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第18話 お仕置きなら


「どうやら、ハメられたようね」

「なんという落ち着きよう……素敵です、お姉さま」


 魔女の三角帽子の下で、マリーは長い黒白の髪を払い、やれやれと呟いた。

 その膝がかたかたと震えていることに、幸いカーラは気付いていないようだった。

 さておき、周囲を取り囲む人面コウモリ、マンバットの群れは数百といったところ。無数の羽音と青白い人面の叫び声が奏でる凄まじい音圧に、ビリビリとダンジョン全体が震えている。

 確かに、尋常ではない迫力だ。案内人の言葉通り、ハッピーによって魔物の凶暴性が増しているのは間違いない。

 とはいえ数秒で片付く相手ではあるが、カーラがいる手前、俺は動けない。

 それでも本当にいざとなれば動くしかないのだが――どうすべきか、と頭の中でをこまねいていると。


「下がりなさい、荷物持ち」


 ぐいっと俺を押しのけて、桃色の髪をなびかせたメイドが前に出た。

 どうやら、彼女にとっても苦戦するような局面ではないらしい。


「このような雑魚の相手は、わたくしにお任せを。つきましては、お姉さま」

「なに?」


 マリーの声は努めて落ち着いたものだったが、彼女本人はさりげなく俺の背後へ隠れるように位置をとっていた。

 それに気づかないまま、カーラは背中を向けたまま言った。


「お尻を強く叩いて、ついでに唾を吐きかけて蔑んでいただけると、わたくしとても興奮して気合が入るのですが」

「いいからさっさと戦いなさい」

「承知いたしました。おあずけ、ということですね」


 では、とカーラは指を鳴らす。その瞬間、彼女の周囲で魔力が渦巻いた。

 と同時に、針山のような牙を剥き出した人面コウモリが一斉に襲いかかってくる。


「時空魔法――終点到来」


 黒色の魔法光線が、メイドの指先から次々とほとばしる。

 命中したマンバットが悲鳴を上げる暇もなく、黒い破片となって崩れ去った。

 時間の超加速による老衰――を通り越した風化現象

 しかし。


「やはり少々、数が多いですか。では」


 怒ったようなマンバットの群れが、岩をも砕く音波攻撃を放つ。

 しかしカーラは、ただ手のひらを前方にかざすだけ。


「――空間停止」


 前方の空間そのものがカーラの魔力で黒く染まり、その時間を奪われた。

 停止した空間。すなわち、あらゆるものを遮断する絶対防壁が音波を弾く。

 同時にするりと、メイド服の袖から何かが滑り落ちた。それは紐だった。

 正確には、真ん中に布で作った幅広い部分があって、その両端に紐がついている形だ。俺はその、紐状武器に見覚えがあった。

 よく田舎の羊飼いが、羊の群れを誘導したり小型の魔物を追い払うのに使っているアレだ。

 原始的な紐投石器、スリングショットである。

 しかしカーラは石ではなく、エプロンから取り出した小さな鉄球を布にくるんで、スリングの両端を持って、体の横でぐるぐると振り回し始めた。


「――時流加速、加速、加速……加速!」


 魔法による回転速度の超早送り。すぐさま常軌を逸したスリングの回転は、音も光も歪ませながら極彩色の奇妙な円弧を描く。

 そしてカーラは、前方の停止空間を解除するとともに、達人の水切りのような洗練されたフォームで、それを前方に放り投げた。

 鉄球は音の壁を幾重にも突き破りながら、マンバットたちの群れのど真ん中を貫通する。

 数百の群れに対して、しかし、たった一発で十分だった。

 直後、莫大な衝撃波が吹き荒れる。

 たった一発の鉄球が、軌道上の大気に空前絶後の運動量を分配する。大量の空気が一瞬で巨人の張り手のような不可視の暴力と化し、無数のマンバットたちをまとめて挽肉器にかけた如くバラバラに粉砕した。

 カーラが再び空間を停止してくれたのか、衝撃波は俺たちには何の影響も及ぼさなかった。

 砕け散り舞い落ちる大量の死骸と破片を背にしながら、メイド服が振り返る。

 彼女は桃色の髪をなびかせ、優雅に一礼した。


「――お待たせいたしました、お姉さま」


 見事なほどの勝者動作(ウイニングムーブ)と決め台詞。

 だからこそ、果たして水を差していいものだろうか。迷いつつ、俺は言った。


「あ、あの……」

「なんですか、荷物持ち」

「まだ、いますよ。その、後ろに」

「――‼」


 カーラは振り返り、俺と同じものを見る。

 マンバットたちの残骸が舞い落ちる崖の下の暗闇から、巨大なソレが這い出して来るのを。

 多頭王蛇(キングヒュドラ)

 8~12まで、年齢によって増える多数の頭を持つ巨大な蛇の魔物である。もちろん頭が多い方が強い。そして今、俺たちの前に現れた個体はなんと14もの頭を備えていた。これもハッピーポーションによる影響だろうか。


「これは……」


 再び、カーラの手から黒色の魔法光線がほとばしる。

 それは巨大蛇の頭の一つに当たって、それを急速に黒ずみ崩壊させる。が、それはあくまで表面上の現象だった。

 脱皮。黒ずんで朽ちた皮を何重と脱ぎ捨てて、キングヒュドラは真新しい頭を再生させた。

 カーラの魔力では、ヒュドラの新陳代謝能力を上回ることができないのだ。

 その事実を前にして、メイドは鋭く目を細めた。

 後ろで青ざめた顔をしているマリーの方へ、振り返らずに告げる。


「申し訳ありません、お姉さま。少々厄介な手合いですので――本気を出します」


 そう言って、メイドは手元に魔力を収束させる。

 時空が歪み始める。キングヒュドラが警戒するように九つの頭を強張らせた。


「これは加減ができないので、お姉さまにも少々被害が及ぶとは思いますが……所詮はわたくしの魔力如きです、軽く受け流してくださいませ。

 そもそもこの事態は、あの案内人を雇ってしまったわたくしのせい。どうかここはわたくしに責任をとる機会をお与え下さい――つきましては後ほど……激しめのお仕置きもお願いします!」


 後半はともかくとして、俺は不味いなと思った。

 俺は誰かから魔法を習ったわけではないので、カーラの本気の魔法の余波からマリーを器用に守ったりなどできる気がしない。

 つまり、ちょっと、発動を止めてもらうしかないのだが。

 俺には、そんな事をお願いできるだけのコミュ力もないのだ。

 どうする、もう無理やり殴って止めるかと思った瞬間、マリーが動いた。

 背後からカーラに抱き着くように、自分よりも背の高い彼女の顔に手を伸ばして目隠しをした。


「きゃ……!? お、お姉さま!? ええと、お仕置きなら後で――」

「違うに決まってるでしょ。もう十分よ。あなたの責任感は分かったから、ここは温存しておきなさい。あの蛇は私が片付けてあげる」

「は、はい……でも、これではお姉さまの勇姿が見えないのですが」

「私の魔法は、慣れない人間が見たら死ぬのよ」

「かしこまりました。では目で見ずともわたくし、その他の感覚と第六感に刻み込ませていただきま――」


 マリーは俺に向かって振り返り、パクパクと口を動かした。

 最近なんとなく、彼女の唇が読めてきた。多分、こう言っている。


(いまのうちに、早くやっちゃってください、スルトさん)


 頷いて、右手の先に魔力を集中させる。

 同時、しびれを切らしたように14の頭が一斉に襲いかかってきた。

 だから俺は、崖際を蹴って宙に飛び。


「――」


 空中で前転しながら放物線を描き、魔力の刃を縦横無尽に振るう。

 そして14の首が、はじけ飛ぶように切断された。

 俺はバラバラと舞い落ちる肉片の一つを足場にして、崖にむかって跳ね返るように着地する。

 粒子のように溶けて消える右手の剣。衝撃を和らげるために曲げた膝を起こして立ち上がる。

 俺はマリーに、終わったよという意味で親指を立てた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「素晴らしい魔法でしたわ、お姉さま――見えませんでしたけど」


 キングヒュドラを倒すとともに、魔物の襲撃はぱたりと止んだ。

 俺たちは崖を下りて、案内人の消えた横穴に入りその中を歩きながら先に進んでいる。

 恐らく、ここが地下都市タルタロスへの正しいルートなのだろう。あくまで勘だが。状況的にはそれしか考えられない。

 それに最悪、下に向かってダンジョンそのものをぶち抜いていけばいずれ辿り着くだろう。


「あまりにも一瞬で、魔力はほとんど感じられませんでしたが……しかし散らばった肉片の断面を見れば、あれが恐ろしく高度に圧縮された魔力の痕跡だと分かります。あのようなものを拝見できるなんて、やはりお姉さまにお仕えして間違いではありませんでした」

「そう……」


 目を細めて上機嫌に微笑むカーラとは対照的に、マリーは複雑な表情を浮かべていた。その気持ちは察するが、俺にはどうしようもないので引き続き頑張ってもらうしかない。

 そして――。


「あ、着いた」


 横穴が終わり、視界が開ける。

 そうして俺たちは、地下都市タルタロスに到着した。


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