第14話 天使とは
「私たち天使は神のしもべです。そして天にまします偉大なるこの世界の神は、人間の不幸を望んでいます」
天使ヘルミーナは、淡々とそう告げた。
マリーも俺も沈黙したまま、彼女の説明を聞く。
なにか今まさに、まったく根本的にとんでもないことを言われている気がした。
「なぜか。それは人間に幸福になってほしいからです。……きっと正反対のこと言っていると思われるでしょうが、もう少しお聞きください。
まず神および我々天使は、存在のためにある種のエネルギーを必要とします。それはあなた方が幸せを感じた時に生み出す幸福感情のエネルギーです。
そして大きな幸せを感じるほど、あなた方は多くのエネルギーを生み出し、私たちはそれを受け取ることができます」
ヘルミーナは事務的に続ける。
「であれば、世界が平和で穏やかなものであれば、あなた方は常に大量の幸せを生み出してくれるのでしょうか? ――もちろん、そんなはずがありませんね。
あなた方人間は環境に慣れてしまいます。常に平和で幸せな世界では、それが幸せではなく当たり前だと感じはじめ、感情を動かしてくれません」
ヘルミーナは事務的に言葉を続ける。
「ではどうすれば、あなた方は強く幸福を感じてくれるでしょう。つまり人間が最も強く幸福を感じるのはどんな時でしょうか? それはもちろん。
――不幸のどん底から、救い出された時ですね」
こほん、と天使は小さく咳払いをして、続けた。
「絶望から救い出された人間の感じる幸福、これは私たちにとっても莫大なエネルギーです。
たった1人の人間が、たった一時、救われるだけで……その他の1000人を100年間絶望の底に沈めたとしてもお釣りがくるほどに。
ゆえに、世界は常に大量の不幸と絶望に満たされながらも、確かにわずかながら救いがあるような形でなければなりません。
大量の不幸と少量の救済。これが私たち天使が試行錯誤の末にたどり着いた、最も幸せ効率の高い世界なのです」
もう一度、ヘルミーナは小さく咳払いした。
「だから私たち天使は魔物を作り、地上に放つことで出来る限り多くの人々を困難に直面させています。ここまではよろしいでしょうか?」
「クソゴミ種族じゃろこいつら」
「そういうご意見をいただくこともあります」
マックスジャンヌ三世はほとんど暴言をぶつけたが、天使は気にした風もない。
「ともかく、そうして人間たちから得られる絶望からの幸福というエネルギーで我々、神と天使が住まう天界は経済を回しているのです。
そして最近、とある大規模な経済計画が決定されたのです。通称、魔王計画」
魔王、その言葉に俺とマリーは同時に眉根を寄せた。
「平たく言えば、もっと大量の幸福エネルギーを一度に得るための計画ですね。
具体的には、魔王という魔物の中でも抜きんでた超絶個体を作成し、それが魔物たちを率いて100年ほど地上に暴虐と混沌をもたらします。
その後、我々天使が用意した勇者が魔王を討伐することで、一時的に世界を平和にし、大量の幸福エネルギーを生産。
その後に勇者を殺し、また新たな魔王を生み出して……というサイクルをこすり続ける計画だったのですが」
「そこのアビスマリーによって魔王はあっさり討伐され、我々人間が絶望を感じる暇もなく世界は平和になり、最初の一歩から計画が破綻したと」
「その通りです」
「ざまーみろじゃ」
マックスジャンヌ三世はけらけらと笑った。
マリーはじっと目を伏せている。あれは多分深いことを考えているふりをしながら、内心混乱であたふたしているポーズだろう。
……しかし、天使が魔王を作った、か。
ヘルミーナの説明は、俺があのプロメから、あるいは地獄で見聞きしたものと照らし合わせても納得いくものだった。
しかしなんというか、情報が壮大過ぎて俺にはどうしたらいいか分からない。
「――話を続けます。というわけで我々天界、世界管理運営局は巨額の費用をかけたわりにあっさり討伐された魔王、その赤字を意地でも回収しなければならなくなりました。よって、是が非でもあなた方人間には今後100年ほど絶望のどん底に沈んでから、救われていただきます」
そんなこと勝手に決めないでほしい。
ヘルミーナの説明はなんだか根本的に、温かみというか人間味というか、それを聞かされる立場への思いやりが根本的に欠落している気がした。
「そのために、これから天界最強の七大天使が魔王に代わる人類の脅威として地上に降臨します。
純血。
節制。
慈愛。
勤勉。
忍耐。
寛容。
そして正義。
七つの大徳を司る彼ら彼女らは、それぞれが魔王を遥かに上回る力を持ち、様々な方法で世界を絶望に叩き落すために動くでしょう」
いや動くな。なんで天使って上から下までロクでもないんだ。
こんな世界の真実を俺は別に知りたくなかった。
「もちろん私たちも人類を滅ぼしたいわけではなく、ただ100年後の救済を前提に最大限苦しんでほしいだけなので加減はします。
七大天使が一斉に暴れるのではなく順次に降臨するのはそのためです。本格的に人類が絶滅してしまいそうなら、途中で止められるように」
その点はご安心ください、とヘルミーナは一切安心できない説明を続ける。
「つきまして私のような天使は現在、マックスジャンヌ三世陛下、あなたのような地上の権力者への告知義務の遂行とともに、協力の要請もしております。
具体的には、陛下一族の安全保障と引き換えに、これから混乱していく情勢の中でわざと愚策を連発し多くの民衆を困難に直面させていただきたく思います。
――そして次に、魔女アビスマリー」
くるりと、ヘルミーナはマリーの方へ向いた。
「先の魔王を倒したその戦闘能力を、私たち天界はとても危険視しています。かといって七大天使に勝てるはずがありませんが、計画のスムーズな進行が妨げられる可能性は十分にあります。よって同じく命の保証をしますので、どうかこの件に関しては動かないでいただけますか?」
ご返答はいかに。とヘルミーナは二人に問うた。
マックスジャンヌ三世はため息一つ、それからさも当前のように断言した。
「お断りじゃ、バーカ」
威風堂々、少女王は胸を張って言い放つ。
「最初に貴様から、天使と神の仕組みを聞いた時は驚いたが、よく考えたらひたすらムカつくわ。たとえ死んでも余はクズに心は売らん。……というかそもそも、貴様ら神も天使も勘違いしておるわ」
「何について、でしょうか」
自らが招いた問いに対して、傲岸にして不遜なる態度が回答する。
「人間は放っといても勝手に不幸になるし勝手に救われる。魔物や魔王や勇者なんぞ必要ない!
なにせこの余、即位してから隣国に戦争吹っかけること五度! 十の小国を侵略したゆえな! 振りまいた不幸は中々の量よ。
同時に、人気取りと人材獲得も兼ねて国内の孤児や若い貧乏人への救済令も連発したわ。余の真意はともかく救われた者も多いであろうのう」
「胸を張って言うことかしら……」
思わず、横からマリーがツッコんだ。
しかしマックスジャンヌ三世は悪びれるどころかむしろ、己の邪悪と偽善を見せびらかすように豪快に笑った。
「大事なのは、これが誰に指図されたのでもなく余がやりたいからやったということよ! 分かるか天使? それが、最も大事なことじゃ。
だから――上から目線の管理者ヅラを即刻辞めよ。不愉快極まるぶち殺すぞ」
ヘルミーナはどこか呆れたような口ぶりで、しかし事務的に答えた。
「貴重なご意見ありがとうございます。では残念ですが、陛下の協力は得られないということですね。では魔女アビスマリー、あなたはどうでしょう」
「私は――」
素早く一瞬、マリーは俺を見た。
俺は頷いた。――分かった、戦うよ。という意味を込めて。
俺がつい魔王を瞬殺してしまったせいでこうなっているのなら、そこに関しては責任を感じないでもない。いやまあ、天使の言い分の方が勝手すぎるとは思うが。
しかしそれよりも、俺には微かな期待が生じていたのだ。
七大天使。魔王より遥かに強い。そんな相手ならば、きっと。
今の俺でも、対等以上に勝負ができるだろうか。
もう一度、あの地獄での日々のような充実を、人生に取り戻せるだろうか。
そんな期待が、俺の胸には灯っていた。
マリーは答えた。
「私自身はどうでもいいけれど、どうせ陛下の依頼とはそういうことでしょう。
その七大天使とやらを倒してこい、と」
「その通り――ぶち殺してこい、アビスマリー。これは王国からの正式な依頼よ」
「なるほど」
天使は頷いた。心の底から呆れたように。
「かしこまりました。お二方とも、愚かな選択をされたということで。
ではこれで私の仕事は終わりましたので、帰らせていただきます。よい終末を」
「我らをこの場で殺して行かんのか?」
「それは私の仕事ではありません。それに天使は基本的に自衛以外での殺人を禁じられています。そういうルールがないと、あなた達はすぐに絶滅してしまうでしょう」
ほう、と挑発的に微笑み、少女王は口舌を飛ばした。
「しかし、余がここでお前から見聞きした世界の真実を一般民衆に暴露するとは思わんのか?」
「それは構いませんが無意味ですよ。神と天使に関する情報は、正体を現した私たちと直接接触した人間でなければ、24時間以上記憶することはできないようになっているので」
では今度こそ、とヘルミーナは一礼してパチンと指を鳴らして部屋から消えた。
残されたのは俺とマリーと、そしてマックスジャンヌ三世は気が付いたように言ったのだ。
「茶が冷めてしまったのう。新しいのを淹れるか」
――そして新しいティーカップを片手に少女王は告げた。
「あの七大天使とやらじゃが、どうやらもう一体、すでに降臨しておるようでな」
本当ですか? とマリーは紅茶を持ったまま訊き返した。彼女は猫舌なので、十分に冷めるまで飲めないのだ。
「これから現れるような口ぶりで我らの初動を鈍らせようという魂胆よ。
ふふ、嬉しいのう。こういう狡いコトをしてくる輩は大抵雑魚と決まっておる。
よって世界の平和はもう約束されたわ」
そこは、いわゆるダンジョンであると彼女は語った。
魔物が住み着く自然発生地下迷宮、というだけでなく、その入り組んだ構造に目を付けた様々な日陰者までもが住み着く犯罪の温床地ともなる危険地帯。
そんな王国南部のとあるダンジョンから、ある日を境に莫大な魔力が感知され、同時にそこは、これまでに類を見ない凶悪な犯罪組織の根城となったらしい。
マックスジャンヌ三世は説明を終えると、マリーに告げた。
「天使も犯罪者も、余にとってはまとめてゴミよ。かび臭い洞窟ごと滅ぼしてこい。
期待しているぞ」
※ ※ ※ ※ ※
序章 了。
第一章 慈愛の犯罪大迷宮タルタロス編 開始




