59話「パメラ対ギルマス」
(……嘘泣きで合ってるんだけどね)
涙もただの魔法で水を出した。
閉じ切ってない手のひらの隙間から覗き見すると、ギルマスは相当焦ってるみたいだ。
私が見てるのにも、気づかずにオロオロしてる。
意外と女の泣きに弱いタイプらしい。
「だからお前は33になっても結婚できねえし、モテねえんだよ」
「なっ!うるせえ!!関係ねえだろ!!」
(へー、院長の一個下なんだ……)
結婚は置いといて、モテないのはわかる。女心とかわからなさそうだもん。
「見損ないました師匠」
「ユアン、おめえまでっ!?」
(わ、わぁ……)
……私もユアンにそんなこと言われたら落ち込むかも。
失敗しても全てを包み込んでくれそうな、謎の安心感があるから余計にメンタルにくる。
肩を落としているギルマスを見て、心底同情する。
「何こいつ。あんたたち、こいつが師匠で大丈夫なの?」
「俺は親父が剣はこいつに習えって言うから仕方なく。後悔してる」
「色々教えてもらって尊敬していたけど、何もしてない女の子に剣を向けるのはやりすぎだ。
しっかり反省してください師匠」
アンちゃんはともかく、弟子二人からの人望も薄いみたいだ。
二人とも見たことのない顔をして怒って、それを見てギルマスは狼狽えている。
威厳も何もない……。
猛獣が弱ってる姿に見えて、本当にちょっと気の毒に思えてきた。
(はぁ……もういいのかな?いいよね?)
ディランの方をチラっと見ると、頷かれる。
「おじさん、こんな嘘泣きに騙されないでよ」
「は?う、嘘泣き?あれ、本当に嘘泣きだったのか!?」
出鼻をくじかれた気分だ。
もっと来るかと思ったのに、意外とギルマスの怒りが続かなかった。
「お、お前、人間の皮を被った魔物だろ!?やめろお前ら!!こんな女についてくな!!!!」
前世でいう悪魔みたいな女だな。みたいな感じ?
それは褒め言葉だね。それだけ効いたってことだもんね。
「俺がやれって言った。こいつのせいじゃねえ」
「は?なんでお前が……」
状況を飲み込めないらしい。
登録書を渡す前に、実はディランから、ギルマスが何かやらかすかもと聞いていた。
それでディランの鬱憤が溜まっていたのか、やり返せって言われて面白そうだから乗った。
今ディランが凄くいい笑顔をしているから、私のやり返しはお気に召したみたいだ。
(自分でやる方が面白いのに……)
まぁ私はギルマスのことがわかって安心できたからやってよかったけど。
ギルマスは猛獣の皮を被ったいい人だ。
「くっ……いつの間にかこいつのペースに飲まれてねえか?こうやって俺の弟子たちも洗脳したのか……」
洗脳……?
目の前のゴリマッチョを引き連れている姿を想像する。
……絵面的にやばい。
でも荷物持ちとしては案外役に立つかもしれない。
「お望みなら洗脳してあげようか?
私、魔物みたいな女だしね」
にこりと笑って、ギルマスの左胸に手を伸ばす。
「誓約魔法」
ひゅっと息を呑む音が、ギルマスから聞こえる。
「なーんてね!冗談だよおじさん」
それに弄りがいがあって面白い。
そんなことするわけないじゃん。
隠すために頑張ってきたのに、全部が水の泡になる。
とはいえ、目の前の大男は私を信用していなかったみたいだ。口を開けては閉めて絶句している。
声が出なくなるくらい怖い思いをさせてしまったらしい。
うん、まぁ……これでおあいこってことで。
「ざまあねえな」
「本気でやっちゃえばよかったのに」
「これを機にほんとうに反省してください」
どう考えても私のやりすぎなのに、誰も庇う気がないらしい。むしろ追撃している。
……やっぱり人望ないんだ。
「ユアン、ディラン」
まぁそんな冗談はそろそろ置いて、真面目な話をするべきだろう。
「いいお師匠さん持ったね。心配してくれるいい人じゃん」
二人は目を見合わせて、キョトンとしている。
「こんなに心配してくれる人は貴重だよ」
「…………」
ギルマスの方を見ると、さっきのことも忘れて「お前いいやつだな」って呟きながら感動しているみたいだ。
単純だなこの人。簡単に騙されそう。
でもさっきの動きをてきに、Sランク冒険者だったというのは本当なんだろう。
だとしたら、私は試したいことがある。
「ねぇ、おじさん。むしゃくしゃしてるんじゃない?私もなんだよね」
「……何が言いてえ」
「模擬戦でもしてみない?罰ゲーム付きで」
◇◇◇
「ということでやって来ました〜訓練場〜!!」
ギルマスが人払いしてくれて、誰もいない訓練場でスキップをする。
大きな校庭って感じで、久しぶりに学校を思い出してちょっとテンションが上がる。
「なんであんたはテンション上がってるのよ?あいつと戦って大丈夫なの?」
「わかんない。もしかしたらボコボコにされるかもね?」
相手は正真正銘Sランクだ。
ユアンたちもまだ勝てたことがないと言っていた。
初めての強敵を前にして、本当にどうなるか私もわからない。
「パム、怖くない?戦うの初めてじゃないか?」
「怖いよ?」
私だって怪我や血みどろになりたくない。
「じゃあなんで……」
「やられたらやり返す。
そういう人じゃないと、屈服させるのつまらないでしょ」
やり返してこない相手をギタギタにするなんて、弱いものいじめしてるみたいで気が悪い。
どうせなら反撃してくるやつに、勝ってやり返したい。
その点、ギルマスは私を嫌ってる。
その分、遠慮なく本気で戦うことができる。
私も気兼ねなく戦えるちょうどいい相手だ。
「あんた……結構キレてる?」
「当たり前じゃん!!!
剣先向けられるなんて怖いよ!!!!心臓バクバクだったんだから!!!」
だからこそ絶対許さない。
たとえ負けたとしても、蛇みたいにジワジワと粘着して勝つまで挑み続けてやる。
「おい!!!魔物女やるぞ!!」
「じゃあ行ってくる!」
心配そうな顔をしているみんなから離れて、ギルマスの元へ向かう。
「それに……私だけ情けないからね」
アンちゃんがいなくなって、盗賊と遭遇した時も、私は眠らせただけだ。
無意識に避けていて、人を傷つける覚悟がなかった。
でも……それじゃあこの先、絶対やっていけない。
冒険者が対人戦を避けるのはできない。
あの子たちを守るために、時にはなんでもやるべきだろう。
たとえ——人を殺すとしても。
(でも……それは嫌なんだよね)
情けないし、甘いと言われるだろうけど、これだけは譲れない。
傷は仕方ないとしても、人はなるべく殺したくない。
そのためにない頭を働かせて、みんなの訓練につき合ってる合間に、色々考えてきた。
なるべく傷をつけずに捕獲できる方法を。
「はぁ……手、震えるなぁ……」
緊張してきた。
こんな姿、絶対見せられない……。
私がみんなの中で一番の弱虫だなんて……知られたくない。
これは私の馬鹿なプライドだけど。
「参ったって言った方が負けでいいか?」
「うん、いいよ」
私の戦い方がSランクでも通用するのか知りたい。
いや、知るべきだ。
だからギルマスで試させてもらおう。
「はぁ……よし!」
離れてた距離で、待っててくれていたギルマスと視線を合わせる。
「いつでも来い」
「じゃあ遠慮なく!木縄魔法」
木の蔓がギルマスに襲いかかる。
これは、捕まったら魔法を出せなくする縄だ。
と言っても木の蔓だけど。
魔法の無効化と、動けない状況にすれば捕獲も出来るかもしれないと思って考えてみた。
でも、すぐに叩き切られてしまう。
上下左右、斜めまで色々な角度からギルマスに伸ばすが、ダメみたいだ。
薙ぎ払われて、身体に届かない。
私も負けじと同時に何本も、次から次へと出すが、簡単にいなされている。
「なるほど……改良の余地あり。効果も未確認と……。
まぁ、でも相手が強くなければ使えそうかな」
魔法の攻撃を止めて、メモをする。
「小娘……」
「ん?」
あれ?どっかで怒りの声が聞こえる。
さっきも聞いた声だ。
「おめー舐めてんのか!!!?」
「……え?いやー?Sランクには何が効くんだろうって試してるー!!」
書き留めていると、猛獣から罵声が飛んできた。眉も目もつり上がってる。
まぁ、それはそう。
模擬戦中にメモするバカがいたら私もそう思う。
しょうがない。メモは後にして真面目にやろう。
そう思って、次の魔法を発動しようとすると——
「あああああ!焦ってえ!!俺から行くぞ!!!」
ギルマスが地面をひと蹴りしたと思うと、どんどん近づいてくる。
すごい迫力だ。
強化魔法のおかげでギルマスが遅く感じる。
それに全部丸見えだ。表情の変化も見える。
(3D映画みたい……)
呑気に近づいて来るギルマスを眺めていると、ふと脳裏によぎった。
(あ、まずい)
もう一つ、常時発動している魔法を思い出した。
ギルマスの速度的に結構本気で来ているのも更にまずい。
急いで叫ぶ。
「ギルマスー!!!それ危ないよー!怪我する!!!!」
「うるせぇ!!!!!呑気に突っ立ってる小娘なんかにっ………………」
私に剣先が触れる寸前のところで、ギルマスが弾き飛ばされた。
「あーあ、だから言ったのに……」
ドオオオオオオオオオン!!!
障壁魔法で弾き飛ばされたギルマスは壁にまで飛んでいき、壁にめり込んでいる。
「ギルマスー!!!大丈夫ー!?」
いつまでも起き上がらないギルマスに、急いで駆け寄る。
「あ……気絶してる……。ご、ごめんね……」
それどころか、血が至る所からだらだらと出ているのが見えて、慌てて回復魔法をかける。
「お前、何したんだ?」
いつの間にかみんなが後ろにいて身体が跳ねる。
……忘れてた。
「んー、障壁魔法を薄く自分の体に合うように張ってるんだけど――
攻撃されたら、攻撃主に返るようにしてみた」
まぁ所謂カウンターってやつだ。
誰にも試せなかったから、今効力を知ったけど、結構危ない。
しかも魔力の消費が凄まじい。
カウンターが発動された時に、みるみる魔力が抜けていった。
普段使いには使えない。
いざという時のために取っておこう。
「あんた……またそんな改良を簡単に……」
アンちゃんが肩を落とす。
「こいつと一緒とか考えんな。
こいつは規格外のバケモンだ。俺たちが正常だ」
化け物っていうより、神の加護的な……?
もともと才能って言えるわけでもないから、素直に喜べない。
「パム、怪我はない?」
「え?ないよ」
薄く張ってたから、剣が届いているかと思ったんだろうか?
今見たらみんなの顔が青い気がする。
「良かった……ヒヤヒヤしたよ」
「お前、ちょっとは避けるとかしろよ」
「呑気すぎるわよ。人には障壁使っても気をつけろって散々言ってた癖に!」
アンちゃんに頬を引っ張られる。
「あー、ごめんね」
謝りながらチラッとギルマスを見る。
こんな大怪我してるのに誰一人として心配しないなんて……
本当に人望ないんだね……。
せめて私だけでもと思い、可哀想なギルマスのお腹をポンポンと叩いた。




