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第22話 花を売るような


「ダンジョンなんぞで暮らしてると、こんなもんしか手に入らなくてな」


 数時間後。ユリウスは買ってきたのか採ってきたのか定かではないが、とにかく入手してきた食材で夕食の支度をはじめてくれた。

 洞穴の中で火を起こすと煙が出るので、炊事は入り口で焚火を起こして行われる。木が手に入らないせいか、燃料は剥がした苔を乾かしたものだった。

 花売りの少女、ツララはパタパタと小さな足で駆け回りながらユリウスの手伝いをしている。

 俺も何かしようと勇気を出して申し出たが、手は足りていると断られた。


「おじさん、今日は何作るの?」

「ん、あー、キノコだよ」

「また焼くだけ?」

「ああ。つかそれしかできねえ」


 ツララとユリウスはどうやら知己らしかった。俺とマリーは椅子代わりの丸い岩に腰かけて、二人の様子をただ眺める。カーラはまだ横穴の中で伏せっており、この場にはいない。


「なんか、家族みたいですね。あの二人」

「そうだな」


 俺は頷いた。四十手前ぐらいのユリウスと十歳ぐらいのツララ、確かに父と娘と言われても違和感はない。

 パチパチと音を鳴らすオレンジ色の焚火が、広大な空洞の暗闇にぼうっと一つ浮かび上がる。その直火で、デカいエリンギのようなキノコが串に刺されて炙られる。肉厚のキノコは肉汁のように、ぽたぽたと香ばしい汁を焼き目から垂らしていた。なお、毒があるのかどうか、俺は知らない。

 ほどなく焼き上がった串焼きを持って、ツララがやってきた。


「はいどうぞ! 大丈夫なキノコの焼いたの!」

「ありがとう、ツララ。いい子ね」

「…………あ、どうも」


 俺とマリーに一本ずつ串焼きを渡すと、ツララは魔女服の隣に腰かけた。


「お姉ちゃん、私のお花、まだ持っててくれてる?」

「ええ。スルト」


 言われて、俺は隣に置いていた荷物から花を取り出した。カーラの魔力で時を保存されたそれは、枯れることも花びらを欠けることもなく、美しいままだった。

 ちょっと貸して、とツララはその花を手に取ると、俺とマリーの髪に一輪づつ差し込んで、満足げに頷いた。


「おそろいだね!」

「そうね」

「うんうん。やっぱり似合うね。お姉ちゃんとお兄ちゃん、ラブラブだから――」

「ツララ。さっき見たことは黙ってて。お願い(※小声)」

「え? ……うん、いいけど」


 顔を寄せて真剣に言い聞かせるマリーに、ツララは不思議そうに首を傾げつつも頷いた。

 はたから見れば、俺とマリーはそんな関係に見えるのだろうか。

 俺には、そういう機微ががよく分からない。地獄にいたのが長すぎたし、そもそもそれまでの人生にだって恋愛なんて縁がなかった。

 だから、俺にはよく分からない。マリーが俺をどう思っているかも、俺がマリーをどう思っているのかも。

 そこでふと、俺をじっと見つめるツララと目が合った。びっくりして、思わずのけぞってしまう。


「うわ……な、なに」

「ううん。何でもないけど……お兄ちゃんすごく無口だね」

「ご、ごめんなさい」

「スルト。子供相手にも人見知り発揮するのやめなさい」


 魔女口調のマリーが呆れたようにため息をついた。いや、俺だってしたくてしているわけではないが、どうしても子供だろうが老人だろうが気後れしてしまう。

 ふと、焚火の側のユリウスがこちらに視線を向けた。


「なあ兄ちゃん。別に煽ってるわけじゃないんだが、なんでお前さん、魔女さまの荷物持ちやってるんだ? どう見ても向いてないと思うんだが」

「私が雇ったからよ」

「……なんで?」


 こんな頼りなさそうな奴を? みたいなユリウスの視線に、マリーは得意げに目を細めた。


「もちろん、誰より頼りになるからよ」


 ユリウスはホントか? みたいな目で俺を見てきた。気持ちは察する。

 地獄から実力を身に着けて帰ってきた後も、俺はほとんど他人から強者だと思われることはない。

 その理由は第一に、まずマリーと対比した時の見た目だろう。

 彼女の放つ雰囲気があまりにも強者過ぎて、目立った特徴のない俺はそれこそ端役(モブ)のように目立たなくなり、なおかつ前に出るとその凡庸さが逆に際立ってしまうのだ。

 そしてもう一つは多分、俺の魔力の特殊性。

 俺の魔力は他人にまったく感知されないのだ。宮廷魔術師だというカーラでさえも、幸いにして気づいた様子はなかった。その理由は確実に、地獄での最後の戦いが原因だ。

 この世に存在するかしないか、限りなく無に等しい域に超圧縮した俺の魔力は多分、普通にしたら見ることはできないのだろう。


 大丈夫らしいキノコの串焼きは、肉にも似た歯応えに粗塩がきいていて、思っていたよりずっと美味しかった。

 ツララは食べ終えるなりマリーの膝に座り、そのまま眠ってしまった。まだ小さいとはいえ、マリーの見た目にビビらないのはすごい。それにそもそも、彼女は魔女アビスマリーという風評を知らないようで、マリーの名前にもピンと来ていない様子だった。

 火の勢いの落ちた焚火をそのままにしながら、ユリウスはぽつりと言った。


「ツララは、アンタによく懐いてるな」

「ええ、そうみたいね」


 どこか安心したような笑みを浮かべて、ユリウスは続けた。


「その子の親はハッピー中毒でとうの昔に死んでる。この街じゃよくいる孤児の一人だ。でも、知り合っちまったからには見捨てられなくてな。俺が世話してる。

 気づいてるか? その子の取ってくる花。ここより少し下の階層に生えてるんだ、って事はどういうことか分かるかい。お二人さん」


 マリーがささやくように小声で訊いてきた。


「ど、どういうことですか? スルトさん」

「……土や水、あと光源があるってことじゃないか」


 ダンジョンは洞窟であり基本的に岩でつくられた場所である、なのに花が生えるということは、そこに土壌が存在するということだろう。

 マリーが俺の推測をそのまま伝えると、ユリウスは頷いた。


「そうだ。この地下都市タルタロスはダンジョン全体から見れば上層にあたる。

 ここから下の中層以下には土壌と水源があり、マフィア「ボトムズ」どものハッピーポーション生産工場がある。

 そしてそのさらに下の最深層。そこがハッピーポーションの原料、ハッピーフラワーの栽培地になっている」


 ユリウスは言った。ハッピーフラワーは元々、このダンジョンで採れる野生の薬草にすぎなかったと。

 そこから作り出せるハッピーポーションは貴重な薬ではあったが流通量はとても少なく、少なくとも2年ほど前までは精々ごく一部の上流階級がたまに楽しむ程度のものだったらしい。


「けど、2年ぐらい前だ。ある男が地上で行き場のない難民を集めてこの地下都市タルタロスを作り、マフィアを組織し、ハッピーフラワーの栽培を始めた。

 そして工場を作って大量生産を始め、地上への流通を確保し、ポーションの商売(シノギ)は急速に拡大した。

 恐らくそう遠くない内に、王国全体がハッピー漬けになるぐらいの量がこのダンジョンから流れ始める」


 ユリウスは、きっと俺たちがマフィアから得たかった情報のほとんどをしゃべってくれた。だが、どうして彼はそんな事を知っているのだろう。

 すると俺の顔を見て、ユリウスはその疑念に答えるように皮肉気に笑った。


「……俺は、元々マフィアの用心棒だったのさ」


 ぽつりとしたその呟きを皮切りに、ほとんど燃え尽きた焚火の側で、ユリウスは身の上を明かし始めた。

 曰く、妻と娘、家族を病気で失ったことをきっかけに、王国騎士団を辞めたこと。任務で遠征が多く、ほとんど家族と時間を過ごせなかったことをひどく悔やみ、

それから方々をさ迷って、このダンジョンに行きついて、苦しみから逃れるようにハッピー中毒になったこと。ポーションが止められず、そのまま流れでマフィアの用心棒をやっていたが、ある日それも辞めたこと。


「その子、ツララがな、花を売ってたんだ。薬中の親に殴られてきた子供が、ここで暮らしてくにはポーションの売人ぐらしかないっていうのに、他人を不幸にする薬を売りたくなんかないって言って、誰も買わない花を売ってたんだ。

 ……それを見て、俺は自分の最低さに気付いて、足を洗った」


 そこでマリーを見て、一段、ユリウスの声は低く落ちた。


「詮索はしないと言ったが……なあ「滅びの魔女」さま。アンタたち、麻薬畑とマフィアをぶっ潰しに来たんだろ? だったら頼みがある。

 ……ツララを、助けてやってほしいんだ。マフィアどもをぶっ潰したらその子を地上に連れて、まともな場所に預けてほしい。もしそうしてくれたら、ダンジョン最深部のフラワー畑まで俺が案内する」


 マリーはしばし考えてから、膝の上で眠るツララを見つめて、こくりと頷いた。


「それで、あなたはどうするの?」

「……俺はもう無理だよ。言っただろ、ポーションが止められないんだ。だから地上でその子となんて暮らせない。だから俺はいい。この最低の穴倉で、マフィアの連中と一緒に朽ちてくさ……でも、頼む」


「その子は、こんな場所で花を売るような子なんだ」


 そっとツララの頭に手を乗せて、マリーは俺の方を見る。

 その目は、次の言葉を何よりも雄弁に語っていた。


「任せて。――絶対に、約束するわ」



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