2話「ユアンの看病」
意気揚々と走り出した――が。
肝心のユアンの部屋が見つからなかった。
「あーどこだっけ……?見逃した?院長に場所聞いておけば良かった……」
もう何分歩いたか分からない。
でも後悔したところでもう後の祭りだ。
今更戻ったところで院長を探す方がめんどくさい。
それに「毎朝ユアンに仕事を丸投げしてるからよ!!!」と多分、説教が始まる。
でも仕方がないと思う。朝は眠いんだもん。
みんなを起こすなんて大仕事、私にはとてもできない。
(……まぁ、歩いてたらそのうち見つかるでしょ)
この孤児院は修道院として使われた建物を改築したものらしい。
3階建てで部屋数もあって――とにかく広い。
今は子供たちの数が少ないから、余っているけどそれでいいらしい。
「部屋数が原因で受け入れられないのは困るでしょう?それに避難の時にも使えるわ」と前に言っていた。
まぁその代わり管理も移動も大変だけど、ここで育った身としては批判なんてできない。
むしろ賛成だ。それで私もこうやってのびのび育っている。
……というわけで私が迷うのも無理はないと思う。
それに、広いだけでなく5歳になれば自室がもらえる。
ユアンと私の部屋は近くないし、部屋を行き来する仲でもないんだからわかるはずがない。
あいにくユアンの部屋に行った記憶なんて、幼い頃で止まっている。
使わない知識なんてそのうち忘れる。人なんてそんなもんだろう。
がむしゃらに歩いていれば、3階が正解だったみたいだ。
やっとユアンの部屋にたどり着いた。
ドアには孤児院のチビたちに書いてもらったのか、
拙い文字とハートが描かれたネームプレートが飾られていた。
明らか趣味ではないものに首を傾げる
「……あ!そういうことか」
何年か前に『文字の練習のついでに作ってくれた』と話をしていたのを聞いた覚えがある。
きっとこれも誰かが作ったものを飾っているんだろう。
「あれ?でもこれって一人だけじゃなかったよね?」
自分が作ったものをユアンが飾っているのを見た、チビの一人が喜んでいた。
それがきっかけで、瞬く間に広がって誰かにネームプレートを作るのが、孤児院の流行りになっていた。
でも……その時にユアンにあげたと言っていたのは、一人や二人じゃなかったはずだ。
全員書いたのか。と笑った覚えがある。
「……もしかして頻繁に変えてる?」
目の前の、どう見てもユアンの趣味ではないネームプレートを見て確信する。
どうりでユアンが好かれるはずだ。
こんな大事にしてくれるんだから贈り物をしたくなる気持ちもわかる。
相変わらず律儀な男だ。
「ユアンー、看病しに来たよー」
ノックをして声をかける――が、いくら待っても物音ひとつ返ってこなかった。
一応、異性だから配慮をしようと思っていたけど……仕方がない。
寝ているみたいだし無断で入らせてもらう。
ドアノブに手をかけたが、すぐにある疑問が浮かんで立ち止まった。
(もしかして……え○本とかあるかな!?)
ユアンだって思春期の男の子だ。
あのユアンが何を読むのか単純に気になる。
巷で流行ってる純愛ものか、それとも……
あ、やばい。どぎついものだったらどうしよう。
……それはそれで面白いな。
(……まぁ、どうせないんだろうけど)
あの聖人はエ⚪︎本すら持っていなさそうだ。
そもそも存在自体知らないかもしれない。
……流石にそれはないか。
少し残念に思いながら扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、予想通りの光景だった。
棚、机、ベッドしかない簡素な部屋だ。
「うん。まぁ……そうだよね。院長たちも来てるしね……」
あんなものどころか私の部屋と変わらない。
探したところで本なんて出てこないだろう。
勝手に期待しておいてなんだが……つまらない。
肩を落として静かに扉を閉める。
ユアンの方へ近づくと、寝息と寝顔が見えた。やはり寝ていたみたいだ。
(寝顔綺麗だなぁ……)
長いまつ毛、整った鼻と口。
カーテンが開いている窓から、ユアンの綺麗な金髪がキラキラと光っていた。
もちろん熱があるから、頬は赤いし、いつもより顔は険しい。
少し荒い息で口も開いているが、よだれも垂れてないし、熱があるのとは思えないくらい綺麗な寝顔をしている。
(なんで寝顔がそんな綺麗なの?ちょっと羨ましい……)
正直、ユアンは今まで見た中で一位、二位を争う程の美形だ。
ユアンは幼少期の頃からずっとかっこよかったし、近所の同年代の女の子にもモテている。
これで性格もいいんだから、ヒルダが必死になる理由もわかる気がする。
それと同時に、なんか……全て負けてる気がして悲しくなってきた。
(……はぁ、無駄なこと考えてないで仕事しよ)
今、私にできることといえば、布を取り替えることだ。
ユアンのおでこに乗っている布を取って、水桶に入れた。
(ぬ、ぬるい……)
秋になったとはいえ、まだ気温は暖かい。
きっとこの水も私を呼びに来る直前に汲んだものだろうけど、温もってしまったんだろう。
こんな水じゃ、頭なんて冷やせない。
それに、組んだところですぐに温くなるのは目に見えてる。
またすぐに汲みに行くはめに……
(え、もしかして洗面台まで往復する羽目になる……?)
ここから近くの水場のまで結構な距離がある。
そんなめんどくさ……
ユアンをチラッと横目で見る。
(…い、一応。これは確認のためだから。行きたくないとかじゃないから)
ユアンの熱を確かめるために、おでこを合わせる――
「あっっつ!!高熱じゃん!」
予想以上の熱さで声が出た。
慌てて自分のおでこと口元を抑える。
恐る恐るユアンを見るとまだ目は閉じられていた。よかった、起きなかったみたいだ。
(はぁ…行きますか)
さすがに現状を知って、ユアンを放置するほど薄情じゃない。
潔く水を汲みに行こうと、桶を持って立ち上がる。
こういう時、氷枕とかあったら便利なのに。
氷枕どころか、冷凍庫さえもない……ん?氷?
(……氷だよ!!氷あったら解決するじゃん!!なんで気づかなかったんだろ!)
相変わらず氷枕が何かはわからないけど、ナイス発想だ。
物は試しと、氷をイメージして魔法を発動する。
次第に水面にぷかぷかと氷が浮かんできた。
成功したみたいだ。
ある程度貯まったところで魔力を止めて、指先を水につける。
「冷たっ!……でもいい感じ」
これなら十分に布は冷えるはずだ。きっとユアンの熱すぎる頭も冷やしてくれる。
「ふんふんふーん♪」
さっきの布を広げて水桶に入れる。
でもすぐに後悔をした。
冷たすぎて今すぐに手を出したい。氷を入れすぎた……。
手に当たる氷が、容赦なく体温を奪っていく。
(あ、でもこれ夏にいいかも。)
量を調節して、程よく冷たい水を溜めて、遊ぶのはどうだろう?
プールみたいに……ああ、また始まった。
そうこうしているうちに、布が十分に冷えたみたいだ。
確認のために自分のおでこに当ててみる。
(気持ちいい……)
ひんやりした感覚に口角が上がる。
あとで院長にも見せに行こう。チビたちの熱の時にもきっと役に立つはずだ。
目の前の頭に布を乗せた、実験第一ご……ユアンを見て確信する。
僅かに寄っていた眉が穏やかになっている。
(わかるよその気持ち。きっと熱だともっと気持ちいいよね)
「パメラ……?」
うんうん。と一人で頷いていると、声をかけられて心臓がドキリと高鳴った。
今度こそ起こしてしまったみたいだ。
碧い瞳をパチパチとさせた、甘いマスクの男がこちらを見ていた。




