1話「知らない言葉」
「パム!俺とパーティーを組んでくれ!」
今、私はキラキラした目のユアンに見つめられている。
興奮したユアンとは対照的に、私は顔が引き攣って冷や汗が止まらない。
……こんなはずじゃなかった。
なんでこうなったのか。
今思えば、ユアンを看病した日から始まったのかもしれない――
◇◇◇
「気持ちいい……」
孤児院にある中庭の木を背にして、もたれかかる。
少し火照った体に風が当り、体温を奪っていった。
(今年も暑かったなぁ……秋はここでいっぱい昼寝しよう)
「パメラ、少しいいかしら」
目を瞑っていると、名前を呼ぶ声が聞こえた。
目を開けると、見知った白いエプロンとワンピースが見える。
顔を上げれば予想通りの人物がいた。
孤児院のソフィア院長だ。
しかし、すぐに違和感を感じて首を傾げる。
「いいけど……どうしたの?」
院長は顔色が悪く不安そうな表情をしていた。
いつも笑顔な院長のこんな姿は滅多に見たことがない。
きっとなにかあったんだろう。
そう思って、声をかけてみたが返事は返ってこなかった。
「とりあえず座りなよ。待つからさ」
長引きそうな気がして、院長の手を引いて隣に座らせる。
しかし意外にも早く、座るとすぐに院長は口を開いた。
「あのね、ユアンの看病をして欲しいのよ……」
「ユアン?熱でも出したの?」
院長に言われて初めて、ユアンの姿を今日は一度も見ていないことに気づいた。
今の時間も、いつもなら中庭でほかの子供たちと遊んでいるはずだ。
しかしユアンの姿は見えなかった。
「あなた……気づいていなかったの?」
キョロキョロしていたからバレてしまったみたいだ。
呆れた視線を向けてくる院長に笑いかける。
「寝坊して慌てて買い出しの仕事に行っちゃったんだよねー。えへへ」
「はぁ……あなたって子は……」
ダメだったか……誤魔化せると思ったのに。後で説教確定だ。
「まぁ、そうだと思っていたけれど」
「え?」
「みんながお見舞いに行くって騒いでいるのに、あなたが居ないのはおかしいと思っていたのよ」
色々とバレバレだったみたいだ。
気まずくて視線を逸らす。
(でもおかしくない?)
野次馬目的だとでも言いたげな物言いに、一瞬反論をしようと思った――
でも、よく考えたらあながち間違いでもないことに気づいて口を閉じる。
さすがは院長だ。
私のことを赤ん坊の頃から育てただけあって、なんでもお見通しらしい。
でも、ユアンのことを心配していないわけじゃない。
ただ……私はユアンの将来に期待しているだけだ。
ユアンは私と同い年で、今年11歳の男の子だ。
性格も顔もイケメンのモテ男で、いつも人に囲まれている姿は、アイドルのようで見ていて面白い。
押しに少し弱いという欠点はあるけど――
(……あれ?アイドルってなんだっけ……?)
頭に浮かんだけど、どういう意味かがわからない。
聞いた事も見た事覚えもないはずだ。
(またいつものやつか)
この現象は今日だけのことじゃなかった。
最近こういう現象が度々起きる。
この間は、怪我をした院長に絆創膏という言葉が出てきた。
当然なんのことかわからなくて困惑したし、頭がおかしくなったのかと思った。
――だってそんなものどこを探してもなかったから
孤児院の年下のチビたちは、私のことを変人という。
理由は、変わったことをよく思いつくからだと言っていた。
それのどこが変人なのか教えてほしい。むしろ天才と呼ばれてもいいはずだ。
と、前までそう思っていたけど、私もついに変人になったのかもしれない。
それか変な呪いにでもかけられたのか……
(いや、これはないかな)
「ヒルダはそっちに来ていた?」
院長の声で、話の途中だったことを思い出して我に返る。
「来てないよ」
孤児院では基本、午前は掃除や、お手伝いをする。
今日、私はヒルダと同じ買い出し班だった。
でも今日ヒルダは来なかったし、その後も一度も姿は見ていない。
ヒルダのいつものサボり癖だろう。
そう思っていたけど、院長の話を聞いて納得した。
だってユアンに恋しているヒルダが、病気だと知ってこっちに来るはずがない。
ヒルダは8歳の女の子だ。
でも、あれは小さい頃によくある憧れのお兄さんへの恋――なんて可愛いものじゃない。
ユアンに近づこうものなら、8歳とは思えないほどの鋭い目で睨まれる。
特に私はユアンと同い年で幼馴染だから嫌らしい。会う度に睨んでくる。
私はヒルダのことを猫のみたいだと思っているけど、他のチビたちだと恐怖で泣きながら悲鳴をあげているとこだ。
私で良かったと思う。
(それにあの二人、見てると面白いんだよね)
特にヒルダの猛アタックに、全く気づかないユアンの鈍感っぷりは特に見ものだ。
「はぁ……あの子ったら……」
項垂れている院長に、笑みが零れる。
「もしかしてユアンの看病するってうるさかった?」
きっとヒルダは看病をすると泣きじゃくるだろう。
それをドア越しに聞いて、優しいユアンは気になって眠むれるはずもない。
院長たちは病人を増やしたくないし、休む暇がないユアンのために必死に止めるはずだ。
(うん。絶対これだ)
頭の中で鮮明に光景が浮かび上がる。
どうりで院長の顔色が悪かったはずだ。
ヒルダは簡単に諦めないだろう。これをループしていたら流石に疲れる。
「そうよ。エマさんたちとずっと止めていたのよ……」
「あははははは!!!!やっぱり!!」
思ったとおりの展開に大笑いをすると院長に睨まれた。
(こわ……魔物も逃げ出しそう)
「ふっ……そんな怒んないでよ。……ほら、回復魔法……ふふっ、ふ……かけてあげるからさ」
手で口元を隠して回復魔法を発動する。
時々堪えきれなくて笑いが漏れているけど、一応我慢はしているから許してほしい。
とりあえずこれで、体の疲労がなくなったはずだ。 うん。顔色が良くなった。ついでに院長の怖い顔もなくなった。
きっと一緒に止めてくれたおばちゃんたちも疲れてるはずだ。あとで回復魔法をかけに行こう。
「ありがとう。楽になったわ。」
「いいよ。それでなんで私に看病を?重症だったりする?」
「いいえ、違うわ。」
平民では基本回復魔法に頼らずに治すのが普通だ。
回復魔法は値段が高くて平民ではきついものがある。
この孤児院では私と院長が少し使えるけど、なるべく頼らない方針を取っている。
だから私が使うほど重症なのかと思ったけど違うみたいだ。
「私たちの仕事が溜まっているのよ。だからあなたに任せようと思って。」
(なるほど、たしかに私が適任かも。)
私とユアン以外は、歳が2桁にも満たない。
みんなそれなりに苦労をしているから同い年の子供達よりもしっかりしている。
……でも、お兄ちゃん気質のユアンの事だ。
「大丈夫か気になって」と看病されている側なのに見守るし、
「元気だよ」と心配させない為に元気なフリをして無理をするはずだ。
その点、私なら安心できるだろう。ちょっと手荒だけど、魔法で眠らせることも厭わない。
「でもね……その……これを知ったらヒルダが……」
院長が眉を顰めた。
優しい院長は、さらにヒルダに嫌われそうな私を懸念しているんだろう。
でもそんな心配はしなくていい。
「院長……大丈夫。私、そういうの好きだから。
その方がいじめが……いじり……んー、とにかく可愛いよね!!」
「……本音がダダ漏れよ。まったく……あなたって子は……」
小言が始まりそうな雰囲気を感じる。
こういう時はやっぱり――
「じゃあ、ユアンのところ行ってくるね!仕事頑張ってー」
(逃げるに限る……!)
「あっ!もうッ!パメラ!……水桶とか置いてあるから頼むわね!」という声を背に、ユアンの元へ向かった。




