第25話 かん、ぽき、ぷす
「あなたは、シルベルト騎士団長……!?」
「君は……カラミットか。宮廷魔術師がなぜここにいる」
今に張り裂けそうな焦げ臭い空気の中。
突如として現れたシルベルトは、俺への殺意の照準を固定したままカーラへ問うた。
「まあどうでもいい。とにかく邪魔はしないでくれないか。僕はそこの魔女の荷物持ちに用がある」
「この荷物持ちに一体何の用が――」
「個人的に、屈辱を晴らすために殺しに来た。以上だ。分かったらどいてくれ」
カーラは驚いたように息をのみ、しかし俺を背後に庇うように立ちはだかった
「待ちなさい、いくら騎士団長とはいえ、そんな横暴が許されると……」
「思わないさ。だがそれがどうした」
いよいよ我慢が利かなくなったように、シルベルトの体表面で魔力がバチバチと弾けた。感情が高ぶり過ぎて制御が利かなくなっているのだ。
「その荷物持ちは……先日の決闘で、魔女の力を借りて僕に勝ちやがった。そして僕のプライドを傷つけた。その罪に対する罰は、一分一秒でも早く死ぬこと以外ありえないだろうが」
言うと、サーコートを着たシルベルトは、腰にぶら下げた騎士長剣をごとその場に捨てた。
そして手元に、魔力を集中する。
一瞬後、そこには黄金色に帯電する魔力の塊――雷の剣が握られていた。
「雷霆剣……喜べ荷物持ち。僕の本気で、今度こそ塵も残さずに死なせてやる」
その剣を見た瞬間、カーラは顔色を変えた。逃げなさいと、俺に向かって叫ぶ。
なにか大きな戦慄が、メイド服を震わせているようだった。
「継承魔法……! あ、あなた、そんなものを持ち出してきたのですか⁉」
カーラの声はまさに驚天動地を目にした様子だった。
が、俺は別に魔法の専門家ではないので、それがどれぐらい凄いものなのかは分からない。とはいえ肌に感じるプレッシャーは、確かに油断ならない感じがした。
今度こそカーラを無視して、シルベルトは言った。
「死ぬ前に教えてやる! 魔法の強さとは積み上げてきた歴史そのものだ!」
シルベルトは稲妻の剣を無造作に振るう。その切っ先から閃いた雷電が、すさまじい威力となって周囲を破壊した。
爆裂する壁、床、樽木、残っていたポーションの原液タンクがまとめて焼け焦げ吹き飛んでいく。
天変地異を思わせる脅威が、空のないダンジョンに吹き荒れる。
カーラは咄嗟に時間停止防壁で雷を防ぎ、しかし防ぎきれなかったように、メイド服の袖を焦がして後ずさった。
彼女はまた俺の方を見て、真剣に叫ぶ。
「早く逃げなさい! 荷物持ちっ! わたくしでも、今の騎士団長には勝てません!
雷霆剣……あれは国王の許可を得ない限り使用が禁止された戦略指定魔法!
奴のシルベルト家に五百年以上代々継承されながら強化されてきた、一般の魔法を遥かに超えた規格外です! そんな物を持ち出してくるなんて今の彼は正気ではありません……!」
カーラの時間停止魔法とはいえ、やはり魔力量で上回る攻撃は防ぎきれないようだった。
俺は一瞬だけ、どうしようかと考えた。ここで逃げれば、多分カーラはシルベルトに殺されてしまう。でも、俺がここで戦えば、マリーのことが彼女にバレてしまうかもしれない。
……いや、よく考えなくても、迷う理由なんてないだろう。
カーラは、確かに変人で、ちょっとヤバい人かもしれないけど。でもこの状況で俺を庇おうとしてくれるぐらいには、いい人なんだから。
ここで見捨てていいはずがなかった。
だから俺は、カーラの背後から前に進み出た。
「いや、えっと、その……いいです。戦います。俺は大丈夫、なんで」
「は――?」
そして、いつものように右手に魔力を集中させる。
瞬きよりも短い刹那、俺の手にはひどく静かに、圧縮魔力の刃が握られていた。
「荷物持ち……っ⁉ あなた、魔法が使えたのです――い、いえそれよりも、その刃は……っ!?」
「っ、貴様、荷物持ち……なんだそれは、騎士でもないくせに魔剣だと……!?」
? と、俺は首を傾げた。魔法の剣が何かおかしいのだろうか。シルベルトが今手にしている雷の剣と同じようなもののはずだが。
しかし質問する勇気もないので、俺はただいつものように剣を構えた。
その刹那、シルベルトの顔つきが変わった。
仕掛けてくる。と思ったと同時に、彼の姿が消える。
「‼」
剣だけじゃない。全身を雷に魔力変換した高速移動だ。
悟った瞬間、周囲を縦横無尽に打ち砕きながら黄金色の稲妻が駆け巡る。
そして俺を取り囲む全方位からシルベルトの声が響き渡った。
「お前も自力で魔法を使えたとは驚いたが……所詮は平民の魔法など付け焼刃に過ぎん! 行くぞ! 僕の剣は、そして体は――雷そのものだ!」
俺は早急に目で追うのを諦めた。流石に無理だ。
だから、地獄で鍛え上げた第六感に切り替える。
「いくらお前の剣術がすぐれていようと、雷と切り結んだことはあるまい! そして数百年の歴史を束ねたこの威力、たかが十数年しか生きていないお前の魔法程度で受けられるものかぁっ‼」
隣に立つカーラは呆然としていた。
彼女はじっと、何もかも忘れたような顔で俺の剣を見ていた。
「死ねえええええ!」
そして、俺はほとんど勘のような感覚において、ぴりぴりとした気配を感じて。
それに従い、背後に剣を向けた。
ほぼ同時、雷と化して突っ込んできたシルベルトの雷霆剣が、俺の魔力剣とぶつかり合って――。
かん!
ぽきっ……くるくる。
ぷす。
……もう少し、具体的に説明しよう。
俺の魔力剣と撃ち合った直後、シルベルトの雷霆剣はぽっきりと折れて、
折れ飛んだ刀身はくるくると真上に打ち上がって、
そして呆気にとられるシルベルトの肩に落ちて、ぷすりと刺さったのだ。
「…………」
無傷の剣を構えた俺と、半ばから折れた雷の剣を持ったシルベルトが至近距離で向かい合う。
目を合わせるのが気まずくて、俺は顔を逸らした。
震える声で、シルベルトが言った。
「馬鹿な。あり、得ない……なぜ、お前如きの魔法に、僕の雷霆剣が……」
そう言われても、多分恐らくきっと、これは単純な強度の問題だろう。
たかが数百年、継承されてきた魔法と。
あの地獄で――果てしない時を経た俺の剣と、どちらが強いのかという、あまりにも単純な問題以外にあり得ない。
「お前は……っ‼ 一体、何なんだ!」
「え……ええと、あの、その」
そんな事を言われても、正直分からない。
あの地獄で、果てしない時間を使って自分を鍛えていたらこうなっただけで、誰に教えてもらったわけでもないから、俺自身にも俺や俺の魔法がどういう定義のものなのか分からない。
だから、今の俺を表す言葉は、これしかない。
「荷物持ち、です」
「馬鹿を言うなあっ!」
怒り狂うシルベルトが、半ばから折れた剣をもう一度振るった。
俺は剣で受け止めた。するとまた折れた。
更にもう一度、また折れる。そして再び。
シルベルトの剣はもう柄しかなくなり、そして力尽きたようにそれさえ消え去った。だが。
「まだだ……」
再び魔力を収束させて、シルベルトは雷をその手に握った。
「僕は……諦める、わけにはいかないんだ」
※ ※ ※ ※ ※
僕はずっとずっと、努力してきた。
なぜなら僕は、両親にとって無価値な存在だったからだ。
王国の名門貴族、シルベルト家の長男に生まれた。けれど、長男であることは何の価値もなかった。
なぜなら、シルベルト家にとっての子供とは代々の魔法を継承させる器でしかなかったのだから。
生まれた序列や、男女の性別など関係なかった。魔法の才能がないものは即座に捨てられた。そして即座に才能ある養子が補充された。
雷霆剣。この強力な雷の魔剣を受け継ぐに足るだけの才能のない子供は、何の価値もないのだから。
まるで人間ではなく、魔法が一族を支配しているようだった。
そうして当たり前に兄弟姉妹で憎み合うような激烈な競争を、僕は死ぬほど努力して生き抜いた。
そこには貴族に生まれた優越感など何もなかった。
とにかく優秀さを示さなければ、両親は見向きもしてくれなかった。
だから頑張った。友達も作らず遊びもせず食事も寝る間も惜しんで剣と魔法を鍛錬した。
そしてついに、16歳の時に他の兄弟姉妹を上回る才能を認められ、僕は雷霆剣を継承された。
その瞬間、生まれて初めて僕は僕の人生を肯定することができた。あまりにも辛く苦しかったこれまでの半生に、努力という名の価値を認めることが許された。
だからこの力は、この地位は、僕の努力であり価値そのものなのだ。
傷つける奴は許さない。
敗北を刻み込んだお前が許せない。
その瞳が、気に入らない。
僕の力に屈服しないその瞳が、僕の努力を、僕の人生を意に介さないその瞳が――その訳の分からない圧倒的な力が、認められない。
だから、絶対に殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。
……頼むから、死んでくれ。
じゃないと、僕はまた。
無価値になってしまうじゃないか。
そして、泣き叫ぶ子供のように。
シルベルトは己の全てを賭けて、勝てるはずのない敵に挑み続けた。
※ ※ ※ ※ ※
「くそ、が」
シルベルトはついに力尽きて倒れ込んだ。
彼は雷の剣が折れるたびに再生させながら、その速度と威力を跳ね上げてひたすら襲いかかって来た。
最後の一撃はかなりのものだった。地獄の魔物と比較しても雷撃に限れば最強クラスの威力だろう。
倒れたシルベルトは全身に火傷を負っていた。ほとんど自爆だ。途中から雷の制御ができずに自分で自分の体を焼いていたのだから。
俺は倒れた彼を見下ろして、右手の魔力を消した。
その場にしゃがみこむ。憐れんだのではない。
「あの、その……あなたの魔法、すごかったです」
素直に、俺はシルベルトのことをすごいと思っていた。
俺のように剣を作るだけでなく、自分の体を魔力に変換していた。さらに剣から魔力そのものを放出した攻撃等々――同じく魔法の剣を使っているにもかかわらず、俺にはできない応用を見せてきた。
当たり前だけど彼は、俺よりもずっと才能があるのだろう。そしてそれを絶えず磨き続けてきたことが、打ち合いの中で確かに伝わったから。
俺は言葉にできない、敬意のような感情を彼に抱いていた。
だから、なんというか、相手は俺のことが嫌いなんだろうけど。
それだけは伝えずにはいられなかった。
「なんていうか、俺にはできない、使い方ばっかで……えと、その勉強、させてもらいました。だからあの……周りに人がいないとこなら、俺大丈夫なんで」
よかったら。
「また、やりましょう」
俺はそれだけ言って、シルベルトの元を立ち去った。
「…………ちくしょう」
去り際に背中に聞こえた言葉は、どこか泣き止んだ子供の声のように聞こえた。
――そして。
やや離れた場所で、呆然とこちらの戦いを見つめていたカーラの元に、俺はおずおずと足を運んだ
カーラはぎこちなく、潤滑油の切れた歯車のような首の動きで俺を見て。
「……荷物持ち、いえ、スルト」
「は、はい」
「あなた……強かったのですね」
「いや、その」
言葉に詰まる。覚悟はしていたとはいえ、うまい言い訳どころかまともな会話方法さえ思いつかない。
カーラはじっと俺をみつめながら、問い詰めるように顔を近づけてきた。
こわくて、俺は顔を逸らした。
「……あなたの魔剣。想像を絶する強度と切れ味ですね。まさに、何でもバラバラにしてしまえそうなほどです。その原因はおそらく魔力の圧縮……この世のむこう側に届くほど魔力を薄く圧縮して制御するなど、わたくしは初めて見ました」
ぽつぽつと、カーラは呟く
そしてついに核心に斬り込んできた
「もしかして――魔王を倒したのは、本当はあなただったりしますか」
「いや、それはえと、違いま」
「……なんて、冗談ですよ」
「へ」
カーラは微笑み、肩をすくすめて見せた。
「流石にそんなわけはありません。魔王を倒すなんて偉業、あなたのような冴えない荷物持ちではなく、美しく恐ろしいお姉さまの功績に決まってますから」
「そ、そうですね」
「――とでも言うと思いましたか?」
「ひっ」
そこで唐突に真顔に戻って、俺の肩を勢いよく掴む。
「本当のことを話してください。隠さずに、正直に、今すぐに」
もうダメだ。
俺は心の中で、ここにはいないマリーに謝った。




