蛇に睨まれた蛙
なぜ気が付かなかったのか。
ヒントはそこらじゅうにあった。
作ったまま放置されたスープや洗わずに置いたままの皿、脱ぎ散らかされた服。
村に誰もいなかったのはこいつに気付いて慌てて逃げ出したからだろう。
この世界についたとき、森には虫の鳴き声が響いていた。
しかし、昨日の夜からずっとその声が聞こえなくなっていた。
気にも留めていなかったが、おそらくこいつから逃げたからだ。
朝に感じた違和感の正体はこれだった。
そいつは一歩ずつ村に近づいてくる。
逃げないと……
だが、体が動かない。
かろうじて、目だけが動かすことができた。
イリスの方を見るとオレとほぼ同じ状態だ。
オレ達はまさに蛇に睨まれた蛙だった。
その存在から感じる威圧感は昨日の熊など足元にも及ばない。
熊がそよ風だったら、こいつは台風、いやそれ以上だ。
オレの呼吸は恐怖により荒くなってきている。
その威圧感は呼吸すら困難にさせ、気絶することさえも許してはくれない。
オレたちはなにもできず、ただただ近づいてくるのを見ているだけだった。
輪郭程度しか見えなかったこいつの姿が徐々に見えてきた。
それに伴い、威圧感はさらに増している。
そいつは細身だが、全身に無駄なく筋肉がついていた。
皮膚は一切の汚れがない白い色をしている。
さらに顔はなく、のっぺらぼうだった。
感じるのは圧倒的恐怖だった。
もし恐怖が具現化したら、こいつのような雰囲気をしていただろう。
オレは生きることを諦めてしまった。
オレはここで死ぬのだろう。
熊の時のように、逃げる気力も戦う気力も湧いてこない。
本来ならパニックに陥るはずの頭も死を覚悟して、逆に冷めており、客観的に自分の死を見ることができた。
オレの精神はすでに恐怖によって崩壊しているのかもしれない。
死まであと少しだ。
早く楽になりたかった。
その白い恐怖は村の入口までたどり着いた。
入口で立ち止まっている。
のっぺらぼうのこいつには目はないが、視線を感じた。
品定めをしているのだろうか?
早く、オレを殺してほしい。
白は右足を大きく前に出し、腰を落とした。
右手を前に突き出し、狙いを定めている。
左手を握りこみ、拳を作り、肘は腰に密着していた。
オレにはこいつの体が発射台、左拳はミサイルのように見えた。
オレ達まで、まだ10メートル以上離れている。
そこからでは普通は届かないだろう。
だが、確実に届く、オレにはそう思えた。
数秒後、オレの17年という短くも長かった人生を終わらせる一撃が発射された。




