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第17話 ムチ打つように


 二日後。

 俺たちの乗った馬車が、件のダンジョン前に到着した。

 しかしそこは一見するとただの荒野に見えた。ダンジョンの入口、地下の洞窟に通ずるような穴はどこにも見当たらない。


「何もないけれど」


 呟くマリーに応じたのは、昨夜立ち寄った馬車駅で雇った案内人の男だった。


「へえ、それはもう、一般人や巡回兵に見つからないように、普段はダンジョンの入り口は隠してあるんですよ」


 緑のフードを被ったどこか怪しそうな案内人は、媚びたような声で言った。


「知ってるのはアタシらみたいな、ハッピーポーションの運び屋だけです」


 ――そのダンジョンは、地下迷宮都市タルタロスと呼ばれているらしい。

 百年ほど前から存在している自然発生の入り組んだ地下空間には、そこを生態系とする魔物たちに加え、地上から入り込んだ様々な人々が居住する地下都市がある。

 その地下都市タルタロスを支配するのがマフィア組織「ボトムズ」であり。

 彼らの生業は、ダンジョン最深部での麻薬原料、すなわちハッピーフラワーの栽培であるという。



 ※ ※ ※ ※ ※



「――まずは、その麻薬畑を壊滅させるのが目標になるでしょうか」


 昨夜。街道上の駅宿にて。

 二階の大きめの部屋を借りた俺たちは、依頼について改めて話し合っていた。

 国王マックスジャンヌ三世からの依頼には七大天使の討伐、に加えて、件のダンジョンを支配する犯罪組織の壊滅も含まれている。

 天使云々は抜きしにして、途中参加したカーラにそのことを説明すると、彼女は承知しておりますと頷いた。


「わたくし、馬車の下に張り付かせていただく前に、今回お姉さまが赴かれるダンジョンについて可能な限り調べて参りましたので。

 まず情報によりますと、例のダンジョン――地下迷宮都市タルタロスは、現在「ボトムズ」と名乗るマフィアによって支配され、法の及ばぬ暗黒地帯となっているようです」


 すらすらとよく通る声で、なおかつ四つん這いの姿勢でカーラは説明した。

 その背中には、心底嫌そうな顔のマリーが腰かけている。


「……ねえ、カーラ。私、人間に腰かけていると落ち着かないのだけれど」

「申し訳ありません。お姉さま。座り心地にご不満でしたら、どうかわたくしのお尻を、強く、豚にムチ打つように叩いていただけますでしょうか」


 マリーはますます嫌そうな顔をして、助けを求めるように俺を見た。

 俺は関わりたくないので無視した。


「はあ、もういいわ。座り心地は我慢するから話を続けなさい」

「え、叩いてくれないのですか……?」


 すぱん。

 

「んんっ♡‼ ……ありがとうございます、お姉さま。それでは話を続けさせていただきます。その「ボトムズ」と名乗るマフィアたちはダンジョンの最深部で麻薬草ハッピーフラワーを栽培し、それを加工精製した麻薬ハッピーポーションを生産。

 それらを近隣の村々や都市、さらには外国にまで裏から流通させ、莫大な利益を得ているようです。

 結果、この地域の治安は著しく低下、先日のような薬中の農民による耕作放棄や盗賊への鞍替えが相次いでいるとのこと」


 そこでカーラは言葉を切って、ねだるようにメイド服の尻を振った。

 マリーはげんなりした顔で平手を打った。


「んぉっ♡‼ ありがとう、ありがとうございます。

 つまり国王陛下のご依頼を遂行するには「ボトムズ」の構成員を単にぶちのめすだけでなく、この状況の根本的な原因である麻薬畑そのものを潰し、麻薬生産施設を破壊、そして栽培方法を知る人間を残らず捕えなければいけません」

「結構な大仕事ね。面倒そう」

「いえ。実際にはそうでもないでしょう。麻薬畑と生産施設の破壊は、お姉さまならば楽勝でしょうし、わたくし単独でも十分可能です。

 そして栽培方法を知る人間の捕獲ですが、マフィアのような犯罪組織が自分たちの資金源の秘密を好んで吹聴しているわけがありません。おそらく幹部クラスの少数しか知りえないはずです。なので組織のトップを潰しさえすればこちらも問題なく達成できるでしょう……………………あの、お姉さま?(フリフリ) 

 ――はあぁんンっ♡‼ ありがとうございます。

 つきまして、私たちはまずダンジョン内部に潜入、地下都市タルタロスに到達後、マフィアについて調査し麻薬畑やポーション生産場所を突き止めた後、襲撃を実行。という流れになるかと思われます」


 時折、尻叩き音と嬌声をまじえながらカーラは説明した。

 マリーが再び「もう嫌です助けてください」みたいな目で見てくるが、再び無視しておく。俺にどうしろと。

 ともかく、俺たちとしてはそのダンジョンへ潜って、地下都市とやらへ行かなければ話は始まらないようだ。


 しかし麻薬ポーションとは。それが七大天使の仕業なのだろうかと、俺は頭をひねった。

 てっきり魔王の代わりにやって来たのだから、同じように暴れまわっているものだと思っていた。それがまさかマフィアの麻薬商売の裏に潜んでいるなんて、ずいぶん回りくどいというか、姑息という気がする。

 しかしながら、昨日みたく普通の農家があんな風にポーションを求めてそこら中で盗賊を繰り返すのだとしたら、見方によれば確かに魔王が暴れまわるよりも恐ろしいかもしれない。

 これは確かに早く何とかした方がいいよなあ。漠然とした責任感を肩に感じる。

 マリーが口を開いた。


「にしてもタルタロス……ダンジョンの中の地下都市なんて、一体どんな連中が住んでいるのかしら」

「犯罪者ですよ。お姉さま」


 変質者のような姿勢のまま、カーラが口を開いた。


「好き好んでダンジョンに住み着くような人間は、ほとんどが犯罪者や借金持ち、つまり表の世界では生きていけない人種です。彼らは取り締まりや税金など、様々なしがらみから逃れるために太陽と法律の届かぬ洞窟に潜むのです。

 だからこそ、ダンジョンは暗黒地帯と呼ばれるのでしょう。魔物だけでなく、私たち人間社会の闇もそこを住処とするのですから」

「そう……ところで、気になっていたのだけれど」

「はい、お姉さま。なんなりとお訊ねくださいませ」

「どうしてメイド服なの、あなた」

「はい。この服装はお姉さまに生涯仕えるという、わたくしの決意表明です」


 胸元に手を置き、カーラはもう一度言った。


「わたくしの、決意表明です」



 ※ ※ ※ ※ ※



 ――そして現在。

 俺たちはダンジョンへの宝探しに来た冒険者と名乗り、そしてマリーの正体を隠すためにフードつきの外套を一様に被り、金で雇った案内人の後ろについて歩いていた。

 

「お姉さんたちは賢いですねえ。やっぱり部外者が地下都市(タルタロス)に行くなら、アタシみたいなのに案内させるのが一番です」


 ひやりとした湿った空気が、顔に張り付く。

 洞窟の低い天井に四人分の足音が響く。奥へ奥へと続く細い道は、まるで魔物のはらわたの中を歩いているみたいだった。

 背負った荷物が壁面や石柱にぶつからないように注意しながら暗闇を歩く。

 しかし足元は思ったよりも明るかった。案内人の持ったランタンの灯りに照らされて、壁面に生えた発光苔がぼんやりと光っている。

 ちなみに、俺はダンジョンというものに入るのはこれが初めてだった。不気味ではあるが、少しだけワクワクする。


「案内がないと、魔物の巣に迷い込んじまいますからね。そんなの大したことないっておっしゃる冒険者の方もいますが、そりゃ間違いだ。ここの魔物は他のダンジョンよりも数倍は厄介ですよ」


 案内人の陽気な声が、暗く湿った空間に反響する。彼は俺と違って、お喋りが好きなのかダンジョンに入ってからずっと話しっぱなしだった。


「なにせハッピーポーションのせいでね。売人がね、ポーションキメ過ぎて死んじまった客の死体をよくそこらに捨てるんですよ。するとそれを巣に持ち帰って食った魔物もキマっちまうワケです」


 案内人の後に続いて歩く俺の背後に、マリーとカーラが続く。

 すると急に、頭上から圧迫感が消えた。

 顔を上げると天井が無くなっていた。トンネルを抜けたように、俺たちは巨大なドーム状の空間に切り立つ岩肌、その崖沿いに出たのだ。

 もちろん地上ではないので陽は差さない。その代わり、やはり岩肌にびっしりと張り付いた発光苔の淡い光が、巨大な地下空間の輪郭を俺たちの前に広げていた。

 後ろの二人が小さく息をのむのが聞こえた。

 足音が再開し、案内人の言葉が木霊する。


「キマっちまった魔物は並じゃありませんよ。この前も、どっかからの依頼か、それとも自分たちが稼ぐためか、ポーションの製法をマフィアから盗もうとした冒険者旅団(パーティー)がですね、ウヒヒッ! 中々手練れの熟練者の集まりでしたが、それでも下級の魔物相手に血祭りになってましたよ」


 歩きながらふと崖の下を見た。暗闇の底は見えず、爪先で落した石のいつまで経っても聞こえない。

 俺やカーラはともかく、マリーは落ちたら助からないだろう。気を付けなければ。


「まあそういうわけで、くれぐれもお姉さん方もお気をつけて……ま、もう遅いんですけどねっ」


 すると突然、案内人はふらりと崖の下へ身を投げるように落ちて行った。

 俺はとっさに崖際にしゃがんで上半身を乗り出して下をのぞき込むと、岩の割れ目と横穴があって、そこに垂らされたロープがちらりと見えた。

 俺は二人に振り返って、言った。


「……あの人、崖の横穴に入って逃げたみたい。えと、だからつまり」

「状況は分かっています、荷物持ち。あなたは下がっていなさい」


 カーラは、俺をはねつけるように言った。

 そして崖の下の暗闇から、陽気な声が響き渡った。


「ウヒヒィッ! 悪いねえお三方! でもどうせアンタらも、アタシらマフィアのポーション稼業を狙って来たんでしょ? 確証はねえけどここに来る冒険者の狙いなんてそれ以外にありませんからね!」


 どうやらあの案内人は、ただの末端の運び屋ではなくマフィアのメンバーだったようだ。


「だから、そういうアンタらみたいなのを始末するのが、アタシの仕事なんですよ! というわけで、大人しくそこで食われててください! 骨ぐらいは後で拾ってあげますからねえ!」


 反響を残して、案内人の声が消えていく。

 そして入れ替わるように、大量の羽音が俺たちの周囲を包囲する。

 現れたのは、コウモリの翼に人間の頭部を組み合わせた、暗所に潜む下級魔物。

 怪音波と吸血攻撃で獲物を狩る人面コウモリ。

 マンバットの群れだった。


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