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第24話 また会ったな

 俺は困っていた。

 不意の間欠泉の爆発からマリーをかばった、のはいいものの。

 同じことをしたカーラと一緒に、爆発によって川に叩き落とされ、流されてしまったのである。

 今、見知らぬ岸辺に上がって濡れた上着をとりあえず脱いだところだ。

 とっさに魔力の剣で熱を斬り落とし、衝撃そのものは体捌きで受け流したのでダメージはほぼない。持っていた荷物は巻き込まれてしまったが、ちゃんと防水布でくるんでいたので中身は無事だ。

 だから、問題は俺や荷物についてではなく。


「う……ぅん」


 なぜか全く同じ行動をとったせいで、一緒に流されてしまったカーラである。

 彼女もまたとっさに魔力で防護していたのか大した怪我はないが、意識は失ってしまっている。

 だから、そのままでは溺れ死んでしまう彼女を引っ張り上げるのに苦労したせいで、俺は川に落とされた場所から大分流されてしまった。

 なにせ俺は魔力の剣しか魔法が使えないのだ。こういう時に川を凍らせるとか宙に浮くとか、そういう手っ取り早い解決を求められても無理がある。

 ともかくそうして、俺はマリーたちとはぐれてしまった。

 まあ、あっちにはユリウスがいるから大丈夫だとは思うが……どうしたものか。


 その時、岸辺の草むらに寝かせていたカーラが意識を取り戻した。

 彼女は二、三度せき込みながら、びしょ濡れのメイド服を起こして周囲を見回し、そして俺を見た。


「荷物持ち……」

「あ、はい、どうも……」


 視線が交わり、気まずさが場を支配する。

 胃のあたりに重々しい痛みを感じた。それは、怖くて話しかけれない人間と二人っきりになってしまった時のあの痛みだ。



 ※ ※ ※ ※ ※



 私は困っていた。いや、軽く絶望していた。


「スルト……あとカーラが……」

「流されちまったな。ったく、やられたぜ」


 魔物キノコ人の群れを片付けて、ユリウスがまいったねと頭を掻いた。

 いや、私にとってはまいったどころではない。

 カーラはともかく、私の、魔女アビスマリーの正体を知りなおかつそばで守りながらフォローしてくれるスルトがいないというのは一大事だった。

 しかし、ここで取り乱しても状況は変わらない。私は震えと不安を押し殺して、魔女としての声を出した。あるいは演技をすることで、現実から目を背けるために。


「仕方ないわね。どうしましょうか」

「魔女様の魔法で、呼び戻したりできるかい?」

「いいえ。私の魔法はその……殺すだけだから。あなたは?」

「もう見えないぐらい流されてるな、俺の風も届かねえ。それにこの川の先は滝になってて、最下層まで水が落ちるはずだ」

「そう……」


 私は頭を抱えたくなった。二人が心配、なのではない。だってスルトさんとカーラだ。あの程度で死ぬわけがない。だから今一番やばいのは、私の方。


「……どうすれば合流できるかしら。ここで待ってみる?」

「いや、そりゃあ悪手だ。ここにいると騒ぎを聞きつけてマフィアの連中が集まってくる。さっきのキノコどもをまた投入されたら面倒だ。それとも魔女さまは余裕かい?」

「ええ――と、言いたいところだけど」


 とりあえず、ユリウスを誤魔化さないといけない。

 私が魔法なんてまったくこれっぽちも使えないことを隠しつつ、どうにか彼に身を守ってもらわなければならない。考えろ私、そのための完璧な言い訳を


「杖がないのよ。私、いま」

「……杖?」

「ええ。スルトに預けていた魔法の杖、あれがないと魔力がうまく制御できないの」


 私はやれやれと肩をすくめるフリをした。本当は杖なんて存在しない。魔法を使えないただの言い訳である。しかし奇跡的に、ユリウスは「その手のタイプか……」と納得してくれた。あ、まじで、その手のタイプってちゃんといるんですね。


「じゃあいよいよどうするか……まあ、こうなったら仕方ない。合流を優先しよう。この川を下って、二人が見つからなかったら滝の下――先に最深層に落っこちちまったってことだ。その時は俺たちも当初の目的通り、最深層に向かおうや」


 頷いて、私はユリウスの後に続いて歩き出した。

 一秒でも早く、スルトさんと合流できるように必死に祈りながら。

 よっこらせと歩き出すユリウス。その背中におんぶされたツララが振り返り、安心させるように私に言った。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「大丈夫だよ」

「……そうね」


 安心はできなかった。でもこう思えた。

 この子の前なら、私はもう少しだけ魔女(つよがり)を続けられる。



 ※ ※ ※ ※ ※



「ひとまず、お姉さまとの合流を目指しましょうか」

「は、はい」


 でも見当はついているんですか、と訊ねる前に、カーラは歩きだした。

 服は彼女が魔法で乾かしてくれた。時間の加速である。


「とりあえず、この川の流れを上流へ進めばいいでしょう。そこから流されてきたわけですから。運が良ければすぐに合流できるはずです」


 確かに、と頷いて俺はその後に続いた。地獄ではどこも似たような景色だし、川なんてなかったのでそういう発想に至らなかった。

 冒険者をやるなら、やっぱりもっとサバイバル知識というか、戦う以外のことをできるようになっておかなければと反省する。

 しばらく、二人分の足音が続く。ふとした拍子にカーラが言った。


「……荷物持ち」

「は、はい」


 俺は身を固くした。怒られる、理由は知らないけど、とにかくそうに違いないと感じた。しかし続くカーラの言葉は全く予想外のものだった。


「すみませんでした……その、色々と」

「え」


 カーラは気まずそうに、俺の方を振り返らないまま言葉を続けた。


「さきほど、お姉さまを咄嗟にかばったのもそうです。あなたは……どういうわけか見た目に似合わず勘が鋭く、動きも早い。あと荷物もちゃんと丁寧に運んでくれて破損もほとんどありませんし……その、有能な荷物持ちだと思います」


 だから。


「お姉さまがあなたを信頼するのも、冷静に考えれば理解できます。

 だからこそ――わたくしは嫉妬してしまったのです」


 俺は黙って聞いていた。何を言っていいか分からない。会話は苦手だ。

 でも、悪い気分はしなかった。ずっと嫌われていると思っていたカーラがこうして本音を打ち明けててくれたことが、少し嬉しくすらあった。

 ただそれを伝える言葉が、俺には思いつかない。

 黙ったままでいると、カーラはぽつぽつと語り出した。


「……実はわたくし、お姉さまに命を救われたことがあるのです」

「え」


 俺は思わず驚きをもらした。マリーが? けれど確か本人はカーラと面識がないと言っていたはずじゃ……? 

 するとカーラは小さく振り返って、自慢するように微笑んだ。


「……二年ほど前でしょうか。まだ魔王軍と王国軍が戦争していた時。わたくしは西部戦線に主力の魔法戦力として派遣されました」


 しかし、押し寄せる魔物たちによって戦況は劣勢。カーラたちが維持していた防衛線は突破され、部隊が壊滅の危機に陥ったところ。


「一瞬で、わたくしの目の前の魔物たちがバラバラになったのです」


 ……俺は無言で、話の続きを聞いていた。

 カーラはどこか夢うつつのような、うっとりとした声音で言った。


「その時はあまりにも一瞬のことで、お姉さま本人のお姿は見えなかったのですが、終戦後の表彰式で初めてあの圧倒的な風格を拝見した時に、わたくしは確信したのです。……ああ、きっと、わたくしの生涯はこの方に捧げるために存在したのだと」


 話を聞き終えた時、俺は背筋に変な汗を流していた。

 まずい。カーラの話した過去に魔物を一瞬で倒したのって……多分というか確実にそれ俺だ。

 そしてカーラは、そのせいでマリーを恩人であり憧れの主人だと思い込んでいる。

 そんな彼女がもし、本当のことを知ってしまったら。具体的に何が起こるかは分からないが、確実にロクでもない騒ぎになる気がした。

 これは絶対にバレないようにしなければと、俺は腹の中で固く拳を握りしめた。 

 その時だった。


「――止まりなさい、荷物持ち」


 カーラが手を広げて行く手を遮った。と同時に俺も足を止めた。

 行く先に、それが見えたからだ。


 それはダンジョンの中には似つかわしくない、巨大な人工の建物。タルタロスの骨組みテントの街とは違う、木造の平屋建築物だった。

 川の上流に設置された巨大な水車のそばに鎮座するそれは、多分。


「あれが麻薬ポーションの製造工場でしょう」


 どうしますか、と俺は訊ねた。カーラは即答した。


「もちろん、ぶっ潰しましょう。騒ぎに気付いたお姉さまたちが合流してくるかもしれませんから。一石二鳥です」



 ※ ※ ※ ※ ※



 そこはまるで、田舎のビール醸造所を百倍ぐらい立派にしたような工場だった。

 大きな屋根の下に、巨大な樽のタンクと銅製のポットがいくつも並んでいる。

 粉砕した原材料から汁を圧搾して、それをろ過して水と混ぜて煮て、樽の中で発酵熟成させて作るのだろう。水力で動く巨大な圧搾機がその中央にはどかんと据えられていて、在庫倉庫らしき離れの建物には、恐らくハッピーポーションが詰められた樽が大量に、高いラックに積み上げられていた。


 ――なおそれらすべては、今から五分ぐらい前の景色だ。

 爆音が連続する。

 時間加速された石の投擲が、濡れた紙を破るように工場設備を次々と破壊していく。防衛のために現れた魔物キノコ人も次々と無残に爆散し、あるいは残骸に圧し潰されて死んでいく。

 逃げ惑うマフィアの構成員が、叫びながら俺の隣を通り過ぎる。


「ひ、ひえええ、逃げろおおおっ! 冒険者の襲撃だああ!」

「な、なんで、こんな……ひでえよお! 俺たちは麻薬作ってただけじゃねえか……! 中毒者どもをそこら中に作って儲けてただけじゃねえかぁ!」

「お、俺たちの職場があっ……や、やめてくれええ!」


 なんだか微妙に同情を誘う悲鳴だった。

 更に数分後、あらかた破壊し尽くしたカーラは俺の前にすたりと降り立ち。


「……これで十分でしょう。さて、それではお姉さまたちがやって来るか少し待ちましょうか」


 そう、ぱんぱんと手袋を払いながら静かに口にした、その瞬間。

 落雷が、俺たちの隣で爆発した。

 決してダンジョンの中では起こり得ないその現象は、だからこそ誰かの魔法でしかなく。

 ばちばちとその体を帯電させながら、立ち込める土煙を引き裂き、姿を現したのは銀髪碧眼の貴公子然とした男。


「……また会ったな。荷物持ち」


 確か、シルベルトだっただろうか。

 あの決闘で俺がつい、路面にめり込ませてしまった男が今。

 赫々とした殺意を瞳に滾らせて、立っていた。


「一身上の都合により、お前を殺しに来た」


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