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第21話 さもないと

「災難だったな。アンタら」


 マフィアたちはそれ以上の戦闘を望むことなく、すごすごと引き下がっていった。

 そして俺たちは今、地下都市タルタロスの外れにある、中年男性の家に案内されている。

 ダンジョンの壁に空いた天然の横穴。そこに構えられた住居に通される。

 こんな状況だが、俺は人の家に招かれたという事実に対してひどく緊張していた。手に汗がにじむ。失礼をしないように意識するだけで、全身の関節がコチコチになる。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


 そんな俺を余所に、よどみのない素の口調でマリーは言った。

 意識を失ったカーラは今、荷物と一緒に俺が抱えている。


「構わねえよ。その美人なメイドさんが、あのまま連中に好き放題されるのを眺めるのも気分悪かったしな。それに……」


 男はマリーの抱えた花の詰まったバスケットを見て、小さくつぶやいた。


「あの子から花を買う人間に、悪い奴はいねえからよ」

「……え」


 なんでもねえよ、と男は手を振った。粗末なロウソクの灯りが揺れる。

 男は床にある藁のベッドを指した。


「メイドさんはそこに寝かせてやれ。多少汚いが勘弁してくれよ。今日1日寝てればハッピーは自然に抜けるだろ」


 俺は荷物を壁際に置かせてもらい、一緒に背負っていたカーラをベッドに寝かせた。完全に意識を失った彼女は、時折熱っぽく「お姉さま、ダメです」と不気味なうわごとを呟いている。


「ところで嬢ちゃんと、荷物持ちの兄ちゃん。そのフード、取ってもらっていいか」

「え」


 石を切り出した椅子に座ると、男はそう言った。


「事情は詮索はしねえし、マフィアの連中からかくまってやってもいい。だが、顔ぐらいはお互い付き合わせねえとどうも気分が落ち着かなくてな。どうしてもって言うなら無理にとは言わねえが……」


 小声で、マリーは俺に相談する。


「ど、どうします? スルトさん」

「どっちでもいいよ。俺は。マリーが隠したいならそのままで」

「……見せます。流石に恩人に顔を隠したままなのはちょっと。あといい加減、フード被ったままだと髪がごわごわして嫌なので」


 俺たちはフードを外した。

 案の定、中年男性はマリーを見た瞬間、正体を察したように息をのんだ。


「……おいおい、嬢ちゃん。アンタまさか、本物の」

「――ええ。その様子だと詳しい自己紹介は要らないわね、アビスマリーよ。改めて、礼を言っておくわ。こっちは私の荷物持ちのスルト」

「えと、どうも」


 魔女口調に戻ったマリーに紹介されて、俺はぺこりと頭を下げた。

 男は、マリーの威圧感に戦々恐々としたような苦笑いを浮かべた。


「こりゃあ、マジで余計なお節介だったみたいだな。俺はユリウス。ユリウス=ベルナドットだ」


 ユリウス、と男が名乗った時。

 意識を取り戻していたのか、ベッドの上のカーラが、ふとしたように言った。


「ユリウス、元騎士団長……なぜ、あなたが、ここに」

「メイドさん。アンタ、俺のこと知ってんのか? もう10年も昔のことだぜ」

「ええ。わたくしが、宮廷に勤めはじめたのも、同じ時期でしたから……」

「ああ。あの魔法練度、あんた宮廷魔術師か……なんでメイドのコスプレして冒険者やってんだ?」

「それには、深い、ワケが……」


 それを説明する前に、カーラは力尽きて再び意識を落した。

 無理もねえか、と言ってユリウスは立ち上がった。


「さて、じゃあお二人さんはくつろいでてくれ。俺は少し食料調達に行ってくる。なにか嫌いなもんはあるか? ――まあ、あっても我慢してくれ。ダンジョン暮らしは食事に贅沢は言えないんだ」


 そうして残されたのは俺とマリー、そして再び眠りに落ちたカーラだけ。

 狭い洞窟の壁に、二人分の影が揺れる。

 素に戻ったマリーが気が抜けたようにその場に座り込む、と同時に俺に言った。


「なんかあのユリウスっておじさん。凄い人だったみたいですね」

「そうだな」


 するとマリーは何かを思いついたように目を開き、そしてにやりと笑いながら言葉を続けた。


「ねえスルトさん。ユリウスさんて、カッコいいですよね。何というか渋くてダンディでハードボイルドで! もしかしたらちょっと好みかもなー……って思ったりしなくもないかもです私」

「うん」

「……いや、あの、ですからその、私もしかしたらユリウスさんが好みかもしれなくもないって言ったんですけど?」

「うん。そっか」

「~~~~っ‼ な、なんでそんなに反応薄いんですか、スルトさんっ⁉ いいんですか⁉ わ、私が他の男になびいたりしても!」


 いや勝手にしてくれ、と返すよりも早く。

 マリーは唐突に俺の手を取り、なぜか少し涙目で詰め寄って来た。


「いいですか。よく聞いてくださいスルトさん」

「はあ」

「今から私を力強くそれでいて優しく情熱的に抱きしめながら「行かないでくれ、俺にはマリーしかいないんだ……!」と捨てられた子犬が懇願するように言ってください」

「なんで?」

「なんでもです。さもないと私は今後1週間ぐらい不機嫌になりますよ」


 絶妙に嫌な脅しだった。ちなみにマリーは不機嫌になると、歩きながら俺の足をわざと踏みつけたり、頭の上にその辺で拾ったゴミを乗せてくるのである。

 だから俺は彼女の言う通り、少女の背にそっと手を回した。


「抱き方が、ぎこちないんですけど」

「これが限界」


 マリー相手なら、会話するのには慣れている。けれど緊急時でもないのに物理的に接触するのはやはりものすごく緊張する。

 心臓がうるさい。緊張して背筋が強張り、とにかく落ち着かない。


「じゃあ次に、私の指定したセリフを言ってください」

「何だっけ」

「はいリピートアフターミー「行かないでくれ! 俺にはマリーしかいないんだっ……!」です」

「ええと「行かないでくれ俺にはマリーしかいないんだ」?」

「ガッデム棒読み疑問形っ……! ま、まあいいですよ。それじゃあ、もうしばらくこのままでいてください」

「ええ……」


 俺の胸のシャツに、マリーが顔を埋めてくる。

 カーラが起きてたりしないよなと、俺はチラリとベッドを見た。幸い、彼女はまだ悪夢にうなされるように目をきつく閉じていた。

 消え入るような小さな声が、俺の胸元をくすぐる。


「…………私にも、スルトさんしか、いないんです」


 なぜかその声には、今にも泣き出しそうな危うさがあった。


「だって、あなただけが、ホントの私のこと、わかってくれるから……」


 その時だった。ぺたぺたと、洞窟の入口から裸足の足音が響いて。


「お花買ってくれた、お姉ちゃん……?」


 俺とマリーは同時に振り向いた。そこにはマリーがさきほど花を買った少女。

 ツララが、立っていた。

 少女はぺたぺたと顔見知りのような気軽さでユリウスの家に上がると、俺とマリーを指さして、照れたような赤い顔で微笑んだ。


「ラブラブだね」



 ※ ※ ※ ※ ※



 翌日。タルタロスダンジョンの浅層にて。


「ひっ、ひ、ひぃ……な、なんなんですか、アンタは」

 

 スルトら一行を魔物の生息地に置き去り、見殺しにしようとした案内人は絶体絶命の危機に追い詰められていた。ある一人の男によって。


「聞きたいことがある」


 周囲には焼け焦げバラバラになった魔物の死体が散乱していた。

 また新たな訪問者を凶暴化した魔物にゆだねて処理しようとした案内人は、しかし自分だけが隠し道に逃げこむよりも先に、全ての魔物を瞬殺され、壁際に追い込まれたのだった。

 ダンジョン浅層の低い天井に、不気味なほどの執念深さをそなえた声が木霊する。


「地下都市タルタロスへの、正しいルートを教えろ」


 案内人は言葉での駆け引きを、しかし相手の目を見た瞬間にすぐさま諦めた。

 爛々と輝き燃え盛るその瞳は、まるで見ていない。一般的な価値観にもはや焦点が合っていない。

 こういう目をした人間は、損得勘定などできない、利害計算などできない。

 怒りか憎悪か、はたまたもっと恐ろしい感情がそうさせているのかは分からないが、とにかくだ。

 その目は、人を殺す理由だけを探していた。


「そ、そこの壁の間の亀裂を通って、出た道を右に真っすぐです」

「もう一つ、魔女の少女と荷物持ち少年の二人組をお前は案内したか?」

「へ……? え、いや二人組ではなかったですけど……フードを被ったそれらしき3人組なら、昨日案内しました――」

「そうか。ならもう用はない」


 瞬間、目にもとまらぬ一閃が案内人を縦に両断した。そして次の瞬間、2つに割れた死体が爆発するように焼け焦げる。

 黒こげの死体に目もくれず、その男は教えられた壁の亀裂に向かって歩き始めた。


「待っていろ。殺してやる……殺してやるぞ」


 彼の名はシルベール=シルベルト。現王国騎士団長。

 彼は激怒していた。決闘を挑み、返り討ちにされ、めりこんだ路面を国王の命により国の重要指定記念物にされた屈辱とともに、空前絶後の怒りがその身を焼いていた。

 だから、彼がここに現れた理由は一つ。


「必ず殺してやる。この世に生を受けたことを後悔させながら、地獄の最底辺にめり込ませてやるぞ……荷物持ちぃっ‼‼」


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