第15話 ハッピーだ
「いやぁぁああっ! なんでこうなるんですかぁっーー‼」
「仕方ないじゃん」
冒険者向け大型宿「太陽と月の下の宿屋」、三階。
部屋に戻ったマリーは、魔女アビスマリーの仮面を放り捨てるかのようにして盛大に駄々をこねていた。
その原因は言わずもがな、国王マックスジャンヌ三世からの七大天使討伐依頼である。順次地上に姿を現すらしい七大天使。その一体目が南部アザルス地方にあるダンジョンにもうすでに現れているということから、俺とマリーは明日の朝に王都を発ち、現地へ向かうことになったのだが。
「いやですぅぅうううう~~! まだ王都観光全然できてないのにぃいっ‼ せめてあと一週間ぐらい後じゃダメなんですかっ⁉」
「ダメだろ」
「私、まだ行きたい名所とかお店とか、一杯あったんですよっ‼」
そうだろう。そしてきっと容赦なく、俺も連れ回すつもりだったんだろう。
涙を流しながらベッドの上で転がり枕を叩くマリー。ぽんぽんという柔らかい音に込められた深い慚愧を横目に、俺は正直ほっとしていた。
「……いまホッとしましたよね? スルトさん なんでですか! 私と一緒に観光したくなかったんですか⁉」
「……」
「あ、コイツめんどくさいなって思ってますよね⁉」
たった今、そのセリフを聞いて思った。
ともかく、翌日朝。
俺とマリーは王都を発ち、南部アザルス地方へ出発した。
移動は、貸し切りの馬車だった。
馭者や馬取はいない。魔法で作られた霊馬が自動で目的地まで走ってくれる、国王から借りた最高クラスの軍用馬車である。
窓の外を、田舎道の長閑な緑が過ぎ去っていく。
簡素な座席に背を預ける。車内にはマリーと二人きりなので、無駄に緊張することもない。俺はリラックスして窓の外をぼうっと眺めていた。
地獄の殺風景さを見慣れすぎたせいか、俺はこういう青々とした生気のある景色を眺めるのがわりと好きだ。
「なに年寄りみたいに窓の外眺めてるんですか、スルトさん。それより……聞いてます?」
「ごめん。聞いてなかった」
「だと思いました。もう……手持ちのポーションですよ。途中でどこかで買い足しておいた方が良い気がするんですけど」
「いらない」
「な、なんでですか⁉ ダンジョンですよ! 探索中に補給できないんですから回復薬は一杯買っておかなきゃ!」
「これ以上買ってもカバンに入らないし、かさばって邪魔だし、それにこの辺だともうロクなもの売ってないぞ」
「で、でもぉ……」
ポーションとは、一般的な回復薬だ。
魔力を含んだ一部の薬草から作られる液体で、一般的にどこの薬屋でも売られている。とはいっても販売免許などは必要ないのでその品質はピンからキリだ。田舎の悪質な店だと、ただの雑草の煮汁を売っているところもある。
座席の横に置いた背嚢バックパックに視線を向けた。もちろんその中には王都の冒険者向け用具店で買った、ちゃんとした瓶詰めのポーションが入っている。
マリーは落ち着かないように言った。
「だ、だってダンジョンですよ! 罠とか魔物とか凸凹とか小石とか一杯あるんですよ⁉スルトさんはともかく私なんて歩いてるだけでどこ怪我するか分かんないじゃないですか! 一時間あたり骨一本のペースで骨折する自信ありますよ私!」
そんな事に自信を持たないでほしい。
「大丈夫。危なそうなら俺が……その、マリーがケガしないように、ちゃんと守るから」
言った途端、マリーはピタリと動きを止めた。
「す、スルトさん。今の、もう一回言ってください」
「……何で?」
「いいから! もう一回」
どうしてか、妙な気恥ずかしさを覚えながら俺はもう一度声にした。
「マリーが怪我しないように、俺が守るから」
すると、マリーはまさに「にまー」っという感じの満悦を顔に浮かべた。
「へへ、えへへ。そうですか。じゃあしょうがないですね! そこまで言うなら守られてあげなくもないですよ!」
「……」
先ほどまでの懸念を忘れたように上機嫌な少女が、にやつきながら俺の顔を見つめてくる。よく分からないが、彼女の中では解決したらしい。
やはりなぜか無性に気恥ずかしくなって、俺はマリーと目を合わせないように窓の外に顔をそむけた。
そこで、唐突に馬車が止まった。
霊馬の自動運転は、目的地に着くか、停止を命令するか、あるいは進路上に障害物を感知しない限りは止まらない。と、出発前に説明を受けたのを思い出す。
「きゃっ……止まった? 一体、どうしたんでしょうか?」
「倒木かな。ちょっと見てくる」
「……わ、私も行きます!」
別にマリーも降りる必要はないのだが、指摘するのも面倒なので俺は黙って彼女と一緒に馬車を降りた。
そして進路上には予想通り、数本の木が倒れていた。
しかし明らかにおかしい。切り口は斧で切ったようにきれいだし、枝も落とされた丸太のようだ。決して、朽ちた木が自然に倒れたものではありえない。
つまり人の手で切り倒された木材が、通りがかる馬車の進路を塞ぐという明確な意思によって配置されたものだった。
よって、これがどのような人種の仕業であるのかといえば。
「盗賊かあ」
「か、金を寄越せえ!」
答え合わせのように、倒木の影から刃物を持った男たちが数人、俺とマリーの前に躍り出た。さらに道の両脇から数人、合わせて十数人に取り囲まれる。
さあっと俺の頬を冷や汗が伝い、胃袋が緊張できりきりと縮みあがった。
落ち着け、と必死に自分に言い聞かせる。
相手はただの馬車強盗だ。決してお茶会のお誘いに来たわけじゃない。だから大丈夫だ。
そんな俺を安心させるためではないだろうが、これらの極めて盗賊のような男たちの一人が、自己紹介を兼ねたような脅し文句を叫んだ。
「い、いい馬車乗ってるな、お前ら、なんだ、ガキか……ま、ままま、まあなんでもいい! 金と荷物を寄越せ! そ、そそして! そこに跪け!」
しかし、どこか様子がおかしい。彼らはろれつが回っていなかった。
それになんというか、よく見ると服装が本格的な強盗っぽくなかった。まるで普通の村人のようだ。
さらに持っている武器も斧とか棒とか鍬とかフォークだったりで、専門の悪党というよりは普段使いの農具をそのまま持って強盗に来たような感じがする。
そこで、マリーが口を開いた。
「――あなたたち、一体誰に口をきいているつもりかしら?」
マリー、ではなく魔女アビスマリーに切り替えた少女が、その真の実力に全く見合わない圧倒的な風格で盗賊たちを威圧する。
盗賊たちは濁った目をこすり、そして、酔いがさめたように叫び声を上げた。
「ひぃっ‼ な、なな……なんだこの女、な、なんて威圧感だ!」
「お、おいまさか、こ、ここ、このお方は」
「ほ、ほほほ、滅びの魔女ぉっ!?」
一瞬で、俺とマリーを取り囲む盗賊たちは騒然となった。どうする?どうする!と互いに顔を見合わせて、きっと出てこない名案を雨乞いするように叫び合う。
やはり相手が人間なら、マリーの脅しは極めて有効だ。
「見逃してあげるから、さっさと私の視界から消えなさい」
盗賊たちは、マリーの雰囲気にすっかり飲まれていた。縮みあがって震える彼らは、少女の背丈よりも小さく見える。
しかしそこで俺はふと、彼らの震えがどこか別物に変わった気がした。上手く言えないけれど、恐怖の震えではなく抑えがたい発作のようなものになった気がしたのだ。
その直後、特に激しく震える男の一人が言った。
「う、ううう、こ、怖えよおお。ハッピーになりたくて仕方なく路上強盗したら、まさかこんな奴に出くわすなんて……ハッピーじゃねえ、ハッピーじゃねえよ」
「そ、そうだ、ハッピーが足りねえよおっ!」
様子がおかしい。彼らは震える手で、それぞれの懐から革の水筒を取り出した。
薬の匂いが鼻をつく、ポーションだ。
でもなんで。負傷を受けたわけでもないのに?俺とマリーは首を傾げた。
すると、水筒を口に含んだ盗賊たちの目つきが明確に変わった。
「ああ、ハッピーだああ……」
「ハッピーが、キマってきたあああ」
不気味なほど一瞬で真っ赤になった顔が、白目をむいて天を仰ぐ。
「ハッピーな俺たちは無敵だ!」
「そうだ、ハッピーを買う金がねえから奪うんだ! 誰だろうが知ったことかあっ!」
「ハッピーにさせろおおおっっ‼」
そして彼らは一転、めちゃくちゃに手に持った武器を振り回しはじめた。
明らかに錯乱した彼らにはもう、マリーのハッタリは通じていないと分かる。
少女は驚いたように、素に戻って叫んだ。
「うえぇっ⁉ す、スルトさん……こ、この人たちなんか正気じゃなくないですか⁉」
「うん。とりあえず俺の後ろに」
俺は彼女を背後に庇った。
まさか人間相手に魔力を使うわけにもいかないので、素手で近づいてきたやつから地道に殴り倒していこうと思ったその直後。
「――待ちなさい、下郎ども」
凛とした声が響く。
俺たちが乗っていた、馬車の下から。
え?と思いながらそちらを振り返ると同時、俺は激しい後悔に襲われた。
馬車の車体の底に、さながらそういう生態の虫のように。
見知らぬメイド服の女性が、ぴったりと張り付いていたのだ。




