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第20話 ここはこの世の底の底

「きゃ」


 俺はマリーの腕を引いて抱き寄せた。

 彼女を狙った大ぶりの肉斬り包丁は空振りしてテーブルに突き刺さる。

 そして俺自身を狙った包丁もまた、マリーを抱えたまま床に倒れたことで回避した。テーブルに、二振り目の包丁が突き刺さる。

 一方でカーラは。


「え……!?」


 彼女を狙った肉斬り包丁は、しかし空中で停止していた。

 包丁を持つ男は驚いたように、しかし目的を果たそうと全力を込めるが、不自然に固定された凶器は全く動かない。時間を操る彼女の魔力の仕業だ。

 空振りした他の二人もその不自然な光景に目を奪われて、直後。


 カーラはテーブルの上の水のグラス、俺とマリーが飲まなかった二つを手に取り、中身を盛大にこぼすように上に振った

 花束のように飛び出した水が、空中で固定される。

 そして高らかに、フード付きの外套を脱ぎ捨てながら白黒のメイド服は素早く立ち上がった。彼女の桃色の髪が、フリルのスカートが優雅に翻る。

 そのまま時間の止まったコップの水を即席の凶器にして、カーラは自身の背後と左右に立つ男たちをぶん殴った。


 その一滴すらこの世界にて変化することを禁じられたコップの水は、きっと筆舌に尽くしがたいほどの強度だったのだろう。

 殴られた男たちは一方的に顔面を変形させられ、出血とともに絶叫しながら床を転げまわった。

 俺たちの隣の席の酔っ払いは、まだテーブルにふせて居眠りをしていた。


 店内は騒然となった。

 しかし、それはパニックになったという意味ではなく、臨戦態勢になったという意味である。

 客や店員たちが、剣や斧やこん棒などそれぞれの武器を取り出して俺たちを取り囲んでいた。それを一瞥して、カーラは平然と言った。


「なるほど、まだ聞き込みをはじめたばかりだというのに早すぎる……と思いましたが、何の偶然か、そもそもこの店がマフィアのたまり場だったのですね」

「違うな」


 店主らしき汚れたコック帽を被った巨漢が、男たちの中から進み出た。その両手には牛一頭まるまる解体できそうな大剣じみた肉斬り包丁が二振り、獲物に飢えたようにぎらついていた。


「ここらの店は全部、俺たち「ボトムズ」の傘下なのよ。……案内役(ガイド)が殺し損ねた腕利きの冒険者ってのはお前らだな。何が目的でタルタロスに来た? お前らも金儲け目的で俺たちのハッピーを盗みに来たのか? それとも――」

「――それよりも、荷物持ち!」

「え」


 男の質問を無視して、カーラはマリーと一緒に床に倒れている俺をきつくにらんだ。


「あ、あなたという男は、何をどさくさに紛れてお姉さまに気安く触ってるんですか⁉」

「いやだって、助けないと……危ないから」

「お姉さまなら背後から脳天カチ割られそうになった程度、小指の先で受け止められたに決まっているでしょう!? もしやあなた、危険回避にかこつけてお姉さまへのセクハラが目的では――」

「おい……テメエら、俺の話を聞け!」


 包丁で近くのテーブルをぶった切り、その大きな音を威嚇のように響かせながらマフィアの店主は怒声を張り上げた。


「人の話を無視するなって教わらなかったのかよ。親からどういう教育受けてきたんだ。いいか、もう一度聞くぞ……テメエらは何が目的でここに来て俺たちマフィアを探ってる? 正直に答えろよ。さもなきゃぶつ切りにしてスープの出汁にして、テメエの親に飲ませてやる」

「うるさいですね」


 カーラはコップの水の停止を解除して、周囲にまき散らすように横に振った。

 水滴が男たちに降りかかる、その直前にまた停止。

 これはあくまで俺の推測だが、彼女の魔力で時間を止められたものは、きっとこの世のあらゆる法則を無視して自己を保持し続けることもできるのだろう。

 そう。だからきっと物理的な障害も空気の抵抗も無視する、無敵の貫通弾にもなってしまうのだ。


「ぎゃあああああああ!」


 男たちが絶叫した。一挙に十数人が血まみれになって倒れ込む。

 まき散らされた水滴、その一滴一滴がこの世のすべてを無視して直進する矢の雨と化して男たちの体を貫いたのだ。

 突然の惨状に、店主を含めたマフィアたちが戦慄する

 カーラは空のコップを床に叩きつけ、言い放った


「麻薬を売りさばくマフィアなんかになるなと、親から教わりませんでしたか? 

 でしたら、わたくしが教えて差し上げます。まとめてかかってきなさい」


 そう言って、静かに佇むメイド服の周囲で黒色の魔力が吹き荒れる。

 ひるむ手下たち。店主は驚きながら叫んだ。


「こいつは、ただもんじゃねえな……! っ、テメエら、ハッピーきめろ!」


 一斉に、店内の男たちがハッピーポーションを取り出し、飲んだ。

 そして白目を剥いて、恐怖を捨て去ったように叫び始めた。

 一瞬で、お祭りの日のような興奮と熱狂が渦を巻く。理性を飛ばした男たちの目が、凶器を手にカーラをにらむ。


「もう出汁を取る必要はねえ! 細切れにしてばら撒いてやる!」



 ※ ※ ※ ※ ※



「スルトさん……こ、これ、ヤバくないですか⁉(※小声)」

「うん。逃げるか」

「か、カーラさんは?(※小声)」

「任せよう」


 店内はハッピーをキめたマフィアで溢れかえっていた。

 大量の快楽で痛覚を消し、力加減も忘れた男たちが次々とカーラに襲いかかる。

 ……が、時間停止による絶対防御。停止物体による防御貫通。さらには時の加速による強制老化。はたまた時間操作による驚異の超速近接格闘がよりどりみどりで容赦なく迎え撃つ。

 男たちは次々と無力化され、崩れ落ちたりのたうち回ったり吹っ飛ばされたりした。


 俺はそれを横目に、フードを被ったマリーを連れて、荷物を抱えてテーブルの下をはいずりながらなんとか店の外に出た。

 ほっと一息つく。本当に、いきなり大勢に囲まれるのは勘弁してほしい。緊張で心臓がもたない。


「スルトさん、いい加減少しは人慣れしてくださいよ……」

「無理」


 花のバスケットを抱えたマリーが呆れたように言ったその直後。

 マフィアたちを蹴散らして、店の中からカーラが飛び出してきた。


「……申し訳ありません、お姉さま。こうなったからにはわたくしが片付けますので、少々お待ちを」


 俺たちの前に着地したメイド服は、しかし荒く息を吐いた。

 その顔には汗が浮き、魔力もやや乱れている。

 魔女口調に戻ったマリーが、心配するように指摘する。


「あなた、大丈夫? 疲れているようだけど」

「ええ。少し……連戦で魔力を消耗していますが、まだまだ――ぁっ⁉」


 言葉の途中で、カーラはふらりとよろめいた。

 彼女の金色の瞳は、まるで酒に酔ったように濁っていた。


「……なんて使い手の魔法使いだよ。くそ、半分以上一人で叩きのめしやがって。

 だが、そろそろ効いてきたみたいだな」


 店の中からマフィアの店主が、まだ無事な手下たちを引き連れて表に出てくる。

 カーラはふらふらとよろめきながら睨み返した。


「まさか……あのお(ひや)

「ああ。ハッピーを混ぜたんだよ。慣れない奴がキメるとまともに動けねえぜ。まあ、アンタは強力な体内魔力と拮抗するせいで効きが遅かったみたいだが……これで形勢逆転だな」


 店主は勝ち誇ったように口の端を持ち上げた。

 気付けばすでに大通りにもマフィアのメンバーだろうか、騒ぎを聞きつけたように武器を持った男たちが殺到してきていた。

 俺たちは再び、今度は場所を変えて囲まれる。


「そこの足手まとい二人抱えて、この人数を相手にできるかよ。ええ?」

「くっ……!」


 カーラは歯噛みした。いまや色白の顔は真っ赤に染まり、両脚が細かく震えている。喘ぐような吐息はポーションのもたらす莫大な快楽に抗っているのか。

 店主はそんな彼女の有様を笑いながら、両手を広げて叫んだ。


「いいか! ここはこの世の底の底! 日の当たるまともな世界に居場所はねえ、シラフで生きられなくなった奴らが、どこに行っても幸せになれなかった奴らが行きつく最低にして最後の楽園だ! 壊そうとするやつは容赦しねえ! 俺たちマフィアが排除する!」


 カーラは強がるように言った。


「お姉さま、申し訳ありません。少々、体調がすぐれませんので、あの、お尻を叩いて気合を入れていただければ」

「……(※蔑むような無言のスパンキング)」

「はぁぁぁあぁあん‼⁉ あ、ありがとうございますぅ……」


 しかし尻を叩かれたカーラは、そのまま力なくへたり込んでしまった。ハッピーポーションによる快楽にマリーのビンタが上乗せされたせいだろう。完璧な逆効果だった。ひょっとしてこの人、もしかしたらバカなんじゃないだろうか?

 とはいえ仕方ない。こうなったら。

 大人数相手は緊張するが、俺がやるしかないだろう。

 俺は小声でマリーに耳打ちした。


「なあ、またカーラさんに目隠して誤魔化してくれ。あとは俺がやる」

「は、はい」


 立ち上がったマリーが、カーラに背後から目隠しをしようとした。

 しかしその時。


「ふああ……何の騒ぎだよ、こりゃ」


 店の中から、新たに一人の男が出てきた。

 それはみすぼらしい服装の、無精ひげの中年男性だった。

 俺は彼を知っていた。

 隣の席で寝ていた、酔っ払いだ。


「んー……注文遅いから、寝ちまってた。あの、俺の頼んだ定食は?」

「見てわからねえか。取り込み中だよ。……言っとくが、お前はちゃんと食った後に酔っぱらって寝たんだろうが。いいから金払ってさっさと消えろ」


 マフィアの店主が呆れたように男を脅す。

 すると男はそうだっけ? と首をかしげた。


「じゃあ払うよ。あ……金ねえ。悪い、どっかで落したわ」

「舐めてんのか?」


 すると中年男は肩をすくめて周囲を見回して。

 マリーの持っていた、花束の詰まったバスケットに目を留めた。


「そこのフード被った嬢ちゃん。きれいな花だな。ちょっと一本失礼」


 止める間もないほど自然な足取りで男はこちらに近づいて、その花を一輪取り出した。男はそれを店主に差し出して。


「じゃあ、これで勘弁してくれよ、オヤジ。俺の支払いと……あと、そこの三人のこともな」

「やっぱ、舐めてんだろ」

「あ、ダメ? なら……ツケにしてくれる?」

「いいぜ。先にテメエから斬り刻んで――塩漬け肉にしてやるよ!」


 我慢が効かなくなったように、店主が肉斬り包丁を振り下ろす。

 その結果を、俺は前もって知っていた。

 見えたのだ。マリーの手元のバスケットから花を摘んだ時に、彼の体表を巡る魔力とともに、長い間鍛え続けた人間特有の気配が。

 一瞬の後、二振りの肉斬り包丁は半ばから切断されていた。

 店主は目を見開き、軽くなった己の両手の先を呆然と見つめて呟いた。


「……てめえ、いや、アンタまさか」


 風が吹いた。

 ダンジョンでは、地下では決して吹くはずのないものが。

 超自然の気流が集まり、中年男性の手に魔力の剣を形作る。

 店主は震えながら呟いた。


「ここは、ハッピーに狂ったやつらが落ちるこの世のどん底タルタロス。……き、聞いた事がある。家族が死んで、心を壊して堕ちてきた大物がいるって。ま、まさかアンタが、噂の元王国騎士団長――」

「さあな。どうでもいいだろ昔の話なんて。ところで……」


 中年男性は、魔力の風を収束した剣を一振り。

 吹き荒れる戦慄を斬り裂くように、言った


「これで支払い。ツケで頼むよ」



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