第23話 キノコと
「わたくし、復活です。……ご迷惑をおかけしました」
翌朝。目を覚ましたカーラはそう言って頭を下げた。
様子を見たユリウスは、離脱症状も酷くなさそうだし大丈夫だろうと頷いた。
「……なら、少しいいかしら」
マリーはカーラに、昨夜のことを説明した。ユリウスが最深層にあるポーションの原料、ハッピーフラワーの畑へ案内してくれるということ。
その代わりに、事態が解決した後はツララを地上に連れ帰り、普通の生活待遇を与える約束をしたこと。
聞き終えたカーラは把握と承諾を兼ねたように、目を伏せて深く頷いた。
「かしこまりました、お姉さま。わたくしも異存ありません。では、その子どもはわたくしの実家で責任をもって預かりましょう」
「……いいのかしら?」
「はい。こう見えてもわたくし、そこそこ名のある貴族の出身ですので、手伝いということで住み込みを雇うぐらいはわけありません。もちろん、ちゃんとした教育も受けさせます」
「感謝する。ありがとな」
白髪の混じった頭を下げるユリウスに、ですが、とカーラは言った。
「その子自身の意思は、どうなのです」
カーラは視線で、きょとんとした顔で話を聞いていたツララを指した。
確かに、周囲が勝手に決めたところで、彼女自身の意思が無視されてしまえば不幸のしこりが残るかもしれない。
大丈夫だ、とユリウスは言った。そしてツララの前にしゃがみこんで。
「ツララ。お前、ここじゃなくて地上で暮らしたいか?」
「地上? 行きたい。お花が一杯あって、きれいなところがいい! おじさんも一緒だよね⁉」
「……ああ」
「やった。じゃあ一緒に行こう! いつ行くの?」
「そう遠くない内さ。ちょっと、その前にこのお姉さんたちと一緒に片付けなきゃいけないことがあるからな」
あからさまな嘘だった。しかし、マリーもカーラも口を挟まなかった。
もちろん、俺も。
※ ※ ※ ※ ※
その日の内に(とはいえダンジョンでは昼夜の概念などあってないようなものだが)、俺たちはダンジョン最下層を目指して出発した。
下層に続く隠し道は、またしても細く暗いアリの巣の中のような道だった。
先頭からユリウス、カーラそしてマリーと俺という並びで、発光苔が淡く照らす狭いトンネルを潜っていく。そしてユリウスの背中には、しがみつくようにツララがいた。
「その子を一緒に連れて行って、大丈夫なのですか?」
出発前に訊ねるカーラに、ユリウスは即答した。置いていく方が危ないと。
「昨日の騒ぎでマフィアの連中は引き下がったわけじゃない。連中の耳の速さは知ってるだろ? ツララが、俺が面倒見ている子供だってのは連中もよく知ってる。一人にすれば確実に人質にとられちまうさ」
それに自慢じゃないが、とユリウスは肩をすくめた。
「俺の剣の届く場所より安全なトコロはタルタロスに存在しねえよ。……手間をかけさせちまうかもしれないが、アンタらもいるしな」
マリーが俺を小突いて、小声で言った。
「スルトさん。……その、私だけじゃなくて、あの子も守ってあげてくださいね」
「うん、分かってる」
――暗いトンネルを抜けると、そこに広がっていたのは密林だった。
靴の下に懐かしいような感触がした。そこには本当に土があった。
浅層よりもずっと昔から魔物が生態系を築いていたここは、その死骸が分解された土があり、それを養分とする植物も繁茂しているらしい。
陽が差ささず、発光苔の茫漠とした緑の灯りに照らされる密林地帯は、地上で同じものをみるよりずっと鬱蒼としている気がした。
きょろきょろと、俺とマリーは周囲を見回しながらユリウスの背中に付いて行く。
その時だった。前方の地面から、白い煙が勢いよく、一直線に真上に噴出した。
そしてにわかに叩きつけられた熱気が肌を焼く。その地面の周辺だけ、湯気に包まれ濡れていた。
「足元に気を付けろよ。間欠泉だ。直撃すれば魔力で防御しててもヘタすれば死ぬぞ」
ダンジョンの深い場所は地脈からの魔力影響が大きく、熱水や重力異常などが頻発する場合が多いらしい、とカーラが解説した。
「ここの場合は地盤が不安定でな。たまに崩落もする」
「御忠告どうも。お姉さまはともかく、あなたは気を付けなさい。荷物持ち」
「あ、はい」
マリーがびくりと肩を震わせ、俺を見た。視線でもしもの時は助けてくださいと訴えてくる。俺は頷き、再び歩き出した。
周囲には苔だけでなく草も生えており、中々に流れの激しい川まで流れていた。
空気は蒸し暑く湿っている。スライム種の魔物が時折通り過ぎる。刺激さえしなければ彼らはプルプルしているだけで好戦的ではない。
ユリウスの背中で、ツララは「こんにちは」と手を振っていた。
「ここは水が豊富でな。この子が売ってる花も、この層で採ってきた奴だ」
「……子供が一人で? 危険ではないのですか」
カーラの質問にユリウスは歩きながら答えた。
「とは言っても、この子はタルタロスで生まれ育った子だ。この辺は歩き慣れてるし、俺らよりよっぽど危機察知能力も高い。まあとはいえ、最近は俺も同行してる。この辺をうろつくマフィアも多くなってきたからな」
そういえば、中層にはマフィアのポーション工場があるとは昨夜ユリウスが語ったことだ。
そこでカーラが、深層の畑が主目的ですが、と前置きして提案をした。
「ついでにその工場も破壊しておきましょうか。どちらへ向かえばいいのです?」
「ああ。それならここの川沿いを――おっと」
ユリウスが言葉を止めたその直後、俺はマリーの腕を引っ張って後ろに下げた。
刹那、俺たちの横の地面が草木もろとも爆発した。
間欠泉ではない。遠距離からの砲撃だ。
攻撃元の方向を見ると、密林の茂みをその体でかきわけるたように、奴らはいた。
短い手足の生えたキノコの魔物。キノコ人であった。どうやら傘の先端を砲口のようにこちらに向けて、蓄積魔力で圧縮した胞子塊を砲弾にしているようだった。
流れの激しい川を挟んだ対岸から一方的に、キノコたちは砲撃を撃ち込んでくる。
渦巻く魔力の風で砲撃を防御しながら、ユリウスは舌打ちした。
「ちっ……! マフィアどもが工場防衛用にハッピーで飼いならした魔物か。くそ、前はあんな砲撃なんてやってくる種類じゃなかったが、品種改良でもしやがったのか? まあいい――片付けるぞ」
だが、川を障害としないのはこちらも同じだった。
旋風を刃として、ユリウスが振るう。直撃されたキノコ人が瞬く間にスライスされる。しかし奥からわらわらと湧いてくる。
仲間の死に(いやキノコだから厳密に死ではないのかもしれないが)怯む様子もなく、後続が次々と砲撃をはじめる。
「ここはお任せください。お姉さま」
カーラが動く。そして時間が止まった。
前方の空気を止めて盾としし、袖口からするりと落ちたスリングショットがその辺の石を、時間加速による異常な遠心力で神の槍へと変換する。
キノコの砲撃をはるかに上回る威力の投擲物が、その群れを一直線に貫き蹴散らした。
キノコと密林が一緒くたに砕かれ、その破片が舞い落ちる。
ひとまず、俺の出る幕はないようだった。安心したところでふと考える。
このダンジョンに入ってから今まで、マフィアの仕業はそこら中にあるが、肝心の七大天使とやらについては影も形もない。
それはこの先の最深層にいるのだろうか。それともどこかに隠れているのか。
そこでふと、思考の切れ間に俺は一つの気配を足元に感じた。
微かな、なにかの前兆のような唸り。それはキノコからの砲撃やユリウスとカーラの魔力によるものとは別の種類のものだった。
おそらく、位置的に巻き込まれるのはマリーだ。ならば。
「「危ない‼」」
「えっ!」
俺は咄嗟にマリーに駆け寄り、突き飛ばした。
だがしかし、もう一人、俺と全く同じことをした人物がいた。
カーラだ。
まったくの予想外に、え? と思った瞬間――。
おそらくキノコの砲撃とこちらの反撃がダンジョンの地面を砕き、ゆさぶり、圧力のバランスを崩壊させてしまったのだろう。
マリーを安全圏まで突き飛ばした直後、俺とカーラは足元で大爆発した巨大な間欠泉によって真上に吹き飛ばされた。
とっさに魔力の剣で防御したものの、衝撃は俺たち二人をダンジョンの天井すれすれまで吹き飛ばし。
そして川に叩き込まれた俺たちは、そのまま押し流されてしまった




