戻ってきた。


 セドリックは立ち上がり、ゆっくりと彼女のもとへ歩み寄ると、ジュリアンからの書状を差し出す。そして、彼女の返事を待たずに、その繊細な手首を優しく引き寄せた。


「エレノア、お前も来い。俺の『パートナー』として」


「え? 侍女としてではなく、パートナーですか……?」


 問いかけるエレノアの瞳に不安の色が過ったのを見逃さず、セドリックの瞳が真剣な熱を帯びる。彼は彼女の手の甲に熱い唇を寄せ、吸い付くように深々と口づけた。


「不満か? 俺はお前を、誰の目にも明らかな、世界一幸福な女にする。そして……お前を傷つけたあの馬鹿どもに、本物の『絶望』を教えてやる」


 耳元で囁かれる、低く甘い声。いつもは冷徹な死神と恐れられる彼が、自分だけに魅せる圧倒的な熱量と色気。エレノアは心臓が跳ね上がり、顔を真っ赤に染めながらも、負けじと不敵に微笑んでみせた。


「いいですね! ちょうど、あの元婚約者のド腐れ体幹と、実父の曲がりくねった根性を、物理的に叩き直してやりたいと思っていたところですわ!」


「……ふっ、相変わらず可愛いな。だが格闘は極力しなくていい。お前は俺の隣で、ただ世界で一番美しく微笑んでいればいいんだ。あとの汚い泥仕事は、すべてこの俺が引き受ける。いいな?」


 至近距離で見つめられる、夜空を切り取ったかのように深い美貌で、すべてを包み込むような甘く危険な言葉に抵抗できるはずもなく、エレノアはトドメを刺されたように静かに頷くしかなかった。





 ◇




 そして、運命の夜会の日。


 かつてエレノアが冤罪を着せられ、婚約破棄されてすべてを奪われた──まさにその同じルミナス王宮の大ホール。


「これはこれは、セドリック殿下! 遥々我が国へようこそ……ん? その隣にいるのは……」


 ジュリアンが、ニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべて出迎えた。彼の隣には、相変わらず派手で下品なドレスを着たマーガレットが寄り添っている。


 だが、セドリックのエスコートを受け、一歩踏み出した女性を見た瞬間──会場全体が、まるで時が止まったかのように静まり返った。


 そこにいたのは、最高級の深紅のシルクドレスを纏ったエレノアだった。


 黄金の髪は芸術的なまでに華やかに結い上げられ、胸元にはアルカディア皇室の象徴である不滅のダイヤが、目も眩むような輝きを放っている。


 何より、かつての陰鬱な影は微塵もなく、セドリックの隣で堂々と佇む彼女は、誰もが見惚れるほど神聖で美しかった。


「お、お前……エレノア!? なぜそんな格好を……! お前は我が国の大罪人だぞ! 今すぐ這いつくばって、俺たちに命乞いをしろ!」


 ジュリアンが、かつて投げ捨てた道具が眩しく輝いていることに激昂し、虫けらを見るような目で怒鳴り散らした。


 さらにエレノアの実父であるヴァレンタイン侯爵も、すかさず前に出る。


「我が家の恥晒しめ! 今すぐジュリアン殿下に無礼を詫びて、その汚い首を差し出せ!」


 かつて自分を苦しめた理不尽な言葉の数々に、エレノアは憤怒でぎゅっと拳を握りしめ、一歩前へ出ようとした。


 ──まさに、その瞬間。


 すっと、セドリックが彼女を包み込むように前に立った。


 彼がただ、冷ややかな一瞥をジュリアンたちに向けた。ただそれだけで、会場中の空気の密度が変わり、ジュリアンたちの言葉が恐怖で喉に張り付いた。


「静粛に」


 セドリックの低く、静かな声。しかしそれは大ホール全体の重厚なガラスをピキピキと震わせるほどの、圧倒的な「覇気」を孕んでいた。


 会場の温度が氷点下まで下がったかのような錯覚。誰もが呼吸の仕方すら忘れるほどの、本物の「絶対王者の威厳」だった。


「我が最愛の婚約者であり、アルカディア帝国の次期皇妃──エレノア・フォン・アルカディアを、罪人呼ばわりすることは……我が帝国への『宣戦布告』とみなすが。ルミナス王国には、我が軍と戦い、明日この国を滅ぼす覚悟があるのだろうな?」


「こ、婚約者ぁぁぁあああーーーーっっ!?」


 ジュリアンとマーガレット、そして実父の叫びが見事にハモった。周囲の貴族たちも、帝国の逆鱗に触れたことを悟り、顔を真っ青にしてガタガタと震え出す。


「な、何をおっしゃるのです、セドリック殿下! そんな女、ただの退屈で、何の取り柄もない、人形のような女ですぞ!?」


「退屈? 何の取り柄もない、だと?」


 セドリックは、心底哀れむような、そして血も涙もない冷酷な目でジュリアンを見下ろした。


「お前は、この国一番の至宝を自らドブに捨てた、稀代の愚か者だ。エレノアがどれほど知的で、どれほど気高く……どれほど俺を狂わせるほど愛らしいか、お前のような無能には一生理解できまい。……彼女の本当の価値を知っているのは、この世界で俺だけでいい」


「っ……!」


 セドリックはそう言うと、見せつけるようにエレノアの細い腰を引き寄せ、守るように強く抱きすくめた。


 大ぜいの前で示された、あまりにも強引で、深く熱い独占欲。


 エレノアは背後で「ひゃんっ……!」と可愛らしい悲鳴を上げてしまい、耳まで真っ赤にしてモジモジと身を縮こまらせた。


(やだ……心臓が破裂する……! 筋肉の限界トレーニングでも、こんなに胸がバクバクしたことないのに……っ!)




 ◇




「嘘よ! そんなの絶対に嘘よ!! その女は私を突き落とした恐ろしい悪魔よ! 信じないわ!!」


 ──その時だった。


 完璧なまでの败北と現実を受け入れられないマーガレットが狂ったように叫んだ。


 彼女はエレノアを貶めるために用意していた、真っ黒なインクがなみなみと入ったグラスを固く握りしめると、般若のような相貌でエレノアのドレスを目がけて猛然と突進してきた。


「死ねばいいのよ、嘘つき女!!」


 嫉妬と悪意に狂った女の手が、エレノアの目の前へと迫る──!



「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」

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